因習村をバッファローで潰すべきなんだろうけど

暁太郎

全てを壊しつくしたいと思った事はあったか?

 田辺には三分以内にやらなければいけない事があった。

 やらなければいけない、はずなのだが。


 生贄。


 それを聞いて、田辺は思わず吹き出しかけた。こんな単語を真面目に聞いたのは今までトレーディングカードゲームぐらいしかない。

 いや、中学生の頃に読んだ小説では見かけたか? 小説もあれ以来随分長いこと読んでないな、と田辺はぼんやりと考えた。

 だが、そんな田辺の呑気さとは裏腹に、目の前の村長は鬼気迫る表情で歯を食いしばっているし、村人たちが「神」と呼び崇めるモノが居るという殿舎からは禍々しい気で溢れかえっている。

 そもそも卒論の為のフィールドワークで来ただけのはずが、どうしてこんな事になったのだろう? それでも田辺はまるで他人事のようにこの状況を客観視していた。


 皆既日食まであと三分足らず。

 その時が来れば、太陽を嫌う邪神が生贄を、つまり田辺を食らう。


 田辺はポケットの中のフリスクのケースを握りしめた。


 やろうと思えば、出来る。


 フリスクケースの中には、無数のバッファローがいる。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが。

 

 最初にこのケースを手に入れた時の事を田辺は思い返した。

 一年ほど前に山の発電所近くで拾ったものだ。

 まだフリスクが入ってるかもと冗談半分で蓋を開けたら、翌日の全国ニュースは停電と山火事だらけになった。


 蓋を閉じるとバッファローたちは幻のように消える。

 凄いものを手に入れた、と最初は興奮気味だったが、徐々に特に何の役にも立たない事に気がつく。

 一瞬でも迂闊に開けたら災害級の暴走が辺りを破壊し尽くす事になる。こんなもの、動物園にすらなりはしない。


 それが今、ようやく役に立ちそうな場面に立ち会っている。殿舎に向かってバッファローを解き放てばよい。バッファローが邪神に通用するのかは未知数だが、何故だか根拠のない確信が田辺にはあった。


 いずれにせよ、田辺が切れる手札はもうバッファローしかない。

 逡巡の余地などないはずなのだ。

 しかし、


「貴様にわかるまい……! 長きに渡る我々への迫害! それをお救いいただいたのが、我らが神なのだ!」


 村民たちは生まれつき肌が弱く、日光に照らされると肌が焼け爛れてしまう体質だった。かつて外の世界で差別された者同士が集まり、この地に住まう土着神に「日除けの加護」を与えられ、今まで世代を紡いできた。

 

 「神」の求める生贄を捧げる為に、彼らは求められるがままに田辺のような外の人間を幾度となく犠牲にしたのだという。

 彼らは間違いなく殺戮者だ。おおよそ現代にそぐわない思想を持つ人々。

 だからこそ、田辺は彼らに訊きたい事があった。


「そこまでして村を存続させたいんですか?」


 田辺は抑揚のない口調で、静かに問いかけた。

 煽りでも何でも無い、純粋な気持ちだった。


「何だと?」


 突然の質問に村長は血走った目をさらに剥いた。


「いえ、その……昔ならともかく、今は医療技術とか発達していると思いますし……。別に、神様に必ずしも頼る必要はないんじゃないかなって」

「そういう問題ではない!」

「じゃあ、いったい……?」

「それが我らの有り様だからだ! 今更、外の連中に媚びへつらいながら生き長らえろとでも言うのか!? 儂らが、そして先人たちがどれだけ惨めな思いをしたか……」

「だから、僕のような外の人間を殺してスッキリしたいって事ですか?」

「正当な権利だ! 貴様のようにのうのうと生きている愚物どもを糧にして明日を生き続ける、これは永久に終わる事のない復讐なのだ!」


 誰が聞いても滅茶苦茶な理屈だ。しかし、田辺はそれを聞いて動揺していた。

 彼らの行いが如何に理不尽でも、そこには物事に対する「真摯さ」があった。彼らなりの正義があり、信念がある。たとえ時代錯誤な因習と言われようとも。


 自分はどうだろうか?


 今まで自分の人生は、本気とは全くの無縁だった。何となくで決めた進路、無難に周囲の求めに応えるだけの日々。強く大きい欲望を持った事はあっただろうか?

 彼らに比べて自分の存在などひどくちっぽけに見える。


 仮にここから自分が生きたとして、それでこの先何があるのだろうか?


 かつて読んでいた小説。そこに書かれる主人公は大抵何か「持っているもの」があった。才能、あるいは思想。それらは文脈に沿って一貫され、物語に輝きをもたらす。

 どうして自分は小説を読まなくなったんだろうか。あの輝きを見ると、自分が惨めに思えるから?


 殿舎から地の底から響くような唸り声が大きく響き渡った。日食まで残り時間は1分を切っている。

  

(まぁ、別に……いいか)


 特に後悔など無かった。

 死ぬのが怖くないと言えば嘘だが、これからの空っぽの未来を想うと、ここでスッパリ終わらせるのが一番だと思えた。


「カビの生えた因習だろうと、貴方達には守るものがある。だったら、この命を差し出す方が有意義でしょうね」

「――なんだと?」


 村長が眉をひそめる。そして、拳を血が出るほど強く握りしめ、わなわなと震えだした。


「何を悟ったような事を言うか――! 恐怖と絶望の断末魔を聞かせるのだ! 穏やかに逝く事など許すものか!!」


 村長は腰から肉切り包丁を取り出し、振りかぶりながら田辺に肉薄してきた。


「鳴かぬならば鳴かせてみせよとは外の世界の言葉だったな!」


 田辺はそっと目を閉じる。

 あと、20秒。

 人ならざる咆哮が空間ごと大気を震わせ、ついに天の光は消え失せようとしている。

 村長の近づく気配がする。田辺は目と口をギュッとつむいだ。

 あと5秒。

 4――

 3――


「我らは天に見放された一族か!? ――否! 断じてい」


 パキ


 フリスクケースを開ける乾いた音。

 次の瞬間、村長は無数のバッファローの群れに飲み込まれた。


「あがあああああああぁぁぁっぁァァァァァッア」


 バッファローの群れは村長を砕きすり潰し、村民たちを小石のように跳ね飛ばしながら殿舎へとなだれ込んでいく。

 とめどなく溢れるバッファローが邪神すら壊し尽くそうとする。邪神も抵抗してバッファローを瘴気やら怨念やらで呪い殺すが、無限に湧き出るそれらについに力負けしてしまった。


「ぎぎゃがgあl@あ;gふぁ;dsばfばbふぁっばぺべえ33-4@@@pl@」


 バッファローは神ですら虐げ、ただただ真っ直ぐに己の道を往く。

 本能のままに。


 全てが破壊尽くされていくのを見て、田辺はおもむろにつぶやいた。


「ああ~そうだ……そうだった」


 かつて読んだあの小説をビリビリに破り捨てた事を思い出した。

 自分が本を読まなくなった理由。

 物語の輝きが、とかそんなのではなく


「何が「――否!」だ! アァ!? なにその気取った言い回し! 腹立つんだよ、自分に酔ってるっつーかさぁ! もっと普通に言えよ、普通に! 日本語は多様なんだからよォ!!」


 田辺は生まれて二回目の本気ギレをした。


 あの小説。

 「――否」という文書を見た瞬間に頭に血が上った。

 大した意味なんて無かった。あの小説の文体が癪に障っただけ。自己陶酔を感じるような文章を見て、衝動的にキレた。それだけ。


 何て、くだらないんだ。

 極めて個人的で、身勝手で、何の変哲もない理由で。村が、村長や村民たちが築き上げてきた歴史や尊厳が蹂躙されていく。


「ウオァァァァァァァァァァァッ!!」


 田辺は生まれて初めて大声で叫んだ。喉の血管が千切れると思うぐらいに強く叫んだ。今まで自分が気づかず溜め込んでいた鬱憤、淀みが肺から吐き出されていくようだった。


 そして、田辺は叫び終えると、そっとフリスクケースを閉じた。

 暴虐の象徴は消え失せ、田辺の目の前にはハリケーンが通り過ぎたかのような光景だけが残った。


「生きてる」


 怒りが失せ、田辺は呆然となりながら思ったままの言葉を漏らした。


「生きてるなぁ」


 こんな取るに足らない人間なのに、生き残ってしまった。

 でも、今の田辺に後悔はない。


「まぁ、いいか……」


 自分は清廉でも何でもない。しかし、因習だろうがクソみたいな怒りであろうが、生きる事に資格など必要ない。


 日食が終わり、徐々に辺りに陽の光が差してきた。田辺は手を広げて全身にそれを浴びようとする。

 いずれにしろ、日の光は降り注ぐ。平等に。

 

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因習村をバッファローで潰すべきなんだろうけど 暁太郎 @gyotaro

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