八話 アイスクリーム 3

 三日後になる。


 カルナ様は俺と由紀さん、ガル、軍人を多数連れてエルフの森にやってきた。ここは魔物も普通に生息しており、ガルや練度の高い武術を誇る軍人がそれらを退治していた。


 会合場所である泉には、不思議な樹が。ハート形のフルーツが生っている。弁当をたくさん作らせてきたのだが、ここで広げるように言われた。


 庶民的なものを、と言われたので、唐揚げやおにぎりをはじめとする家庭料理がバスケット七つ分に収められている。エルフの人達は怪訝そうにそれを眺めていた。


「カルナバル様、これ食べていいんだよね?」

「ヨフィンか。無論だとも。我の新たな料理人の腕前を見せびらかしたくてな」

「よーし、どれどれ……」


 冷めても美味しいように、薄力粉と片栗粉、ナツメグなどを混ぜて作った唐揚げ。


 それを口に運んで、彼女はブルブル震えていた。


「口に合わぬか?」

「……!」


 バクバクとその場で気持ちいい食欲を見せるヨフィン。しばらく食べた後に、満面の笑みを浮かべた。


「美味しい! 凄いや、誰が作ったの!?」

「そこの黒髪の、落ち着いた男性だ。名をリョウト・クゼという」

「どうもです」

「君すっごいね! とっても美味しいよ! この揚げ物どうやって作るの!? 教えて教えて!」

「ああ、うん。これはニンニクや生姜、醤油や酒に漬け込んでね……」

「ふむふむ……」


 俺の言動に動揺していたのは、エルフの方だった。え、何かマズいことしたかな。


「料理人が自分の誇るレシピをペラペラと……」

「自分は、皆様の日々の暮らし……つきましては、食事が豊かになることが一番の願いですので。広めて頂ければ、自分にとってこれ以上ありません」


 俺のその言葉に、一人、また一人とランチボックスに手を伸ばし始める。

 長老と思わしき人物も、それを食べて目を見開き、食欲が全開になった。


「わぁ、長老最近食欲ないって言ってなかった?」

「これは美味なるものぞ! ふむ、これは……リョウトと言ったな? カルナバル二世よ、交換条件だ。この者のレシピを二十ほど、エルフに差し出すがいい。特産品の数を増やそう。そして、リョウト。お前にエルフの集落への訪問、滞在を許可する。そして、エルフからも一人、人材をこのリョウトに付けようではないか」

「良かろう。リョウト、お前はこのエルフの村への架け橋になるのだ!」

「はぁ……それは構いませんけど。自分の領分はあくまで、カルナ様に料理をお出しすることです。レシピなど、言った文言を書き記す分には構いませんが……」

「我の命令でお使いに行くかも、とでも思っておけ。お前を手放す気はない」

「なら自分からは特に。どんな人材をつけて下さるのですか?」

「選んでくれ」


 と言われても。

 エルフは美男美女ばかりだった。自分で選べと言われても、誰がいいかなんて正直わかるはずもない。


「自分に人の真贋を見極めるような眼などありませんので。来たい方、いらっしゃいますか?」

 無難なやり方だった。後から行きたくなかったとぶつくさと言われるよりはマシだろうな、という消極的な選択肢だったが……


 すっと、控えめに手を上げたその人物を認めて、エルフがざわついている。


「あ、あの……わ、わたし、行きたいです……! 料理を、教えてください!」


 十八歳ほどの女の子が進み出てくる。エルフは痩身でスレンダーな見た目の人が過半数だったのだが、彼女は体格に恵まれていた。俺より少し背が低いが、猫背だ。伸ばしたら俺くらいあるだろう。それに見合うように、結構体は発達している。髪が長く、物静かそうだが……立候補するような人間には見えなかった。


「……リコリス……」

「えっと、彼女は?」

「……わしの孫娘でな。主張の強い娘ではないのだが……どうした、リコリス。急に」

「わたし、外の世界を、み、見てみたくて……。リョウトさんのお料理を食べて、凄いなって思うと同時に……知りたくなったんです。エルフの森の外の世界を」

「……リョウト、連れて行ってやってくれんか。まだ百四十歳じゃが……」

「……人間に換算すると?」

「十四の齢じゃな」


 え!? 十四歳!? 胸もタッパもお尻も……スタイルが大人を主張しているのに、確かに本人の顔はあどけなさが残っている。そっか……なんか同い年くらいに思っていたが、年下だったか。


 その驚きを顔に出すほど愚かでもない。俺は微笑んで、彼女に手を差し出した。


「よろしくお願いします、えっと……」

「リコッタリスト・シルディと申します。あ、あの、よろしくお願い致します、リョウト様! リコリスとお呼びください!」

「様はよしてくれ……。リコリス、君には俺の料理を覚えてもらって、そこでレシピを書いてもらうよ。それをエルフの村に伝えて欲しい」

「勿論です!」

「頼もしいよ」

「なんだ、リョウト。やっぱ女はデケぇのが好きだったか?」

「!」


 リコリスは近づいてきたガルから隠れた。俺を盾にして。


「こ、怖い……!」

「あのなぁ。親友の女だぜ? 取って食うような真似はしねーよ。オレはガルガデッド。こいつはユキ・クサカベ。オレ達三人で暮らしてんだ」


 由紀さんは軽く頭を下げるだけに終わる。


「リコリスは鍵付きの部屋があるからそこで寝てくれ。俺は他の部屋でいい」

「ご迷惑をおかけします……」

「いいんだ。リコリスは綺麗だから、屋敷が華やぐね」


 そう微笑みを向けると、彼女は顔を赤くして違う方向を向いた。


「リョウト、字は書けるのか?」


 長老に問われ、俺は苦笑を返す。


「うーん、全部じゃないですね……読めるようになったのも最近で……」

「しょ、書籍化はお任せください!」

「うむ。リコリス、お役に立つのじゃぞ」

「は、はい……! リョウト様、掃除やお洗濯など、一般雑務はお任せください! 道中の護衛も魔術や弓術で賄えます!」

「頼もしいよ。俺、戦いはぺーぺーだから……」

「リョウト、戦えねえのか? オレが剣くらい教えてやろーか?」

「いや、生兵法は怪我の元だし……。俺はあくまで料理を作る人間だから」

「そうさ。亮人君には我々がいる。そうだろう? ガルガデッド」

「ま、それもそうだな。それにこの嬢ちゃんもいるんだ、滅多なこたぁ起きねえぜ」


 滅多なことか。


 それこそ、一大事なんて出来事、そうそう起こりはしないんだ。





 エルフの森から戻る。軍人さんとも仲良くなった。何でも、階級は三段階にしか分かれていない軍隊とのことだ。兵、将、王。兵は一般軍人、将はエリート軍人、王は女帝の血族や名誉王族なども該当するのだそう。


 今回、将が一人と兵が三人お供していた。カルナバル二世は過兵を好まない。生え抜きのつわものしか護衛に付けないのだとか。自慢げに兵の一人が語ってくれた。


「カルナ様、エルフとは何の取引を?」

「うむ、食材や水、土などだな。あそこは資源が豊富なのだが、いかんせんエルフが総取りしている。我が女帝のうちは良いが、ああも外の連中をシャットアウトするといずれ攻め滅ぼされるであろう。なので、人間の友好大使として、尽力するのだぞ、リョウト」

「頑張ります」

「うむ、お前は素直でとても良きだ」


 と、やりとりしていると、要塞の門の前で誰かが騒いでいるようだった。


「おねがい! リョウト・クゼって人に会いたいの!」

「お引き取りください。そのお方に面会することは罷りなりませぬ。失礼ですがお名前を窺っても?」

「しゃ、シャリエッタ」

「……摘まみだせ! その名前はカルナバル二世陛下より、要警戒対象にと仰せつかっている! それ以上足を踏み入れるとその首が飛ぶと思え!」

「……ハルコマータの小娘か。リョウト、どうする?」

「俺にやましいことはないので、そのまま行きましょう」

「そうだな、その方がいいだろう」


 俺達は堂々と帰還を果たす。


「お勤めお疲れ様です、カルナバル様!」

「よい。ガルガデッド、ユキ、そちらもご苦労だった。後で報酬を支払おう。来い、リョウト。小腹が空いた。甘い飲み物を用意してくれ」

「仰せのままに」

「りょ、リョウ……!」


 俺はシャリエッタ姫の方を一瞥し、無言で一礼をして、カルナ様を追うのだった。


  ◇


「……あれはダメだわ、リエッタ」

「な、なんで!? ルル、こっち見たよ!? ちゃんと!」

「気づいてないとは言わせないよ。あれは身分が上の人にする、儀礼だもの。多分、もうリョウトさんはリエッタのことを、王族のシャリエッタ姫として見てる」

「え、と、いうことは……?」

「友達なんかじゃない、と行動で示してる、ってこと」


 その言葉を裏付けるように、レリアも頷く。


「まぁ無理もなかろう。一番信頼していた人物が裏切ったのだからな。で、どうする、リエッタ。ボクは長旅で疲れているので休みたいのだが。というかあれでは取り付く島もないだろうな。さっさと帰った方が良いと思うが」

「……諦めないよ、私は! 何度だって!」

「しかし、城門前で騒いだんだ。顔は覚えられてしまっただろう。そもそもお前の顔は整い過ぎている。嫌でも覚えるだろう。……どうするつもりだ?」

「いっつもこのでっかいお城の中にいるわけじゃないし、そこを狙う!」

「直接王を取りに行ってどうする。リエッタ、将を射んとする者はまず馬を射よ、だ。確実に味方を増やせ。ガルガデッドとユキ・クサカベの姿が見えた。彼らをまずは取り込み、事情を説明して味方になってもらうとか、色々あるだろうが」

「レリア頭いい! それでいこう!」


 もっとも、とレリアは口を挟みそうになって、閉じる。


 そう言う姑息な真似が、リョウトが一等嫌いそうなことだろうな。


 その一言はリエッタ本人が気づくべきことなので、レリアは飲みこんだ。無論、この若干アホな姫は言わないと伝わらないが、気持ちを汲んで! というばかりではなく、こちらが汲み取る努力をさせるべきだ、とレリアは判断していた。


 故に、無言のまま、瞳の中で炎を燃やすリエッタを見る。


「レリア、何か言いかけてたでしょ」

「これはリエッタが気づかないと、さすがにリョウトが哀れなのでな。ぼかぁ、リエッタよりもリョウト側の人間だ。今回は情状酌量の余地があるので付いてきているだけにすぎん」

「あの料理人にこの短期間でどれだけ世話になったのよ、あんた」

「死ぬほど良くしてもらった。あいつほど誠実で人を慮れる人間はいまい。まるで別の世界に住んでいたかのような、ありえない優しさと思慮深さだ。だから、今回の件で相当堪えているはずだったんだが……どうにも、安定しているように見える。カルナバル二世は恐らくそこにつけ込んだはずだ。ボクでもそうする」

「あの女帝、どういう人なの?」

「やり手で傑物だぞ。直系の人間だ、というだけでは宰相に取り込まれて基本終わるのだが、まず身内から制圧し、善政を敷き、齢十七で全権能を得た才女だ。取捨選択が上手く、情に篤いが切り捨てる判断のできる思い切りの良さもある、良き女帝だ。剣の腕前もかなりのものだと聞く」

「完璧超人ね」

「まぁ、背丈があまり高くなく童顔なのがコンプレックスらしいが……まあ、それはどうでもいい。恋人の均衡ならリエッタの方に軍配が上がるだろうな。カルナバル二世はロイヤル過ぎるだろう。しかし、美食家で有名なカルナバル二世がリョウトの料理を手放すわけがない。難しいところだ。それに、リエッタもカルナバル二世も懸念していないが、このボクも彼に惚れていることが敗因になるだろうな。ボクの魅力にリョウトもくらくらのはずだ」

「いやそれだけはないと思うわ」

「何故だ。ボクは可愛いだろう」

「あんたを性的に可愛いって思うのはもはや心の病気だわ」

「なんだとー! ボクはアダルトだぞ、性交渉も妊娠もできるんだぞ!」

「何を喧嘩してるの?」

「むう、何でもない。おのれ、おっぱいめ。いつか見てろよ、たゆんたゆんに……」

「バランスが悪そうね、それ」


 自分の平らな胸を掴むレリアと、溜息を吐くルル、それから再度気合を入れるリエッタは、とりあえず今日の宿を探しに街を探索するのだった。

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