第7話 とある普通の女子の過去

 私の誕生日。九歳からは両親からのプレゼントは参考書か問題集だった。

 都内にある中高への電車内では、左手に英単語帳と右手につり革を握っていた。

 スマートフォンなんてわずらわしいものはセーラー服のスカートのポケットに入れて、鳴さないし、鳴らない。

 女子しかいなかったのと、人間関係が私には難しかった。友達みたいな間柄の女の子はいたことはいたのだけれど、本音で話すことはなかった。

 大好きだった小説はお小遣いで買っていた。大好きなものにはいっぱい使った。

 ……たまに参考書と問題集を買うために残した。やりくりは自然にできるようになれた。

 小説が好きだった。大好きだった。

 物心ついた頃にはもう読んでた。絵本も小説も。辞書みたいなのも。

 読み終えてしまうのがとてもつらかった。腹痛がひどかった。買うときも、

「読み終わったら死んじゃいそう」

 頭では考えないようにはしていたけれども、考えちゃう。

 不安な毎日だった。

 この日々を小説として原稿用紙に残した。随筆になるのかな? もちろんまだ途中だよ。

 小説の物語は、エンディングへとたどり着いてしまったら、ただの場所を取るものになってしまう。

 両親は裕福だし、千葉の家は結構広かったけれど私の部屋はそんなに大きくなかった。

 小説の置き場所がなかった。

 印字されたものしか読めない私に、書店で買うような本以外の選択肢はない。

 日々が幸せだとは思えない私には、普通のグッドエンドでもまぶしすぎる。

 戸惑いなく処分した。

 朝に好きだった小説を載せた古紙のトラックを見守ったことも多かった。

「ばいばいまたね」

 捨てる以外の選択肢がなかった。

 幸せではない私だけれど、親戚付き合いとか作法とかにうるさい両親への対応はしっかりしていたと振り返っても思う。今もそう。

 兄がいた。不器用な十個上の兄だった。

 両親の家業の医院を継ぐ予定だったのは本来なら兄だった。

 私は医者がきらい。

 私をしばるから。

 両親は私をよく兄と二人きりで大きな家にいさせた。兄は自室に閉じこもった缶詰状態。ご飯は私が作っていた。掃除するにも広すぎる。

 そんなのはハウスキーパーがしてる。一八時には帰っちゃうけれどね。

 夕食は自分で作って、自分で食べて、自分で片付けた。兄の分もした。

 なんか、うちの家系は四百年は続いているみたい。家系図もあるよ。歴史の授業でたまに習うひとにも関係してる。

 ……みんな言っても信じない。

 嘘だって、私をいじめる。

 みんなの先祖だって、みんながいるのなら続いてる。だから素敵なのに。私は黙って笑う。

 兄は両親からの大きすぎる期待と、血の呪縛、いちばん大きな要因としてあのひとのやさしい性格のせいで負けてしまった。

 私が小学校に上がってからすぐに家では見なくなった。九州の大学へ行ってしまった。あとは知らない。会ってはない。

 小学校の二年の終わりには、もう大きな医院を私が継ぐことになった。

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