八話 アイスクリーム 1

 ランデガルド帝国。

 多種族を擁する帝国で、俗に帝国軍人と呼ばれる、ハルコマータで言うところの騎士の存在が大きく、肥沃な大地を支配し、人間を脅かす魔物を討伐したり、治安を維持したりと精強にして屈強と誉れ高いらしい。


 帝国は四つに分かれている。ドワーフが暮らす鉱山地帯ギャラグア、エルフが暮らす密林地帯ファオン、草原の民が暮らす平原地帯ガザ、そして全ての地帯につながる商業地帯ジョルジェン。


 俺が呼ばれたのは、そのジョルジェンの一等地に立つドでかいお屋敷だった。そこで着替えることになり、高級な白い服をまとって、俺はジョルジェンにある要塞に足を運ぶことになった。


 王冠を頂く――女帝、カルナバル二世がこちらを睥睨している――わけではなく、彼女はあっさりと体に不釣り合いな大きな玉座から降りて、跪く俺をきょろきょろと眺めているようだった。


「……ほうほう、珍しい肌色だねぇ」

「発言をお許しいただけますでしょうか、カルナバル女王陛下」

「許す。以後、私への発言にその質問をしなくてよい」

「ありがとうございます。リンガ出身です。正確にはリンガではないのでしょうが……」

「申せ」

「……自分、この星とは違う場所から訪れております」

「どう証明する?」

「それは進んだ料理の文明を見て頂ければ……」

「そうか。正直、ここの料理は食べ飽きた。伝統だか何だかしらんが、同じ料理を毎週ローテーションされてみろ、全く楽しみが湧かん! 宮廷料理人としてきたのだろうが、その考えは捨てろ。我は一般市民が食べている料理が食べたいのだ。そう、そしてお前は、あのクライベル・ガウンヒルトが認めた料理人だ! お前がその店で出していたものを食べてみたい! 頼む、作ってくれ!」

「承知しました。方向性などございますか? 肉、魚……」

「肉!」

「肉ですね。ではまず唐揚げからいかがでしょう? 私の故郷では定番のものになっております。ここは稲作が盛んらしいですね。お米に良く合いますよ」

「おお、それで頼む! デザートも忘れるでないぞ!」

「かしこまりました。今しばらくお待ちください」

「なるべくはようせい」

「心掛けます」

「うむ」


 キッチンに引っ込んで、一息つく。

 王族らしい王族だったな。二世と言っていたし、甘やかされてきたんだろうなあというのが伝わる。


 さて、手順は変わらない。キッチンに移動し、さっさと支度をする。

 ここでもリンガの商人が売りに来ていた醤油を使って唐揚げを作る。お化け生姜、ガツリンニンニク、醤油、酒、コクを出すためにほんの少量の砂糖を入れて、揉んで、置いておく。その間に米を炊き始め、厚焼き卵焼きを仕込んで……。


 厚焼き玉子は和風出汁を取って、醤油とミリンで甘く仕立てた出汁を卵に注いでから焼き始める。出汁の効いた、卵とミリンの自然な甘さが特徴の、ぷわっぷわな玉子焼きが出来上がる。


 王族に出すのが躊躇われるほどド庶民な料理だが、求められているのはそれなのだ。少し気後れするものの、更に料理を作る。


 蒸し器があったので小麦と塩、水を練った生地に豚肉をひき肉にして味をつけたものを包み込み、シュウマイに仕立てる。酢と醤油の混合物も用意する。酢とコショウでも相性いいんだけど、酢醤油が一般的だろう。


 唐揚げの漬け込みもいい具合なので、片栗粉をまぶし、こめ油でカラッと揚げていく。


 汁物は何がいいかな。豚汁にしてみるか。薄切りの豚肉に由紀さんからもらったゴボウやニンジン、玉ねぎをたっぷりと。豆腐なんかあればご機嫌だったが、それは異世界に求め過ぎだ。醤油があるだけでも感謝せねばならない。


 この世界の醤油は塩気と雑味が強い。だから、旨味を配合した料理によく合うのだ。


「……よし」


 完成した。お盆の上に乗せてみる。


 ごま塩おにぎり、唐揚げ、出汁巻き卵、豚汁、シュウマイ……変な取り合わせだ。野菜が不足しがちに見えるが、豚汁が補っている。


 配膳すると、配下のメイドたちが興味津々にそれらを覗き込んで渋い顔をしていた。だが、当のカルナバル二世は満足そうにうなずいていた。


「よい! こういうのが食べたかったのだ! どれ……」


 唐揚げからいった。さくっ、と軽い音が響く。それから、止まらなくなったようですべての食事を丁寧かつハイスピードで食べていく彼女。


 すっかり平らげて、一息ついている。


「リョウト! 近くに参れ!」

「ははっ」


 歩み寄ると、手を差し出してきた。それを反射的に握る。


「お前はさいっこうだ! ほとんどのやつは我に似たような料理を振る舞ったが、お前だけだ、庶民的な料理を振る舞ってくれたのは! それにその高級料理よりも美味い! これ、本当に庶民の味なのか!?」

「私の店で出していた、唐揚げ、厚焼き玉子……メニューにはなかったけど作れる豚汁に、その蒸し料理はシュウマイと言います。どれも私の国では一般人の食するものです」

「ほほー! リンガは進んでおるのう……いや、リンガではないのだったな。で? で? 甘いものは何を用意したのだ!?」


 金色の髪を撫でる彼女に、俺は作ってきたものを差し出した。


「……なんじゃ? これは」

「プリンというお菓子ですが、お目に掛かるのは初めてですか?」

「うむ。どれどれ」


 少し反発したが、スプーンで突かれると崩れる柔らかなプリン。とろとろ食感を目指したそれを口に入れた瞬間、彼女がバタバタと足を動かした。


「うおおおおお! 甘い! 美味い! 最高だぁぁぁぁ~~~~っ! この上のほろ苦くも甘いソース、そして濃厚でとろけ、ほんのりバニラが香るこのプリンとやら……! ああ、なんということだ……こんなデザートに巡り合ったことはないぞ……! 嗚呼、こんな、こんな……!」


 泣いているようだった。何もそこまで、と、思ったが、事情は個々人によって違う。この陛下は毎日同じようなコース料理だと聞いていたので、こういうものは初めて食べるのだろう。


 ピンク色の瞳を輝かせながら、彼女は指を差す。


「も、もう一個とか、無理か……?」

「四つほど用意がありますが……」

「うむ! メイド隊、フィーアを呼べ!」


 呼ばれてしばらくしてやってきたのは、黒髪でいかにも貞淑そうな女の子だった。


 うわー、可愛い。派手なカルナバル二世にも負けてない。


「お呼びですか? カルナ」

「このお菓子を分けてやろうと思ってな。そちらの料理人には出せまい、この味」

「ちょうだいします」


 そうして、ひと匙すくって、彼女は目を見開いた。


「美味しい……! こ、こんな、上品な甘み……この風味……! これは何というお菓子なのですか!?」

「プリンというそうじゃ。リョウト、こちらは妹のフィーアルン・ランデガルドだ。フィーア、今日から我の専属料理人となったリョウト・クゼだ。仲良くしろ」

「亮人です。どうも、ランデガルド妹殿下……?」

「ふふっ、難しいですよね。わたしのことはフィーアとお呼びください、リョウトさん。あの……お、お茶菓子の時間に、混ぜて頂いても……? お姉さま、どうか……!」

「分かっておる。こんなにお菓子作りの上手いやつは珍しいからな。リョウト、お前には朝食、昼食、お茶の時間、夜食の四つを提供してもらう。それ以外は自由に過ごすがいい」

「かしこまりました。翌日になればアイスもご用意できますので」

「あいす?」

「氷菓ですね。口に入れると溶ける、甘いものです。ご期待頂いて構いませんよ」

「うむ、楽しみにしておる! はーっ、このプリンも最高だぁ……お前は今までの料理人で一番のあたりだぞ!」

「私には過分なお言葉です。では、私はこれにて失礼いたします」

「うむ! これから期待しておるぞ!」





 由紀とガルが拠点として与えられた大きな家で待っていた。俺は食材を手に手早く鍋物を仕込んだ。鶏出汁と和風出汁、それを醤油で味付けした簡単な鍋。だが具だくさんで、とても食いでがある。鶏団子、鶏のぶつ切り、豚肉の薄切り、白菜、大根おろし、長ネギ、舞茸っぽいキノコとバラエティに富む具材。そして、打っておいたうどんも〆に用意してある。


「かーっ! うめえ! お前こういう料理も上手いんだな、こういう鍋物もよぉ」

「ああ、そこそこな。もう二品適当に作るから俺の分なんか気にせず食べてくれ」

「ありがとう、亮人君。はぁ、日本人はやっぱり鍋だ……! 鍋、最高すぎる……!」

「体にもいいからね、野菜取れると。ほい、ほい……」


 ガル用に豚肉にチーズを挟んで揚げたチーズとんかつとジル芋のフライを作り、ソースで味をつける。ケチャップと醤油を混ぜる簡易なソースだ。


「おう、とんかつか……うお、チーズが!? おまえ、前の店ではこんなのやんなかったろ!?」

「手間の割に流れ出すと油が台無しになるからね。忙しい時には絶対無理だったんだけど、今はそうでもないから」

「おお、美味い……! 肉にチーズは合うなぁおい! ここに赤ワインを……っかー! うめえ! 冷えたワインが合うなあ!」

「俺は鍋だけでいいや。ああ、美味いなあこの鍋……うどん、そろそろ入れようよ」

「はーい」


 男所帯も案外悪くないな。

 でも、さすがに俺も昼間、家の清掃にまで手が回らない。


「メイド雇わないか? 掃除と洗濯してくれる人」

「賛成だ」「異議なし」

「ちょっと明日、女王陛下に相談してみるよ」

「それがいいな。よーし、オレも明日は稼いでくるぜ!」

「期待しているよ。俺は医者の売り込みに行ってくる。ダメだったら冒険者稼業だな……」

「結構自転車操業だよな、俺ら。大丈夫なのかな……」

「ジテンシャ……? ま、なんにせよリョウト、安心しな。オレ達がいればくいっぱぐれることはねえぜ。美味い飯を作ってくれりゃな!」

「それならなら心配いらないね。ふぃー、明日は少し高級料理っぽいもの出すかなー、要塞で」

「どんな方だったんだ? えっと、カルナバル二世、だったかな」

「庶民の生活に興味津々の箱入りだね。おかげさまで通じてるよ。唐揚げ作ってきた」

「ああ、ありゃ美味いもんなあ……」

「うん、亮人君のは特別美味いからね。明日は何をするんだい?」

「朝は鴨肉の燻製のサンドイッチと野菜スープ、昼はかぼちゃのポタージュとステーキ、おやつの時間はアイスクリームパフェ、夕飯は鶏の香草焼きとヴィシソワーズ、ガーリックバターバゲットに赤カブと燻製サーモンの葉野菜のサラダ、デザートはスフレケーキかな」

「亮人君、スフレケーキ作れるのかい?」

「ええ、まあ。シンプルなレシピですし。あの絵本に出てくる台湾カステラっぽいやつです。作りますか?」

「明日の楽しみにしているよ」

「分かりました、明日作りますね」

「何か唐揚げの話してたら食いたくなっちまったぜ」

「それじゃ、朝はサンドイッチ作り置きしておきますので、夜は唐揚げにしましょっか」

「お、いいな。エール仕入れてくるわ」

「いやあ、男ばかり三人でも幸せだよ、この暮らし」

「おう、そうだな。気兼ねねえし。でもむさいはむさいな。お前らこれから風俗にでも行かねえか?」

「興味はあるけど怖いので遠慮しとく」「同じく」

「男かよホントにお前らはよぉ。んじゃ、オレは行ってくるぜい」

「夜道で刺されんなよー」

「馬鹿野郎、返り討ちだそんなやつぁ」


 ガルは頭を掻きながら出ていってしまった。そんな彼を見送り、俺は自室に戻る。


「亮人君、寝ているといい。俺はショートスリーパーでね、二、三時間も寝れば十分なんだ」

「じゃあ、お言葉にあまえます、由紀さん。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 歯を磨いてから、俺は寝台に入る。


 寝心地の良い。明らかにグレードの違うベッドに驚きつつ、瞳を閉じる。


 長旅の疲労も相まって、俺はすぐに眠りに落ちた。





 お茶の時間、俺はお褒めの言葉の嵐を投げつけられていた。


「お前は凄い! 凄すぎる! この評価、口触りが滑らかでとろけるように甘くて、それでいてバリエーションも凄いじゃないか! この白いのはバニラの香りがする、こっちのやつは紅茶、こっちのはグリーンティっぽい! そして桃の果実とミルクを感じられるこのアイスも絶品だ! ぜ、是非、レシピを後世に渡って伝えたい!」

「あ、あはは……恐縮です。凍る温度の魔石の冷凍庫さえあれば割合簡単にできますので……」

「美味しいです、シェフ・リョウト……! わ、わたしの料理も作って欲しいです……」

「あはは、それは分かりませんが……そして、じゃん。熱々のホットケーキになります。この上にアイスを乗せてお召し上がりください。上から蜂蜜もどうぞ」

「ふおおおおお! いい! 甘い! すんごく良いぞ! おまえ最高だ! お前のような奴がウチに来てくれるなんて……! くうっ……!」

「ランデガルドは料理人いないんですか?」

「お前みたいなのはいないなー。こう、何でもできるやつは。そんでこんなにおいしく作る奴もいない。リョウト、お前を信じるぞ。お前はここと全く違う場所で育ったんだな……」

「はい……。何が何やら、という間に、こっちに来て、シャリ……いえ、ハルコマータの姫に助けられまして。で、色々あった結果、その姫と決別してこっちに」

「喧嘩でもしたのか?」

「喧嘩……ではないですね」

「話してみろ」


 言われたので、一通り、俺のハルコマータでの出来事を話してみる。


 その目が怒りに震えていることに気づいたのは、話し終わってからだ。


「ふざけるな! シャリエッタの小娘が……! 良いか、店とは小さな国なのだ! そこでルールを設けた以上、客が従うのは当然! 女性を捌け口にし、更に剣を抜いた最悪な男を店からつまみ出しただけなのに何故おまえがそんな仕打ちを受けねばならない!」

「ですね、姉様。同じ王族として恥ずかしいです。すみません、シェフ・リョウト」

「ですが、私の一方的な陳述で決めるのは早計です。彼女にも何かあったかもしれない」


 そう言ったのだが、目の前の小さな女帝は怒りが醒め止まぬ様子だ。そんな様子も可愛いんだから、可愛いって得だ。


「だからと言ってその態度や物言いが許されるわけではない! リョウト、お前は私が守ってやる! この国でちゃんと仕事に打ち込むといい! それに、私はお前を専属料理人にすることを決めた。視察やらに同行してもらうので、そのつもりでいろ! お前にはカルナ呼びを許可する!」

「ありがとうございます、カルナ様。あ、その視察ですが、俺の護衛というわけで、二人雇いたいのですが。一人はガルガデッドという冒険者で、もう一人は医者のユキ・クサカベという人なのですが」

「許可する。あ、それとお前の家、メイドがいないだろう。一人付けよう」

「ああ、ありがたいです。さすがに仕事をしていたら家の掃除にまで手が回らなくて」

「うむ。今日の夕飯は何なのだ? 昼間のステーキも絶品だったが……」

「鶏に香草を詰めて焼く香草焼きです」

「鶏……昨日の揚げ物は美味かったなあ。皮がぱりぱりで……いつもあのぶよぶよが気になっていたのだが、全然そんなことなくて……!」

「ローストするので、皮も飴色でパリッとしてますよ。そこから塩とスパイスを擦り込んで、噛んだら肉汁と旨味がもう……!」

「ごくっ……!」

「パーティー料理なので、フィーア様も是非」

「はい! 姉様、後で伺います!」

「良かろう。高級料理なのか?」

「鶏を丸ごと使うので……一応、高級料理と呼べなくもないかもしれません。庶民の特別な時に出るご馳走……の、類ですね。ですがご安心ください、今までのどの高級料理をも味で凌駕しますので」

「楽しみだな!」


 そう言いながら、とろけたアイスを纏った柔らかいパンケーキ生地を、カルナ様は頬張った。


 ……なんだか、ここでも上手くやれそうだな。と、少し安堵することができたのだった。

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