第27話 撫子と言う存在。

【関築 寧々香視点】


「寧々香、もっとお母さんに寄って」


「こ~お~?」


「ああ、それじゃあ撮るぞ。ハイ、チーズ」


 ──どこにでもある、ありふれた家族の風景。


 それは、ウチの元にも公平に訪れていた。


 父、関築賢二せきちくけんじと、母、関築佳奈美せきちくかなみの長女として、ウチはこの世に生を受けた。


 とくにこれといった病気なども無く、父と母から惜しみない愛情を注がれ、子供として与えられる幸せを享受していた。


 あれが食べたいと言えば母が用意してくれるし、これがしたいと言えば父が一緒になって遊んでくれる。


 そして、星が見たいと言えば、三人で一緒に夜空を見上げた。


 どんなワガママも、父と母はウチの為に叶えてくれた。


 ウチの世界は何不自由ない幸福で満たされ、それは未来永劫続くと思っていた。


 ……だがしかし、そんなウチの幸せは、ある出来事によって変化を見せ始める。


 その出来事とは、母が二人目の子供を身籠ったことだ。


 表面上は特に変わった様子はなかった。


 ウチが母に甘えると、今まで通りに抱っこしてくれるし、頭も撫でてくれる。


 だが、母からある事を言われる様になった。


「寧々香に妹が出来るんだよ? あなたはお姉ちゃんになるんだから、これからは、しっかりしないとね」と。


 その言葉は母だけではなく、父も言う様になった。


 ウチが甘えると、父は笑顔で「どうした?」と言って頭を撫でてくれる。


 そして「寧々香も、もうすぐでお姉ちゃんだな。妹の事を頼むぞ」と言うのだ。


 ウチは、両親が言っている事を理解出来ないでいた。


 言葉の意味もだが、姉になるって意味がどういう事なのか分からないでいた……


 ──そうして月日が過ぎ、母のお腹が大きくなっていくのに比例して、徐々にその変化は顕著となっていく。


 どんなワガママも聞いてくれて、あんなにも構ってくれていた父も、少しづつウチに話しかける事が少なくなり、大きくなる母のお腹をさする時間が増えて行った。


 ……二人とも、そんなにお母さんのお腹が大事なの? 


 その妹ってヤツがいるから? なんでウチに構ってくれないの? お姉ちゃんになるから? もう、ウチのことは嫌いになったの? ウチは要らない子なの?


 そんな風に思う度に、ウチの心の歯車がギシギシと軋んだ音を立てていく。


 ウチの幸せが、お腹の中にいる妹ってヤツに奪われていく……そんな風に思えた。


 ──臨月を迎え、陣痛後に急遽入院した母が無事に妹を出産して家に帰ってきた。


 お腹が凹んだ母の姿を見て、ウチの心は大きく弾んでいた。


 長かった妹の出産と言うイベントは、これで終わり。


 ようやく、ウチがまた構って貰える……そう思ったから。


 だがしかし、現実は違った。


 構って貰えるどころか、姉として我慢を強いられる様になっていったのだ。


 あれがしたい、これがしたいと我儘を言うと「寧々香はお姉ちゃんなんだから、我慢しなさい。撫子を優先してあげて」と言われる様になった。


 妹が生まれてからと言うもの、母は「撫子、撫子」ばかりで、ウチに構ってくれることがほとんどなくなった。


 それは父も同様で、母よりは構ってくれるが、それでも「撫子、撫子」と、妹の名前ばかりを口にする様になっていった。


 そんな二人に抱かれて、幸せそうに微笑む撫子。


 妹の……撫子の表情を見る度に、ウチの心の奥底で何かがジリジリと燻ぶる様な感覚に襲われる。


 嬉しそうに笑うな、撫子。


 元々そこは、ウチの居場所なの……ウチだけの幸せの領域だったの。それなのに、なんでお前の為にウチが我慢しないといけないと言うの?


 妹のクセに……妹の分際で、ウチの幸せを奪うな。


 後から生まれてきたクセに、幸せそうに笑うんじゃない!


 そうして、心に生まれた嫉妬と言う感情は、いつしか怒りと憎しみと言う感情へと変わり、ある結論へと至る様になった。


 『妹さえいなければ、こんな事にはならなかった』と。


 ウチの幸せを奪ったこの子には、不幸と言う名の罰を下さなければならない。


 そう……ウチの世界に、撫子なんていらない。寧ろ、不要である。


 撫子がいなくなれば、ウチは幸せになれる。


 あの笑顔が気に入らない。その表情を、悲しみに変えてやる。


 ──それから数年の月日が経ち、ウチが六歳で妹が三歳になった年のこと。


 関築家を引き裂く事になる出来事が起こったのだった……


                  ◇◆◇◆


 【御藤 将輝視点】


 後日、初瀬峰と二人で会う約束をした俺は、撫子とファミレスから帰って来ると、早速、佳奈美さんから話を聞く事にした。


 佳奈美さんが言うには、寧々香は関築賢二と佳奈美さんとの間に出来た実子で、撫子が生まれるまでは普通の子だったらしい。


 だが、撫子が生まれてからと言うもの、おかしな行動が目立つ様になったと言う。


 以前よりも無口になり、事ある毎に撫子のことを泣かせていたみたいだ。


 そうして、寧々香が六歳、撫子が三歳の時にある事故が起きた。


 その事故とは、大雨によって増水した川に撫子が落ちてしまったのだ。


 彼女が撫子を突き落としたのか、それとも撫子自身が足を滑らせて落ちたのかは分からないが、ただ溺れる撫子を見て、寧々香は笑みを浮かべていたらしい。


 その後すぐに、近くを通った男性に助けられて撫子は一命を取り留めたのだが、その時のショックのせいか、撫子は寧々香の存在ごと事故の記憶を無くしてしまったと言う。


 その事故をキッカケに、関築賢二と佳奈美さんの夫婦仲は急激に冷え切っていき、ケンカが絶えず、離婚する事になったみたいだ。


 そして、関築賢二が寧々香を、佳奈美さんが撫子を引き取ることにして、今に至る……とのことだった。


 ──俺はその話を最後まで聞いて、これ以上、寧々香と撫子を会わせるのは危険ではないかと思った。


 寧々香が危険な人物かも……と言うのもあるが、撫子が彼女と繰り返し会う事で、思い出さなくてもいい『あの時の記憶』を、思い出してしまうかもしれないからだ。


 記憶が無いと言うのは悲しい事かもしれないが、思い出すことによって撫子が傷つく恐れがあるのなら、思い出さなくてもいいと、俺は思う。


 例え、最後に希望が残っていたとしても、開けなくていいパンドラの箱ならば……


 兎に角、寧々香のことがある程度は分かったので、このことを初瀬峰にも伝えようと思った。


 それと同時に、寧々香とした約束を守る為に、あるお願いもしなければならない。


 俺のになってくれないかと……

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