三話 パフェ 1
「よう、来てやったぜベイビー」
客足も落ち着く、昼下がり。
口調とは裏腹にローなテンションの女の子がやって来た。黒髪黒目で背の低い彼女は、色白で日に全く焼けていない。
それは体質にあるのだろうか、それとも少し暑いにも関わらず大き目なぶかぶかの赤色の服をまとっているからなのか。よく分からないが、ともかく彼女はよく訪れていた。
お目当てはパンケーキ。紅茶とそれをキメて、満足して帰っていく。そんな客だ。名前は確か、ヴァレリアだったか。男性名っぽいよなと少し思った。
「いらっしゃいませ。いつものですか?」
いつもなら、仰々しくうむと呟くのだが、今日は首を横に振った。
「と、いきたいところだが、なんせ世界は変革を尊ぶ。こう一週間も同じものを頼むと、不思議とどんなおいしい料理も飽きが来るというものだ。ここのパンケーキは絶品でそりゃもう毎日食べたいくらいなのだが、マジで毎日食べているとさすがに健康に悪い気がしないこともなかろう」
「つまり?」
「なんか別の甘いもん寄越せ。大枚は叩く」
銀貨一枚を握らせてくるのだが、どうしようか。彼女は普通の量しか食べないし……
「ドーナツとパフェでもいかがでしょう」
「おお、ドーナツ! 小麦粉を練ったものを揚げてシロップ漬けにした奴だろう?」
「違う違う、まぁ違う国では概ねそうなんだけど……ちょっとお待ちください」
「ゆっくりで構わんさ。ボクは本を読む」
といいながら、分厚い本を開き、メガネをかける。本人曰く遠視気味なのだそう。
シロップ漬けをするのは確かインドだったかな。寒気がするくらい甘い食べ物だった。
さておき、スポンジ生地を焼く。基本的に砂糖と卵と牛乳と薄力粉はホットケーキも同じだ。違うのは、卵を泡立てて泡を極力潰さないよう調理すること。
焼いている間に、ドーナツを。ボウルに卵と油、砂糖を入れて混ぜていく。油は無論植物油。ここに薄力粉とベーキングパウダーを加えてなんか雑に纏まるまで混ぜ、揚げたらサーターアンダギーになるのだが、ドーナツは少し手間がかかる。
液体に溶かしバターとバニラエッセンスを入れ、更に少量の米粉と薄力粉を入れて練って少し置く。その間に焼き上がったスポンジ生地を切り、パフェを仕上げていく。
底にホイップクリーム、いちごジャム、スポンジ、生のいちご、ホイップクリーム、ジャム、アイスクリーム(これは自作。かき混ぜる回数が足りなかったのでジェラートっぽい)を乗せて、最後に上へクリームを絞り、ジャムを掛けて完成。
ドーナツも型を買って来てあるので、生地を薄く延ばして型抜きをし、それを油で揚げていく。
米粉が入ることで従来品よりサクッとモチっと仕上がってくる。チョコ掛けなんかしてみたいけどこの世界にチョコは見当たらなかったので粉糖を掛けておく。
「はい、ヴァレリアさん。お待たせしました。いちごパフェとドーナツです」
「ふおおお! なにこれ、可愛い! 美味そう! どれ……」
スプーンで豪快にそれらをもっしゃもっしゃとパフェを食べていくヴァレリアさん。
「いかがですか?」
「うまい……。こう、ホットケーキはバターとか小麦の風味やらが香ってくるのだが、これはただひたすらにクリームの甘さと果実の甘さがハチャメチャに押し寄せてくる感じだ。頭悪そうだがボクは嫌いじゃないよ。このドーナツも……うお、サクサクモチモチ……ふむ、大いにあり。温かいのと冷たいやつとの無限ループ止まらん。あ、紅茶も早く」
「用意してあります。いつもの常温でストレートですね」
「大儀だ。うむ、うまい……!」
言葉遣いは仰々しいが、ほんにゃりと蕩けた顔でそれを食べている彼女は、まぁ、何というか、和む可愛さがある。
「お前というやつは、スイーツまで作れるのか。大したものだよ」
「恐縮です」
「うむ。ボクも二十二年生きてきてようやくお気に入りの店ができて大満足だ」
「え!? 二十二歳!?」
思わず声に出てしまった。失敗だ。ヴァレリアさんも渋い顔をしている。
「何だその驚愕しかないという顔は。ボクは冒険者の傍ら、魔術私塾の教員をしている立派なレディーだぞ。失敬だな」
「す、すみません。なんだか随分お若く見えたもので」
「それもよく言われる。だが、お前よりは大人なのだ。分かったか?」
「分かりました。紅茶、新しいの持ってきますね」
「うむ」
そうしていると、リエッタがやってきてヴァレリアさんの前に座った。
「レリア! 何食べてるの?」
「うむ、これはパフェなる食べ物だ。そこの小粋な料理人が持ってきたのだ」
「へー、甘い物?」
「甘い」
「じゃあ私はいいや。リョウトー、今日は唐揚げ丼!」
「了解ー」
「また油ものか。いくら若いとはいえほどほどにしないと太るぞ」
「甘いものを毎日欠かさず食べてる人に言われたくないなあ」
どっちもどっちだ。
唐揚げを仕上げ、上から醤油とミリン、酒を入れて煮立たせて置いておいたタレを掛ける。まぁ、醤油、ミリン、酒は三種の神器だ。大体和風料理の味付けはこれ。その上にさらにマヨネーズを掛けて。
「はい、唐揚げ丼、お待ち!」
今はセーラが休憩に出ている。なんでも、服の特売があるとかで泣きつかれ、許可を出したその瞬間に行ってしまった。なので俺が配膳する。まぁ、あんま人いないしな、この時間。
豪快な見た目のそれに、目を輝かせるリエッタ。対照的に、「うわぁ」とでも言いそうなヴァレリア。
「うっひゃー美味しそう!」
「体に甚大な悪影響を及ぼしそう」
「はい、味噌汁も飲んでね。野菜たっぷり入れといたから」
「ありがとー!」
焼け石に水感はあるけど、摂らないよりは絶対摂った方が良い。
「マメな性格だな、わざわざ野菜スープを譲渡とは」
「健康でいて欲しいのは確かにそうですしね。協力しますよ」
「んご?」
既にどんぶりを豪快にかきこんでいる彼女を見て、ヴァレリアは肩を竦めてこちらを見て笑い、俺も苦笑でそれに返した。
「時に、リョウト。新聞にここの記事を書いてもいいかな?」
「そりゃ構いませんが……なんて? マイナスなのはさすがに勘弁してもらえれば……」
「いや。ボクはスイーツ特集という独自の枠があるのだが、甘い物の現在ナンバーワンはここだということをアピールしたいのだよ。この活気のなさを見ろ、こんなにおいしいのに。元気づけたくなるボクの気持ちもわかってくれ」
「ヴァレリアは昼と夜に来てないからだよー。すっごい賑わいなんだよ?」
「む? そうなのか?」
「まぁ……目が回るくらいには忙しいですね」
「そうか。これ以上忙しくなるのは看過できないか?」
「いえ、望むところ。女性のお客さんにも、たくさん入ってほしいですから」
「おお、見上げた心意気だ。では、そのように書く。期待していろ、ボチボチ入ってくるぞ」
「ボチボチなんだ……」
俺の心と同じツッコミをリエッタがしてくれたが、ヴァレリアさんはない胸をそらした。
「あんな新聞を読んでいる女性は絶対に偏屈だ」
「書いてる人が言うと説得力がありますね……」
「ああ、ボクは友達になりたくないね」
偏屈そうだもんね、という言葉は飲みこんでおいた。
「ああ、後いつもお持ち帰りされるパンの耳はどうしているんですか?」
「砂糖を塗して食べているが」
「ではこちらを。ラスクという、パンの端材で作る菓子です」
「ほほう、一口頂いても?」
「どうぞ」
サクッとした音。出来上がったパンの端材をさらに過熱し、カリカリに。バターをしみこませて砂糖を入れて砂糖に焼き目をつけたら完成という、お手軽なお菓子だ。
「美味い。牛乳とよく合いそうだ。ま、まさか、今日は無料なのか?」
「ええ。厚意で作ったものですので。ただ、次からは銅貨一枚を頂きます。パンの耳は相変わらず無料ですが」
「いや、ラスクで頼む。銅貨一枚でこんな美味いものが食える……お前、そこいらで信仰されている適当な土地神より偉いぞ。で、牛乳なのだが、美味しい飲み方はないのだろうか」
「甘いのがお好きなら、ミルクセーキとか。牛乳と卵と砂糖、バニラエッセンスを適量入れて混ぜるだけ」
「ふむ……作ってみてくれないか? 分量を見たい」
「良いですよ」
牛乳を1カップ、砂糖を大匙一と少し、卵一個にバニラエッセンスを数滴。後はそれをかき混ぜるだけだ。牛乳が魔石の冷蔵庫で良く冷えているので、そのまま出す。目の細かい漉し器なんかあると具合がいい。
「どうぞ」
「ほうほう、こんなに簡単に……どれ。おお、美味しい! ボクでも作れそうだし、いいのかい? こんなに簡単に必殺メニューを教えてしまって」
「ヴァレリアさんの一助になれれば、これ以上ありませんから。お気に召したようで何よりです」
そう微笑むと、彼女は少し思案している顔に。顔を赤くしながら、そっぽを向いた。
「……うーむ。お前にはレリア呼びを許す。こうも世話になっちゃな……魔石とか必要になったらいつでも訪ねて来い。上質なやつを格安で譲ってやる」
「おお、ありがたいです!」
魔石はこの世界のインフラに不可欠だ。魔力が切れたら水も流れないし火も出ない。それを可能にするのが魔石。ありがたい話だ。
「うむ、喜ぶがいい。ボクの家は少し高い位置にある木製の家だからすぐに分かる。あ、できれば夜ご飯も届けてもらえたら嬉しいが……夕方くらいにサンドイッチを。何でも良いから」
「この時間帯にいらっしゃれば、お持ち帰りで持って帰ってもらいますよ」
「うむ。今日から頼む。うーむ、ちょっとお肉が食べたい気分だ。あ、揚げ物は極力控えてくれると助かる」
「ではローストビーフのサンドで。銅貨三枚です。配達は銅貨四枚ですよ、一枚は手間賃です」
「当然だな。で、ローストビーフとはどんな料理なんだ?」
「まぁ、レアの状態に低温調理された牛肉の薄切りなのですが。味見しますか?」
「するする」「私もー!」
「リエッタまで……まあいいけど」
仕込んでおいたローストビーフを切って並べる。両端の端材は賄い行きだ。
中がピンク色の肉を、まずはリエッタが一口。
「んうっ、美味しい!」
「ほほう。どれ……うん、美味い。さすが本業の飯屋だな、肉の扱いが上手い。生ではないのが本当にすごい技術だ。これと葉野菜をサンドしてくれ。個数は三」
「バゲットサンドがいい? 柔らかいパンがいい?」
「柔らかいパンで頼む。一つは最初に出してくれたクリームとジャムのやつを所望する」
「ああ、ビックリしましたよ。ジャムサンドをよこせって言われた時は」
かなり唐突で、何このお子様、口悪いな……とか思ってた時期だ。話しているうちにとても賢いんだなあとか和みながら思ってしまっていたが。これが年上。そうは思えない顔と身体だ。
視線に気づいたのか、彼女は少し顔を赤くしながら身を引いた。
「おい、さすがにボクの豊満な体に目を向ける意味はわかるのだが、そう露骨に見るな」
「え、リョウト……ロリコンだったの?」
「おいこらシャリエ、ロリではないぞ! ロリでは!」
「あ、ペドだったね」
「せめてアリスと言えアリスと」
よく違いが分からないが、俺は頭を下げた。
「すみません。綺麗だったもので、つい」
「ふふん、よく分かっているじゃないか。銅貨一枚まからんか?」
「まかりません。すみません、商売なもので」
「むう、しかし頑張っている価格だし、無理は言うまい」
「お持ち帰りのサンドを作ってしまいますね」
俺は奥に引っ込んで、レリア用の夜ご飯を作っていく。
ソースは……べちょべちょにならないよう、砂糖と醤油と飴色玉ねぎを煮詰めてドロッとさせるか。その場で食べるなら普通のソースを使うんだけど、時間が経つことを想定すると話はまた変わってくる。
「そういえば、ここは儲かってるのかい?」
無遠慮に厨房にいる俺に声を掛けてくるレリアに、少し大きめの声で返す。
「儲かってますよ。後ひと月もすれば余裕をもってリエッタにお金を返せそうです」
「それは殊勝な心掛けだ」
「ゆっくりでいいよー、今週は金貨五枚返してもらったし!」
「予想よりはるかにうまくいってるから、なんか逆に怖いんだよね」
野望はこの世界で一番の飯屋だが、この街一番は既に近い気もする。こんだけ人が入ってるんだから。
「そういえば、携帯できる甘いアイテムを作ってくれと言われたので飴を作ったのですが……」
「おお、もうできたのかい? 見せてくれ」
「普通の飴なんですけどね」
砂糖を煮詰めて琥珀色にしただけの鼈甲飴。形も丸。面白みもなんともないのでミルク飴も作って二色配合したのだが……。
しげしげとそれを眺め、リエッタが何の気なしに口に放り込んだ。
「あ、コラ! ボクのだぞ!」
「いーじゃん一個くらい……ってあまい! 濃厚な二つの甘さが……!」
という割に、リエッタの顔は芳しくない。甘いのが苦手なのかな。だったら何で飴に手を出したんだろう。リエッタの不作法に口こそ出したが、溜息を吐いた程度で怒りは霧散したらしい。彼女は飴をつまみ、口に入れる。
「……ふむ、半分はミルクハーブかな?」
「これでいいなら量産できます。ただ作業工程がめんどくさいので銅貨2枚は頂きます」
「よし。これなら魔力も補給できそうだ」
「魔力って甘いもので回復するんですか?」
「正確には、体や宙に浮いている見えない魔素と精神エネルギーを練ると魔力になるのだよ。甘いものは精神エネルギーの回復に作用すると言われている。もっとも、お前には才がないようだ。全く魔力を持ってない。逆にここまでないと心配になるくらいだ。まるで魔力がない世界で暮らしていたかのようだよ」
鋭いな。さすが賢い。されど、言われもしない限り、自分の怪しさ極まりない出自を騙ろうとも思えないので、曖昧に笑みで濁した。
「どうでしょう。これから目覚めますかね」
「まずないだろうけどな」
彼女は本に視線を落としつつ、ドーナツ片手に俺の仕事を拝見しているようだった。それは果たして読めているのだろうか、本。
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