八話 アイスクリーム 2
その夜、フィーアの料理人候補が俺を試し、完敗だと白旗をあげたので、彼女の分の食事を俺は用意することができた。そしてフィーアの料理人……エルスと仲良くなり、お互い情報交換をする仲になった。
エルス・クラル。草原の民の出身らしい。赤い髪の毛の二十代後半の女性だった。
「なるほど……カルナ様は辛い物が苦手でしたか」
「そうなのです。フィーアルン様は苦いものが苦手です。味の傾向的に、カルナバル様は甘いものが、フィーア様も甘いものがお好きですね」
「助かります。それで、リョウトさん、この鶏のスパイスの配合を教えて頂きたく……」
「あ、はい」
それらを教えると、物珍しそうに俺を見るエルス。
「良いのですか? そんなにポンポンと」
「いいんですよ。俺の目標は、このレベルの食事が一般的になされることにありますから。それを超えていくのが面白いんです」
「不思議な方ですね。そういうのは墓の下にも持っていくべきだと思っている方が結構いらっしゃいますし」
「まぁ、ここでは珍しいかもですね。その代わり、草原の料理のことを教えてください」
「と言っても、基本は素材を焼いたり煮たりですよ。狩猟の肉が変わると味付けも変わりますが、一般的なのは――」
草原の民は牧畜や狩猟などが主流で、石を焼いてそこに肉を並べて焼くんだとか。チーズなどが有名な特産品で、ここのチーズは乳白色の宝石と呼ばれているらしい。
今度ご馳走してくれることになった。代わりに、俺の料理もいくつか教えることになった。こうやって情報交換できるのが楽しい。
翌日、エルスと一緒に食事を作ることになった。
「学ばせてください、リョウトさん」
「はぁ、俺などで良ければ」
今日はより庶民的なものと言われたので、丼だ。カツを作って卵とじ。カツは叩いてそれなりに薄さに伸ばして、下味をつけてやるといい。ニンニクなどの他にクミンなどのスパイスを少量すりこむことによって、香りに奥行きが生まれる。
さすがにこれだけではあんまりなので、少し高級なものも作る。温玉付きのローストビーフのサラダと黒コショウがアクセントのオニオングラタンスープ、こちらもブラックペッパー、塩とオリーブオイルを混ぜたソースをかけたトマトとチーズのカプレーゼなどを使ってそれなりに演出しておいた。
どんぶりを前に、カルナ様は目を輝かせていた。
「これが丼もの! どれどれ……」
ランデガルドは様々な食文化がある。箸も一つなのだろう。器用にかつを持ち上げて、たれのかかった白米と一緒に頬張る。
「……うまぁい! なんだこれは、凄く美味いぞ! 衣がさくさくで、卵とたれがご飯に掛かって……! なんだこれはなんだこれはぁ!」
「カツ丼です。ド庶民の食べ物なのですが……」
「嘘吐け! こんな贅沢なものが一般家庭に出ててたまるか! となると、お前の違う世界から来た、というのは信用に値するな……。うおおおお! このスープも、す、凄まじく美味いぞぉ! 香ばしいチーズと玉ねぎの甘味、そして旨味の強い野菜スープが……! このトマトとチーズを交互に合わせたやつは?」
「一緒に食べるんです。ワインとよく合いますよ」
「ふむ。……ふおおお! こ、これはワインじゃな……! こっちのサラダは……え、これ、どういう状態の卵なのだ……? 火が通っているのかいないのか……」
「黄身を崩し、搦めてお食べください」
「ふむ。……おおお……まろやかな……! そしてこの肉、火がうっすら通っていてムチムチしてる……! うーまーいーぞー! リョウト、お前は凄いやつだな! エルス、見ていてどう思った?」
「味もそうですが、手際もすごく良いのです。後片付けも並行してやってますし……見習いたいところです。彼の料理には、未来の風を感じます」
「であろう? さすがクライベルが認めたやつだ。今日のディナーも満足じゃ……で、デザートはなんだ?」
「今日は私の国の料理で、クリームぜんざいをご用意してあります」
「ぜんざい?」
「えっと、豆と砂糖で作る汁物です。上品な甘さとクリームの濃密な甘さが溶けあい、それはもう至福かと。それから、すっきりとしたグリーンティもご用意します」
「うむ! 準備を始めるがよい!」
「ただ今」
「そう恐縮するな。我とお前の仲だろう、気軽に話せ。お前はもう我の側近だぞ」
「そ、それは恐縮です!」
「いやだから恐縮するなと……。つくづく真面目だなお前は」
「カルナ様、威厳がおありなので……」
「ふっふーん、分かっておるな。そう、女帝のオーラというやつよ。ガキとか何とかほざいているやつは、この上向き続ける経済の手腕を見て私にへつらっている! いい気味よな、全く」
「俺はこの国については詳しくないのですが、治安も良く、大変すばらしい国に思えます」
「そうだろうそうだろう! 骨を折っているかいがあるというものだ! ハルコマータよりも住みよい国だぞ。あそこは堅苦しい! 新しい風を歓迎などせぬからな。あそこで新しく店を出していた、というお前の発言は正直半信半疑だったのだ。しかし、裏付けが取れた。……あの国の裏の部分を知らぬままここにこれたことは、幸か不幸か。今頃、その店は苦労しておるのだろうなと思うよ」
「……いや、俺が味を教えた弟子が頑張っていると思います。そう、願いたいです」
「左様か。どれ、しゃがんで下を向け、リョウト」
「……こう、ですか?」
「そのまま見上げよ」
見上げた――刹那、唇を奪われていた。
触れ合っていたのは、一瞬だったのか、永遠だったのか。間近で彼女の花のような匂いを吸い込んで、気持ちが昂るのを感じる。整った顔立ちが俺を見下ろしていて、その瞳は本当に優しくて、俺は思わず息を呑んだ。
そのまま、意外に豊かな胸元に抱きしめられる。
「大丈夫だ。……もう怖くないからな。お前はお前のまま、ここで生きるといい。ここにはお前の料理を求める者、そして何より、お前自身を認める者が大勢いる。お前は真面目に生き過ぎだ。もう少し人を頼ると良い。リョウト、大丈夫だぞ」
その言葉に、何か、心を動かされた感じがする。
未練があった。ハルコマータに。それは事実だ。
けど……今、気持ちが完全にランデガルドに傾いている。
ここには、野郎ばかりの理想の生活があって。
理想的な職場があって。
上の人から、こんなに気に入ってもらえて。
そして、俺を必要としてくれている人がいる。
……幸せだった。求められるのが、こんなにも幸福だなんて。
その分を、俺の料理で返したい。
頑張って、そうして――ここに死ぬまでいられたら良いなと思う。
「カルナ様、俺、頑張ります!」
「うむ! よ、良きにはからえ」
少し照れている彼女に微笑み返しつつ、俺はぜんざいを持ってくるべく控えに下がった。
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