第4話:現代っ子の俺には辛いのです


「―――ということなんですが、お分かりになりましたか?」


 正直、尻が痛い。とても痛い。


「つまり本当は城の中に出るはずだったのに、その変態召喚士?とかのせいで俺はまったく違う場所に吹っ飛ばされた、と。それで、作物の不作が続いていたその村にたまたま視察に来ていたジェラルドさんが迎えに来た、ってことで正解?」


 走る度に揺れ、そして揺れる度に痛む。ひたすら森の中の整った道を突っ走っている、そんな地獄の中で俺はこの超絶美形騎士様である、ジェラルド・オル・ハイネンスさんに聞いた話を出来るだけ簡潔にまとめる。


「完璧です、さすがは姫様。しかし姫様、私のことはジェラルドとお呼び下さいと申し上げたはずですが」

「いやー、なんか美形過ぎると呼び捨てにしづらくて。まぁ努力するよ」

「そうして頂けると嬉しいですね」


 ははは、と空笑いをしてみせる。何だか恐れ多くてフランクに接しづらいのは本当なのだが、実際それどころでは無かったりするのが現状だ。


 現在俺は生まれて初めて馬に乗っていたりする。しかも二人乗りで。


 あの微笑むだけで何人の女性を虜に出来るか分からない騎士様の悩殺スマイルを拝んだ後、俺を休ませてくれた村人達にお礼を言ってからすぐに村を出た。

 さっきも言った通り、ジェラルドさ……げふん。ジェラルドが村に来ていたのは視察の為だったので、すぐに城へと向かうわけには行かなかった。けどジェラルドは自分が隊長を務める隊の指揮を副隊長に任せて、俺を城へと連れて行く任務を優先させた。

 こちらへ、と連れて行かれた先には、生きてきたこの十七年間でそこそこ目にしたことのある生き物がいた。それは時代劇の暴れん坊なお方が乗り回していたり、動物園の檻の中でだらしない姿をちびっ子たちに見せていたり、オヤジたちの夢を賭けて一生懸命走っていたりする、あの『馬』だ。

 異世界というからには何か想像もつかないような生き物が出てくるとか、転送魔法みたいなもので一瞬にして城へ着いてしまうとか、まぁそんなことを想像していたのだが、残念ながらそれらは全て綺麗に外れた。

 しかもジェラルドの馬は、何とも毛並みが美しい白馬だった。まさに白馬の王子様。えぇ、よくお似合いですこと。

 最初はへぇー異世界にも馬っているんだーとかのんきに思っていたのだが、よくよく考えれば車や電車などの交通機関が発達した超現代社会っ子の俺が、馬に乗ったことがあるはずも無かった。

 一度はジェラルドに手伝って貰いながら馬に乗ってみたものの、予想外に高くなる目線とその座り心地に俺は一秒で音を上げた。もちろん元から一人でなんて乗れっこないので、二人乗りは決定事項だったが。

 ともあれ自転車の二人乗りをしたことはあれども、さすがに馬は無い。なので、そういう意味でも若干ビビリ気味。しかも馬が躍動する度に、鞍と接触する部分が擦れて痛いのだ。乗馬初体験としてはあまりよろしくない感じである。


「それはそうとさ、ここってどこなんだ? ジェラルドは俺を姫様って呼ぶけど、実際の所俺って本当にあんたたちの姫様なのか? 人違いだったりとかは……」

「しないですね」

「ですよね」


 もはや期待なんてしてなかったです。

 痛みに苛まれながらも、今は全く情報の無い俺にとっては現状を把握する絶好の機会だ。

 一人旅だったのがRPGちっくに仲間なんかも見つけちゃったりして、周りを観察する余裕が出てきた所に元々好奇心旺盛なのも手伝って、俺はここぞとばかりに質問を開始した。


「貴女は確かに、我がリーグレルフ王国の第一王女ですよ」

「リーグレルフ王国?」

「貴女のお父様、つまりリーグレルフ王が治めるこの国の名前です。ここもその領土ですよ」

「王って、あの白いフワフワのついた赤いマント羽織って、宝石のいーっぱい付いた王冠を被ってるあの王様?」


 俺の中の王様のイメージと言ったらこれだ。ついでに白い髭を蓄えていたりするとなお良し。


「姫様の想像する王とは、少し違うかもしれませんね」


 なんだ、違うのか。何となく夢を壊された気分だ。

 それにしても実感がなさ過ぎる。いきなり一国の姫だなんて言われても、リアルさの欠片もない。果たして俺はこれから先、無事に生きていけるのだろうか。


「でもさ、なんで俺なわけ? 俺ちょーっと母上様に頭が上がらないだけのフツーの平凡な高校生だったんだけど」

「なんで、とはどういうことでしょうか? 貴女は生まれた時から姫様ですよ。ある事情でフェニッカ……貴女の元居た世界で育てられることになったのですが、生まれは確かにこのリーグレルフ国です」


 あぁ、これが現実だと認めたくない気持ちと事実情報とが戦っている。

 往生際が悪いとか言わないでくれ。俺は好奇心旺盛な性格でも、あの母上の下でストッパー役として常識的に育ってきたのだ。非常識な出来事をはいそうですか、と簡単に飲み込めるような人間ではない。ただ、非常に流されやすいのでいつの間にか順応していたりもするが。


「そんなこと急に言われてもなぁ……ちなみにある事情って? あ、それと俺元の世界で男だったんだけど、なんで女になってるんだ? ようこそ!新しい自分!とかいうやつ?」


 自分で言っていて正直意味が分からない。まぁ性別も変わったことだし、新しい自分として生きて行こうぜ!って感じなのかと思って。

 だが実際、はっきり言ってこれが一番聞きたいことかもしれない。

 なんで俺は女になっている? いや、むしろ元から姫なのだとしたら、なぜ俺は十七年も男として成長してしまったのだろうか。元から女として育っていれば、わりとすんなりこの状況を飲み込めたかもしれないのに。世の中はいじわるだ、神様のバカヤロウ。

 すいません、神様。今のは立派な八つ当たりというやつです。


「それをご説明するには、少し時間が足りないようです」


 そう言ってジェラルドは右手を手綱から離し、真っすぐ前方へと指先を伸ばす。俺は不思議に思いながらその指の先へと視線を移動させて、そしてすぐに視界いっぱいに映り込んだそれへと感嘆の息を漏らす。


「姫様、あちらがリーグレルフ城です」

「うわ、でっか……!」


 口を開けたままそれを見上げる。

 視界の両脇には依然として緑が生い茂っているが、そのど真ん中にはテレビか写真でしか見たことのないような風景が広がっていた。

 それは縦にも横にも幅を取っている、やたらと巨大な城だ。ヨーロッパ辺りにありそうな洋風の城。ちょうどあんな感じ。ただし、それよりも十数倍は大きいだろう。

 俺の人生において最も巨大な建造物だと断言出来る。まぁたかだか十七年の人生では、そこまで比較出来るほどの建物を見てもいないが。

 視線を現在地と同じ高さまで落とすと、城の周りを囲む壁がぐるりと視界の端まで続いている。城壁ってやつだろう。初めて本物を見た。


「わ、本物の城だー……」


 俺が目を輝かせながら見惚れている頃、ジェラルドは伸ばしていた腕を下ろし馬の手綱を握り直す。


「さぁ姫様、しっかり捕まっていて下さいね。少しばかり速度を上げますので」


 それを合図に白馬はそのスピードを上げ、目前の城へと向かって一直線に突き進む。



 俺は心八分目ほどの不安と、若干の好奇心を仲間に異世界ライフへと強制突入する。

 尻の痛みをお供にして。

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