一話 醤油ラーメン 3
翌日。ひぃこら言いながら、何故か大量に押し寄せた客の注文を捌いていく。こればっかりは要領だ。にしたって何でこんな人がいっぱい来てるんだ……? まさかレティーシャの宣伝の効果がもう? 早過ぎだろ、完全に油断してた。
なんとかお昼の波を一通りこなして、俺は水と少しの塩を舐めた。ヘタにカッコつけて休憩を入れなかったら最悪なことになるからな。ぶっ倒れでもしたらしこたま迷惑をかけてしまう。
「おーう、来たぜリョウト!」
「ガルガデッドさん! 今、新商品が出来たんですが、食べていかれますか?」
「お、いいな。肉か?」
「お肉です」
「おう、これで頼めるだけくれ。内容は任せる」
銀貨二枚を置いてくれたので、そそくさと俺も仕込みに入る。
魔石のコンロが意外と融通が利くので、保温のようなとろ火にしておいたお湯に、熱で溶けたり変形しないモクヒスという半透明な葉っぱで包んでおいた肉を取り出す。全ての面に焼き目はつけており、そこから葉っぱで巻いてお湯で調理する。普通は真空にした耐久性のあるビニールでやるのだが、このモクヒスはラップと同じ扱いができる。挙句、熱に強い。いいとこどりだ。
「よーし……」
それらを薄切りにして、真ん中にちょっとした野菜と温泉卵を落とし、玉ねぎと醤油のソースを掛ければ……!
ローストビーフ、塊を二個使ったスペシャルドカ盛りバージョン。丸くサクッとした食感の食事パンとトマトスープを添えて。
運ばれてきた肉。肉にうるさいガルガデッドさんは、フォークでまるでフグのように大量に刺し、口に運び入れた。
「うおっ……おおおお……うめえなぁ! 昨日のステーキもそうだったがやわらけえ。ムチムチしてやがるぜ……なんだこりゃ、どうやるんだ?」
「お湯につけて時間をかけ、低温で火を通すんです。ローストビーフって言う料理なのですが……お気に召しましたか?」
「おう、今度はもうちっと分厚く切ってくれ。あ、オレには、な?」
「かしこまりました。良ければこちらも。試食して頂ければ」
「お? なんだこの丸い肉は。ブタか?」
「はい、チャーシューって言う、言わばまぁ、脇役の肉なんですが」
「へー」
厚く切られたそれを何の気なしに口にした彼だが、驚きに目を見開いていた。
「うおおおお! 噛んだらほどけて、とろって! 旨味が……旨味が、口いっぱいに広がって……! なんてやわらけぇんだ! でも噛める! んでほどける! おいおい、なんだよ、こんなブタ食ったことねえわ! お前どうなってんだリョウト!」
「おつまみに追加したいんですが、大丈夫そうですかね?」
「おう、これ好きだわ! お前中々色んな料理に通じてやがるな……!」
「どうもです。じゃ、俺は休憩してるんで、追加とかあったら呼んでください」
「分かった!」
この世界にもあった圧力鍋で煮込んだチャーシューも好評みたいだな。表面をしっかり焼いて、ネギと生姜、ニンニクと一緒に圧力鍋て炊き、醤油、ミリン、酒の調味液に漬けこむ。卵も漬けているので、そろそろ出せそうな気もするが……よもや卵の中にバロットみたいなやつ紛れ込んでないだろうな……。まぁ剥いた段階である程度分かるので、それは置いておく。
ともかく、二日目から軌道に乗り始めた店の売り上げは、金貨五枚に上った。噂が噂を呼び、夜にまで客が押し寄せてくれたのがありがたかった。
ここの店は、金貨十枚。食材を調達するのに金貨八枚を使ったという。
難しいのはここからだ。
来てくれたお客さんを離さないようにするために、最低限変わらない味、そして理想は新メニューを交え、ここ頑張ってるなあと覚えてもらわなければならないのだ。そしてそれが噂を呼び、新たな客足に繋がる。
夜、一通り仕込みも終わった頃に、やってくる小さな影。
「ふぃー。リョウトー、何か食べさせてー」
「お疲れ、リエッタ」
リエッタがやってきて、カウンター席に座った。すぐさま、アップルサイダーを出す。甘みは控えめで、程よい酸味。爽快な飲み心地が特徴の、この街の特産品らしい。リエッタの強い要望により、比較的弱い部類のドリンクメニューの看板を張ってくれている。
「売り上げはどう?」
「おかげさまで金貨五枚」
「おおお! 仕入れとかにも使うだろうし、返済はゆっくりでいいよ! えっとねー、なんかこう、温かいものが食べたい! 麺とか!」
「麺か……ちょっと待ってて」
個人的に食べようと思っていたものがある。既にかえしは作っていたので、ネギと油呼び出し用の植物油を少し、それで鳥皮を炒め、鶏油を生成して、寝かせていた麺を切っていく。
醤油ベースのかえしにチャーシューを煮込んだ時の出汁を入れてスープを作る。そこに湯がいた麺を入れ、味玉、チャーシュー、白髪ねぎを添えて、フォークを出した。
持っていくと、彼女は物珍しさにだろうか、目を輝かせた。
「うわぁ! なんか、これジュエンにあるラーメンみたい! でもなんか白濁してないね」
「ラーメンだよ。これは醤油ラーメン。召し上がれ」
「頂きまーす!」
フォークで麺を持ち上げ、啜り込んでいる。ラーメンの作法は分かっているらしい。
「んんっ、食べたことない味だぁ……でも美味しい! あったまるねぇ!」
「良かった。俺も食べよう……腹減ったわ……」
自分の分もパッと作り、食べていく。うん、悪くないな。ラーメンとしては素朴だが、その代わり脇役たちの質がいいからそれらを引き立たせてくれている。
ずるずると無言で麺をすする音が、しばらく響いた。
「……リョウトは、何も聞かないんだね」
「え? 何が?」
急にそんなことを言われるので、思わず手を止めた。
彼女を見れば微笑んでいる。が、少し疲れてもいそうだった。
「私が何で一人で錬金術師をしてるか、とか。家名があるのに教えない理由とか」
「知らん」
ぶった切ると、彼女は少しおかしそうに笑った。
「えー、それは酷くない?」
酷いのか? よく分からんが、俺は俺の認識を吐露する。
「俺の目の前にいるのは、可愛い敏腕錬金術師で、お金をちゃんと稼いでて、独り立ちもできてて、立派な大人なんだなって思う恩人の、女の子だよ。本人が話したがらないのにそういうのを訊いてくるやつはいかれてる。リエッタはリエッタだ。悪人だろうが善人だろうが、まぁ、どうでもいいよ。俺の恩人ってことは変わんないし。……これでも酷いなら、俺は酷いんだろうさ」
かわいい、と言った途端に彼女は真っ赤になったが、その後の言葉を聞いて、何だか俯いてしまった。
「俺、何か不愉快になるようなこと、言ったか?」
「ううん。優しいなぁって。なんだか、気を張ってたから、久々に緩んじゃった。錬金術師として立派にならなきゃって、ずっと必死だったから。みんなのお願いを聞いて、認めてもらって、仕事がいっぱい来るようになって、師匠にすっごい報告できるようにならなきゃーって思って頑張ってたから。私の出自も関係なしに、そうやって自然体で接してくれるの、本当に……嬉しいの。そんなリョウトだから、聞いて欲しいな。私の家名はハルコマータ。私、ここ、ハルコマータ王国の王位継承権三位。お姫様だね」
「ほー。品がよさそうだったのはそういうことか」
なるほど、納得だ。俺はラーメンに戻るが、彼女は依然として目を点にしたまま固まっている。
「あ、あれ? それだけ!? もっとこう、うわー姫様だー! とかないの!?」
「知らんって。言ったろ、リエッタはリエッタだ。姫だろうが何だろうが、今更この言葉遣いを変える気はない。それどころか、姫なのにちゃんと自分で生活基盤整えてこうして出資までして仕事してんだ、俺はちょっと感動したね。お互いこれからだろうし、助け合って頑張っていこう!」
手を差し出すと、彼女は何故だか震えているようだった。どころか、涙をこぼし、それを拭ってから、手を握ってくる。柔らかいが、しっかりした手だ。働き者の手だ。
「うん! お互い頑張ろうね!」
「よし。さっさと食べよう。伸びちまう」
「よーし!」
半分程度残っていたラーメンを啜り込み始める彼女に思わず笑みを浮かべつつ、俺はスープだけになったラーメンを飲み干すのだった。
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