第29話 寧々香との約束の日。
──寧々香と初めて会った日から数週間後。
俺は寧々香に彼女を会わせると言う約束を果たす為に、彼女役を頼んだ初瀬峰と無理やりついて来た撫子と共に、あるファミレスへと来ていた。
店内に入るなり、俺達三人は笑顔の眩しい店員さんに、六人掛けのテーブルへと案内され、片方のシートに窓際から撫子、俺、初瀬峰の順に座った。
そうして、対面するシートに座る予定の寧々香の到着を待つ。
「うぅ、なんか緊張してきた。私、ちゃんとやれるかなぁ」
俺の右隣りに座った初瀬峰は、本人の言う様に緊張から微かに震えていた。
今日の彼女は、黒のインナーとパンツスタイル、そして白のジャケットを羽織っている。
前回の初瀬峰の可愛らしさを強調するような感じも良かったが、少し大人っぽい、今日の様なコーデもすごく良い。
ホント、初瀬峰って何でも似合うのなって思った。
対して撫子の方は、赤いインナーと黒のスカート、それからクリーム色のライトブルゾンと言う出で立ち。
クールなネクタイコーデも良かったけど、十代らしいのも可愛くて良いなと思う。
流石は俺の恋人、可愛過ぎる。
世界一、ううん、宇宙一可愛い。撫子しか勝たん。
「弓月パイセン、ファイトです」
俺の左隣りに座った撫子は初瀬峰にエールを送る様に、胸の高さで両手の拳をグッと握っている。
「ありがと、撫子ちゃん。すっごい勇気もらった」
「あの、弓月パイセン。失敗とか、そんなの気にしないでください。その時はその時で、なんとかなりますから」
撫子の言葉に、俺も頷く。
「ああ、ナデコの言う通りだよ。一緒に来てくれただけでも十分なんだからさ。そんなに気負わないでくれ」
「……うん、それでもね。私、やれるだけやりたいんだ。御藤くんに協力したいってのもあるけど、撫子ちゃんのことも守りたいって思うから」
「弓月パイセン……」
「まだ撫子ちゃんとは一月半くらいの短い付き合いだけど、私、撫子ちゃんのことを妹みたいだなって思ってるの。可愛いし、お話していて楽しいし。だから、微力ではあるけど、力になりたくて」
パッと見、撫子はいつもの無表情だが、微かに目が潤んでいる。
どうやら義妹は、めちゃくちゃ感動している様だった。
「あ、あたしもパイセンと話しをするのは、とても楽しいです。お姉ちゃんみたいだなって、思ってます」
「ホントに? 撫子ちゃんも、そう思ってくれる? ふふっ。それじゃ私たち、血の繋がらない姉妹だね」
「はい。弓月お姉様」
「お姉様は止めよ? パイセンでいいよ……」
俺を挟んで交わされる、二人の美少女の会話。
完璧だ、チーム『とんでもない美少女と舞い降りた女神with俺』の結束力は完璧である。どんな相手が来ようとも、負ける気がしない。
例え、あの思考バグモンスターの姉が相手だとしても……
そんな風に考えていると、入り口の方から、こちらへと向かって歩いて来る人影が見えた。
コケティッシュな黒のミニワンピースを身に纏った人物。
「寧々香だ……」
俺がそう呟くように言うと、初瀬峰も入り口から歩いて来る人物に視線を送る。
「あの人が、撫子ちゃんのお姉さん……ホントにそっくりだね。撫子ちゃんが可愛い系なら、あっちは美人系って感じだね」
「そうだな」
寧々香は俺達に気づくと、コツコツとヒールを鳴らしながら駆け寄ってきた。
「ごめんねぇ、お待たせ。道が思ったよりも渋滞しちゃっててさ、バスが全然動かなくて困っちゃった」
俺に向かってそう言いながら、寧々香は手にしていた黄色いバッグを空いている方のシートへと放り投げた。
「いえ、全然大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
「アハッ、将輝さん優しいね。ますます好きになっちゃう」
寧々香はニコっと笑うと、バッグを放り投げたシートへ腰を降ろした。
そして、撫子のことを一瞥だけして、初瀬峰へと視線を移す。
「で、そっちにいるのが、将輝さんの彼女さん?」
初瀬峰は、やや緊張気味に会釈をした。
「は、初めまして……えっと、初瀬峰、弓月って言います」
「あぁ、ハジメまして。ウチは関築寧々香って言うんよ。そっちに座ってる御藤撫子の実の……って、将輝さん。これ言っても大丈夫な奴?」
寧々香は、俺の様子を窺う様に視線を送ってくる。
「ええ、大丈夫です。初瀬峰は寧々香さんの事も含めて、ある程度の事情は知ってますので」
「そうなん? なら良かった。じゃ改めて、ウチはそっちにいる撫子の実の姉で、寧々香って言うの。妹ともども、宜しくね、弓月さん」
寧々香は笑顔で、初瀬峰に向けて小さく手を振る。
「は、はい。こちらこそ、宜しくお願いします」
もう一度、初瀬峰は軽く会釈をして見せた。
そんな彼女を見て、寧々香はうんうんと頷く。
「いやぁ、聞いていた通り、ホントに美人さんなんやね。ウチ、ビックリした。目の前に女神が舞い降りてきたかと思った」
やはり……誰から見ても、初瀬峰の印象はそう見えるんだ。綺麗だもんな。
「そ、そんな……私なんかより、寧々香さんの方が美人だと思うんですけど……」
「いやいや、そんな謙遜しなくていいんよ。ウチなんかより、弓月さんの方が美人なのは、ホントのことなんだし」
そう言って寧々香が微笑むと、初瀬峰は居心地が悪そうに苦笑いを返していた。
「でも、将輝さんも大変じゃない? 彼女、こんなに綺麗な人だもん。男子が言い寄ってきたりして、気苦労が絶えないでしょ?」
「え、えっと、そんなでも無い、ですよ。学校でも二人でいる事が多いからか、あんまり……な?」
俺が初瀬峰の方を見ると、彼女は一瞬『え?』って表情をした後、慌てて頷いた。
「う、うん。彼とはいつも一緒にいるので、男の人は全然寄ってこいないです。何て言うか、すでに学校内でも公認されている仲? みたいな感じなので」
おぉ、ちゃんと俺に合わせて、無難な返事を返してくれている。
さすがは初瀬峰、柔軟な対応力で彼女役をこなしてくれていた。
「へぇ、そうなんやね。そんなに仲がいいんだ? それはそれは……すっごくヤケちゃうな」
「ま、まぁ、俺と初瀬峰は、ラブラブですから……はははは」
「ええ、ラブラブですので、アハハハ……」
俺と初瀬峰は『ラブラブ』と言う言葉を強調しながら、無理やりに笑ってみせる。
「ふ~ん……それで、ラブラブな二人は、いつから付きあってるの?」
「え? い、いつから……ですか?」
──別れる気が一切ないといった雰囲気が、寧々香に伝わればそれでいい。
としか考えていなかったので、そこまで細かい設定を決めて初瀬峰と打ち合わせをしていなかった。
(とりあえず、定番であろうあの日で……)
と、思い出すフリをしながら、数秒悩んで答えた。
「きょ、去年のクリスマスだったかな? なぁ、初瀬峰?」
俺は再び、初瀬峰へと顔を向ける。
すると彼女は、また『え?』って言う表情をして、慌てて頷いた。
「そ、そうだね。クリスマスだったね。二人で駅前の大きなツリーを見に行って、そこで御藤くんの方から、告白してくれたんだよね」
初瀬峰の言葉に、次は俺が『え?』って言う表情をする番だった。
『御藤くんの方から、告白してくれたんだよね』と言う、ありもしない記憶を突然に振られて、頭が真っ白になってしまったから。
さっきから初瀬峰に、こんな無茶ぶりをさせていたのかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
兎に角、俺は今言われた事に矛盾や不自然な点が無い事を確認してから頷いた。
「あ、ああ、そうだった、な。暗くなって、ツリーがキラキラと点灯してる中、告白したんだっけ」
「う、うん。御藤くん、真面目な顔して『好きなんだ、初瀬峰。付き合ってくれ』って。こう、キメ顔顔でキリッて」
そう言って、初瀬峰はキリッとした顔をして見せる。
「えぇぇぇ? そんなキメ顔だった……かな?」
「それはもう、笑っちゃうくらいキメ顔だったよ。でも、逆にそれがカッコ良かったかなぁ。いつもは見ない表情だったから、凄く新鮮だった」
「そ、そう言うの、やめてくれよ、恥ずかしいからさ」
「ふふっ。それでその後は、二人で静かな展望台の公園に行って、星空を見上げながら、キスをしたよね」
「え? あ、あぁ、うん。そうだったな。あの時はようやく、恋人同士になったんだなって、実感したよ」
「そうだね、やっとって……感じだったね」
……と、二人して、ありもしない嘘の記憶で盛り上がる。
なんだかんだで、俺も初瀬峰も妄想が楽しくてノッてきたようだ。
この勢いで、俺と初瀬峰がラブラブなんだってのを見せつけて、寧々香には俺の事を諦めてもら……
「ねぇ、おにぃ。弓月パイセンに、キメ顔で『好きなんだ、付き合ってくれって』って言ったの?」
「……ほえ?」
ノリノリで恋人同士を演じていた俺達を、撫子はジト目で見つめてくる。
予想だにしなかった義妹の口撃に、俺は驚き戸惑う。
「え、あ、ナ、ナデコ?」
「この前、二人で会った時も、星空を見上げながらいっぱいチューしたの?」
「いや、ちょ、な? えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
(なんで!? なんでナデコが怒ってるの!?)
「いやいや、ナ、ナデコ、ほら、分かるだろ? な!?」
(これは寧々香を騙す為の嘘の話であって、ホントじゃなくて作り話だよって。ナデコ、分かるよな?)
「……分かんない」
そう言って、撫子はプイっと窓の外へと向いてしまった。
(え、えぇぇぇぇぇ、な、なんで怒ってるんだよ、ナデコ。これは演技であって、嘘の話じゃないか。俺が愛してるのはナデコだけだよ……ホントだよ。ナデコ以外の人と、キスする訳ないじゃないか……)
俺は何故か怒っている撫子の反応を窺う為に、テーブルの下にある義妹の手にそっと触れてみた。
すると撫子は外を向いたまま、優しく指を絡め返してくれた。
(よ、良かった。とりあえず、激怒……とかでは無い様だ。演技とは言え、妄想で盛り上がった俺と初瀬峰を見て、ちょっと拗ねちゃったのかもな……)
「アハハ、そっかそっか。将輝さんと弓月さんは、そんなにも絶賛ラブラブ中なんだね。だから別れる気なんてコレっぽっちもないと?」
俺は今すぐにでも愛する撫子の機嫌を直したかったが、その撫子との仲を守る為にも、寧々香への対応に集中する。
「……は、はい、俺は初瀬峰と別れる気なんて、コレっぽっちも無いです」
「ふ~ん。弓月さんも?」
「も、もちろん! 私も彼と別れる気なんて全くないです! って言うか、そもそも、結婚する気でいますから!」
えっと、そこまで言わなくても大丈夫ですよ? 初瀬峰さん。
……別れる気が無いってだけで、いいんですけど。
「へぇ、結婚まで、ねぇ」
目を細める寧々香に、初瀬峰は頷いて見せる。
「は、はい。御藤、くんと、結婚する気で、います、から……私」
「ほ~ん、だったらさ……」
寧々香はテーブルの上に頬杖をついて、少し身を乗り出した。
「キス、出来るよね?」
そう言って、寧々香は含みのある笑みを浮かべる。
予想していなかった彼女の質問に、俺と初瀬峰は顔を見合わせた。
「え? あ、いや、だから、さっき言いましたけど、展望台の公園で二人きりで星空を見ながら……」
「違う違う、そうじゃなくて。二人はラブラブで結婚する気でいるんでしょ? だったらさ、今、ここで、キスぐらい出来るよねって聞いてんの」
心臓が大きくドクンと脈打ち、嫌な汗が流れて行くの感じた。
「こ、こここ、ここで? ですか?」
「そう、ここで、今すぐ」
寧々香はニタァっと笑って、人差し指の先でテーブルを軽く叩いていた。
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