第2章
第5話:お城の中は不思議でいっぱい
爽やかな朝。
「あの……ちょっと質問があるんですけど」
「はい、なんでございましょう?」
思わず挙手をする俺と、答えるメイド様。
目の前に用意されているのは、空腹を刺激する香ばしい匂いを放つ茶色の汁物、綺麗に楕円の形状に巻かれた黄色のおかずに、しっかりと焼かれた塩を纏った暖色の身。
そして極め付けは、一粒一粒がふっくらとした弾力を持った白く輝く炊きたての―――。
「ご飯……だよね?」
「はい、その通りでございます」
まさかの和食。異世界に来てまで、慣れ親しんだその味に出会えるとは思わなかった。
しかも白を基調として細部に金の装飾が施された、いかにも高そうな洋風のテーブルの上に和食が並ぶその光景はまた何ともミスマッチなものだ。違和感のバーゲンセール。
しかし異世界に飛ばされた者の宿命として、まず直面する問題が食文化の違いとかじゃないのか? 勝手な俺のイメージだけれど。あとは作法の違いとか、未知との遭遇とか。
とにかく見たこともないような野菜だったり、食べたことないような味だったりと、何かしらのカルチャーショックを覚悟していたのだが杞憂だったのだろうか。
「これ、味噌汁?」
「はい」
「これは玉子焼き?」
「だし巻き玉子でございます」
「これは焼き鮭?」
「そちらはカライの塩焼きでございます」
「カライ?」
どうやら焼き鮭とは少し違うようだ。しかし見た目は鮭にそっくり、というかそれにしか見えない。
「遠方の国より仕入れた高級魚でございます。姫様のお口に合うとよろしいのですが」
「高級魚……」
鮭も随分と出世したもんだ。良かったな、これでお前も出世魚の仲間入りだ。
「どうぞ、お召し上がりください」
「あ、あぁ、はい……」
もう少し鮭の出世を祝っていたかったが、丁寧に説明してくれた中年のメイド様に食事を促されたので素直に頂くことにする。いただきます、とこんな状況でも感謝の気持ちを忘れないのは、やっぱり母上様の教育の賜物なのか。
食卓に並んだおかずたちはどれも光り輝いていた。たぶん空腹を訴える俺の脳がフィルターをかけているんだろうけど。
どれから食べようかと吟味するも、ここはやっぱり出世祝いに鮭から頂こうと即決する。あぁ、カライって名前の魚だっけ。そんなことを考えながら箸でその身を解していく。
何も考えずに手に取っていたが、箸もちゃんとあるのね。チョップスティック。
そしてその身を一欠けら、口の中へと運ぶ。
「んー……この思わずご飯をかきこみたくなる塩の風味、そしてこの味わい……やっぱり鮭だよね、これ?」
「いいえ、カライでございます」
冷静に否定される。その味はどう考えても元の世界で慣れ親しんだものなのだが。元の世界の鮭=異世界のカライ、ということなんだろう。
それにしてもやっぱり和食は美味しい。というよりも、口に合う。
異世界に来てから全く食事をしてなかったせいもあって、テーブルの上にあった食べ物たちはあっという間に俺の胃袋へと消えて行った。そのスピードはいつもの三倍くらいだ。赤い彗星並み。
そう、俺はあれからジェラルドに連れられて城へと到着したのだが、なんと十七年振りの城への帰還は正面からではなく、裏口入城だった。裏口といっても、兵士たちが出入りするちょっとした抜け道のような入口のことだが。
城壁をくぐり、そのすぐ先にある城下町というのだろうか、それを横目に通り過ぎると俺達は隠れるようにして城に入った。
別に盛大に歓迎してくれると思っていたわけではないし、むしろ対応に困りそうなのでして欲しかったわけではないのだが、よもやこんなにもコソコソと城を訪れるとは想像にもしていなかった。
ジェラルド曰く、俺は生まれてから十七年間、ずっと病気で床に伏せていることになっているらしい。異世界へとその身を飛ばしたことは、城の中でも中枢に近い者だけが知る、言わばトップシークレットだということだ。あぁ、なんて厄介な出生の秘密。
その後俺は城に着くなり、疲れがピークに達したのか意識を手放してしまったらしい。気が付いたらベッドで寝ていて、一晩が経過していた。
それにしても異世界に来てからなんかやたらと気絶している気がするんだが、ちょっと自分の健康状態が心配になるところである。健康診断を受けた方がいいのかもしれないなんて思う今日この頃。
ちなみに目が覚めてから現在までのことは、もうドタバタしすぎて何が起こったかあまり覚えていない。
とりあえず記憶しているのは、待ち構えていたメイドさんたちに無理やりひん剥かれて風呂へと投入され、もう舐めつくすように全身を洗われた後に裾やスカートがやたらとふわふわした、いわゆるお姫様ドレスを着せられたということくらいだ。他にも色々いじられた気はするが、なんか自分が崩壊しそうな気がするので無かったことにする。うん、聞かないで下さい。
というか先ほどから思っていたことが一つ、ドレスの袖のひらひらが非常に邪魔である。実は三倍の速度で食事しつつも、袖が食べ物に触れないように気を使っていたりする。しかしメイドさんが言うには、これでも控えめで質素なドレスなんだそうだ。いやー、お姫様って大変だね。俺これから生活していく自信無くしそうだよ。
俺が回想に耽りつつ最後のひと口を嚥下した時、扉の方からコンコン、とノックの音が聞こえた。何というタイミング。俺が食べ終わる頃合いを計っていたのだろうか。
「お食事中失礼致します」
開かれた木製の扉から姿を現したのはジェラルドだった。あぁ、今日も一段と輝いてらっしゃる。その美貌が眩しいです。
うっ、と両手で光から顔を覆うようにしている俺を怪訝そうな顔で見るも、すぐに真面目そうないつもの彼に戻る。ちなみに扉から俺が座っている位置までは少しばかり距離があるので、その光線は若干弱めだ。さすがお城。お部屋の広いこと広いこと。
「姫様、お食事が終わりましたら陛下が自室にいらっしゃるように、とのことです」
「陛下? 陛下って、王様のこと?」
「はい」
普段陛下なんていう言葉を耳にすることがないので思わず聞き直してしまった。
ついに一国の王に謁見する時が来てしまったのか。あれ、でも俺はその王様の息子……じゃなくて、娘なわけで。この場合謁見とは言わないのか? あぁ、普段考えないことを考えると脳が沸騰しそうだ。
とにもかくにも、いよいよ実の父親にご対面しなければならないらしい。十七年間生き別れになっていた実父。何となく某テレビ番組に出演している気分だ。
これは避けて通れない道なんだろうと腹を括った俺は箸を置き、食事の締めと言わんばかりにお茶を全て飲み干した。
男なら潔く、実の父親とやらを受け入れようではないか。
というかよくよく考えると緑茶もあるのね。何なのだろう、このやたらと和風テイストな異世界は。
ちなみに、元の世界にも単身赴任の父親がちゃんとご健在だったりするんですよ。あまりにも母上の存在が大きすぎて、時々影が薄いどころか消滅してしまっているけれども。
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