第26話 胸キュンですよ、初瀬峰さん。

「は、は、初瀬峰……?」


「弓月パイセン……」


 撫子とガッチリ手を握ったまま、俺は目の前の人物を呆然と見つめる……


 これは……非常にマズい状況だ。


 俺たちが恋人同士だと言う事は誰にもバレてはいけないのに、撫子と愛を確かめ合っている現場を、よりにもよって初瀬峰に見られてしまうだなんて。


 ……油断し過ぎだろ、俺。


「御藤くん、撫子ちゃん……これは一体、どういうことなの? まるで恋人同士みたいに二人で手を握り合って、愛してるだなんて……」


 彼女は驚いた表情で、シートに腰かけて手を握り合う俺達を見下ろしている。


(落ち着け、俺。見られたとはいえ、まだまだ言い訳が出来る段階にいる。ただ、兄妹で手を握りあっていただけじゃないか。なんらおかしいことはない……いや、ちょっとどうかなって思うけれど、まだ常識の範囲内だ。愛してるって言うのも、家族として愛してるんだよって言えば、まだ舞える!)


 冷や汗が流れるのを感じながら、俺はこの状況を何とか誤魔化そうと口を開いた。


「あ、えっと、初瀬峰さん? お、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、こ、これ、これにはですね、ふか~い、ワケが、ありまして……」


「御藤くん!」


「びゃ、びゃい!」


 初瀬峰の大きな声に驚いて、変な声で返事を返してしまった……


 すっごい恥ずかしい。


「い、いつからなの!? まさか……だって、撫子ちゃんは妹なんだよ!? きょ、兄妹で愛し合ってるなんて! そんな……二人が……」


 ──ダンッ!


 と、初瀬峰は手に持っていたコップをテーブルへ叩きつけるように置くと、俺と鼻先がくっつくのではないかと言う距離まで顔を近づけてくる。


「い、いや、だからこれは、その……」


「ふ、二人が、そんな素敵な恋をしていただなんて知らなかった! お願い、御藤くん! 愛し合う兄妹の、めくるめく禁断の恋物語を聞かせて頂戴!」


「……ふぇ?」


 目をキラキラと輝かせる初瀬峰の姿に、俺も撫子も呆気に取られていた。


                 ◇◆◇◆


 少々興奮気味の初瀬峰を落ち着かせて、とりあえず撫子の隣へと腰かけて貰うように促した。


 「ごめんなさい。あまりにも衝撃的な場面に出くわしちゃったから、ちょっと興奮しちゃった」


「い、いや、全然構わないよ……なぁ、ナデコ?」


「うん。弓月パイセン、落ち着きました?」


 そう言いながら、撫子は初瀬峰の背中を優しく擦っていた。


「もう大丈夫。ありがとね、撫子ちゃん」


 初瀬峰は撫子にそう返事を返すと、手にしたドリンクを一口含んだ。


「それで、初瀬峰は誰かと一緒に?」


 俺の質問に、初瀬峰は『うん』と頷く。


「この近くに住んでる親戚と一緒にご飯を食べに。それで、ドリンクバーのおかわりをしようかなってこちら側に来たら、二人の姿が目に入ってきてね。『うわぁ、御藤くんと撫子ちゃんだ! 偶然!』ってテンション上がっちゃって、声をかけようかなって思って近づいたら……あの状況ってワケ。ビックリしちゃったよ」


「そ、そっか。それは……驚かせてしまって、申し訳ない」


「ホントだよ……ふふっ」


 微笑んだ初瀬峰の姿に、俺はしばし目を奪われる。


 普段、制服姿の彼女しか見ないから、私服姿の彼女が珍しく感じたのだ。


 制服姿の彼女も素敵だが、今着ている白のワンピースとピンクのニットカーディガンも、すっごく似合っててとても可愛い。


 初瀬峰ってなんでも似合うんだな……と、素直にそう思った。


「ん? なに?」


 あまりにレア過ぎて、ちょっとジロジロと見過ぎた様だ。


「あ、いや、な、なんでも無い」


 慌てて初瀬峰から視線を外して、俺は水の入ったコップを煽った。


「と言う訳で、御藤くん? 早速、二人のお話を聞かせて欲しいんだけど?」


「あ、あぁ……もうバレちゃったしな。まぁ、初瀬峰ならいいか」


 観念した俺は、頭を掻きながら小さく息を吐いた。


「それじゃ、何から話そうか?」


「全部! 撫子ちゃんとの出会いから!」


「えぇ? 全部? ……いいけど、長くなるよ?」


「ドンとこいです!」


 初瀬峰は、拳で自分の胸元を軽く叩く仕草をして見せる。


「わかったよ」


 彼女に苦笑いを向けて、俺は撫子との関係を始めから話した。


 撫子は、幼い頃に両親が再婚して出来た血の繋がらない妹だと言う事、撫子が変質者に襲われているのを助けてから関係が変わっていった事、小中学校の時から、俺も撫子へ仄かな恋心を抱いていた事。


 そして……つい先日、俺と撫子が付き合い始めた事を。


 初瀬峰は撫子の隣に座って『うんうん』と頷きながら、最後まで口を挟まずに聞いてくれていた。


 瞬きしてる? ってツッコミたくなるくらい……終始、俺をガン見しながら。


「そっかぁ。初めて撫子ちゃんを見た時、何だか御藤くんと似てないなぁとは思っていたけど……まさか血の繋がらない兄妹だったなんてねぇ。なんか、小説とか映画のお話みたいで、聞いててすっごくドキドキしちゃった」


 そう言って、初瀬峰はコップに入ったドリンクを一気に飲み干すと『ふぅ』と息を吐いた。


「そ、そうかな? ただ、血の繋がらない妹に恋しちゃったって話だけど」


「だから、それが物語だって言うんだよ!」


 ──タァン!


 と、初瀬峰は空になったプラ製のコップを、勢いよくテーブルへと置いた。


 いやいや、コップが割れちゃうからさ。落ち着いて、初瀬峰さん。


「はぁ~、憧れちゃうなぁ、そう言うの。ドラマティックだよねぇ、ロマンティックだよねぇ。兄妹で愛し合うなんてさぁ」


「でも、こ、戸籍上は……だよ? 血は繋がってないよ?」


「それでも兄妹でしょ?」


「まぁ……それはそう、だけども」


「ずっと当たり前に家族だと思っていた存在が、いつの日からか愛する人へと変わっていくなんて……禁断の愛って感じで、キュンキュンするよねぇ」


 そう言いながら、初瀬峰は指を組んで恍惚の表情で空を見つめていた。


 彼女って、時間さえあれば恋愛小説を良く読んでるから、こう言ったドラマ的な話が好きなのだろうか。


 まぁまぁ付き合いがあるから初瀬峰の事を知った気で居たけど、まだまだ俺の知らない一面がある様だった。


「それで、初瀬峰。俺とナデコのことなんだけど……」


 俺がそこまで言うと、分かってるよと言った笑顔で初瀬峰は頷いた。


「二人の仲は秘密なんだよね? 大丈夫、誰にも言わないよ、絶対に」


「ありがとう、助かるよ」


 すると、初瀬峰は左隣にいる撫子へガバっと抱き着いた。


「撫子ちゃん。御藤くんと結ばれる様に、私、全面的に応援する」


「……弓月パイセン。あたし、嬉しくて泣きそうです」


「うんうん。可愛いねぇ、撫子ちゃん。協力は惜しまないから、何でも言ってね」


 二人は、仲睦まじい姉妹の様に笑顔で抱き合っている……っていうか、かなりの長話になってしまっているけど、彼女は親戚の元に帰らなくていいのだろうか。


 不意に、そんな心配が過った。


「な、なぁ、初瀬峰。親戚の元に戻らなくていいのか?」


「え? あぁ、大丈夫だよ。さっき、スマホで連絡入れたから、友達がいるから先に帰ってていいよって」


「そ、そうなんだ。なら別にいいんだけどさ……」


 俺がそう言うと、初瀬峰は撫子に抱き着いたまま、急に真面目な顔になった。


「えっとね、御藤くん」


「なに?」


「部外者の私が首を突っ込むのはどうかなぁ、とは思ったんだけど……」


「うん?」


「さっき、御藤くんが『寧々香はナデコにそっくりだけど、俺は彼女を好きになったりなんかしない』って言ってたのが気になってて。その、寧々香って人は……誰?」


 初瀬峰の言葉に、俺と撫子は思わずお互いの視線を合わせた。


「あ、やっぱりマズい話だったかな? ご、ごめんね、余計なこと聞いて」


 彼女は申し訳なさそうな表情で、空になったコップへと視線を落とした。


「あ、いや、全然構わな……」


 とその時、俺の中で何かピコーンと言う音が鳴った気がした。


「……な、なぁ初瀬峰。その寧々香に関わる事で、お願いしたい事があるんだ」


「え?」


「実は、俺も寧々香って人物にそんなに詳しい訳じゃなくてさ。彼女の事は、これから母さんに詳しい話を聞く予定なんだ。だからそれを聞いた後、また別の日に初瀬峰には寧々香とお願いについて話そうと思うんだけど。どうかな?」


 俺がそう聞くと、初瀬峰は神妙な面持ちで提案を持ちかけて来た。


「私もね。前から御藤くんに話したいなぁって思ってたことがあったんだ。だから、撫子ちゃんには悪いんだけど……出来れば、あなたと二人で話がしたい」


 そう言った初瀬峰の目は、どこか寂しげだった。


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 敬愛なる読者の皆様へ。


 突然ですが、こちらの作品は残り5話ほど(予定)で完結する事を決めました。


 ここから少し暗いお話が続くかもしれませんが、撫子が悲しくなる様なお話ではありません。それと、必ずハッピーエンドをお約束致します。


 ですので、もう暫くだけ、お付き合い頂ければ幸いです。

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