第8話:不思議以上に個性もいっぱい


 これ以上、俺の脳みそをオーバーワークさせないでください。

 驚きに跳ね起きた俺は、失礼ながらまじまじと実母だと胸を張る彼女を観察する。どう見ても十七、八そこそこの、俺とそんな年が変わるようには思えない外見をしてらっしゃるんですが。


「……ちなみにお歳は?」

「まぁ、マコトったら。女性に歳なんて聞くものではありませんよ」


 腰に両手を当て、子供を叱るように彼女は言う。確かに育ての母上様からもよーく女性に歳を聞いてはいけませんとか言い聞かされた気がするが、今はそれどころじゃないんです。脳内会議室で必死に情報処理をしていたミニ俺が、またもや大暴動を起こしかけている。

 彼女は窓からの日の光に輝く榛の巻き毛をさらりと流し、その薔薇色の唇から小さな吐息を零した。


「信じられないというのなら仕方ありませんね。私は三十七歳ですよ」

「三十七!?」


 暴露された実年齢が咄嗟には受け入れられず、反射的に聞き直す。まったく見えない。とてもじゃないが、三十七歳とは思えない容姿をしていらっしゃいます。

 すぐに俺は指折り逆算していく。十七年前に俺を産んだということは――。


「俺は、二十歳の時の子供……?」

「そういうことですわね」


 見た目と実年齢のギャップが有り過ぎて全く想像が付かない。この自称俺の実母たる美少女、俺を産んだ時から成長していないんだろうかと疑いたくなる。遺伝子さん、老化って言葉知ってます?

 信じ難い事実に、床に正座したままの王様へと縋るように目を向ける。実はドッキリでした! とか言ってくれると、俺の精神衛生上非常に助かるんですが。

 未だに涙に潤んだ紺碧の瞳と視線がぶつかり、そしてこくりと一つ、無言の肯定を頂いた。

 あぁ、いつの時代も事実とは容赦のないものですよね。今日も今日とて、脳内会議室は大荒れの模様です。

 無意識に深い溜め息を零すと、不意に美少女……いや、美女が両の腕をそのままに、上半身を捻るようにして背後を振り返った。


「ところで、いつまでそうしているつもりです? いい加減出て来なさいな、ディフィル。覗き見とは趣味が悪いですわよ」

「え?」


 咎めるような、そんな強い口調で彼女が言い放つ。突然の呼びかけに俺は何事かと上半身を伸ばし、彼女の体に隠れた扉をその視界に捉える。

 すると間を開けず、開け放たれた扉の向こうからくっ、と喉奥から漏れ出たような笑い声が返された。高すぎず低すぎず、中性的といった様子のその声音が止むと、続いて扉の影から一人の青年が現れた。

 気だるげに半分ほど伏せられた瞼から覗くのは、一点の曇りも知らない澄んだ空色の虹彩。その瞳を覆う左右非対称の白髪は淡い光を帯び、伸ばされた右側の前髪は三つ編みで一つに束ねられている。左耳に吊るされた耳飾りの黒曜石は怪しげな輝きを放ち、歩みを進める度に揺れていた。

 形の良い口元は一文字に結ばれ、その表情からは感情というものが読み取れなかった。

 彼を目にした瞬間、俺は言い表せない不気味さを感じて身を固くする。得体が知れない、というのだろうか。

 ディフィルと呼ばれた青年は靴音を響かせながら王妃様の隣まで来ると、半歩ほど後ろで歩みを止めた。そしてその顔面の筋肉は凍結処理でもされたんですか、と言いたくなるような無表情でじっと俺を見下ろして――――。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! はっじめましてー、姫様」


 軽すぎる口調で挨拶をかまして下さった。


「へ?」

「リーグレルフ王国直属の召喚士団団長、ディフィル・レッテンヘイズでっす。以後、お見知り置きを」


 語尾にハートマークでも付きそうな勢いで名乗る彼からは、先ほどまでの不気味な雰囲気を全く感じなかった。厳しい冬の寒さが一気に過ぎ去り、華やかな春の季節が来たかのような笑顔をこちらへと向ける。さらにはウインクのおまけつき。

 あまりの変わり様に、俺の顔面は盛大に引き攣った。


「ど、どうも……」


 なんという胡散臭さ。例えるならば、悪徳商法の営業さんがお年寄りに振り撒いているような、マニュアル的な笑顔である。全国のお年寄りの皆さん、こういう人には気をつけてね! と指名手配書でも書きたい気分だ。


「いやぁ、動揺する姫があまりにもおもしろ……もとい、可愛らしくてねぇ。ついつい見物しちゃいましたよぉ~」


 わぁ、実に柔軟な表情筋をお持ちじゃないですか。何だか小馬鹿にされているような気がしなくもないが、そこは鍛えられたスルースキルの見せどころということで。


「まったく、あなたも困ったものですねディフィル。その腐った性根が垣間見えますわよ」

「おや、心外ですよぉヴィエリ様。困りましたねぇ、こんなにリーグレルフ王国の為に心身共に尽くしているというのにぃ」


 美女はふん、と鼻を鳴らしつつ腕を組んで青年を見遣る。それに対し彼は妙に演技じみた動作で溜め息を吐いて見せる。

 あの、気のせいでしょうか。王妃様と表情筋くんの背後に何かが見える気がする。あれ、目が疲れているのかな。マングースとハブ的な、犬と猿的な何かが火花を散らしているのは、きっと幻覚ですよね。

 俺はそっと目を逸らす。

 正直、めちゃくちゃ怖いです。無断で人の頭上を戦場にしないでください。お願いだから。


「ま、冗談はさておき」


 いや本気だったでしょう、完全に。なんて口が裂けても言えませんが。


「ありゃー、これはまた盛大にやらかしましたねぇ。ヒール履く時は気をつけてくださいよぉ」


 興味を王妃様からこちらへと移したのか、ディフィルは腰を折り俺の右足首へと顔を近づける。そういえば、と思い出したように見た足首は通常よりも遥かに腫れており、一目見ただけで捻挫と分かる状態だった。

 彼はふむ、と顎に手を当てて何か考え込むような素振りを見せた後、何を思ったのか右手を患部へと伸ばし、そのまま包み込むように――――。


「い゛ぃっ…………!!?」


 あぁ、お星さまが見えるでございますよお母様。よく漫画で衝撃受けるシーンあるけどこういう感じなんだろうなぁうふふふ。


 一瞬にして目の前が真っ白になる。患部から脳天へと電撃が走り抜けたようだった。

 足首を抱え、声にならない悲鳴を上げる。痛いなんてもんじゃない。反射的に溢れた涙が頬を伝っていく。これが初期装備で魔王と戦った結果なら、俺は過去に戻って逃げるコマンドを超連打しますよ。えぇ、一秒で十六連射でも百連射でもしてやりますとも。


「まぁっ、ディフィル! 何をしているのっ!」

「まっ、マコトぉ!?」


 王妃様が甲高い声で青年を問い詰め、王様は心配そうに俺を覗き込む。

 俺も是非聞きたいです。これはいじめか、はたまた新人洗礼の儀式か何かでしょうか? 捻挫している足首を力いっぱい握りしめるという暴挙に出た理由を、是非十文字以内で説明して頂きたい。場合によっては、反省文を百枚ほど書かせてやりたいくらいだ。


「ン? あぁ、ちょーっとぎゅぎゅっとしたくなって。いやぁ思った通り、姫様の泣き顔ってそそるねぇ」


 ぞわ、と一気に背筋が冷えて行く。彼の舐めるような視線を一身に浴び、俺はさながら蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。何だかとっても身の危険を感じるんですが、気のせいでしょうか。出来れば気のせいであって欲しい。


「まったく……あなたの趣味嗜好に文句を言うつもりはありませんが、マコトで遊ぶのはお止めなさいな。可哀想でしょう」


 王妃様が遮るようにディフィルと俺の間に入り込む。小柄ながらにその背中は母としての威厳を感じさせ、とても大きく、今の俺にはさながら女神のように見えた。非常に心強いです、産みのお母様。


「えぇー、つまんないなぁ」

「お黙りなさい。とにかく、今すぐマコトの怪我を治療しなさいな。そのためにあなたは呼ばれたのでしょう」

「はいはい、仰せのままにぃ」


 つまらない、という割にはその表情はとても楽しげなものだった。新しいおもちゃを見つけた子供のような、そんな輝きに満ちた目でこっちを見ないでください。

 にや、とその目元が細められ、俺はかち合ってしまった目線を無理やり引き剥がした。関わらない方が賢明だと、十七年間かけて培われてきた危機察知能力が警告を発している。


 俺はもしかして、とんでもない人物に目をつけられちゃった感じでしょうか。

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