七話 ぶどう大福 2
昼は何をしようかを考えていた。久々に市場に出てみようか。
ふらふらと歩く。おお、色んなものが売っているなぁ。
ふと、思わず目を止めた。着物姿の商人だ。着物なんて珍しい。
「り、リンガ伝来の珍しい豆、いかがでしょうかー……? こ、こっちのざらめと煮ると美味しくて……あの……!」
全く人気が無い露天だが、俺は興味があったので近づいた。
「君、リンガの子?」
「はい……あっ、その肌の色! 同じリンガの方ですか!?」
「厳密には違うんだけど、まぁそんな感じ。ザラメと小豆を売っているのかい? 団子粉とかも売ってる?」
「は、はい……!」
「あるだけちょうだい。全部買うよ」
「ええええ!? い、いえ、助かるんですけど、ど、どうやって消化するのですか!?」
「俺はこの先にあるロワゾブリュ・ブランシェってお店を構えてるんだ。そこで出すんだよ。甘いものが好きな子に試食してもらってメニューに入れようかなって」
「あ……あ……ありがとうございます! ありがとうございます!」
「良ければ、定期的に卸してくれないかな。そっちに醤油とかもあったらそれも是非。味噌なんかもあると嬉しいけど。鰹節とか」
「あ、あります! 全部あります! け、契約、本当にいいんですか!?」
「うん。俺は久瀬亮人。君は?」
「九十九風花です……! け、契約取るまで帰ってくるなと言われておりまして……うっ、うううっ、久瀬様、ありがとうごじゃいましゅ……」
「な、泣かないで……。それで、帰りの路銀はあるかい?」
「……これ全部を買い取ってくれても、少し足りないですね……」
「それじゃ俺の店で働かないかい? 接客業なんだけど……大丈夫そう?」
「うっ、苦手なんですよね、接客……。声を張るのも苦手ですし……」
「じゃあ食べ終わった料理の皿を引いてくる係はどうかな。食事と住処は提供する。日当は銅貨六枚。どう?」
「ぜ、是非!」
「うん。先輩メイドがいるから彼女からレクチャーを受けて欲しい。明日から頼むよ。今日の宿はある?」
「い、いえ……大体野宿なので……」
「危ないな……。いいからおいで。住み込みで女性もいるし、なんぼか安心できると思うよ」
「は、はい!」
俺は彼女が抱え上げた荷物を持とうと思ったら、彼女は首を横に振った。
「これ、重いですので。普通の男の人が持ったら動きませんよ」
「君はなんで持ててるのさ」
「腐っても武家の娘ですからね!」
俺も持たせてもらうことになったが、マジで動かん。どんだけ重いんだよ。
彼女はそれをひょいっという感じで担ぎ上げてまっすぐに進んでいる。すげえな。
意外に力自慢の彼女を、慌てて追うのだった。
レリアを呼んで、甘味試食会。
団子にザラメで味を付けたこしあんを塗って出してみる。
「何だこれは」
「餡団子っていう、俺の国のおやつなんだ。どうだろうか」
「ふむ」
食べてみるレリア。徐々にその顔がほんにゃりとしていく。
「あまい……いいな、これ。見た目はあんまりよくないけど、メッチャ美味しい。もちもちしてて、濃厚で……スキッとした甘さだ。そんなにしつこくない」
「もち粉もあったので、こっちの方がレリアは好きかな」
大福を作ってみた。中にイチゴがなかったのでブドウを仕込んだぶどう大福。
「九十九さんも食べてみて」
「は、はい!」
一口で食べてしまった。レリアは半分食べて中身に驚いていたようだった。
「むう、瑞々しいブドウの水分と酸味と風味が……! ねっとりした餡の甘さを引き立てている……! 凄いぞ、リョウト、お前ってやつは!」
「こ、こんな大福食べたことないです!」
「あれ? リンガにもイチゴ大福くらいあるんじゃない?」
「いえ……ありませんでした」
「ほほー、それは意外ですね」
緑茶を差し出す。玉露もあるそうだったが、玉露ってなんか出汁の味がして苦手なんだよな。あの緑っぽい煎茶の方が絶対にお菓子に合う。
「ふむ、このグリーンティも中々面白いな。良くマッチしてる」
「はい、お茶の入れ方もお上手です、久瀬さん」
「どうもです。レリア、通常メニューに加えても問題なさそうかな?」
「ああ。それに、これ携行も可能だろう? 人気出るぞマジで」
「そしてー、そんなー、レリアのためにー?」
「な、なんかあるのか……!?」
「白玉餡子パフェだー! 九十九さんもどうぞ」
「ふおおおお!」「わぁぁぁ! 可愛い!」
ホイップクリームと小豆、白玉団子、アイスクリームで構成された団子だ。アイスは魔石冷凍庫をレリアから譲ってもらっていた。そこで作ったもの。パフェに幅が広がる。
めいめい、無言でそれを掘っているようだ。満足そうに二人が食べ終わるのは、ほぼ同時。緑茶を飲んでホッとしていたようだった。
「神の食べ物だな……。リョウト、お前は神だ」
「言い過ぎかと」
「そんなことはない。リンガとハルコマータの融合……実にいい」
「本当にリンガでもこんなに餡子を上手に作る人、珍しいですよ! 凄いです、久瀬さん!」
「あはは、どうもです。少々ですが、基本となる餡は修めておりますので」
「お、お汁粉とか、言ったら、でてきます……?」
「勿論、作らせてもらうよ。その代わり少量は作らないから宣伝してね」
「おしるこ?」
「この餡を、なんというか、液状にしまして。温かく、このもちもちした白玉やお餅を入れておやつにちょうどいい温かい汁ものです」
九十九ちゃんがたどたどしく説明し、納得したような顔をレリアは見せていた。
「ほう。明日頼む」
「分かったよ。レリアの新聞のおかげでボチボチ女の人も入ってくるから、ありがとうございます」
「構わんさ。ボクの新聞を読む偏屈女子を唸らせる甘味を繰り出しておけ」
「腕をみがいておきますね」
「うむ。馳走になった。いくらだ?」
「これは味見ですので。今後ともよしなに」
「……。何かあったらボクにも言うんだぞ。頼りなさそうに見えるかもしれんが、ボクも大人なんだ。相談しろ、若造」
「そうなった時は頼らせてください」
「うむ。ではな」
「歯を磨くのをお忘れなくー」
「無論だ」
この国にもグラスブラシという特殊な草で出来た歯ブラシがあった。ペーストなんかは錬金術でフッ素の代替となるものを混ぜているそうな。何でもありだな錬金術。助かってるけども。
「ただいまでーす! あら、新しいバイトの子? 可愛いー! 黒い髪にこの肌の色は……なんだかご主人様やあの陰気な医者に似てますねぇ」
「リンガ人だからね。食器を下げる作業を主に担当する、アルバイトのフーカ・ツクモちゃん。九十九ちゃん、この子はセーラ。君の先輩だから分からないことがあったらどんどん訊こう。セーラ、この子の面倒よろしく」
「はーい! そして九十九ちゃん、メイドについてどう思う?」
「身を粉にして働く、しっかり者が多いイメージですが……」
「うーん、なるほど。まぁ合格です。メイドを下に見てないだけよしとしましょう! よろしくお願いしますね、フーカちゃん!」
「は、はい! こちらこそ……?」
よく分かっていない九十九ちゃん。まぁいいけども。セーラはこう見えて人を見る目はかなり厳しい。お眼鏡に適っただけでも良しとしておかねば。
翌日から、四人に増えたロワゾブリュ・ブランシェは大回転を見せる。
幸か不幸か、宮廷から召し抱えられそうになったといううわさが目立ち、それを断った物好きな店主の料理を一口でも拝もうと近隣の冒険者達が押し寄せてきていた。
夕方ごろになってようやく落ち着きを見せる。夜に向けての仕込みをしていたが、ぐったりとした九十九ちゃんが気に掛かる。
「セーラ、九十九ちゃん、休憩しておいで。はい、これ。キンキンのアップルサイダーね。賄いもすぐ作るから食べちゃって」
「はーい!」
「め、目が回る忙しさです……。凄いですね、セーラさん……アンネローゼさんも、こんなに……」
「今日はとりわけ忙しかったですねぇ。初めからついてこれるなんてガッツ有りますね!」
「そうだぞ。そこのリョウトは何やったら疲れるんだってくらいの体力馬鹿だが、お前はいかにもひ弱そうだ。頑張ったじゃないか」
「いやいや、力仕事なら九十九ちゃんに敵わないんじゃないかな、セーラもアンネも」
「えー!? ちょっと腕相撲しましょ! フーカちゃん!」
「は、はぁ……」
そして二人は秒殺される。さすが、強いな九十九ちゃん。野宿も平気な意外なタフなタイプだとみる。持っていた攻撃用だろう鉈もかなり手入れされてるっぽかったし。戦える人間のはずだ。
「つっよ……! どうなってるんですか!? わたしもそこそこ腕っぷしには自信ありましたけど!」
「同じくだ。強いな、フーカ!」
「い、いえいえ、単に荷運びで足腰や腕が鍛えられただけですので……」
「うーむ。メイド服着せたいです。アンネちゃんも着ましょうよー」
「うーん、フリフリか。リョウト、どう思う?」
「アンネにも九十九ちゃんにも似合うと思うよ、二人とも可愛いし」
「なるほどな。じゃあ着る。統一感というものは大事だ」
「え、ええ……? わ、わたし、洋装は、その……!」
「はいはい、お着換え、しましょうねー! メイド服は十着持ってるのでちゃちゃちゃーっと似合うように仕立て直すので二十分ください!」
「え、逆に二十分でどうにかなるのか……?」
「敏腕メイドですので!」
ドヤ顔をするセーラは二人を引きずっていってしまった。
俺は自分用に入れたミルクティーを飲みながら、溜息を吐くのだった。忙しすぎんだろ……まあ嬉しいんだけども。
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