六話 海老天うどん 4

「おおお、これは美味いね! 食べたことないよ、こんなの!」

「それはよかった」


 俺とレジェンサスさんは俺の提案で城の調理室を見学させてもらえることになって、そこで何か披露してくれと言われたので、ギルドから調味料持ってきて唐揚げを作ってみた。


 唇の油を拭って、レジェンサスさんは頷いていた。


「なるほど、クライベル殿が貴方を推す理由も分かるよ」

「イユフにお立ち寄り頂いた時は、ロワゾブリュ・ブランシェをどうぞよろしくお願い致します。なお、特別扱いはしませんので」

「それでいい。ああ、僕のことはレジェンでいい。妹の未来の婿候補殿だ、ざっくばらんにいこう」

「いや、俺とはマジでつりあわないと思うんだけど……」


 割と本気で思っているのだか、彼もまた首を横に振る。


「そんなことないさ。外でのあの子はただのリエッタだ。格は同じだし、それに、君のその思慮深さはリエッタととても相性がいいように思う。君のような男の人がいてくれて、本当によかった。母様も本当の意思も理解できたし……ありがとう、リョウト」

「いや……ま、エッタが王宮に帰るなら、それはそれでいいしね。それが彼女の幸せだと思うなら、そうすべきだ」

「……そこまで悟りを開いていたら、まるで仙人のようだ」

「いやいや。エッチなことに興味津々な思春期ですとも、こちとら」

「じゃあエッタに手を出した?」

「…………」

「はははっ、そんなこと、恋人になってすらない君ができるわけがない! 短い会話だけでも、君が衝動に任せてそんなことをしない人だというのは分かるさ!」


 バシバシと背中を叩かれる。大阪のおばちゃんかあんたは。


「あー、でも安心したよ。親子の不仲はいずれ大きな軋轢を生むと思っていた。君が今日ここにきてくれて本当によかった。友として、これから力にならせてもらうよ。よろしく、リョウト!」

「うん、こっちこそ。食に関わることなら何か言ってほしい、レジェン」


 握手を返し、俺達はお互いに笑みを浮かべ合った。


 まさか王子様とこんな関係になるとは……いやそれを言ったら、そもそも姫だったエッタとこんなに近い関係になるなんて、想像すらしなかったが。





 その夜、張り切っていたエッタは、泣いた疲れからか宿のベッドで泥のように眠っていた。それを眺めつつ、俺は寝ころぶ。夕方の客もかなり多かったし、エッタに助けられた。彼女には、やはり頭が上がらない。


 でもよかった。彼女を分かってくれる人がいて。愛してくれている人が、ちゃんといてくれて。


 俺が彼女の前からもしいなくなったとしても、これなら大丈夫かな。


 立ち上がり、水を飲もうとしたのだが、引っ掛かりを感じる。


 見れば寝たまま、エッタが幸せそうに俺の服の裾を掴んでいた。


「あーあ……もう」


 優しくそれを払いのけて、ちゃんと毛布を掛けてやる。


 明日も、明後日も、これからも――よろしく頼むな、エッタ。俺は君のために頑張るから。君も目標の一人前の錬金術師として頑張ってほしい。


 そう思いながら、水を飲み、ベッドに横になって、瞳を閉じた。


 エッタが、どうかいい夢を見られますように。






 無事に三日が過ぎ、何故か泣きながら引き留められたが、俺はガルを護衛に、グレの馬車で戻ることになった。自分の店を三日も空けてしまっていたのだ。


 ずっとエッタが上機嫌で、締まりのない顔をして笑っている。彼女の宿願だったんだろう、母親との和解が。叶って良かった。


 御者台にガルとグレがいて、何かを話しているようだったが、俺達にはあまり関係のない話だろう。多分。


 もうイユフの領地の中だ。見慣れた街並みを馬車が通っていく。


「いやぁ、今日もいい天気だね、リョウ!」

「いや、果てしなく曇ってるけど……」

「いーのいーの、私の中では晴れだからさ!」

「この曇天が!? 何で!?」


 もうムチャクチャだったが、リエッタはやはりヘラヘラしていた。元気がないよりはいいけども、この顔もどうかと思う……。


「リョウにはすっごくお世話になってるからさ、何か返したいの。何がいーい? あ、今度宝石が取れたらおすそ分けするね! 包丁型がいいかな!?」

「俺が料理関連でなんでも喜ぶと思ったら違うからね。宝石は別にいいよ……というか、国王様と挨拶しなくてよかったのか」

「あー、お父様は諸国をめぐる外交の旅をしてるの。多分一年以上掛かるだろうし、まぁ、多分会えずじまいだと思うなあ」


 なるほどな……会っておきたかったな。エッタの父親に。どんな顔してるんだろう。やっぱ親子って結構似るから、彼も美形だったりして。


 しばらく無言が続いたが、エッタはこちらを窺うようにこちらを見上げてくる。


「リョウは……故郷に帰りたいって思う?」

「故郷ねえ……」


 家は出ていったし、あのアパート生活も悪くなかった。しかし、帰りたいかと言われれば、それはなかった。あの文明レベルは捨てがたいが、ここには……もう、俺の帰るべき場所があるのだから。


「いいや。エッタも、みんなもいるし。俺はここにこれて、本当に良かったと思う。あのままだと、何の目標もないまま、ただ何となく仕事して生きてたと思う。ありがとう、エッタ。俺と出会ってくれて」

「う、ううん! こっちこそ、お礼いっぱい言いたいの! 全部、リョウのおかげ! 私の錬金術の腕が王都で広がったのも、お母様と仲良くなれたのも、知らなかった美味しいご飯を食べさせてくれたのも、全部全部リョウのおかげなんだよ! そ、それでね、リョウ……こ、恋人って、欲しいと思う?」

「恋人?」

「あ、あのね、リョウ! わ、私ね……!」

「おう、リョウト。着いたぜ!」


 ガルが扉を開けたのでそれに片手を挙げて応じる。


「うん、護衛ありがとう。で、エッタ。恋人がなんだって?」

「あ、な、なんでもない。ガルガデッドの馬鹿!」


 エッタは先に店に走ってしまった。何なんだろう。ガルガデッドは片手で頭を抱えて、やっちまった感出していたが。


「どうしたんだ?」

「いや、悪いことしたなと。オレ、間が悪かった……すまん、リョウト」

「まぁ、大丈夫じゃないかな。大事なことなら言ってくるだろうし」

「……お前、何言おうとしてたのか察しがついてるのか?」

「うん? 恋人は欲しいかって聞かれたけど……うーん、俺に恋人が欲しいかって、なんで聞くんだ? ああ、あれか! もしいたら浮気になるかなってやつかな。優しいなあ、エッタは……でも俺に恋人がいないのは知ってるはずなんだがなあ。ってガル。なんだ、こいつアホ過ぎてどうしようもないって顔してるけど」

「お前の言葉通りだ、馬鹿。お前、そっち方面は完膚なきまでに死んでやがるな」

「ひっで!」

「いや、お前の方が五億倍酷い。さっさとメシ作りに行け。オレはブロックカツ丼な」

「お任せあれ。さーて、セーラとアンネはやってくれてるかなー」


 店に戻ると、席にいるエッタが片手を挙げていた。片手を挙げ返し、賑わっている店内に入っていく。


 忙しなく駆け回るセーラ、調理を続けているアンネの姿が。


「ご主人様おかえりですー! 厨房ヤバいんで早速アンネちゃんを手伝ってくださいませ!」

「勿論。アンネ、俺のいない間ありがとう。助かったよ」

「いいから、ブロックカツ丼と唐揚げの盛り合わせ、ミックスフライ定食を頼むぞ!」

「うん、わかった」


 慣れた厨房で、作業を開始する。


「リョウ、私肉玉子うどん!」

「はーい、ちょっと揚げ物捌き終わってからね。アンネ、麺茹でといて!」

「おう」


 こうして、求められることに応えていく。それが仕事。


 にしたって恋人か。ひょっとしてエッタは、俺に向かって告白しようとしてたのか?


 いや、ないな。彼女にとって俺は恩人のようなものだが、それが高じて告白だなんて、夢を見過ぎだ。


 煩悩は消し去って、揚げ物を捌いていく。


 頑張って働いてくれてるこの二人のお給金のために。様々なものを頼んでくれる、ガル、レティーシャさん、由紀、ジェル、グレ、レリア……他、数々の常連さんのために。


 こうして、店を持たせてくれるきっかけを作ってくれて、俺の生活に多大な影響を与えてくれた、エッタのために。


 今日も俺は、料理を作り、振る舞い、学んで、学ばれていく。


 この連続する日々こそが――いつかエッタに話した、空虚な俺自身の質問への答えだろう。

 ああ――生きていて、よかった。この人達と出会えてよかった。


「よーし、あがった。セーラ、よろしく!」

「はいはーい!」


 そうして、俺はエッタの肉玉子うどんに取り掛かった。甘辛い薄切り牛肉をたっぷり入れた、卵焼きの乗ったうどんだ。ちょっと変則気味だが、これがまた美味いのだ。肉とうどんの相性は言わずもがな。そこに卵が入ることで食べ応えとまろやかさが出て、焼いた卵に出汁が染みこんで言い得もできない幸福感のある一品になる。


 彼女に配膳しようとしていると、慌てて駆け込む影が一つ。


「りょ、リョウト・クゼ様はいらっしゃいますか?」

「俺ですが……いかがなさいました?」

「ごほん。リョウト・クゼ様。この度、名誉にもランデガルド帝国の宮廷料理人候補として招集されました! 拒否はないでしょう? 料理人として、とても名誉なことなのですから!」


 俺はエッタと顔を見合わせる。


 ……俺の人生、異世界に来て……大分ユニークになってしまったよなあ……。


 新たな騒動の種に悩まされそうになるが、俺のやることは変わらない。


「そのお話の前に、お腹は空かれていませんか? 何か作りましょうか?」

「あ、ああ……では、水と……牛のステーキを」

「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 さて、どんなトラブルなのか。少し身構えながら、俺は話を聞くことにした。

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