七話 ぶどう大福 3
で、まぁ、
「ぐへへ、良い尻してるじゃねえかよぉ……!」
こういうやつも出てくる。
セーラを触ろうとした酔っぱらった男を、思いっきり叩き潰すセーラ。気絶しないレベルに痛めつけられている。こういうことは多くはない、が無くならない。面倒極まりない。
「セーラ、その救いようのない馬鹿から料理の代金取って放り捨てて。顔を覚えて、そいつは出禁だ」
「お、おれは客だぞ!」
「店にも客選ぶ権利くらいはあるんですよ、馬鹿が。二度とウチの敷居を跨ぐんじゃねえ!」
常連客もそうだそうだと怒鳴り散らかし、男は怒りに我を忘れて剣を抜いた――刹那だった。その剣が粉々に砕ける。
ガルが、憤怒の形相で男を掴み上げる。
「テメェリョウトの店で剣を抜くたあ勇気あるじゃねえか。オレのお気に入りの店でなにしてくれてんだ? あ?」
「あ……が、ガルガデッド……さん……」
「二度とこの店に近づくな。約束できるなら勘弁してやるよ」
「は、はい! すみませんでした!」
言った刹那にガルは顔面をぶっ飛ばしてた。
「テメェ男が簡単に謝罪してんじゃねえよ!」
「じゃ、じゃあどうしろってんだよ!?」
「謝罪してもムカつくし謝罪なかったら殺してるわ! テメェリョウトの店に手を出しといてこの街のギルドに入れると思うなよ? ここはギルド公認店だ。NGの客リストも共有する。さっさと違う街に行きな、冒険者として生きていたいならな。……今度は本当に殺しちまうぜ」
男は、ガルの凄みに完全に腰が抜けたようで、手で這いつくばりながら去っていった。
「……皆様、すみませんでした。その代わり!」
俺は金貨を見せた。全員にだ。
「今日は俺の奢りです。景気よくパーっと行きましょう! 残したら払ってくださいね」
その言葉で、全員が盛り上がる。ひゅうっ、とセーラも口笛を吹いた。そんな彼女に駆け寄る。
「大丈夫? セーラ。他に何かされてない?」
「あはは、大丈夫ですよぅ! このメイド、セクハラ如きには負けません! というか、坊ちゃん、あれくらいワタシ一人で対処できますし!」
「お前半殺しにしてただろ。それはやりすぎってもんだ」
「自分は殺すとか言ってたくせに」
「だって剣抜きやがったし」
「セーラも、慰労を兼ねて座って座って。さ、何が食べたい? 俺、頑張っちゃうよ!」
「あ、じゃあ、ローストビーフ丼と海藻サラダで!」
「オレぁブロックカツ丼おかわりだ!」
「おれからあげ!」
「こっちに焼き鳥十本!」「エール追加ぁ!」「ワインくれー!」「ステーキを!」
「へーい! アンネ、君が配膳ね。九十九ちゃんは頑張ってお皿下げて」
「わ、わたしも注文取ってきます!」
「よし、良く言った! 頑張って! 俺もなるたけ覚えるから」
再び活気が戻った店内。
しばらくして、そこにエッタがやってくる。
「リョウ! 冒険者を追い払ったってどういうこと!?」
「エッタか。ちょっと後でね、今忙しいから」
「聞いて! 剣も壊されて、腰が抜けたって……! 冒険者を辞めなきゃいけないっておじさん泣いてたんだよ!? なんでそういうことしたの!」
「……従業員を守るためだよ、エッタ。俺は別に――」
「人を守るためだったら、人を傷つけていいの!? そんなの、認めない!」
俺の話を、聞こうともしないのか。いつものエッタらしくない。かなり頭に血が上っているらしい。
「落ち着いて、エッタ……」
「やっぱり、リョウも人のことを傷つけるんだね! リョウは、そういうことをしないって思ってた! でも、違うんだね! リョウはお客さんを大事にするって思ってたけど、自分のお客さんに手を上げるなんて、許されない!」
バン、と彼女は涙を流しながら何かの紙を広げて見せた。俺もようやく読めるようになった文字では、こう書かれてある。金貨、十五枚。
「今すぐ払って!」
「……」
俺は貯めておいた金貨十五枚を叩きつけ、店の証文をアンネに渡した。
「お、おい、リョウト! 何で説明しない!」
アンネのあせった顔が、俺の顔を見て固まった。
俺は今、どんな顔をしている? 自分で感情を制御できているか、よく分からない。
「……エッタ。いや、シャリエッタ。君の主張や言い分は、一方的なものだ。正直、君を諭すことはできる。でも、君がそう言うのなら俺はここから消える。俺の言い分を聞こうともしないなんて、そんなの……俺の知っている友達のシャリエッタでも何でもない。あの時、俺を助けてくれて嬉しかったよ。じゃあね、シャリエッタ姫。アンネ、この店は君に譲る。文句ないよね、シャリエッタ姫」
「……ないよ」
「そう。じゃあ、これで」
俺は荷物をまとめ、他の金を持っていくと、ひとまず……知り合いのところへ駆け込むことにした。
◇
ぶん殴られた。
思いっきりだ。壁に叩きつけられる。セーラだ。清々しい怒りが伝わる。
「なにするの!」
「この馬鹿王族! ご主人様から理由聞いたの!? あのオッサン、人の体触っといて!」
「だから何! 騎士に突き出せばいいでしょ!」
「シャリエッタ姫、今回ばっかりは黙ってられん。お前が悪い。リョウトもちと大人げねえが……リョウトは従業員を立派に守っただけだ。剣を折って脅したのは他ならねぇオレだ。騎士? はっ、痴漢くらいでわざわざ出向くのはお前んところの暇を持て余したアホだけだ。普通は証拠がないで終わりなんだよ。誤認逮捕が一番いけねえからな。嬢ちゃん、人が良すぎるのも罪だ。リョウトがなにしたって言うんだ? 何もわかんねえだろ、今のじゃ」
「……それは……でも、あのおじさん、ホントに……」
「あいつはやっちゃならねえことをやった。セクハラは当人同士の問題だ、オレは知ったこっちゃないし、店の方針でそう言うやつには手を出していいっていうリョウトの方針が悪いのかもしれなかった。けどな、あのオッサンは冒険者のくせに、一般人のセーラに向けて剣を抜きやがったんだ。……間違いなく、あの馬鹿が悪い。リョウトは、何にも悪くねえんだ。謝りな」
なんでだろう。さっきまで、あんなに怒りにあふれてたのに。
今、嘘のように、怒りが引いて行った。
「……それは、ダメだ。一般人に向けて、剣なんて……やっちゃいけない! 私、悪いことした……ね、ねえ、リョウの行きそうな場所、教え――」
もう一回、ぶっ飛ばされた。
今度はアンネローゼさんだった。我慢ならん、というような顔つきだ。
「お前のような奴が、リョウトを愛称で呼ぶな。恥さらしめ」
もう一人の女の子も、あからさまに蔑むような瞳でこちらを見てくる。
「……亮人様は恩人です。貴女のような一方的で話を聞かない人とは関わらせたくありません。お引き取りください」
「それにですね……ご主人様は、誰よりも信頼してた貴女に、信じてもらえなかった。……信頼関係を台無しにしたんだよ、貴女は。誰にでも平等なのは美徳なのかもだけど、もう信頼は戻らない。貴女は、ご主人様の隣にいるべきじゃない」
「……じゃあ、自分で探すよ。そんな資格、誰にだってないんだから」
私は駆け出した。
血が上ってた。それは認める。でも、自分でもなんか変だった。こんなに、むかっ腹が立ったなんて。
色んな事が、重なったんだと思う。
料理人としての名誉を選ばなかったことや、告白をくみ取ってくれなかったことや……色々あったけど、怒るってほどじゃなかった。でも、オジサンの話を聞いてたら、なんだかむかっ腹が立ってしまったのだ。
よく分からないまま、私は夜の街を駆け巡るのだった。
◇
あの後、アンネ、九十九ちゃん、セーラと遭遇。
彼女らに事情を話し別れを告げ、俺は由紀さんと一緒に、遠方に旅立つことにした。例の宮廷料理人の候補として、異国に行くことにした。
アンネはロワゾブリュ・ブランシェの店を守ることになる。九十九ちゃんもセーラもロワゾブリュ・ブランシェで稼ぐようだった。
拠点をイユフに置いていたガルガデッドだったが、「お前らだけじゃ不安だろ?」ということで、途中までついてきてくれることになった。
ラコディさんと合流を果たし、俺達はランデガルドへの馬車に乗っていた。
「どういう風の吹き回しなのですかな? 高級な料理には興味がないはずでは?」
「いえ、雇い主と喧嘩になりまして。どうせなら見聞も深めたいですし、この話を受けようかと」
「いや、実にもったいないと思っておったのです。貴方の名はかなり知れている。ならばこそ、相応しい場にいらっしゃるべきかと! しかし、携行食にも造詣が深いとは……感服です。この甘い食べ物も非常に美味で……」
「ああ……小豆とザラメはあそこにあっても仕方ないので持ってきたんです。豆は保存もききますし。ガル、はい。さっきのビッグスタンプチキンの揚げ物できたよ」
「おう」
「ああ、餡団子を食べれるなんて……! ありがとう、亮人君。非常に美味しいよ。初日のぶどう大福ももうすんごく良かったね!」
「ありがとうございます、御者さんも良かったらどうですか?」
「ありがとう。でもわりーな、自分で持ってきたものじゃねえと喉を通らねえんだ」
御者さんは片手を挙げて俺の誘いを断りつつ、硬そうなパンを食べていた。美味しいのかな。
「これだけの甘味……しかし私に出されたのはステーキでしたな。どういうジャンルがお得意なのですかな?」
「得手不得手は特にないかと。魚、肉、米、パン、麺類、デザート、スープ……どんなものも大体のものは作れますので」
「リョウトの良いところはそれだけじゃねえぜ。馬鹿みてえに量があるくせに、全く飽きが来ねえんだ。色々と工夫してんだよ、な?」
ガルからぐりぐりと撫でられ、俺は苦笑を浮かべた。
「さすがに味が単一だと飽きが来ますからね」
「ほうほう。何にせよ、リョウトが来てくださり助かりました。自分のことで申し訳ないのですが、役職を下げられる可能性もありましたし……」
「あはは、まぁ俺が通用するとは限りませんけどね。めんどくさい風習や文化などがなければいいんですが……」
「あー……」
ガルは引きつった笑みを浮かべていた。
「ランデガルドはややこしいんだよ。多民族国家だからな。エルフの食事、人間の食事、ドワーフの食事、精霊の食事……こう、なんつーかな……恐らく人間の食事の担当になるだろうが、あそこは代々草原の民の料理が多くて、空や大地に祈ったりなんか無駄な事してるわ、あの連中。めんどくせーぞ」
「うわー……。ちょっと行く気が削がれるけど、独自で発展してそうな文化もありそうだし、ちょっと楽しみだな」
「前向きだぜ、お前は。にしたって、妙だよな。あのリエッタの嬢ちゃん、あんなふうじゃなかったと思うんだが……」
「女の子には機嫌の悪い日があるらしいし。まぁ、そんな理由でも許せないけどね、今回のことは。人の話もロクに聞かないのが本性だって分かったし」
「そうだったか? いつもの嬢ちゃんは本当にそんな奴だったか?」
「何かある、のかな」
「別に。気になっただけだ。そしてこの勘は八割当たってる。ま、今更関係ねえけどな! オレも拠点を移すぜ、リョウト。お前のメシ、夜だけでいいから食わせてくれや」
「ふむ。勤務は夕方までですので、可能ですぞ。そこの医者も宮廷医になればよいのです」
「それは遠慮しておこう。王族間のごたごたに巻き込まれるのは御免だ。貴族でさえめんどくさかったというのに」
由紀さんは鬱陶しそうに手を左右に振る。
「皆様、特権階級になりたくはないのですか?」
「俺は興味ないです」「オレもだ」「俺もそうだが」
「うーむ……もったいない。かなりの粒ぞろいな面子だというのに。一流の料理人、一流の冒険者、一流の医者……素晴らしいメンツでございますが」
「俺が一流かと言われたら首を傾げますけどね」「オレぁ一流だな、まぁ。一応プラチナランクだし」「医者としては負けないが、冒険者としては俺はシルバーなのでね」
「ってガルガデッド君はプラチナなのか」
「君はよせ、ユキ。気持ち悪い」
そう言っている間に、夜も更けていく。
俺達は談笑していたが、由紀さんと一緒に寝ることにした。ガルガデッドは寝ずの番だ。他の護衛連中も強引にガルが寝かせてしまった。無理もない、フラフラだったからな。泥のように眠っている彼らを見ながら、浅い眠りに入る。
……エッタ。
こんな時に思い浮かぶ顔が異性とは。あんな別れ方をしておいて。我ながら単純だ。
そう思いながら、目を閉じる――
眠りは、すぐに訪れた。
◇
リョウは、街を出ていってしまった。
あれから、後悔して……ひきこもる日々が続いていた。心配で人が訪ねてきたが、そのうち来なくなった――
「ロックオフ」
鍵を開ける魔術を使ったのは、聞き覚えのある声。……レリアだ。奥にルル――ルアルトルンもいる。
大きな嘆息が聞こえた。レリアだろう。
「あの料理人を追い出したのに、なんだそれは。後悔するならなんでやったんだ、この馬鹿タレ」
「……言っても信じないよ。私が、私じゃなくなって……気づいてたら、怒りに支配されてたんだ……あんなこと、言うつもりじゃなかったのに……」
「……ん? 待て、リエッタ」
レリアは漂う何かを指でなぞった。見えないものだったが、レリアには何か見えているらしい。
「どうしたの、レリア」
ルルが首を傾げる中、レリアは目を険しく細めた。
「……お前、催眠を受けたな。感情を動かすほどの規模の催眠魔術は魔力の残滓が漂うんだ。……なるほどな、この感じからして魔道具だろうな。何か、火を見なかったか?」
「火……そういえば、なんか……オジサンがリョウが悪事を働いたって言った時、ライターでタバコに火を……」
「来い、リエッタ。真実を教えてやる」
彼女の足取りに、ついていく。足取りは重たく感じられたが、真実を知りたいという気持ちが高まっている。
レリアは何かを辿る。そうして、馬車の乗り合い所にやってきた。
そこで乗ろうとしていた人物に、突然杖を掲げた。
「ウィンド!」
殺到した風が、そのオジサンを吹き飛ばす。地面に転がった……魔石のライター。そこには、確かに――魔法陣。
「この魔法陣は、怒りの感情を増幅させるものだ。リエッタを復讐に利用しようとしたな」
「し、知らない! 俺は関係――」
「ない、はずがない。ボクは魔法使いなんだよ。分かるか? 魔術師じゃない。街一つ消し飛ばすくらいの術をもつ。無論、人間など残滓なしで消し去れるほどな。言え、ボクは今機嫌が悪い」
レリアは杖に炎を浮かべた。離れた位置からでもわかる灼熱を間近に向けられていた男は、縮み上がった。
「ひぃぃぃ! わ、わかった! この魔道具で、シャリエッタをけしかけたのは確かだ! わ、分かっただろ? もういいだろ、それをしまえ――ぐぶっ!?」
ルルが男の鳩尾を蹴り抜いた。腕がひん曲がってるけど、私はそれどころじゃなかった。
「わ、私……最低だ……! 錬金術師なのに、こんな魔道具なんかに引っかかって、催眠で、りょ、リョウに……酷いこと、言っちゃった……!」
涙があふれてくる。止まらない。
リョウ。……好きなのに。こんなに好きなのに、これでは、もう、嫌われても仕方がない。それほどまでに、致命的な行為をやらかしてしまった。その事実だけが、胸を刺す。
そんな様子を見て、男はボロボロになりながらも、土下座をしていた。
「……すまんかった……あの男と嬢ちゃんが、そんなに仲いいなんて思ってなかったんだよ……」
「お前は二度とシャリエッタの視界に入るな。とっとと消えろ」
「……ああ。本当に悪かった」
ボロボロの男は馬車と一緒にいなくなった。
泣いている私を抱きしめてくれる、ルル。
「……リエッタ、初恋だったもんね。終わらせたくない?」
「うん……! 謝りたい。許してくれなくても、謝りたいの……!」
「……そっか。それじゃ、謝りに行けばいい。あたしも付き合うよ」
緑の髪をかき上げて、ルルはそう言ってくれる。
「……ボクも行こう。リエッタとリョウトの間には仲立ちが要る。第三者の視点が必要だろう。魔道具のこともボクが説明しないとどうしようもない」
「れ、レリア……!」
「こら、抱き着くな! 洟がつくだろうが!」
「なーるほど。そういう事情でしたか」
セーラだ。買い物袋を手にしている。納得しながら、こちらに一つの紙袋を押し付けてくる。
「? これ、何?」
「ご主人様……いえ、リョウトさんへのプレゼントです。ついでに渡してきてください。突然のお別れで、ロクに喋れませんでしたし。誰かさんのせいで」
「ううっ……で、でも、絶対イユフに連れて帰ってくるから!」
「半分期待してますね。では、業務があるのでこれで」
去っていくセーラ。
紙袋を手に、涙を手で拭う。
泣いてばかりもいられない。自分の殻に閉じこもってたって、何もできやしないんだ。師匠もそう教えてくれた。
だから、行くよ。
「では、ランデガルドに、行こう!」
「うん、リエッタ!」「はぁ……まさかまた旅とはな。長旅だぞ、ちゃんとした御者と護衛を捕まえよう」
「うん、お金ならある!」
皮肉にも、金貨はリョウから返してもらった分で、かなりの額がある。
会いたい。そして、謝りたい。
その心だけで、行動するには充分だ!
「ルル、レリア……ありがとう」
「いいって」「いいから、各々一時間後に支度を整えてここまで来い」
私達も、旅立つ。
会いたい人に、会うために。
謝りたい人に、謝るために。
待っててね、リョウ。……会いに行くから!
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