第6話:難易度設定失敗してますよ


「姫様、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない。ぜんっぜん大丈夫じゃない……っ」


 横からジェラルドが心配そうな目で見てくる。心配するなら金をくれ! いや、金なんていらないから足元に自由をくれ。

 そんな言葉を飲み込みながらも騎士様の手を支えに、俺は生まれたての小鹿のように足をプルプルと震わせながらひたすら歩く。


 現在の状況、俺VSヒール。

 こんなところに思わぬ強敵。ドレスも結構面倒だとは思ったが、これはもう別格だ。RPGでいう魔王クラスだろう、この難易度。序盤に出てくる敵じゃないですよ、出番間違ってますよ! 監督しっかりして下さい。声を大にしてそう叫びたい。


「これさ、別に靴履き替える必要なかったと思わない?」

「初めて陛下にお会いになるということで、メイド達もはりきっているのだと思います」

「でもドレスの裾でほとんど見えないと思うんだけど……」

「オシャレは足元から、ってことですね」

「そういうもんなんですかね」


 納得がいかないながらも、お姫様っていうのは常に身綺麗にしておく必要があるのだろうということでそれ以上は何も言わないことにする。

 それにしても、これはもう歩きづらいなんてもんじゃない。世の女性の方々はなぜこの靴であんなスタスタと歩けるんだ? 俺には一生無理な気がする。ほとんど棒のような踵部分の支えで、一体どうやってバランスを取れというのだ。

 気を抜くと足首が変な方向へ曲がってしまいそうで、それだけは避けねばと呻きながら必死の形相で一歩を踏み出す。


「ぐぬぬぬ……っ」

「姫様、お顔。お顔が」


 どうやら端から見たらえらいことになっているらしい。


「か、顔? 顔がなに? 俺は今最初の村を出たばっかの序盤装備でラスボスとうっかり遭遇☆ しちゃったせいで必死なんだよ……っ!」


 俺の脳内装備画面はひのきっぽい棒とか皮の服とか、そんなものばっかりだ。攻撃力、防御力ともに一桁。無理ゲーにもほどがある。


「ラスボ……? 申し訳ありません、私には分かりかねます」


 少し困った顔も絵になりますね。いいよね、美形って。こんちくしょう。


「ま、魔法とかっ、魔法とかないわけっ? こう、バーンとなってピキーンみたいな」


 ステータスの魔法画面はすっからかん。

 俺は捕まっていない方の腕を盛大に動かしてボディランゲージで炎だったり氷だったりの魔法を説明する。いや、そんな大層な攻撃魔法いらないから、せめて回復魔法くらいは習得させてくれ。頼むから。


「魔法? えぇと、召喚術のことでしょうか?」

「そう、それ! 魔法でも召喚でも何でもいいからラスボスをやっつけてくれえええぇぇ……」


 俺はもうダメだ。次の一撃でやられるのだ。

 恐る恐る歩くせいで足に余計な力が入るのだろう、既に半端ない疲労感のせいで思考がとっても鈍い。今にも火を噴きだしそうな魔王の幻覚まで見えてきた、どうしよう。


「姫様、落ち着いてください。ほら、陛下のお部屋は目の前ですよ」

「戦闘の途中で逃げるのは武士の恥、いざ尋常に~……って、着いたの?」


 魔王との臨戦態勢に入っていた俺だが促されて現実に帰ると、そこには他の部屋とは比較にならないような豪勢かつ重厚な扉が佇んでいた。その前には護衛らしき騎士が二人、それぞれ扉の両脇に立っている。

 いかにも偉い人の私室ですよ、と主張せんばかりの豪華さである。

 ジェラルドは俺を扉までしっかり支えながら進むと、俺に向かって深く頭を下げる両脇の騎士と短く言葉を交わした後に、その煌びやかな装飾の施された扉へノックをする。


「陛下、王女殿下をお連れ致しました」

「入れ」


 扉の向こうから聞こえたのは、何とも渋いお声だった。重低音が響くような、一言で言えばダンディ。もっと言うなら、その渋さの中にも上に立つ者の強さが滲み出るような、そんな重圧のある声音。

 それを耳にした途端、俺は急に王様という存在を肌に感じてその圧力に身を固くする。今にして思えば、実の父親だからといって好意的に受け入れてくれるとは限らない。ほら、王族って身内でもいがみ合っていそうなイメージだし。偏見以外の何物でもないが。

 しかしこういう場合は総じて、何か粗相とやらかすと大抵厄介なことになるので大人しくしておくのが吉だ。厄介事を回避する術は母上様で学びましたとも。えぇ、回避しきれませんでしたけど。

 俺はそっとジェラルドから手を離す。心配そうに見守る騎士様を横目に、ヒールでふらつく足元を気合いで押さえつけて姿勢を正した。

 気合いだ、すべては気合いで何とかなる。どこかのオヤジも連呼していたじゃないか。頑張れ、俺。負けるな、俺。


「失礼致します」


 ギィ、と重厚な扉が開かれる。ジェラルドが端へと身を引き、室内への道を作る。

 俺は表には出さないようにしながらも、内心では限りなく緊張しながら示された道へと一歩踏み出した。あ、足首折れそう。


「し、失礼いたします……」


 入室の際にはお辞儀した方がいいのだろうか? などと色々思考が巡る中、とりあえず一度頭を下げておく。しないよりはマシだって。たぶん。

 折った上半身を恐る恐る様子を窺いながら起こす。と。


「おかえり、我が愛しの娘よ」


 そこにはダンディなお声に違わず、見た目もまさにダンディという言葉がぴったりビンゴな男性がいらっしゃった。

 オールバックにセットされた榛色の髪、モノクルの中から覗く紺碧の瞳は王の名に相応しい威厳を湛えており、静かにこちらを捉えている。

 彼はデスクへと両肘をつき、骨張った手を組んだ状態でこちらを見ていた。


「王、様―――?」


 思わず問いかけるように言葉を零す。どちらかと言うと、王様というより公爵とか伯爵といった風貌だ。そして私室はどこかの事務所といったような雰囲気だ。一般的な王様のイメージに遠いにも程がある。

 しかし次の瞬間、俺はやらかしてしまったのだと理解した。

 ダンディな王様の眉間に皺が発生したのだ。


「やばっ……」


 しまった、と口元を押さえたがもう遅い。

 本物かどうかを疑われて気分を害さない王様がどこの世界に居るというのか。いや、居ないだろう。そのとんでもない地雷を、たった今俺は華麗なステップで確実に踏んだのだ。近所の凶暴な犬のしっぽを間違って踏んじゃった感じで。ただし踏んじゃったのは犬のものではなく、獅子のしっぽ。

 それはもう冷や汗ものだ。一国の王を怒らせてしまったのだから、ただでは済まないだろう。下手したら処刑されるかもしれない。

 半パニック状態で俺は口を塞いだまま床をじっと見つめていた。恐ろしくて視線を上げられない。そこに般若のような形相が待っているかと思うと、体が彫刻のように固まってしまって動けるはずもなかった。やっぱり俺は厄介事は回避出来ない性質らしい。

 極刑? 死刑? 市中引き回しの上打ち首獄門!? あぁ、母上様。今回こそ本当にやらかしてしまったようです。これからどんな処罰が待っているのでしょうか。今度こそ先立つ不孝をお許しください……。





「………………?」


 結構な時間が経った。母に対する報告はとうに終わっているのに、頭上からは怒声どころか、うんともすんとも音が聞こえてこない。

 さすがに何かがおかしいと気付き、俺は勇気を振り絞ってそっと顔を上げる。それと共に視界も上昇し、一目で高級品だと分かる絨毯から同じく凄腕の職人が作ったと想像出来る机へと移り変わる。

 そして先ほどと変わらずに置かれた肘、それを辿っていくと―――。


「うぇっ!? え、お、王様っ?」


 驚いた時って、やっぱり奇声しか出ない気がする。経験上。

 俺は思わず半歩ばかり後退し、目にした光景にひたすら瞬きを繰り返していた。


「うっ、うぅ……う゛ぅぅ~……」


 そこには姿勢もそのままに、紺碧の瞳から大量の涙を流している王様がいた。それはもう大雨の日に堤防が決壊したかのような大洪水で。

 え、俺何かした? 一瞬にして恐怖が崩壊した俺は、もう何が何やらといった状態でその状況を見つめる。王様が泣いてしまうようなことを俺はやらかしてしまったのだろうか。

 ずびび、と目元を押さえつつ鼻を啜っている。ダンディな雰囲気は一体どこへ行ってしまったのか。

 どうしたものかと対応に困った末、背後にいるジェラルドへと助けを求める。

 視線だけで訴えるも、彼に特に動じた様子はない。首をただ縦に振られるのみである。一体俺にどうしろと。


「あ、あの……王様……?」


 仕方なく、恐る恐る声をかけてみる。

 するとピタリと呻くような泣き声が止まり、ゆっくりと顔を覆っていた両手が下ろされた。


「……お、お…………」

「お?」


「お、王様なんて……うぅ、そんな他人行儀な呼び方いやあぁ~」


 そこにはもう王としての風格を宿したダンディな男性はいなかった。

 いるのは、涙と鼻水でその顔面を情けないまでに崩壊させた中年のオヤジ。例えて言うならば、娘の結婚式にでも出席して号泣しまくっている父親だろうか。

 ちなみに今の俺を擬音で表わすなら、ぽかーんが最も相応しいだろう。


「え、えぇ? じゃあなんて呼べば……」

「パパって呼んでぇ~……」


 この姿はとてもじゃないが、国民には見せられないだろう。

 俺は何とも言えない気持ちになる。一国の王だと言うのだから、一瞬でもどんなに威厳のある父親なのかと想像してしまっただけに。


「ぱ、パパ……?」


 人生初のパパ。正直とてもこっ恥ずかしい。しかし言わないわけにもいかず、俺は伏し目がちに目線を漂わせると数秒の間を置いて小さな呟きを零す。



 そして更に数秒の静寂。




「マコトおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「ひぃっ!?」


 俺は本能的な恐怖に後退る。しかし足元は慣れないヒール。当然のごとく俺の足首はあらぬ方向へと曲がり、踏ん張り損ねた体はそのまま後ろへと倒れて行く。

 百メートルを五秒で走りそうな勢いで迫る父親と、重力のままに落ちて行く自分をスローモーションで感じながら、俺は思った。



 陸上の選手になった方がいいよ、パパ。

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