2.婚約者はどこから

「聞いてよサラサ、婚約取り消せなかったよ……」


「え? まぁよくある話だし婚約は諦めて嫁ぐとか仰ってませんでしたか?」


「いやまぁそうなんだけど、たぶん結婚てそんな甘くないというか、なんで私が好きですらない相手にこんなうら若き乙女の青春ぜんぶ捧げないといけないのかと真剣に思うほどの衝撃が起こった訳ですよ」


「……何の話ですの?」


 淑女学校の同級生であるサラサは、要領を得ない私の話に怪訝そうに眉根を寄せる。


 色素の薄い緩やかな癖のある長い金髪を美しくまとめ上げ、薄い翠の瞳は知的さを醸し出すおとなしそうな印象の美少女。後れ毛すらも美しい外見にも関わらず、口調は意外にあけすけだ。


 学校――いわゆる平民階級でない子息と息女が通う学校は都会付近にあるため、私とライト兄様、ニースの3人はいつも馬車に相乗りし、時間を合わせて屋敷と学校を往復する日々を送っている。


 ちなみにライト兄様とニース、かつてはアラン兄様も共学であったのに、私だけは女学園に幼少期から通わされている。


 盛大にため息をつきながら、お手伝いさんに綺麗にセットしてもらった長い髪先を指先でいじくり回す。


「いや、結婚をしたくない訳ではなくて、訳の分からない男に引っかかって後悔したくないの。ほら、若い時って足が速いとかクラスで存在感があるとか、変に悪ぶってる男とか、ちょっとばかし年上なだけのただの男が何故か無駄にカッコよく見えたりするじゃない? どうでもいいのよそんなとこ!! 私は今度こそ幸せな夫婦生活を送るために本当に素敵な男性と恋をしたいのよっ!!」


 周りの引き気味なご息女たちの視線に気づかないふりをして、机をバンバンと両手で叩く。


「……若い時やら今度こそやら……あなたいったい何歳なのかしら……。どこかで転んで頭でも打ちましたの?」


 なまじ本気か冗談かわからない真剣な顔で尋ねられ、喋りすぎたかなと言いよどむ。前世の記憶を説明したところで、恐らく夢でも見たのかとあしらわれるか、本気で心配されるかのどちらかになりそうだ。


「まぁ、物語で鍛えた逞しい想像力は今日も健在なようですけれど、悲しいかな私たちはそんな理想の殿方からどうでもいい殿方に至るまで、自由に接触する機会さえもほとんどないのですけどね」


 束の間しげしげと様子を伺われた後、呆れたように読みかけの魔法学の本に再び視線を落としながら、サラサは冷静に突っ込んでくる。淑女学校に通わされる者同士、お互いの境遇はある程度似通っているものである。そこにはある種の諦めが滲んでいるように感じた。


「……お母様が言うには昔よりは多少マシになったらしいけど、家同士の政略結婚は今でも珍しくないし、こんな小娘の主張が聞き入られるかなんてわからない。でも、人生何が起こるかわからないんだよ。上手くいくときもいかない時も必ず来るでしょ。このまま何もしなかったら、結果上手くいかなかった時に頑張れなくなる気がする。それこそ、婚約を決めたお父様とお母様のせいにしてしまうかも知れない」


 こんなはずじゃなかったと思い続けた日々は後悔だけではなかったけれど、それは確かに前世の私が選んだ人生の結果だったから、波乱万丈であったとはいえ頑張れたことも多かった気がする。


「……ハンナ、今日はいつにも増して荒れて、相変わらず面白い子。……ちなみに、先のカッコよく見える殿方の要素ですけれど、私には一切刺さらなかったですよ」


「え……っ!?」


 じっと私を眺めたのちに、ふふふとその瞳をいたずらっ子のように細めながら、サラサは手にしていた本をパタンと閉じる。


「ウソでしょう? まさか私の男運が悪いのはここら辺が原因……?」


「そんなに男運を語れるほどのハンナの経験豊富さが大変興味深いのですけれど、ひとまずまだ見ぬ殿方よりも眼前の殿方をどうするか考えた方がよろしいのではなくて?」


 にこりとその美しい顔に笑顔を向けられドキドキする。気のせいか、いつも穏やかで淡々としているサラサからやる気のような熱意を感じる。


「ハンナ。”彼を知り己を知れば百戦して殆うからず”ですよ。正直、降ってわいたハンナの婚約話は残念に思っておりましたの。せっかく仲良くなったのに、嫁いでしまっては場合によっては会うことすらも難しくなることもありますでしょう?」


 魔法学の本をカバンにしまい、代わりに紙とペンを出して渡してくる。


「まずは情報を整理しましょう。婚約話しなんて勝手に降ってくるものではないのですから、そこには複数の思惑が混在するものですわ。結果的にどうあれ、ハンナが行動を起こしたいのであれば微力ながら協力させて頂きますよ」


「…………よろしく、サラサ」


 にこりと笑うサラサに呆気に取られ、しばしその美しい顔を眺めた後、私はその白くて綺麗な手を両手で握りしめた。

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