七話 ぶどう大福 1

「そう、宮廷料理人でございます。その候補ともなれば、財や地位は保証されたも同然! さ、出発の日取りは何時になさいましょうか。あまり猶予はありませんぞ!」

「あの、辞退させてください」

「……。んんん。耳が、少し悪くなったのでしょうか。もう一度お聞かせ願えませんでしょうか?」

「ハッキリ言わなければいけないなら、お断りさせて頂きます。俺はよく分からん国の料理に関しては興味はありますが、作り上げてきた店もありますし、常連さんだって嬉しいことにいますからね。それに、俺がやりたいのは大衆食堂です。肩肘張ったコース料理もたまにはいいでしょうが、俺は魅力を感じません。お引き取りください」


 にこやかにそう告げると、ガルも鼻を鳴らした。


「ランデガルドって言えば、草原の国だ。馬鹿にならねえ数の魔物もいる危険地域。そんで、あそこの宮廷料理はここの食事と毛色が違い過ぎる。何でここに招集したかわかんねえな」

「噂はとうに駆け巡っておるのですよ。あの美食家、クライベル・ガウンヒルトが認めた料理人。リョウト・クゼ様。宮廷料理に興味は……ございませんでしたな」

「ええ、残念ながら。申し訳ございません。それに、手前勝手に店を空けてしまったばかりですので、さすがにしばらくの外出は控えるつもりなんです」

「ですか。……実にもったいない。こんな小さな店で終わってしまうとは。ステーキ、とてもおいしゅうございました。もし、お気が変わりましたら、いつでも連絡を頂きたく思います。では、失礼をば」


 ラコディと名乗った老紳士は去っていった。


 何だか咎めるような視線を向けられる。一瞬、向けている主を信じられなかった。エッタだ。


「どうしたのさ」

「リョウ、もう少しレベルアップしたくないの? あのお誘い、とっても良いと思うんだけど!」

「それはね、俺が高級料理に魅力を微塵も感じないからだ。俺が働いてたところは良いところもあったけど、酷いとこもあった。服装だけで追い返される人たちを一日に何人も見てる場所でさ……その瞬間、思ったんだ。俺の店は、誰にでも入れるような場所にしようって。誰もが美味しいって思うような料理にしようって。その店で得られたことはいっぱいあったけど、やっぱ俺は庶民に根差してる方が好きだ。だから、まぁ、ああいう手合いは好きじゃないんだよ。さ、この話はおしまい! アンネ、何か知りたいなら今手が空いてるから今からやろう」

「ホントか!? カレーを伝授してほしい!」

「分かった、やろうか。まずスパイスを用意。配合はね……」


 そうやって教えていく。


 高級料理ね。そんな庶民には手の届かないご馳走よりも、日々の暮らしで美味いと思えるものを、という主眼を旨とした俺の料理には届かない。


 その日は、結局働きっぱなしで一日を終えた。





 翌日、休暇を取ることにした。俺も旅の疲れがあったのと、三日間も働き詰めだったセーラとアンネに休んでほしかったからだ。たまの休みということでセーラは喜んでいたが、アンネはつまらなさそうにして、ギルドの方で休みながら働くのだとか。勤勉でよろしい。


 俺は由紀さんと一緒に作った日本食を食べていた。今日はかしわうどん。いつかジェルにご馳走したものだ。甘辛く炊いた薄めの鶏肉に天かすの風味がマッチしている。ネギもたくさん入れた。これが福岡スタイル。


 ついでに握ってみたマグロの寿司十貫を摘まむ。こっちのマグロは比較的小さく、身が柔らかなのが特徴だ。


 朝っぱらだが、昼は食べない主義の由紀はそこそこの食欲を見せている。


「うん、美味い! あの店に似ているかな、こう、三大チェーンの」

「ならよかったです。再現性はともかく、味には自信があります」

「だろうね。美味いよ! いやあ、日本食が作れる人がいるのは本当に嬉しいよ。にしても、君、栄転の話を蹴ったんだって?」

「うわ、由紀さんまで知ってるんですか、昨日の今日なのに」

「シャリエッタ姫がカンカンだったからね。能力がある人間は向上しなければならない的なことを言っていたが、分かっちゃいないな、彼女も。身近な人の助けになれることがどれだけ立派なことなのか」

「まぁ、エッタの意見も分からんでもないんですが、俺は衣服で客を差別する高級店より、誰でも入ってきやすい食堂を目指してますから」

「どちらにもどちらの良さがあるけどね。俺も庶民向けの方が好きだ。和風割烹の行きつけの店があったんだけど……ぶり大根が恋しい……」

「ぶりですか……。ここで釣れるのかなあ……」

「どうだろうか。何にせよ、君が離れるなら、今度はちゃんと言っておいてくれ。俺もついてくから」

「あ、あはは……。急に三日間抜けてすみませんでした」

「いいさ。唐揚げ定食とか仕込んであったものを出してくれたからね。うどんもあそこまでの再現度をいきなり出されたから驚いたよ。えっと、アンネローゼちゃんだっけ。優秀なんだね」

「それはもう。スポンジのように知識を吸収していくので凄いですよ。由紀さんの方は仕事はどうですか?」

「平和だからね、巡回する余裕があるよ。まぁ、コルペスでよりは稼げているかな。シャリエッタ姫のPTにも誘われていてね。都度都度、お世話になっている」

「冒険者としての彼女はどうですか?」

「いや、血気盛んというか、好奇心旺盛で……ブレーキ役がいないと大変なことになるけど、ブレーキ役の女の子がよく彼女を諫めていたな。確か、ルアルトルンと言っていたかな」


 知らない名前だ。知らない間に俺の店にも来たのだろうか。女性客……うむむ、顔が出てこない。


「ふう……いつもご馳走様、亮人君。俺も何か返せるといいんだけど……」

「いつも俺の料理に感想くれるだけで充分お返しになってますから。嬉しいですよ、こういう生の声をリアルに聞けるってなかなかないですし」

「だったらよかった。何か食材か何かを貰ったらおすそ分けにくるよ……って、そうだった! これこれ! どう!?」


 ……これって!


「ごぼう!?」

「そうなんだよ! リンガ産の野菜とか何とかでハルコマータで栽培したけど売れないって放置してたら大繁殖したらしくてね! うどん、半玉おかわりで、ごぼう天にしてくれないかな?」

「勿論です! うわあ、懐かしーなあ!」


 言いつつ、ゴボウをセットだ。


 斜めの薄切りスライスにする。育ち過ぎてもバシバシして食えたもんじゃないんだけど、これは大丈夫なようだ。味付けはミリン、醤油、酒で軽く火が通るまで煮て、少し冷やして味をしみこませる。


 衣をまとわせてカラッと揚げて、盛りつけたうどんの上に乗せる。肉も少し。


「肉ごぼう天でーす」

「え、肉まで良いのかい!?」

「サービスですよ、由紀さんですし」

「おおお……! いただきます! うっはあ、懐かしい……!」


 嬉しそうに食べてくれるから作りがいがある。


「いやぁ、亮人君がいてくれて本当に良かった……! 俺は君の味方だからね!」

「あ、あはは……」


 苦笑を返すしかなく、俺はマグロをもう一貫口に運んだ。

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