三話 パフェ 2


 レリアさんは満足そうに帰っていった。これから夜の忙しい時間が始まる。リエッタは、何故かエプロンを付けて俺の隣に立っていた。


「ど、どうしたの、リエッタ」

「今日は私もお手伝いする! 暇だから!」

「おい、敏腕錬金術師じゃなかったのか」

「そりゃ暇なときくらいあるよー。そうそう困りごとが貯まるなんてことはないんだからさ、この私がいれば! あ、はいこれ」


 ポーチから並々ならぬ大きさの肉が出てきた。


「ど、どこからどうやって出したんだこれ」

「え? 次元ポーチ知らない? 錬金術師だけが作れる、すっごい魔法の袋なんだ! 仕組みは知らないけど、ここに入れてたら腐らないの! おっきなものも入るし! というわけで、ドラゴンテールだよ!」


 よく分からん四次元ポケット的なものが存在するらしいのは理解できたので、取り出された肉の塊に改めて向き直る。


 ……もしかしなくても、竜の尻尾なんだろうなあ。真ん中に骨があり、覆うように繊維質の肉が。煮込んでみるかな。いや、少し臭うな。塩を振ってドリップ拭き取ってローストしてみるか。


 表面をタオルで拭いて、塩を振って放置。出てきた水分を更に拭き取り、塩コショウとローズマリーを擦り込んでみる。この時点で少し切り取って焼いてみたが、他に例えようのない味で、噛むとびっくりするくらいの肉汁と旨味が出てくるがやはり筋張っていた。


 骨ごとオーブンでこんがりと焼き目をつけていく。


 焼き終わったら骨ごとぶつ切りにして、そのままドでかい寸胴でコトコトと煮込むことにした。他には、白ネギや玉ねぎ、にんじんにセロリなどを入れている。圧力も掛けて、ゆっくり肉を柔らかくしていく。


 その芳醇な香りは店内に瞬く間に充満している。俺もちょっとお腹空いてきた。それを目の前でやられていたリエッタは堪らないだろう。セーラもお使いから帰って、その匂いに驚いていた。


「な、何を作っているんですか、ご主人様!」

「ドラゴンテールのスープかな……。圧力掛けて肉をほろほろにしていく過程だね」

「おおおお! ドラゴンテール、ま、賄いは出ますか!?」

「俺も気になるからこの三人で味見してみよう。一時間くらいにこむから」


 そわそわしながら客を捌き、そしていよいよその時が。


 圧力が抜け切ったのを確認し、蓋を取ると……黄金色に輝く出汁が完成していた。ドラゴンの脂だろうか。とても綺麗だ。


 それらをザルで漉して、ほろほろになった肉を切り取って、出汁の中に入れる。出汁を味見したが、物凄く複雑な味わいが生まれていた。味は何で決めようか……これだけ旨味が強いなら、塩分を足してコショウでピリッとさせれば極上のスープになるはずだ。


 それらを施して、もう一度味見。うおおお、美味い! ドラゴンテール凄いな!


 これに合う具材はやはりネギか。白髪ねぎを上に添えて、スープ三人前をキッチンに並べる。


「さ、食べてみようか」

「い、頂きます!」

「ごく……」


 息をのむセーラ。意外とこういう食材を扱ったことはないのかな。貴族に仕えてたくらいだから調理経験はあるものと思っていたが。


「んうっ、肉ほろほろでおいしい……! これラーメンにしたら美味しそう!」


 というのが目を見開いて驚いていたリエッタの感想。うん、君ラーメン大好きだもんね。


 一方のセーラは、完食してから感想を述べた。


「今まで食べてきたスープで一番おいしかったです! 麺料理とも確かに合う気がしますが……」

「うん、ちょっとこのスープをラーメンにするのは、うーん……」


 でもやってみようか。何事も挑戦だ。


 いつものかえしに、ドラゴンスープを注いでみる。いつもは鶏ガラなのだが、果たしてどうなるだろうか。


 黄金色のスープは醤油系と混ざり、紅茶色に染まっていた。そこに麺を湯で入れ、チャーシューとドラゴンの肉を薄切りにして乗せてみる。


 一杯を三人でシェアしてみる。


「う、うわ、メッチャ美味しい……! 凄いよこれ、うれるよ!」

「ちょっとこれは……一気にラーメンのグレードが上がりましたね」

「うん、予想外だ。凄く合うな……おいしい。今日はこれで売り出してみようか」

「はーい!」「賛成でーす!」


 ドラゴンテール醤油ラーメンは、匂いが気になっていたほぼ全員が注文し、三時間ほどで完売となった。あんだけデカい寸胴で作ったのに……。


 まぁ、主にガルがおかわりしまくったせいなんだけど。覚えている範疇で七杯くらい食ってたし。ただその日の売り上げは金貨九枚と、売り上げ記録を大幅に更新するのだった。





 仕事も終わり、一服していた。一服と言ってもタバコなんて高価なものをやる趣味もない。紅茶を入れてホッと一息。それが俺の一服。気分によって紅茶は変えるが、今日はシナモン入りのミルクティー。香りは甘いが、砂糖を入れてないので味は甘くはない。


「あれ、どうしたの?」


 今日は疲れたから泊めて、とリエッタに頼みこまれ、空いていた一室で寝ていた彼女が表にやってくる。人が来るとは思っていなかったので、カップを出して紅茶を注いだ。


「どう? 一服」

「うん、ありがと。なんか寝れなくてさ」


 カップを受け取り、中身を飲んでちょっと驚いていた。


「おお、甘くない! 私の好み分かってる!」

「甘いものはそんなに好きじゃなさそうだったからね。でも今日はたまたま。はぁぁ、毎度井戸水で体拭うんじゃ味気ないなあ。こう、湯船に浸かって……」

「あ、お風呂だね! お風呂屋さん行く? おっきいよ! 泳げるし、毎日二回お湯を変えて掃除してるから清潔だし!」

「お、あるのか。今やってるのかな?」

「うん、早朝と夕方にお湯変えるから。今はやってるはず!」

「よし、じゃあ行こうかな。リエッタも行く?」

「行く! お風呂久々だなあ」

「セーラは起こしちゃ悪いし……」

「行きますよー!」


 二階の窓が開き、飛び降りてきた。ふわり、とスカートが一瞬広がる。すげえ、飛び降りるのか……足とかやってないのか? いや、着地の際、しゃがみ込む動作で勢いを上手く殺してたし、初めてじゃなさそうだ。どんな生活を送ってたんだよ……。


「お風呂久々です! 気持ちいいんですよねえ。庶民の贅沢です!」

「オッケー。今日は二人とも頑張ってくれたし、俺が持たせてもらうよ。ちなみにいくら?」

「銀貨一枚です!」

「分かった。リエッタ、案内を頼むよ」

「んっ、任された!」

「やったー! ご主人様のメイドで良かったです!」

「俺も定期的に行くから、お風呂が好きならセーラもその時についといで。従業員だからお金は俺が持つよ」

「やっほう! さすがご主人様! メイドにもフォロー手厚い!」


 上機嫌なリエッタとセーラを引き連れ、俺達は施設に向かった。





 銭湯は非常によかった。少し温めだったが、その分長く浸かれて、サッパリすることができた。風呂上がりに牛乳という文化は誰が形成したのだろうか。異世界にも何故か根付いており、冷えたミルクを一気にあおって、五臓六腑に染みていくのを感じた。隣ではリエッタとセーラも俺の買ったミルクを豪快に空けている。


「ぷはーっ、いやーミルクまでご馳走になってごめんね?」

「いいよ。リエッタには世話になってるし、ドラゴンテールの代金もまだだ」

「あれはタダ。厚意で譲ったんだからね?」

「ありがとう。今度何かで返す」

「だから厚意だって言ってるんだけど……」


 リエッタは不服そうだった。


 ああ、なるほど。お返しと言う文化はあまりないのか、この世界では。親切は親切、それはそれ、という区切りがきっちりしているらしい。日本らしくお返し合戦に発展することが、恐らくないのだろう。


 ちょっと寂しくはあるけど、住まいが違えば文化も違う。俺が慣れていかねば。


「分かった。また何かあったらよろしく。俺も新メニューとか出すときは試食をリエッタにまずしてもらうよ」

「甘くないやつがいいなあ。甘いやつもたまにはいいんだけど……でも飴を貰った時総毛だっちゃった。甘過ぎて」

「その割に、甘辛いタレは好きだよね。からあげ丼のやつ」

「あれはご飯に合うからいいの!」


 よく分からん理屈だ。あれも大概甘めな味付けではあるのだが……リエッタの食生活を見ていると、味変の七味マヨネーズは危険な感じだ。油もの摂りすぎ。もう少しヘルシーさを出すメニューにしなければ。


 でも、体の構造的に野菜などを多くとらなければならない日本人に対し、彼女は明らかに西洋人だ。肉中心でもあんまり問題ないのかもしれない。


 難しいところではある。医者でもいれば分かるのかな、そういうのは。


「リエッタは野菜は好き?」

「お肉と野菜とお米は好きだよ! パンも好きだけど。甘いものとパスタは苦手かなー」

「セーラは?」

「なんでも食べますが、さすがに常軌を逸したメニューは……蜘蛛の唐揚げとか。マッシュスパイダーっていう種類の蜘蛛が、ドワーフの間で食べられてるって……」

「うん、ごめん。それ以上聞きたくない」


 想像するだけでおぞましいので勘弁してほしい。蜘蛛喰うの? マジで?


「まぁ、そういうキワモノ以外は美味しく食べられます!」

「そっか。今度、週末を休みにして魚を港町コルペスに仕入れに行くんだけど……リエッタ、コルペス行きの馬車はある?」

「あるよ。知り合いが馬車してるから安くなるかも! 大体朝から昼まで掛かるよ」

「手配してもらっていいかな。セーラにもできればついてきてほしいんだけど……」

「あー、ちょっと野暮用があるんですが……」

「分かった、無理言ってごめんセーラ。考えてくれてありがとう。じゃあ、護衛を雇わないとな……」

「それもダイジョーブ! 私も一緒に行くから! 丁度コルペスには依頼人がいるんだぁ。商品を納品しないと!」

「へえ、何頼まれたの?」

「丈夫な網! おっきいやつ! 魚を獲る時に使うんだって!」

「ほー、錬金術ってそんなものも作れるのか……」

「ふっふっふー、錬金術で作れないものはないのだ!」


 今度、調味料でもリクエストしてみようかな。失敗作(醤油、味噌、ミリン)などは卸してもらってるが。ちなみに、何を作っている時の副産物か聞いてみたら、豆腐だという。にがりを入れればいいのでは? というアドバイスに始まり、海水がどうのこうのなどを話し、つい先日、おぼろ豆腐のようなものが完成したらしい。普通に香り高く柔らかい豆腐に仕上がってて正直驚いた。


 そのため、俺の中の錬金術は発酵など便利な工程を破壊的なまでに短縮できる便利な術だとしか思っていなかった。


 それを吐露したところ、あながち間違ってはないらしい。物質変化、時間操作、昇華などの要素が複合されているのが錬金術なので、時を操っているものでもあるらしい。


「んじゃ、明日は頼むよ、リエッタ」

「任された!」


 リエッタと二人きりか。何か久しぶりだな。


 そして、興味があったんだ。ここ以外の街も。


 三人で帰路に就きつつ、談笑は部屋の前まで続いた。

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