第28話 私、御藤くんのことが……

 ──ファミレスで初瀬峰と話をした次の週。


 俺は学校帰りに初瀬峰を誘って、とある展望台公園へと来ていた。


 彼女に寧々香の事を話すと約束していた事と、になってくれってお願いがあったからだ。


「うわぁ。ここからだと、町を一望出来るよ。あっちの方に見える海とか、夕日でキラキラと輝いてとっても綺麗だね」


 二人だけしかいない静まり返った高台の公園に、初瀬峰の感嘆の声が響く。


「……素敵」


 そう呟いて、彼女は胸の高さまである落下防止の柵まで駆け寄っていった。


「なぁ、初瀬峰。少し遠出になっちゃったけど。良かったか?」


「ん? うん、全然大丈夫だよ? それより、何故ここを選んだの?」


 初瀬峰は俺へと振り返り、夕日を背にした。


 逆光を纏った彼女の髪は、夕焼け空と同じ様に真っ赤に染まって、綺麗だった。


「御藤くん?」


 彼女の姿がとても神秘的で、俺は思わず見惚れてしまっていた……


 まるで、天から舞い降りてきた女神みたいだなって。


「え、あ、いや、ごめん。えっと、知り合いに会わない様にって思ってさ。誰かに見られて誤解されてもなんだし……ほら、先週も、初瀬峰にとんでもない所を見られたばかりだろ? それでさ」


「アハハ、確かに……油断大敵、ってヤツだね」


 軽く微笑んで、初瀬峰は再び夕日へと振り返った。


 振り返った反動で、彼女の髪とスカートが踊る様にふわりと舞う。


「でも、御藤くんと二人っきりで会うなんて、私、撫子ちゃんに悪いことしちゃってるな。大切な恋人を、独り占めしちゃってるんだもん」


「あぁ、そのことなら気にしなくて大丈夫だよ。ナデコには、何故、初瀬峰と会うのかって事とか、全部話してあるから」


「う~ん。そう言うことじゃ、ないんだけどね」


「え?」


「ううん、なんでもない……で、どっちから話を始めようか?」


 俺に背を向けたまま、初瀬峰はそう問いかけてきた。


 どこか寂し気な彼女の後姿。


 それを見つめながら、俺は言葉を返す。


「そう言えば、初瀬峰も俺に話しがあるって言ってたっけ」


「うん。私はどっちでもいいよ? 後でも、先でも」


「そっか。じゃあ、俺からでいいかな? こっちの話は、あんまり面白い話ではないだろうし、早く初瀬峰にお願いを聞いて貰って返事が欲しいから」


「分かった。それじゃ、御藤くんの方から、お願い」


 俺は初瀬峰から了承を得ると、撫子の記憶が無いことや事故の話などは省いて、寧々香と言う人物についての簡単な説明を始めた。


 彼女は撫子の実の姉である事、少し変わった女の子だった事、撫子にとってあまり良い存在ではないかもしれないと言う事、そして……


「と言う事があってさ。寧々香は俺のことを恋人にしたいみたいで、本当に彼女がいるなら話がしたいから会わせろってしつこいんだ。でも、初瀬峰も知っている通り、俺とナデコの仲は親にも秘密だから、寧々香にもバラす訳にはいかなくてさ」


「うん」


「そういう訳で、寧々香にはナデコではない別の女性を彼女として会わせる事で、その話はやり過ごそうと考えているんだ。それで一番重要なその彼女役を、初瀬峰にお願いしたいなって」


「私が、彼女……役?」


「そ、そうなんだ、彼女役。俺、あんまり友達いないだろ? 女子の友達なんて尚更でさ。だからこんなことを頼めるのは初瀬峰だけなんだよ……ただ、フリをしてくれるだけでいいんだ。寧々香と会って彼女ですって言ってくれるだけ、それだけでいいんだけど……頼めないかな?」


 初瀬峰は一切こちらを振り向こうとはせず、柵の手すりを握ったまま、ずっと下を向いている。


 ……その様子から察するに、どうしようかと考えているのだろうか。


 まぁ、それはそうかもしれない。


 先日のファミレスで、初瀬峰は撫子に協力を惜しまないとは言ってはくれたが、さすがに彼女のフリをしてくれと言うのは、失礼で迷惑なお願いだと思う。


 だが、こんなことを頼めるのは初瀬峰以外にいないのだ。


 学校の女子で一番仲が良いし、とても信用していて、凄く頼りにしているから。


 だから、初瀬峰以外に俺の彼女役が務まる人なんて……


「ねぇ、御藤くん」


 なんだか、初瀬峰の声色が少し低くなった様な、そんな気がした。


「な、なに?」


「その、彼女役を受けるかどうかの返事の前に、私の話を聞いてくれるかな?」


「あ、あぁ、分かった。構わないよ」


 俺がそう返事すると、初瀬峰は手すりを握っていた手にギュッと力を込めた。


「もしもの、もしもの話なんだけどね……もしも、御藤くんの彼女が撫子ちゃんじゃなくて、私が彼女だった未来って、あったと思う?」


「……え?」


 初瀬峰が言った言葉を、俺は瞬時には理解することが出来なかった。


「ど、どうしたんだよ初瀬峰。急に何を言い出すんだ?」


「ねぇ、お願い。答えて欲しいの。撫子ちゃんじゃなくて、私が彼女だったかもしれない……そんな未来はあったかな?」


「そんな未来って……」


 それってどういう意味だ? 俺が初瀬峰のことを好きだったかと聞いてるのか?


 それとも……


「御藤くん、私ね、一年前の高校の入学式の日。あの日、あなたと初めて会ったあの時から、ずっと、ずっとね……あなたのことが、好きだったの」


 その言葉と同時に、初瀬峰はこちらへと振り返った。


「……は、初瀬峰?」


 彼女の表情は笑顔だった……が、微かに目が潤んでいた。


 初瀬峰、泣いているのか? なぜ?


「御藤くん、ごめんね。突然、告白なんかして。もう、あなたには撫子ちゃんって可愛い恋人がいるって言うのに……」


「あ、いや、確かにいきなりでビックリはしたけど……でも、どうして今になって、俺に告白を?」


 その問いかけに、初瀬峰は目を伏せて俯いた。


「うん、それはね……どうしても伝えておきたかったからなの。アメリカに渡ってしまう前に、確かにあった私の想いを、あなたに知っておいて欲しかったから」


 全く予想もしていなかったことに、俺は「え?」と間抜けな声が出ていた。


 告白からの、まさかの渡米報告。


 初瀬峰から齎される情報は、驚きの連続だった。


「初瀬峰が……ア、アメリカに?」


「うん、アメリカに。実はお父さんが仕事で、アメリカへ出向する事が決まってね。それに私もついて行くことを決めたの。両親には、私だけ日本に残るって選択肢もあるんだよって言われたけど、私、小さい頃から語学留学とか、海外での生活に憧れを持っていて、いつか行けたらいいなって思ってたから……だから、私もついて行くって返事をしたの」


 とりあえず、俺は一呼吸おいて心を落ち着けた。


「な、なるほど……」


「でもね。簡単に決めた訳じゃないんだよ。しばらくの間、一人でずっと悩んでた。御藤くんがいる日本に残りたい、でも昔からの夢だったアメリカにも行きたいって。じゃあ、御藤くんに告白してからアメリカに行けば良いんじゃない? とか。でも、もし御藤くんがOKをくれたら、彼を日本に残して私だけアメリカに行く事になってしまわない? とか。私は遠距離恋愛でも構わないけど、彼の気持ちも考えないで『恋人』って言葉で束縛する事になってしまうんじゃない? とか、色々考えちゃって。それで、最終的に出した答えが……御藤くんの事は忘れて、アメリカに行こう、だったの」


 ──そう、だったのか。俺を避けてる様に感じていたあの違和感は、そんな風に考えてたからなのか。


 どんな事も真正面から真摯に受け止めて、人に対して誠実であろうとし続けるところが……真面目な初瀬峰らしいなって思えた。


 それと同時に、人に気を遣い過ぎじゃないかな、とも。


「なぁ、初瀬峰。さっき俺に、撫子じゃなくて初瀬峰が彼女だったかもしれない未来はあったかって、聞いたよな?」


「え? あ、うん」


 初瀬峰はこくんと頷く


「あれの返事なんだけど……俺は、初瀬峰が彼女だった未来はあったと思ってる」


「御藤……くん?」


「実はさ、俺も初瀬峰の事がずっと、ずっと好きだったんだ。初めて会ったあの日から、ずっと……」


「御藤くんが、私のこと、を? うそ……」


 涙で滲んだ彼女の目が、少し見開かれた。


「ずっと初瀬峰のことが好きだった。でも、ナデコにキスをされた日を境に、俺の心の奥底に閉じ込めていた義妹への仄かな恋心が目を覚ましたんだ。日を追うごとに、その想いがどんどん強くなっていって、気づいたら初瀬峰よりもナデコの事を好きになっていた。そうして、最終的にナデコを選んだんだ……だから、キスされるよりも早く、どちらかが告白していれば、そんな未来はあったと思うんだ」


 初瀬峰は目を瞑り、暫く黙った後、ゆっくりと口を開いた。


「……私と御藤くんは、出会ったあの日から、ずっと両想いだった……なら、私が勇気を出していれば、御藤くんが彼氏に……?」


「まぁ、そうだったかもしれないな。俺に勇気があれば、そうなってたかも」


 初瀬峰は、クスッと笑った。


「ふふっ、確かに。お互いに、勇気があれば、って感じ?」


「ああ、その通りだよ。臆病過ぎたんだよ」


 二人して、何してたんだろうなって笑い合う。


 どちらかが勇気をもって行動していれば、俺達が恋人同士になっていた未来もあったはずだ。


 だけど、距離が近過ぎるが為に臆病だった二人は、それが出来なかった。


 そして、それぞれ違う道を選んだ。そんな未来はもうないのだ。


 初瀬峰には憧れだったアメリカに行くって未来があって、俺の未来には愛する撫子がいるから。


「……そっか、そうだったんだね。なんかこう、心につっかえてモノが取れてスッキリした感じがする」


「うん、俺もだよ」


 初瀬峰は一度深呼吸をした後、何かを決意した様な、そんな表情をした。


「……ねぇ、御藤くん。どれだけの事が出来るか分からないけれど、私、彼女役を引き受けたいと思うの」


「ほ、ほんとか、初瀬峰。協力してくれるのか?」


「うん。として大好きな御藤くんの為……それに、可愛い撫子ちゃんを守る為に、是非、やらせて欲しいの」


「ありがとう、初瀬峰……恩に着るよ」


 とんでもなく美しいクラスメイトは、最高に眩しい笑顔を俺に向けてくれていた。

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