二話 チキンライス 2
夜になって天気が急変した。この世界に傘はない。そのために、革製の外套を貸し出しているのだが……まあ、返してくれることを祈っている。
雷が鳴るほどの嵐になった。仕込みは終わったが、明日が雨なら客足は望めない。気象予報なんて便利なものがないのだから、仕込む量がお天道様の気分次第なのが本当に無駄だ。
そんなことを思いつつ、ベッドに横になっていると、ノックの音。
「ほーい」
「ご、ごご、ご主人様ぁ……!」
泣きそうになっているセーラ。恐々と風で揺れる窓を見つめている。あ、光った。唸るような雷音が轟く。
「ひぃああああっ!?」
ああ、なるほどね。怖いのね、また年甲斐のない……。一桁の子どもなら理解できなくもないが、同年代くらいだろうし……。
「しょーがないなぁ。おいで」
「す、すみません……でも襲ったら死ぬまで殴ります」
「今日あったばっかの人に手なんか出さないよ……」
苦笑を返すと、いそいそと潜り込んでくる。うわ、セーラもいい匂いがする。またリエッタと違う匂いだ。リエッタが花のような匂いなら、彼女は何か、少しミルクっぽいような香りが。
「ううっ、雷……怖いです……」
「まぁ、怖いかもだね」
俺もボロアパートに落ちたら家電が総入れ替えしなきゃならないから終わる! と戦々恐々としていた時もあったな。電気社会の弊害だ。
「うううう……」
……色々、柔らかい身体とかが当たっているんだが。なんか、物凄くドキドキする……。
意識をそらすべく、少し離れて仰向けになった。ってすり寄ってこないで。当たってる! 当たってるって!
深呼吸をすると甘い香りが鼻腔に燻ってああもう理性焼き切れそう。溜まってんのかな、俺……。とりあえず言葉を口にする。
「こういう時は明日、何が食べたいかを考えたらいいよ。何が食べたい? なるべく頑張るよ」
「た、卵サンド……」
「そ、そんなんでいいの?」
「あ、ハムとか葉野菜とか入ってるといいですね」
「わ、分かった。サンドイッチね。作るよ。それとは別にジル芋のフライに、ジュリアンスープでも作ろうかな」
「ジュリアンスープ?」
「ああ、俺の世界での料理で……野菜やベーコンを細切りにしてコンソメ味にしてスープにするんだ」
「ああ、コンソメってあの野菜とか鳥とか煮込んでた奴ですよね?」
「そうそう。あれ仕込むの大変なんだよねー。仕込み、手伝ってね」
「お、お任せあれ」
「それじゃ、ゆっくり寝よう。明日も雨続いてるかもだし」
「ううう、止んでてほしい……」
しばらく怖がっていた彼女だったけど、雨も小雨になっていき、そのころにはすっかり寝息を立てていた。
俺も目を閉じ、襲い来る睡魔に抵抗せず、眠りに沈んでいった。
翌日。降り出しそうな空模様だが、雨はない。それに満足している様子で、卵サンド、ハムレタスチーズサンド、鶏むね肉で作ったサラダチキンのサンドを食べているセーラ。
「襲ってこなかったの、嬉しかったです。やっぱりご主人様は優しいですね! ちゃんと性欲を制御できるなんて!」
「あ、あはは……セーラ可愛いから、ほどほどにしてね」
「でも雷の日は容赦なくお願いします」
「ん。俺でいいならどうぞ」
「もうホント、雷だけはだめで、同僚の後輩メイドにも呆れられてました……」
たははー、といいながら食事にがっつく彼女に、温かいお茶を用意しながら、俺は微妙な空模様を見る。
今日はどんくらい客が来るかな。
「そういえばセーラ、もう一人雇おうかなって思うんだけど」
「えー、わたしだけで回せてますよぅ」
「まぁ、そうだね。でも、後輩が増えるかもって心持ちだけはしといて」
「はーい。まぁ、確かに接客と皿洗い、勘定で手一杯ですもんね。もう一人調理場に欲しいのは分かりますので」
「そういうこと。俺がいない時でも料理を作れるような人材がいいんだけど……俺が無休で出張ってもいいんだけど、倒れたりしたら金を貸してくれたリエッタにも迷惑が掛かる」
「ああ、姫様ですね」
「あー、有名な話なの?」
「まぁ、そこそこ。家を飛び出して錬金術を極めるっていう変人な姫様だってのは。昨日初めて見ましたが、可愛い子でしたね! 狙ってるんですか?」
目を輝かせるセーラに、俺は溜息を吐いた。女の子って、どうしてこう……。
「すぐに恋愛話に持っていこうとする」
「女の子はコイバナ好きなんですもーん。実は坊ちゃんにも惚れてる人がいるんですが、まぁそれが似合わないのなんのって! 七歳年上の未亡人にぞっこんなんですよ!」
「でも風俗に誘われたけど」
「操までは立ててないでしょ。あの放蕩気味な性格ですし」
「そういうもんか」
「そういうもんです」
自分のカップにもお茶を注ぎ、それを飲んでいると、人影。
「リョウトー! お弁当作ってー!」
「おお、リエッタ。弁当だな、ちょっと待ってて」
これが初めてではない。彼女は錬金術に使う素材を採取しに、冒険者と一緒に出掛けることも多い。彼らと食べる弁当も俺の仕事になった。
お握り、唐揚げ、サンドイッチ、玉子焼き、ポテトサラダ、きんぴらごぼう、など、様々な品目を作っていく。こういう品目の多いお弁当はここでも珍しいみたいだ。弁当の文化は基本外国には存在しない。よくできてサンドイッチの部類だからな。極力汁気のないものを詰めていく。唐揚げも薄力粉を配合して冷めても食感があまり損なわれないように工夫も。
バスケットにそれらをたっぷりと詰めて、差し出す。
「はい、リエッタ。水筒に冷やし紅茶も入れてあるから、よかったら飲んでね」
「ありがとう! いってきまーす! 食材手に入ったら分けてあげるねー!」
リエッタを見送りながら手を振っていると、俺はセーラに肘で突かれた。ニヤニヤしている彼女に微妙な視線を送る。
「何」
「いえいえ、仲がいいようで青春の匂いです! さーて、お掃除でもしますか!」
「よろしく。俺は開店まで少し休むよ」
「ごゆるりとー!」
片付けなどをセーラに丸投げし、俺は椅子に座り込んで、宙を見上げる。たまにぼーっとした時間作っておかないと、上手く頭が働かないのだ。
そうこうしているうちに開店時間になり、俺は頬を叩いて気合を入れるのだった。
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