二話 チキンライス 1
……というわけで、俺の不安をよそに大盛況を迎えているロワゾブリュ・ブランシェ。
まさかここまで上手く行くとも思ってなかった。三ヶ月くらいは店前で焼き鳥でも焼きながら飲み仲間的なのを増やしてその延長で食事を、みたいな流れも想定していたのだが……とりあえず手が足りない。仕込みや調理は俺がぶっ続けでやれば問題ないのだが、それ以外が……
お皿を下げたり食事を持ってってくれたり……勘定なんかもしてくれると嬉しいのだが。
「人を雇おう……」
酒場で聞いていたが、一日銅貨六枚が給金の相場だそうだ。銅貨六枚あれば宿屋で一日過ごし三食質素なもの食える程度。アホみたいに黒字だし、二人くらい雇えばどうにかなるのか。
「よし」
夕方にはまだ早い時間だが、昼というほどでもない微妙な空を眺めて、休憩終わり。
と思ったら、女の子がやってきていた。身長は普通、茶髪で愛らしい感じの顔立ちだ。スタイルは……いい。何故か纏うメイド服の上から分かるほど。
「あのー、ここってメイドを募集してます? お仕事を探してるんですけど……できれば住み込みで」
「……んじゃ、面接しようか」
とりあえず客席に対面で腰掛け、アップルサイダーを木製のジョッキに入れて勧めた。「どうもです」と一口飲んでから、黒の裾が長いクラシカルなメイド服にツインテール、だっけ? 二つ結びの女の子が、藍色の瞳を向けてくる。
「あの、お仕事をしたいんです! ここはご飯屋さんだと聞きました! 洗い物、下拵え、清掃、配膳、どれもハイレベルでこなせると思います!」
「うん、良いね。で、住み込みっつってたけど、元いた場所はどうなったの?」
「わたし、産まれてからずっとメイドだったのですが、修行してきなさいって言われてお暇を出されたのです。一人前のメイドになって、帰ってきたいと思ったなら帰ってきなさいって。まー、帰る気はないんですけど。でも路銀が底を尽きちゃって……えへ。ご飯屋さんなら賄いとか出る可能性もあるし、これだけ大きな店なら寝るスペースくらいあるかなーって思った……あ、ハイ。それだけです。この店知らないですし、ここがいい! というのはなくて、でもホント困ってて、はい」
徐々に意気消沈していく彼女に、俺は厨房に戻る。
「え? あの、面接は?」
「ちょっと待っててね」
ケチャップを炒め、酸味を飛ばして油で伸ばし、あらかじめ炒めていた玉ねぎと人参、鶏肉、セロリの細かいやつを入れ、更に炊いておいた米をイン。全体をちゃちゃっと混ぜて、チキンライスを作り、卵二個のオムレツを作って、チキンライスの上に乗せた。
彼女の前に持ってきて、オムレツを切り開く。とろりと両端から卵が開き、零れていった。
「うわぁああああ……! こんな素敵な演出があるんですね、美味しそうです!」
「この上から、作っておいたビーフシチューを掛けて、生クリームあしらって、はいどうぞ。お腹空いてるでしょ? 食べていいよ」
「ほ、ホントですか!? やったぁ! いっただっきまーす!」
スプーンを手に無言でがっつき始める彼女を眺め、きっかりと彼女は常識的なタイムで完食した。
「ごちそーさまでした! あ、あの、お代……」
「これは賄い。今日の夜から早速入ってもらう。部屋は二階の一番奥を使って。一番手前が一応俺の寝室だから、何かあったらきてくれ。基本給は一日銅貨六枚だけど、働きを見て色を付ける。お金の勘定もできるなら、更にプラス。これでいいかな?」
「お、おおおお……! ありがとうございます! 渡りに船とはこのことです! ありがとうございます、えっと……」
「俺はリョウト・クゼ。うん。可愛いメイドさんがいたら、気分も華やぐからね。よろしく……えっと」
「セーラです! よろしくお願いしますね、ご主人様!」
「……」
「? どうかなさいました?」
「いや。意外にいいね、ご主人様って。何か特別な感じ」
「あははー、意外とメイドがお好きだったようですね! よかったです! では、ご主人様、早速ご命令をば!」
「荷物を奥の部屋に置いてきなさい。それが終わったら夜に向けて仕込みを手伝ってもらうよ」
「お任せあれ!」
重そうなトランクケースを手に階段を駆けていった。メイドさんかぁ、なんかいいなあ。生で見るのは初めてだけど、なんかこう、イイ。
「さて……」
彼女の働きは未知数だ。どう動いてくれるのか。
「ご主人様っ、ステーキ定食2、唐揚げ定食4、焼き鳥十本、十本です!」
「了解、空いた皿は下げといて!」
「はーい!」
メッチャ快適。
なんだよ、超有能じゃん……。セーラが大車輪の活躍をしてくれているから、俺は調理に集中できる。店内を把握する余裕まで出来ていた。今までは俺が注文場所などを一々覚えていたから焦りなどがあったが、今は余裕すら感じる。
「ステーキ定食2、唐揚げ定食4あがりー! 焼き鳥はもうちょい待って!」
「はーい! 喜んでー!」
すげえのはそれらの仕事を楽しそうにこなしているところだ。鼻歌交じりに歌いながらメニュー置いてるし。すげえなメイドって。なにより、裾をひらひらと躍らせて駆け回る彼女がいると、店内がひっじょーに華やかだ。いいなあ、うん。
「あ、いらっしゃいませ!」
「おーい、リョウトー! 来たよー!」
「おう、リエッタ! セーラ、リエッタからはお金を取らない。覚えて」
「はい、かしこまりました!」
「よし。何にする、リエッタ」
「今日はラーメンがいいな! それとチャーハン!」
「あいよ了解。待っててくれ」
ラーメンと、それからチャーハンか。
チャーハンは奥が深い。シンプルな癖に、極めようと思うと途方もない時間がかかる。
だが何事にもコツがある。このコンロの火力なら、油を入れるとどうやったってパラパラになる。
ネギをみじん切り。チャーシューも荒くみじん切りに。
解いた卵を熱した鉄鍋に注ぐ。この時、油はちょっと入れ過ぎかな? ってくらい入れるのがコツだ。今回はラードがあったのでそれを溶かしている。
卵が半ば固まってきたらご飯を投入。完全に固まってしまうとまた違うものになってしまう。この具合が少し難しい。
塩と胡椒、それからラーメンのかえしで少し味に奥行きを増させて、後はチャーシューとネギを入れ豪快にかき混ぜる。鍋振りはあんまりやらない方が良い。単純に鍋の温度が下がってしまうからだ。けれども、混ぜるにあたってはこれ以上具合のいいものはない。
後はおたまに乗せて、平たい皿へひっくり返す。こんもりとしたチャーハンが出来上がった。リエッタは割とラーメンとチャーハンが好きで、週に二回は頼んでいる。
「はいラーメンチャーハンあがり! セーラ、持ってって」
「はいはーい! お待たせいたしましたー!」
「うっわ、美味しそう! いただきまーす!」
所作は丁寧だが、一度に口に運ぶ量は豪快。それがリエッタ。気持ちのいい食欲を毎度披露してくれている。
「よー! 来たぜオイ!」
「ガルガデッドさん! いらっしゃいませ。何になさいますか?」
「常連にまで堅苦しいようじゃ離れちまうぜ? ま、この飯じゃ離れるなんてどだい無理だけどな!」
「いや、常連さんでも年上ですし」
「それも気にすんなって! オレぁ、今日は豚肉の気分だ、硬く炊いた飯も頼む」
「じゃあ、俺の国のカツ丼というメニューはどうかな」
「どんな料理だ?」
「パン粉を付けてサクッと揚げた豚肉を、卵とタレで閉じ込め、ご飯に乗せるんだよ。甘辛いタレが食欲増進!」
「おう、んじゃそれ頼むわ。後串焼き二十本。ほら」
「いや、銀貨二枚は毎度多過ぎるっていうか……」
「これからどんどん注文するからいーんだよ! ほら、カツどん? とやらを作りに行け!」
「はい、お待ちを」
カツ丼かぁ、我ながら庶民的な食堂になったものだ。和風割烹何かも考えたけど、手間の割に高いし、一部の食通だけが唸る店は俺の目指すべき場所じゃない。
誰でも気軽に入ってこれるお店。それが俺の目標だ。
今のとこ、リエッタ以外ほぼ野郎の客しかいないけど。レティーシャさんもちょくちょくここに来ては食べていってくれる。ホントありがたい。
厚めに切ったロース。叩いて繊維を破壊し、柔らかく。塩を振って水気が出てきたところを拭いて、更に塩コショウで下味。小麦粉、卵液、荒いパン粉を塗し、いざ油の中へ。
唐揚げと同じく、低温でじっくり火を通してから高温に移す要領できつね色に仕上げ、斜めに包丁を入れていく。
甘めのタレを用意する。砂糖とミリン、醤油のタレだ。家庭では麺つゆを使っていたが、ここにはそんなものはない。
薄くスライスした玉ねぎをタレで少し煮込み、カツを乗せ、卵を掛けて蓋を閉じる。五秒ほどたてば、ほんのりと卵に火が入る。これくらいが美味い。
うえに小口ネギを散らして、焼き鳥と一緒に手が空いていた俺が運ぶ。
「うわー、ガルガデッドそれ多くない? 食べれるの?」
「おう、リエッタの嬢ちゃん。これくらいくわねえとケソケソになっちまうぜ!」
豪快に笑いながら、麦酒も追加。引き続き俺の手が空いたので持っていく。
「おう、このカツ丼って食い物、メッチャうめえじゃねえか! メニューに載せねえのか?」
「こういう豪快系ばかりあると女性が入りにくいかなーと……」
「まぁいいや、メニューにないもん頼めた方が通っぽいもんな! カツ丼のおかわりと単品で唐揚げくれ。唐揚げはドカ盛り!」
「はい、了解です」
お、おかわりを頼まれるとは。結構盛ったのだが……ガルガデッドさんの食欲は相変わらず果てないようだ。
唐揚げを揚げつつ、もう一度カツ丼を。というかこんな油物ばっかでもたれないのか……? 若い俺ですらちょっとウッと来るような物量だと思うんだが。
とか考えてても、体と脳は別けられている。唐揚げとカツ丼二杯目、完成。
「はーい、カツ丼と唐揚げドカ盛りあがりー! 紅い髪の人! セーラよろしく!」
「はいはーい! お任せあれー! ってげげっ!?」
「あん? あ! クソメイドじゃねえか!!」
クソメイドて。驚きの顔をしているガルガデッドさんに、渋い表情をしているセーラ。
「ガルガデッドさん、セーラと知り合いですか?」
「オレの家のメイドだ」
「え? ガルガデッドさん、貴族だったんですか?」
「見えねえだろ? なっはっはっは! にしたってセーラ、テメェなんでこんなとこで働いてんだ? あ、いや、こんなところじゃねえや。すまん」
「いえ、大丈夫ですよ。修行にこられたそうです」
「そりゃいいや! リョウト、お前よっわそうだし、守ってもらえ。こいつの腕っぷしはそこいらの傭兵よりつええぞ」
「もう、坊ちゃま!」
「坊ちゃまはやめろ気色悪ィ……!」
意外なつながりがあるものだ。にしても坊ちゃまはマジで似合わないなあ。ガルガデッドさんには、こう、漢の見本としていて欲しい自分がいる。身勝手な理屈だけども。
「セーラはいくつなんですか?」
「いやわたしに聞けばいいでしょ」
「女性に聞くのは失礼だから」
「十八だったろ、その歳で独身は終わってるぜ」
「二十五になるのに未だに屋敷に帰ってこない長男坊よりはよっぽどマシかと」
「かっわいくねえ……。なあ? リョウトもそう思うだろ?」
「いや、セーラは可愛いと思うけど……。セーラ、仕事に私情をあんまり持ち込んじゃダメだ。誰に対しても平等に。ただセクハラやら暴言を受けたらその限りではない。俺の権限で許す。ぶっ飛ばしてつまみ出せ」
「イエス! ご主人様、女の子のことよく分かってるぅ!」
上機嫌になって食器を下げ始める彼女をまるで真昼に星でも見えたかのようなリアクションで見つめるガルガデッドさん。
「お前、あの気難し屋をよくもまあ篭絡できるな……すげえわ……」
「ん? セーラは素直ですよ?」
「いやいや、なっまいきなんだぞマジで! 自分の気に入らないことは梃でもやんなかったんだ、メイド長にすら反抗してたそりゃあもう問題児でな……あんな素直に言うこと聞くタマたあ思えなかったが……寝たのか?」
吹き出しそうになった。
「んなわけないでしょ!」
「なんだ、お前その慌て方は童貞だな? 今度いい店行くか? ん?」
「い・か・な・い! 大概にしてくれ……ガルさん」
「お、略称か。いいぜぇ、お前も大分角が取れてきたな!」
「そこの放蕩長男、ご主人様を悪い遊びに誘わないの!」
「っせーなァ……。まさかここに屋敷のやつがいるたァなあ……ま、安心しろ。オレはここのメシが一番好きだからこんくらいで来なくなったりしないぜ」
「いつでも待ってるよ」
「おう、そういえばここって肉持ち込んだたら調理とかしてくれるか?」
「う、うーん……普通はしないんだけど、ガルさんの頼みなら」
「お、そりゃいい! 今度ドラゴンとか珍しい肉持ってきてやるから頼むわ! もちろん、技術料はちゃんと払うぜ」
「ありがとう、こっちも勉強になるよ」
「んで、今は客席はいっぱいだ。しばらく注文もこないだろう。聞いときたかったんだ。お前、どこ出身だ? その身なり、普通ではねえよな。見た事ない素材だ。で、急にお前はやって来た。経歴不明、その料理の出どころも不明とあっちゃ、疑われる理由としちゃ充分だろ?」
顔は笑っていたが、目は笑っていない。が、困った。俺にも分からないんだから、なんでここにいるのか、なんて。ただ、真面目な答えが望まれていたようなので、俺も本音で切り返す。
「俺はこの国の名前を、先日まで知らなかった。ハルコマータ、だったな。正直、聞き覚えもない。俺の出身は、日本という国の、福岡という都市だった。けど、ある時、俺は平原のど真ん中に立っていた」
「なんだそりゃ、わけわかんねえな」
「そういうわけわかんない状態のまま、リエッタに声を掛けられて出会い、ふとしたきっかけで料理を振る舞い、店を頂いてここまで死ぬほど忙しかった……くらいかな」
しばらく見つめ合いというか睨み合いが続いたのだが、先に苦笑したのはガルさんだった。
「なるほど。まぁ、嘘は吐いてなさそうだな。嘘を吐くならの話だが、オレがお前なら、もう少しマシな嘘を考える」
「ですよねー」
我ながら意味不明なのは百も承知だ。しかし、どう説明しても意味不明な説明にしかなりようがないのだ。異世界にやってきたとか言っても、恐らく通じない。
「それならお前、ラッキーだったな、リエッタの嬢ちゃんに声を掛けてもらったの。マジで助かったんじゃないか?」
「ああ。そして俺は、恩人に借りっぱなしでいられるほど、大人でもないみたいだ。早くこの店で徹底的に働いて、恩と金をさっさと返しておきたいんだよ。そのために、死力を尽くして料理を振る舞う。どうやったらお客さんが満足してくださるか考えるのを辞めない。この世界の食材を学びながら、俺は料理で出来る限り、来てくれたお客さんみんなに報いたい。それだけだよ」
そう締めくくったが、またもやガルさんは呆けて、それから大声で笑いだした。
「ちょ、そんなに笑うことかな」
「いや、おっかしいやつだぜ。詐欺やらが横行する中でこんな馬鹿久々に見たわ! いいぜ、お前みたいな馬鹿は好きだ! お前は馬鹿だが、真摯で熱いやつだ、ガッツがある! そして、愚かではない。愚直気味ではあるがな! よっしゃ、お前はオレを呼び捨てでガルって呼べ! 今日からオレとお前はキョウダイだ! がーっはっはっは!!」
背中をバシバシ叩きながら、麦酒をあおる。
「ったく、痛いよ。酔っぱらってんのか?」
「オレがこんな麦ジュースで酔っぱらうわきゃねえだろ! ……セーラを頼む。あいつ、孤立しがちだったからな。お前みたいなまっすぐなやつがいてくれりゃ、大丈夫だろ」
穏やかな顔のガルは、そう呟く。
……なるほどね。ガルの意図がようやく汲めた。世話になったメイドさんの雇い主として、俺が正しいのか。そして、街を代表して俺がこの場所に相応しいかどうか、試してくれたんだろう。後者は気づいていたが、前者は言われてからようやく思い至った。我ながら察しが悪い。
「んじゃ、いっぱい食ってってくれ、ガル」
「おう、リョウト! 今度はリエッタが食ってたチャーハンってやつをオレにもくれ!」
「待っててくれ」
「特に理由はねえが急げよ!」
「特に理由ないなら急かすなよ……」
とりあえず、俺の目標はハッキリしている。恩人のリエッタにお金を返し、この場所で店を開くことを認めてくれた全員に報いるのだ。
そうしてラードを鍋に放り込み、魔石のコンロのスイッチを入れるのだった。
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