第25話 バレた……っぽいよ?

「ちょ、ちょっと待ってください、寧々香さん。そんなのデタラメ過ぎませんか? 自分が付き合いたいから、話し合いで俺と彼女を破局させるとか有り得ないですよ」


 俺がそう言うと、寧々香は俺から視線を外して何やら考えていた。


「う~ん、ちょっと説明が足りなかったかな? えっとね、将輝さんと彼女さんが本当に心から好き合ってて、別れるつもりが無いって言うならウチも諦めるよ。だけどね、あっちが少しでも愛想をつかしてたら……ってことなんよ」


「ど、どう言う事ですか?」


「つまりね、彼女の方が言い出しにくいけど、実は別れたいなぁって思ってるんなら、彼女にしても丁度いい話じゃないかなってさ。だから、とりま話をさせてって言ってんの」


 さっきよりはマシに聞こえるが、それでもムチャクチャだ……


 とにかく、寧々香の提案を『はい、そうですか』と素直に受け入れる訳にはいかない。


 なんたって、俺の彼女が撫子だと言う事を、誰にもバレてはいけないから。


「寧々香さん、とりあえず話は分かりました。けど、俺の彼女とあなたを会わせる理由と言うか、俺になんのメリットも無い話なのでお断りさせて……」


「……ふ~ん、ホントは彼女なんていないってこと?」


「え?」


「いないんでしょ? 彼女。だから、そんな事言って断ろうとしてるんだ?」


「あの、い、いや、だから……いるんですけど、その……」


「いるの? だったら彼女に会わせてよ。ホントに好き合ってんなら、諦めるって言ってんじゃん。でもいないって言うなら、ウチと付き合ってよ」


「い、いるんですけど、そ、そう簡単には会わせられないって言うか……」


「……ねぇ、将輝さん。ウチと付き合ってくれるって言うならね、今すぐにでもホテルに行ってもいいんよ? それぐらい、ウチは本気なんよ?」


 そう言って、寧々香は欲情を煽る様に見つめながら、さらに俺へと体を密着させてきた。


 その豊満な胸とムッチリとした太ももの感触、それと甘ったるい香水の香りが、俺のことを誘惑してくる。


(こ、こんな美人と……ホテルに?)


 一瞬、俺の心がぐらりと揺れる。男なら決して抗えないだろう肉欲と言う誘惑に、心の天秤が傾きそうになった……


 が、俺は踏みとどまる。


(って、しっかりしろ、俺! いくらナデコにソックリだからって、流されるんじゃない! 俺が愛しているのは、ナデコだけなんだ! 撫子Loveなんだよ!)


「ちょ、寧々香さん。とりあえず、離れてください!」


 誘惑を振り切った俺は、抱き着いている彼女の腕を出来る限り優しく離していく。


「あん、もう。将輝さんて初心うぶなんだね。そこがまた、可愛らしいんだけど」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて、寧々香はクスっと笑う。


「はぁ……」


 寧々香と言うこの人物、一筋縄ではいかないと感じていた……


 このまま話を続けても、俺の彼女に会わせろの一点張りで、どこまで行っても会話は平行線のままだろう。

 

 じゃあ、どうする? 彼女をこの場に置き去りにして走って逃げるか?


 例え上手く逃げ切れたとしても、後日、家まで押しかけてくる様な気がする。


 寧々香は佳奈美さんと連絡が取れるんだし、どんな手を使ってでも家の住所を調べあげてやって来るに違いない。


 とにかく、この人に何の目的があって、何をしたいのかは分からないが、今の俺には出来る限り多くの時間が必要だ。


 彼女の情報収集と、対策を立てる為の時間が……


「分かりました。寧々香さんがそこまで言うのなら……俺の彼女に、会わせますよ」


 俺がそう答えると、撫子は「え?」っと小さく驚きの声をあげる。一方で寧々香は、口角を微かに吊り上げた……様に見えた。


「将輝さん、ほんとに?」


「本当です。ですがそのかわり、こちらで会う日と時間を指定してもいいですか? 出来る限り、一か月以内でセッティングしますので」


 俺の出した条件に、彼女は素直に頷いた。


「うん、分かった。それぐらいの条件は飲むよ。彼女さんの都合もあるだろうしね」


 意外にすんなり受け入れられた事に、俺は胸を撫でおろす。


「そしたらさ、日時が決まったらウチのスマホに連絡してよ……って、そかそか、連絡先か。将輝さん、番号交換しよ」


「あ、はい。分かりました」


 彼女の言う通りに、俺はスマホを取り出して番号を交換した。


「ふふっ。これ以上、大好きな将輝さんをイジメても可哀そうだし、今日はこれで大人しく帰ることにする」


 そう言って、再び俺の手を握って来た。


「本当に、ウチ、将輝さんのこと好きなんよ? それじゃ、またね」


 寧々香はそう言うと、撫子には目もくれずに、俺へと手を振ってその場を去って行った。


                 ◇◆◇◆


 突然現れた撫子の実の姉、寧々香との一件の後、俺と撫子は家へと帰宅する途中でファミレスへと立ち寄った。


 ご飯を食べる。そんな当たり前の目的もそうだが、佳奈美さんから寧々香と撫子の話を聞く前に、少しでも考えを纏めたり、心の整理をしておきたかったからだ。


 笑顔で応対してくれる店員さんに案内されて、俺と撫子は四人掛けのテーブルに対面する形で座る。


 そして、俺はそのままテーブルへと両腕を伸ばして突っ伏した。


「あぁ~どうしよう……彼女に会わせるなんて言っちゃったよ。はぁ、どうするかなぁ……でも、あのままじゃ堂々巡りだったし、ああ言わないと収拾つかなかったし。だからってさ、時間欲しさに、あんな約束してどうするよぉ……」


 大きな溜息をつきながら、呪術を唱えるかの様に『どうしよう』を連ねる。


「おにぃ、大丈夫?」


 映画館を出てから、ずっとこの調子だった俺を見かねたのか、撫子が心配そうに声をかけてくれる。

 

「うん……何とか大丈夫……」


 テーブルへと放り出した俺の右手を、撫子が両手で包み込むように握ってくれる。


「おにぃ。なんか、ごめんね。あたしのお姉ちゃんのせいで」


 義妹の手からは、陽だまりの様な温もりとともに、俺の事を心配してくれている気持ちも一緒に伝わってきた。


「何を言うんだよ、ナデコ。ナデコは何も悪くないさ」


 そんな撫子の優しさに触れ、俺も義妹の手を握り返した。


「だけどまぁ、あの人には気になる点がいくつもあるんだよな」


「気になる点?」


 そう聞いて来た撫子に、俺はテーブルに突っ伏したまま頷いて見せる。


「ああ、十数年も会わなかったのに、なぜ今になって彼女はナデコを一目見に来ようと思ったのか。しかも、ナデコに会ってそんなに嬉しそうでもなかったし。それと、母さんが約束した『撫子とは直接会わないで』って事とかさ」


「……うん」


「でも一番気になるのは、ナデコが寧々香さんの存在ごと記憶が無いってことだな」


 それを聞いた撫子は、握っていた俺の手にギュッと力を込めた。


「お母さんが寧々香は娘だって言ってたから、彼女があたしのお姉ちゃんだって言うのは間違いないんだろうと思う。だけど、あたしにはあの人の……あの人と一緒に暮らしていたって記憶が一切ないの。一生懸命、思い出そうとはしてるんだけど、その度に頭の中にモヤがかかったみたいになって、心がざわざわして……なんか怖い」


「怖い?」


「うん、怖い。心の底から震えてくる。何でかは分からないけど、あの人の顔を見ていると、絶対に近づいちゃいけないって感じがして。それに、呼吸がすごく苦しくなって、とても怖いの」


「……」


 両親が離婚する際、兄弟不分離の原則があり、なるべく兄弟を離れ離れにせずに一人の親の元で生活させると言うものがある。(※注:作者が調べた限り、両親で話し合えばそれぞれ引き取る事も出来るそうです。ですが、正しくはご自分でお調べする事をお勧めします)


 だから普通は、どちらかの親が兄弟一緒に面倒を見るのだが、寧々香と撫子はそれぞれ、父親と母親に引き取られた。


 あくまで俺の想像でしかないが、寧々香と撫子は両親の都合で離れ離れになっているのではなく、二人を一緒にしてはいけないと言う理由により、別々の親に引き取られたのではないだろうか。


 佳奈美さんが寧々香の存在をずっと黙っていた事、そして撫子の怖がる様子を見ていても、そう考えるのが自然な気がする。


 ──寧々香の言う『あの時の記憶』


 その中に、撫子が彼女に怯える理由と、全ての答えがあるのだろうか……


「おにぃ、あたし……怖い。あの寧々香って人にまた会うのもそうだけど……大好きなおにぃを奪われてしまうんじゃないかって思うと……すごく怖いよ」


 俺の手を握ったまま、撫子の手が震えている。


 そんな義妹の手を、俺は両手で包み込むように握った。


「大丈夫だよ、ナデコ。俺は彼女に惹かれたりはしない」


「お、おにぃ……」


「確かに、寧々香はナデコにそっくりだけど、俺は彼女を好きになったりなんかしない。俺の大好きな人はナデコだけだから」


「う、うん、あたしも大好き。おにぃを信じてるよ」


「ありがとう」


 そうして、俺は姿勢を正すと、撫子と視線の位置を合わせた。


「世界で一番愛してるよ、ナデコ」


「あたしも……あたしも愛してるよ、おにぃ。世界で一番、ううん、宇宙で一番愛してる」


「大好きだよ、ナデコ。愛してる」


「あたしも大好き。おにぃ、愛してる♡」


 お互いに愛を確かめ合い、見つめ合っていたその時……


「御藤くんと、撫子ちゃんは……愛し合ってるの? 兄妹なのに?」


 不意に名前を呼ばれて、俺の心臓は喉から飛び出すんじゃないかと思う程、大きく跳ね上がった。


 それと同時に、血の気が引いて行くのを感じる。


「……え?」


 そして、俺と撫子は声のした方へと首を向けた。


 するとそこには、とってもオシャレをした初瀬峰が、ドリンクの入ったコップを片手に茫然と立っていた。

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