第7話:一度やると癖になっちゃうよね
右足首捻挫、全治二週間(推定)。
異世界生活二日目にして、俺はめでたく怪我人となりました。
「ごめんよぉ、マコトおおぉ」
「いえ、あの、気にしないでください」
ヒールを履き続ける限りいつかはやると思ったが、まさかこんな早くに足首様が悲鳴を上げるとは思わなかった。まぁ音速を超えそうな勢いで父親が迫ってこなかったら、たぶんきっと、いや確実にこんな怪我などしていないのだけれど。
それにしても、誰か枕元の大洪水を止めてくれないかな。そのうち干からびちゃいますよ、王様。
「あの、本当に大丈夫なんで泣き止んでください」
「で、でも~……うっ、うぅ……」
非常に困った。俺はふかふかのベッドに身を沈めたまま、周りに気づかれないように小さく嘆息する。ジェラルドが受け止めてくれたおかげで、捻挫以外は本当にどこも怪我していないんだが、王様はまるで重傷患者のように扱うのだ。これは親バ……もとい、過保護な予感がとってもします。
「治療出来る人を呼んでくださったんでしょう? そんなに痛くないですし、これくらい平気ですから」
「な、なんて気丈で優しい子なんだ……っ」
動かさなければそこまで痛みもないのは事実で、決して泣き止ませる為に気丈に振舞っていたりするわけではないのだが。きっと何を言っても無駄なのだろうと判断する。
それよりも、先ほどから一つ気になっていることが。
「ところで、お……パパ?」
どうにもパパ呼びには慣れない。気を抜くと王様と呼びかけてしまいそうで、その度に言葉を詰まらせる。
「うっ……なんだい? マコト」
「あの……この部屋のって、全部俺の写真ですか?」
「おぉ、もちろん! 全て愛しい愛しいお前の写真だよ」
うわぁ。
もうそれ以上は言葉が出てこなかった。
捻挫の痛みに呻いていた俺は慌てふためく王様にすぐ隣の寝室へと運ばれた。が、そこで目にしたものに痛みは宇宙の彼方へとすっ飛んで行った。
部屋の壁という壁一面に、俺の写真。
それは生後一歳ほどのものから、ごく最近のものまで。さらには俺がカメラに目線を向けているものだけではなく、隠し撮りっぽいものまであり、まさによりどりみどり全て揃えてます状態だった。
これは過保護というより、一種の変態の領域に達していそうで何だか怖いのは俺だけなのか。
異世界に写真なんてあるのか、などと思う余裕もなく、顔を引き攣らせながらそれらを見ていたが、ふとその中に見覚えのある写真をいくつか発見した。七五三の写真や、北海道へ旅行に行った時の写真、他にもひまわり畑に埋もれる俺や、海に溺れる俺もいる。どこで見たことがあるかと言えば、元の世界で見たアルバムの中だ。
「あの、これ誰が撮ったんですか?」
「これらはすべてクロエから貰ったんだよ。いやー本当に可愛いねぇ、マコトは!」
偉大なる母上様、その名は
俺の知らない所で確かに異世界との交流があったようだ。こんな所でも暗躍しているとは、恐るべし母上。
しかし元の世界での日常がこちらの世界にただ漏れだった上に、俺だけ何も知らなかったという事実を考えると何とも微妙な心境である。
「マコトっ!?」
唐突に寝室の扉が開かれた。それと同時に響いたどこか焦ったような女性の声に、物思いに耽っていた俺はそちらへと顔を向ける。
そこにはこれまた美が具現化したような、神々しささえ感じさせるオーラを纏った小柄で可憐な少女がいた。王様と同様の榛色の、きつくウェーブの掛かった髪を後頭部で一つに纏め、化粧をほとんどしていないと思われる白磁の肌はきめ細かく、作り物かと見紛う容貌の中で、両の紺碧の瞳は動揺をありありと映していた。
彼女はドレスの裾を摘まみ上げ、足元が曝け出されるのにも構わずこちらへと走り寄る。そんな動作の中にも気品が溢れており、容易く高貴な身分の人物だと想像が付いた。
「マコトっ、怪我は!? 怪我は大丈夫なの!? どこを怪我したの!? はっ、まさか顔!? 顔なの!?」
その容姿からは想像もつかないような、怒涛の勢いで飛び交う問い掛けに俺は返事を忘れ圧倒される。ぐい、と両手で頬を挟まれ息のかかりそうなほど顔が近付けられる。
間近で見る彼女は、まさに精巧に出来た最高級の宝飾品のような美しさを持っていた。その表情を動かす激しい感情さえ無ければ、きっと人間味すら感じられないだろう。まさに生きた彫刻といった風貌だ。
「あぁ、顔に傷は付いていないようね。もう、心配させないでちょうだい。あなたの可愛い可愛い顔に傷が付いたらと想像しただけで……あぁ恐ろしい。女の子なんですから、顔に傷が付くようなことだけは無いようにしてちょうだい」
「は、はい……」
もう返事を返すだけで精一杯だった。一体その端整な口元はいつお休みになるのだろうか。
そんなことを考えていると不意に挟まれていた顔を解放され、美少女の意識は王様へと向けられる。その眉間には盛大な皺を刻んで。
「マコトに怪我をさせるなんて、何を考えているんですっ!?」
「だ、だってぇ~……」
「だってじゃありません! まったく、あなたって方はいつもそう! もう少し考えて行動して下さいなっ」
「す、すびばせん……」
一国の王が正座で説教を受けている光景を誰が想像出来るだろう。もう威厳も何もあったもんじゃない。肩を落としてしょぼくれるその姿に、俺は些か憐憫の情を感じざるを得なかった。
それにしても一国の王にこれだけ強気に出られるこの美少女、一体何者なんだろうか。王の妹とか、姪っ子とかだろうか。もしかしたら娘で、俺の姉か妹だったり―――。
「おかげで妻である私がどれだけ苦労しているのか分かっているのですか!?」
「妻ぁっ!?」
俺の常識が音を立てて崩れていく。あの、妻っていうのは夫の伴侶であって、決して妹のことなどではなくて、ましてや刺身や吸い物のあしらいに用いられる野菜や海藻のことなんかじゃなくて、ちなみに元来「つま」っていうのは男女に関わらず配偶者を指す言葉で、夫と書いて「つま」と読まれていて……つまり、配偶者のことを指すわけでっ!
「あ、そっか。後妻ってやつですか? そうですよね、そうでしょうとも。じゃなきゃ奥さんがこんな若いはずないですよね。王様の妻って言ったら、つまり俺の―――」
「何を言っているのです、マコト。この私があなたを産んだのですよ」
「…………はい?」
「だからこの私、ヴィエリ・リル・リーグレルフ・グラミリアが正真正銘、あなたの実の母です」
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