五話 カツカレー 2


 少しごわついた襟付きの白いシャツにベルト付きの黒いズボンの感触が、未だに違和感がぬぐえない。ジャージがいかに機能性に富んでいるかが証明された結果ではあるが、俺もこの街に馴染めてきた感はある。


 髪の毛を隠す帽子も買って、外出用に革のジャケットと腰に巻くタイプのエプロンを買った。それぞれ複数を買ったので、しばらくはローテーション出来る。


 洗濯はセーラがやってくれていた。「家賃が要らないのは気持ち悪いので、家事一般はさせてください!」と泣きつかれた形でやってくれることになったのだが、まぁ、さすが本職メイド。頑固な油汚れの黄ばみなどは一瞬で片が付いてしまう。


 俺の変化に真っ先に気づいたのは、やはりというか、彼女だった。


「あー! リョウがまともな服着てる!」


 エッタが物珍しそうにこちらへやって来た。街中なので往来も激しい中、するするとこちらへ駆け寄ってくる。


「さすがセーラさん! リョウに選んだんだね! でもなんかシンプルだなあ」

「ねー? リエッタちゃんもやっぱシンプルだって思うよねえ? もうちょっとカッコいい服似合いそうだけど」

「服に負けちゃうからヤダ。こういうシンプルなやつの方が、スッキリしてていいよ。毎日着るものだし、丈夫で見た目で不愉快でないなら何でもいいかな」

「ふむふむ、ご主人様は頑丈な素材の服が好き……」


 セーラは何か唱えているが、エッタの瞳が鋭くなることを確認したため、彼女の方に向き直る。


「な、なに?」

「もっと自分を大事にしなきゃダメだよ、リョウ! おしゃれする感覚も楽しもうよ!」

「ごめん、それは顔がいけてる奴だけやってりゃいいから」

「じゃあリョウもやらなきゃダメだねっ! リョウカッコいいし!」

「それはひいき目が過ぎるって。仮に顔面偏差値を数値化するとして、俺が三だったら君ら七万くらいいってるから。君ら美少女過ぎ」


 ぶっちゃけ俺自身、そんなに人並みから外れた顔だなとも思っていない。ブサイクでもないがイケメンでもない。それが自身の寸評。


 一方、確定的に美少女の二人組は、セーラは満足そうに胸をそらし、エッタは少し顔を赤くしながらそっぽを向きつつ、髪の毛をくるくるとゆびに絡めていた。


「えへへー、まぁそれほどでもありますかね!」

「まぁ、私も自分は可愛い方だなーって思ってるけどさ……」


 嫌味でも何でもなく、自分の容姿を自覚している方が何かと安心だ。それだけ自分をよく分かっていると変に付け込まれたりしないし。


「そう言えば、セーラの私服って見た事ないや」

「可愛いやつですよ! 最近は、白い短い裾のワンピースにぴったりしたズボンが流行りなんです!」

「流行りなのか、いいよね、なんか今時って言うのはさ。エッタのいつもの格好だけど、可愛いよね。初めて会った頃は緑のワンピース着てたけど、今日は花柄なんだね。おしゃれさんだ」

「うん、まあね! 華やかな方がいいでしょ、見た目!」


 半端な裾をひらひらさせる彼女の頭を撫でていると、セーラは「ははーん」という目でこちらを見てくる。そんな顔までも可愛いのだから、美少女という奴は得だ。


「ご主人様も隅に置けませんなぁ! でもメイドも可愛がって欲しいです!」

「勿論。セーラもよく働いてくれてるし、可愛いから目の保養にもなってる」

「あはは、ご主人様オジサン臭いですよー?」

「うっ、そうなの……?」


 オジサン臭い、という言葉に思わず言葉がつまる。顔も苦笑に変わってしまっていた。


「おや、意外に渋い反応。年上の素敵な男性に見えますよ、ご主人様は!」

「老け顔ってよく言われててね……。一番最悪だったのが、二十代後半の子持ちに見られたことがあるんだ……俺はそんなに老けているのかな……」


 何だか泣きたくなってくる。

 慌ててセーラがフォローを入れてきた。


「きっと良い意味ですよ! ご主人様、年の割にはかなり落ち着いてますし、大人の余裕たっぷりでわたし同じ十代とはとても思えなくて! あ、いや、良い意味ですよ! ホントに! ホントです、ああ、落ち込まないで!?」


 必死にフォローされているのがまた心が痛い……ひどくね? 俺だって若く見られようとしていっつも笑顔でいるというのに。


「セーラさん、一言余計だって言われない?」

「お前は喋るなと屋敷で言われてました! てへ!」


 くそ、てへ、なんか凄くあざとい言動が物凄く可愛い。これだから美少女ってやつは。


「まぁ、高い服はまた今度ね」

「むー。じゃあ今度こっそり作るね」

「錬金術って服も作れるのか……?」

「うん。布と糸をいい感じに入れて、混ぜ混ぜするんだ!」


 俺の中で錬金術というものは全能のビックリボックスみたいな感じになっているのだが……まあ、この認識があっているのかどうかは、俺が実際錬金術を学ばなきゃ理解できないだろうな。


「そう言えば、包丁を新しくしたいんだけど、どこに売ってるかな」

「そんなの私が作るよ! 武器や包丁なんかはお手の物! 大きな鍛冶の施設がないと難しいミスリルとかオリハルコンとかヒヒイロカネも錬金術に掛かればちょちょいのちょい! ってまぁ、そんなレア鉱石中々ないけどね。でも、日常使いなら鋼は重すぎるし、鉄じゃ質が……うーん、ダマスカスかなぁ、確実なのは。ガルガデッドに持ってるか聞きに行こうよ、この街一番の冒険者だし! なかったら一緒に採りに行こ!」

「さ、採掘なんてできるのかい、エッタ?」

「なんとかなるなる!」


 その前向きな性格を作ってる根本は何だろう。恐らく、錬金術の師匠とやらが大きく彼女が変わるのに影響したはずなのだ。どんな人なんだろう。ちょっとあってみたい。


「じゃ、冒険者ギルドへゴー!」


 メシを待ってる人にはもう少し待っててもらうことにして。

 俺達はガルのいるだろう冒険者ギルド――即ち酒場に移動することになった。





 一度来たことはあるが、酒場というのは、大体暗いものだ。落ち着いた雰囲気を想像していたのだが、ここは思わず俺が顔を顰めるほど微妙な場所だった。無論悪い意味で。


 基本的に照明がなく、魔石のランプが最低限おかれているくらいで、他は煙草のだろう紫煙がたなびいている。俺は煙草の臭いは平気な性質だったが、苦手な人間がやってきたら一発で顔を蒼くしそうなほど濃厚な臭いが漂っている。それに交じって、酒気や料理の匂いも混じって、何だかカオスだ。鼻が馬鹿になりそう。


 エッタは慣れた様子で進む。他に飲んでいる冒険者達はこちらを気に掛けもしない。酒と料理と話に夢中だ。


 その中で、最奥の席で彼は酒をあおっていた。酒、と断定したが、多分そうだろうなということだ。いつもより顔が赤い。向かいに座っていたのは、レティーシャだった。彼女も冒険者だったのだろう。幅広の中剣が鞘に納められ、ベンチのような椅子に立てかけられていた。


「おう、リョウトの大将じゃねえか。冒険者ギルドに何のようだ?」

「おっす、リョウト、リエッタ。どうした?」


 挨拶をしてくる彼らに片手を挙げつつ、俺は口を開く。


「ガル、レティーシャさん。いきなりで申し訳ないんですが、ダマスカスという鉱石、持ってませんか?」

「ああ、腐るほどあるからくれてやるよ。錬金術師の嬢ちゃんに包丁でも作ってもらうのか?」

「うん、そうなんだ。今手持ちの鉄の包丁は切れ味がね……」

「分かった。次の食事代タダな」

「ああ、それでいいなら助かるよ、ガル」

「待った待った、持ち手の木材いるだろ? クロウラッタ香木の端材もあるから、それはアタシが譲ってやるよ。一回食事代タダ」

「はい、ありがとうございます、レティーシャさん!」

「よかったね、リョウ!」


 話はそれで終わりかと思ったら、ガルが俺の肩を掴んだ。ギラリと野性味あふれる瞳が輝いている。


「でだな、物は相談なんだが。酒の仕入れ、オレにも噛ませろや。そろそろ増やしていいだろ? ん?」

「だな。ガル、頼んでいいか? 俺は酒の良し悪しは区別つかんし……」

「まっかせろよお前! あの料理にはあれが合うし……かーっ、ますますお前の店行くの楽しみになるぜ!」

「ん?」


 給仕のエプロンを付けた女の子がこちらを見上げ、指を差してくる。無遠慮だな。そして水色の髪はふわふわしててボリューミーだ。高い位置で結われている。


「ガルガデッド、こいつ誰?」

「ああ、ロワゾブリュ・ブランシェの店主だ。リョウト・クゼ」

「お前か! 客泥棒め!」

「あー……」


 罵声に反発するでもなく、感じたのはなるほど、という理解だった。


 やっぱり競合店だったか。でもこっちは酒がメインで、ウチは飯屋がメイン。上手い事すみわけはできているように思うが、そう思っているのはオレだけだったかもしれない。


「お前が飯屋なんか出すせいで、料理が鳴かず飛ばずだ! 半減したんだぞ!」


 けたたましくそう叫ぶ彼女をガルが片手で押さえつけながら、豪快に笑う。


「だっはっはっは! ここのメシはただひたすらに油がきつくて酒で流し込まないとやってらんねえってだけだろうが! リョウト、こいつは冒険者協会所属の協会員、アンネローゼだ。ずっとジェラシー焼いてんだってよ、お前のメシに」

「はーなーせー!」


 目の前でじたばたする水色頭の少女が何だか愛くるしいのだが、それは置いといて、ガルの方に向き直る。


「そんなに大したものではないんだけど。俺も大衆食堂を目指してるし」

「っておいおい、あんな凝った大衆食堂なんざ見たことねえよ。次はあれがいいな、あれ。うんまかったなぁ、あのドでかいカツ丼……!」

「ああ……あれですか」


 低温調理を施した豚の塊にパン粉を付けて揚げたボリューミーな、その名もブロックカツ丼。俺の店で出して主に男性客しか頼まないドカ盛りメニューだ。ガルはこれを二杯も食べる。


「あれも人気ですね。銅貨七枚なのにみんな頼みたがる……俺はあそこまでデカいのはちょっと……って感じだけど」

「あのデカさがいいんじゃねえか。ご飯を二重にして、二段目にしょっぱいソースとキャベツがあるのが堪らねえ! んで、そこにウイスキーの炭酸割りなんか飲んだ日にはもう……! ああ、楽しみだぜ……!」


 カツ丼にハイボールか……合うんだろうか。


「ぷあっ!?」


 ガルの手から逃れた彼女は、涙目で髪の毛を押えていた。が、キッとこちらを睨んでくる。うわ、目が大きいなあ。翡翠のような瞳だ。


「おい、クゼ」

「はい、なんでしょう」

「あたしは自分で知りもしないで決め付けるのは嫌いだ」

「大変立派です。で?」

「お前の店で何か食わせろ。あたしが認めたらギルド公認としてオススメしてやる」

「認めなかったら?」

「お前はあたしの中でただのしょうもない客泥棒のままだ」


 俺に受けるメリットは欠片もない。普段なら受けないだろう。俺は料理人としてのプライドはないし、ただ美味しいものを食べてもらえればいい。


 けどこれは、彼女にも俺の料理を食べてもらう良い機会だ。


「分かった、おいでよ、アンネローゼさん。ご馳走させてもらいますよ。ちなみに、何料理が好きとかあります?」

「あたしはシャンバールのカレーに目がないんだ。美味いカレーを喰わされたらちょっと考えを変える」

「ふふふっ、カレー……いいでしょう。世界一と謳われたこともある俺の故郷のカツカレーをお出ししましょう。ガルもレティーシャさんも来ますか?」

「おう、包丁の材料持ってすぐ行くわ。先行ってろ」「同じくだ。美味いの頼む」

「分かりました。さ、いきましょうか」


 頷く彼女に俺はワクワクしながら帰路に就いた。


 スパイスは既にある。材料も問題ない。後は、どれだけ受け入れられるか。


 勝負しようぜ、異世界。焦げたチャウダーだと口伝される恐れがあったのでできなかったが、日本風カレーを今こそ示す時が来たのだ!





 ロワゾブリュ・ブランシェのキッチンで帽子を被り、作業開始だ。


 玉ねぎは繊維に沿って薄くスライス。それらを油をひいたフライパンで飴色になるまで炒めておく。具はオーソドックスにジル芋(じゃがいもだ。この世界ではヴィシソワーズが芋汁という名前で存在しているため、汁の芋、でジル芋なのだそう)、人参、皮目からパリッと焼いた鶏もも肉を用意しておく。


「よーし」


 飴色玉ねぎは取り出して、フライパンを洗い、水分を飛ばし、改めてスパイスを軽く火にかける。匂いで判別した、コリアンダー、クミン、ターメリック、シナモン、カルダモン、フェンネル、生姜、ニンニク、塩、ガラムマサラ、それぞれの粉末を軽くを炒めて水分を飛ばし、これもまた取り出す。仕上げにココナッツミルクやナンプラーを使うとエスニック感が出てそれもまたいいのだが、今回は除外だ。

 

 薄力粉をフライパンに入れ、水分を飛ばして、そこに各種スパイスとコンソメスープと鶏の出汁を少し。醤油とケチャップを入れ、練っていく。塊になるまで練って、ルウは完成。ふわん、とスパイスの香りが充満している。


 コンソメスープとケチャップでぶつ切りにした鶏もも肉、人参、じゃがいもを煮込み、火が通ったらルウをぶち込んで混ぜていく。隠し味は林檎ジャムと醤油と味噌。どれも小さじ一杯くらいでいい。味に奥行きが生まれる。少しとろみが足らなかったので、小麦粉とバターを練ったもので調整。味見……うん、美味い。


 後は、豚肉の厚切りをサクッと揚げて、切り、炊いておいたライスとカレー、その上にカツを乗せて……!


「お待ちどうさまです、カツカレーになります」


 アンネローゼちゃんの前にそれを置く。彼女は訝しげに皿を眺め、顔を近づけて匂いを嗅いでいた。


「……匂いはカレーだけど……失敗チャウダーに見える……。何か、こう、もっと粒だってるというか、ざらざらしてるものだろ、カレーって」

「まぁ、食べてみてください」

「ふん、あたしは厳しいぞ。生半可なカレーじゃ満足しないからな!」


 金属のスプーンで、カツと一緒にカレーを口の中に放り込むアンネローゼ。その顔がぱあっと明るくなり、ご飯と一緒に、ルウ単体で。そのまま味わうように食べ進めて、すっかり空になった。


「いかがでしたか?」

「おかわり! これが答えだ」

「ありがとうございます」

「オレにも頼む、リョウト。オレにはあの分厚いカツで頼むぜ」

「アタシにもな。アタシは普通のカツでいい」

「はい、お待ちくださいませ。エッタはいい?」

「うん、美味しそうなのは分かるんだけど、私はお昼に貰うよ」


 結局、見た目はアレだが味は抜群だとガルの評価と、マジで流行るとレティーシャさんの評価もいただき、カレーは大好評を得て、通常メニュー入りが決まった。作り置きがそこそこ効くので助かる。ちょくちょく火を入れなければならないし、定期的に焦げ付かないよう混ぜないといけないのだが、まぁ、盛り付けやすい料理なので助かる。


 口元を拭い、アンネローゼは微笑んで来た。元が可愛いので破壊力があるな……。皿はすっかり空になっていた。


「美味かったぞ、お世辞抜きに。酒場が人を取られる理由はよく分かった。それで話なんだが、あたしをこの店で雇ってくれないか。ここで色々吸収して、ギルドの店に活かしたいんだ」

「いいですよ。調理場に人が足りませんでしたし……助かります」


 俺がそういうと、彼女は酷く驚いている様子だった。


「お、お前に何も得がないだろう! お前の技術を盗もうって言うんだぞ!」

「構いませんよ。それで皆様がよりよい食事体験ができるのであれば、料理人にとってそれ以上はありません。俺もまだまだ進化しますので、ちゃんとお客さんを奪い返せるように、期待しています」

「…………」


 何故か、目がキラキラしている彼女。何なんだろう、この瞳の揺れ方。初めて見る。


「お前……凄くいいやつだな! そしてヘンな奴だ!」

「ええ……? 変な奴は酷くない……?」

「酷くないよ」「酷くはないですね」「酷くねえな」「当然の感想だろアホか」


 エッタもセーラもガルもレティーシャさんも頷いていた。ええ……? 俺少数派なの……? ミスター多数派じゃないの……?


「完全にあたしの負けだ! ここ、ギルドの公認店にしていいか? 食事は約束通り、ここを勧めさせてもらう」

「どうぞ。ふふっ、公認ですか。認められているようで、嬉しいですね」

「ああ、滅多にないぞ。よし、ギルドに話に行ってくる!」


 あ、足速い。もういなくなっちゃった。きちっと空になった皿を回収していると、差し出される空の皿。


「おかわり」「アタシも」

「……お待ちくださいな」


 ともあれ、勝負は俺の勝ちのようで、ホッと一息を吐くのだった。





 で、以降何が変わったか。


 酒が増え、それに対応するスタッフが必要になった。誰か望ましい人を探したら、名乗り出てくれたのがアンネローゼだった。


「公認店だし、ギルドもこっちで仕事しろって言われた。酒とか作り方知らないんだろ? あたしがやってやる。仕込みも手伝う。こき使ってくれ。で、賄いよこせ」


 いい奴なのか、そうでないのか。ただ口調が粗雑な彼女をウェイトレスとして前に出すのは正直怖いので、キッチンスタッフとなった。ていうか、ギルドで給仕してたよな、この子。大丈夫だったのか……?


「というか、君未成年だろ? 酒は良いのか?」

「いや、十六歳だが。成人しているから酒が飲めるぞ。ていうかお前は飲まないのか?」

「い、いえ、俺の国では二十歳にならないと飲んではいけないので」

「堅苦しい国だな。ここでは表沙汰ではまずいが、子供でも買えるし飲んでるんだぞ」

「あ、あはは……まあ、詳しいなら、色々教えてくださいね。その代わり、料理をお教えしますよ」

「お、それはいい。それなら遠慮なく学べる。アンネでいいぞ、リョウト。お前とは友達になれそうだ! あたし、こんな喋り方だから友達いないんだ」

「俺で良ければ友達はよろこんで。アンネ、これからよろしく頼むよ」

「任せろ。野菜の皮剥きとか、包丁捌きには自信があるぞ!」

「それは頼もしい!」


 実際頼もしい人材で、俺の言う通りの事をちゃんとこなし、どういう意図があるのかを咄嗟に汲み取ってくれて、動きやすさが増した。マルチタスクができていて、優先順位も何もかもを把握してくれているので、効率がいい。


 そして調理法を教えると一発でそれを物にしてしまう呑み込みの良さがまたいい。唐揚げの揚げ方と焼き鳥の火の調節なんかを教えたが、本当に一発で会得してしまった。中々、温度計もないような場所で希少な才能だ。俺は長年の積み重ねた経験と勘があるのだが、彼女は多分環境の変化というか、揚げ物なら気泡などの揚げ具合で温度が何となくわかっているだろう。


 セーラとアンネが加わって、加速度的に客に対応ができて、外にも組み立て式の簡易の席を設けなければ回らなくなるほどの忙しさになってしまった。


 喜ばしいことではあるけど、ちょっとしんどい。とも、言ってられないんだな。


 酒が加わって、新しい客が増えた。彼らを離さないようにしないと。


 ガルの伝手から流れてくる酒は概ね好評を得ていた。パンチがあるらしく、度々ノックダウンされる人が出てくるのがアレだが……。


 当の本人は、さもそれが水のような感じで空けているので、どれだけ強いかは飲んでみない事には分からないが……飲む気にもあまりなれなかった。簡単なものは、俺も作れるようになったが、どんな味がするのかよく知らない。今度休みの日に試してみよう。


「っかー! 唐揚げにエールは最高だぜ! おう、リョウト! ジル芋のフライと唐揚げ! 後、分厚いローストビーフ!」

「ああ。アンネ、唐揚げとポテト任せた! 俺はローストビーフ行く!」

「任せろ!」


 俺達は既に阿吽の呼吸で料理を捌いていく。本当に、調理場での一体感は大事だ。ありがたい人材を送ってくれて、ギルドには感謝してもしきれない。


「むーっ、なんかリョウの相棒ポジションとられたみたい……」

「ほほー、姫様も嫉妬か? 青春だなー、オイ!」

「いいか、リエッタ。恋は、大事なんだぞ、初動がな!」

「レティーシャ、彼氏いないのに? ……ひいっ!?」

「なます切りにされてえのか、リエッタテメェ……!」

「はいはい、店の中で剣を抜かないでくださいねー、レティーシャさん」

「チッ……若い奴らはこれだから……チクショウ、イイ男、いねえかな……」


 何か客席でレティーシャさんが沈んでいるが、何なんだろう。


 俺はとりあえず、重なっていた注文を捌きにかかる。


 エッタが作ったダマスカスの包丁を、ギュッと握りながら。

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