一話 醤油ラーメン 2
話はアッチュー間に纏まり、翌日――
「新装開店! 料理店・ロワゾブリュ・ブランシェ! ……どういう意味なの?」
音速で店が開店することになった。マジかよ……マジかよ……。
「青い鳥の枝って意味。俺の世界にあった童話で、幸せを呼ぶ鳥なんだ。鳥が停まる枝。……要は、お客を幸運を運ぶ青い鳥に見立てて、この店は枝の役割なんだ」
「へー! なんかいいね! よく分かんないけど!」
「よく分かんないのに何で褒めたんだよ……」
大丈夫なんだろうか、この子からお金借りて。絶対年下だろうし。見た目は十六歳っぽいけど。もっと幼いかもしれない。身長百七十五センチの俺の胸のあたりまでしか身長がないし。
店は一般的なファミレスくらいはありそうな広さだった。既に調度品も届いており、木製のそれらが並び、温かみのある空間となっている。元は宿屋らしく、二階はベッドルームが四つあった。
「で、どういう料理を出すの? お酒は?」
「酒は出すけどメインじゃない。メインは料理かな。甘いものも一応あるから、女の子も気軽にはいれる店にしたいんだけど……」
「それ素敵だね! で、どういうのを出すの?」
「徹夜して一通り仕込んだから……後はお客が来れば……」
「じゃあ私一号ね!」
「金は落ちないけどね」
「まぁそうだけども」
「何にする?」
「上からたのもっかな。この唐揚げ定食ってやつを!」
文字はリエッタに書いてもらった。各テーブルにメニュー表を置いてある。
メインは定食系。米もあるので、箸を使わなくて済むようお握りにして提供する。
他にハンバーグやバゲットサンドなども置いておき、パンケーキやドーナツなどのスイーツ系、紅茶類も用意し、酒は麦酒と赤ワインだけ。つまみはカプレーゼや焼き鳥、唐揚げなどだ。
とりあえずそれで様子を見ることにし、とりあえず昨日醤油とニンニクと酒を混ぜた液に漬けていた一口大の鶏肉(モモだろう、見た事もないサイズだったが)に片栗粉をまぶして揚げていく。ちゃんと粉を満遍なくつけ、叩き落とすのがコツだ。薄力粉を混ぜると若干柔らかい衣ができるのだが、若い層をターゲットにしているのでザクっとした食感にすべく片栗粉百パーセント。
温度の低い油でまず揚げていく。一度、揚げている最中に空気に触れさせることも忘れない。余計な水分を飛ばす行いだ。
そして高温の油で一分。飴色に色づいた唐揚げが五個のったおにぎりのセット。無論、お握りはストック済み。中身は川魚を塩焼きして解し身を入れてある。海にも近いと聞くので、今度刺身にも挑戦してみたいが、やはりこの世界では魚の生食は厳しいのだろうか。
人参と大根、ごぼうの入った味噌汁も置いて、完成。唐揚げ定食。
「どうぞ、唐揚げ定食です」
「うっわ、お握りだ! 後は……なんか、見た事ない揚げ物とよく分かんない汁……」
「まぁ、食べてみてくれ」
「疑うわけじゃないけど……なんか違和感あるなあ」
そう言いながら唐揚げを口にして、ザクッという音がこっちまで聞こえた。
「お……」
「お?」
「美味しい! 何この揚げ物! すっごくジューシーでメッチャ凄い! なにこれ! これあの失敗作で作ったの!? 凄い凄い! お握りと合うー! この汁も……ふわぁ、なんか優しい味だぁ。お野菜とれるのもいいね!」
気持ちのいい食欲で唐揚げ定食にがっつくリエッタを眺めながら、やはり見た目が馴染みのないというのは大きなハードルだと思いいたる。
もう少し、馴染みのある所から始めていった方が良いのだろうか。
「大丈夫だよ」
リエッタがそう声を掛けてくれる。
「これだけおいしいんだもん! みんな、食べれば分かってくれる!」
「……かな。リエッタを信じるよ」
「うん! あ、お客さんは呼んどいたよ!」
「え?」
「うぃーっす」
何か、薄汚れた鎧を身に付けたお姉さんがやってくる。二十代……半ばかな。鋭い眼光、鎧以外は最低限の布で覆われたあられもないプロポーションが自慢っぽい。葉巻を咥えており、それを金属製の籠手で握りつぶした。
金髪を鬱陶しそうに払い、遠慮なく客席に座る彼女と視線を合わせる。厳しい緑色の瞳が、こちらを射抜く。
「おう、来たぜリエッタ。んで? お前が料理上手なリョウトだな? アタシはレティーシャ。冒険者をしている」
「冒険者?」
「え? 冒険者も知らないのかこいつ。おいリエッタ、大丈夫なのかよ」
「これを一口いってみて」
「どれ」
唐揚げを頬張り、そして……
「うっ、ううっ……!」
「あ、あの、リエッタ。彼女は何で泣いてるの……?」
何故か落涙する彼女に棒立ちしかできない……え、何で泣くんだ?
「ああ、レティーシャは涙脆いんだぁ。よっぽど美味しかったんだと思う」
「うめえ!! 何だこれうめえ! なんだよこの柔らかい肉は! んだこの味は! んで揚げ物がこんなザクっとしてるってんだこりゃどういうこった!? 皮なんて普通揚げたらぶよぶよのままだぞ! すげえ……!」
大袈裟な。確かに鳥皮はぶよっとした食感になりがちだが、衣をつける際に皮を外側に成形することで皮に火が通ってパリッとし、中はジューシーな食べ心地になる。このコツさえわかってしまえば、鳥皮は大変美味しく頂けるのだ。
「おい、メニュー見せろ。……んじゃハンバーグ定食で。前払いか? 後払いか?」
「前払いでお願いします。銅貨三枚」
「お、安いな。ほれ」
「ありがとうございます。今しばらくお待ちくださいませ」
「お、おう」
ハンバーグか。寝かせておいたタネを手のひらに打ち付けて空気を抜きつつ成形する。
ここの火は魔石というエネルギー源を使う。ノブを回すことで魔石から供給されるエネルギーが強まり、火力が上がる。便利だった電気が魔石に置き換えられており、あまり文化の違いはない。
タネは中心を窪ませて、油を敷いたフライパンにイン。
火を入れて強火で表面を焼き、ひっくり返して水を少し。蓋をして蒸し焼きにしていく。
「まーだーかー?」
「もう少々です」
金属の串を、焼いていていたハンバーグに刺す。うん、透明になった。そこに卵を割り入れてさらに蒸し焼き。
ハンバーグ、その上にケチャップと市販されている中農ソースっぽい何か、醤油を加えたソースをかけて、目玉焼きを乗せる。サラダはレタスっぽい何か、トマトっぽい何かに手製のマヨネーズをかけて、チーズを削っていく。
ハーフのバゲットを軽くあぶって、ベーコンや玉ねぎ、キャベツを煮込んだコンソメスープを添えれば……。
「お待たせしました、ハンバーグ定食です」
「お、美味そうじゃん! どう食うのがおススメだ?」
「黄身を割ってソースと混ぜて、肉かバゲットに絡めてお召し上がりください」
「おう」
その通りにし、肉とバゲットを豪快に頬張るレティーシャさん。
また泣いているようだった。
「うめえよお……! こんな肉汁たっぷりなハンバーグ食ったことねえよぉ……! なんだよお前、すげえ奴だな。宮廷料理人とかだったのか?」
「いえ、一般人です」
「うん、リエッタが投資するだけはあるじゃんか。よっしゃ、アタシが流行らせてやんよ! 明日は満員御礼を覚悟しとけ。うん、サラダうめえ! なんだこの卵のソース!」
「マヨネーズです。添え物のジル芋にも合うと思います」
「合う合う! うっめえ……!」
ジル芋というのは、恐らくジャガイモだ。恐らくビシソワーズにでもするから、汁の芋、ジル芋というところだろう。
リエッタも唐揚げ定食を完食し、二人とも引き上げていった。
日も暮れた頃、大柄な男が来店した。紅い髪の気を短くし、男というよりは漢! という感じの筋骨隆々な男性だった。背中にはデカい剣もある。冒険者、というやつなのかな。
「おう、なんか店やってんだって? なんか適当にくれや」
銀貨を一枚テーブルに滑らせる。銅貨十枚で銀貨、銀貨十枚で金貨になる。銀貨一枚は相当飲み食いしないといけない。うちならハンバーグ定食三人前、麦酒二つくらいだ。
「肉か魚、どちらがよろしいですか?」
「肉! そうさなぁ、このステーキ定食ってやつをくれや」
「お待ちくださいませ。焼き加減は?」
「んなもん任せる。生肉出したって怒らねえよ?」
「さすがにそれは……」
苦笑を返すと豪快に笑っていた。
ステーキか。塩コショウをしてニンニクとローズマリーを擦り込んでしばらく置き、出てきた水分を取り、強火で焼いていく。片面を焼けたら、ひっくり返して弱火で日を通していく。こればっかりは長年の経験による。中が冷たくないように、しかし火は通し過ぎない。絶妙なミディアムレアに焼き上げて、斜めに切り分ける。繊維に沿って切ったら刃で押したときに肉汁まで逃げてしまう。
茹でたジル芋と人参のグラッセをトッピングし、例のコンソメスープも注ぎ、バゲットを軽くあぶっていく。ステーキのソースはフライパンに残った肉汁と、後はハンバーグの時に使った調味料、それと赤ワインを入れてみた。いい塩梅だ。
「お待たせしました、ステーキ定食になります」
「おう。……ほほー、ステーキの中を冷たくするそこらの料理屋とは違うな? どれ」
一口食べて、彼は目を見開き、そして次々に食事を口に放り込んで、五分足らずで完食してしまった。
「美味い! が、足りん! もうちょっとなんか食わせろ!」
「は、はぁ。肉か魚――」
「肉っ!! 今度は鶏を食わせろ! 後麦酒!」
「お待ちくださいませ」
準備しておいた焼き鳥と唐揚げを作っておく。唐揚げは値段分だ。十五個は超えているだろう。焼き鳥も十五本くらい。俺一人で労働するからこの値段になっている。
焼き鳥のたれは醤油とミリンと酒だ。ミリン、のようなものなのだが、相変わらずようなもの、としか言えない。これもリエッタの失敗作だ。俺はそこに黒糖を少し混ぜている。そうして煮詰めたタレを塗っていくのだが……さて。
鳥皮、もも肉、胸肉(塩)、つくねを出したが……さて、反応はどうだ……?
「麦酒おかわり!」
「早っ!」
思わず口に出てしまったが、彼は気にすることもなく、木製のジョッキを俺に押し付けてきた。その顔は笑っている。
「お前、中々酒のつまみをわかってるじゃねえか。この揚げ物スゲーうめえな。なんてんだ?」
「唐揚げです」
「カラアゲな、覚えたぜ。こっちの串焼きもすっげえうめえな。特にこの鳥皮。カリカリモチモチで……やる奴だな、お前ってやつは」
「恐縮です、えっと……」
「おう、名乗ってなかったな。ギルド『不倒の剣』のガルガデッドだ。お前は?」
「リョウト・クゼです」
「リョウト、オレはここが気に入ったぜ! ただ、もう少し酒の種類置いてくれや。あれならオレが口利いてやるぞ? ん?」
「それ、凄く助かります! あ、でも、しばらく先になりそうです……運営資金はリエッタに頼りっぱなしだし……しばらく麦酒くらいですかね」
「ああん? あの錬金術師の嬢ちゃんに金出してもらってんのか? あの嬢ちゃん、メチャクチャ商売には厳しいはずなんだが、まぁ、この味だ。納得だ。麦酒おかわり」
「ただいま!」
「後この串焼きをもう五本と、おススメを頼む」
「ありがとうございます。銅貨をもう二枚置いて頂けるとすっごいの出しますよ」
「マジか、頼むぜ!」
「よっしゃ、お任せあれ!」
その後、香草をなどをこの世界で比較的小柄な鶏の中につめて味を付け、オーブンで飴色にパリっとこんがり焼いた丸焼きが完成した。ジル芋なども並べて置き、鶏から出た脂で焼けていくのだ。パーティー料理の一種だが、居酒屋でこれが出たらテンション上がる。
無論、俺が切り分けていく。ぱりぱりとした皮にナイフを入れると、透明な肉汁が溢れていく。香草の香りが鼻を抜けていき、何とも食欲を刺激した。これにはワインだという彼に赤ワインをお酌しつつ、丸い食事パンなども提供し、結局銀貨一枚、銅貨五枚ぶんを平らげて、大満足そうに彼は俺をわっしゃわっしゃと撫でて帰っていった……。まるで台風のような人だった。
それ以外に特に客も来ず、俺はしっかりと仕込みを片付けてから、早めに店じまいをし、泥のように眠るのだった。
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