第24話 おにぃさんの彼女、会わせてよ。

 俺は青ざめた表情の撫子と、笑みを浮かべる謎の美人を交互に見る。


 撫子の様子を見るに彼女の事を知らない様だが、一方で彼女の方は撫子の事を知っている様子だ。


 それにしても、見れば見る程に良く似ている……撫子にも、佳奈美さんにも。


「あ、あなたが誰かは知らないけど……とにかく、おにぃの手を今すぐ離して」


 なんだか、彼女の顔を見てから撫子の顔色があまり良くない。


 唇を震わせて何かを怖がっている様な、そんな表情をしていた。


「酷いなぁ、撫子。ウチはとっても悲しいよ。この世で唯一血を分けた妹に、存在ごと綺麗サッパリ忘れられるなんてさぁ」


 彼女がサラッと言い放った『妹』って単語に、俺は妙なザワつきを覚える。


「え、えっと……妹ってどういうことですか? 撫子は俺の妹なんですけど……」


 俺がそう質問すると、彼女は俺の手を握ったまま自己紹介を始めた。


「ウチの名前は関築せきちく寧々香ねねか。歳は十八で、将輝さんよりちょっとお姉さんの大学生。そこいる関築撫子、じゃなくて、御藤撫子とは血の繋がった姉妹なんよ」


 血の繋がった、実の姉……その言葉に、俺の胸はさらにザワついた。


 初耳だ。佳奈美さんからそんな話、一度だって聞いた事が無い。


 撫子に……


「撫子に血の繋がった姉がいるなんてのは初耳ですけど……関築って言うのは、撫子の父方の名字ですか?」


「そそ。ウチと撫子は両親が離婚する時に、それぞれお父さんがウチを、お母さんが撫子の親権を持ったから離れ離れになったの。そ~んな、話すも涙、聞くも涙の悲しいお話があるんだけど、聞きたい?」


 寧々香はそう言いながら、俺の腕に抱き着いて来る。それを見た撫子は、少々ムスッとした顔で寧々香に対して指を差した。


「寧々香……だっけ? その、勝手に話を進めないで。あなた、あたしの姉って言うけど、あたしにはそんな記憶一切無いから。それと、いい加減におにぃから離れて」


「だからさぁ、全部忘れちゃってるんだねって言ったじゃん。あの時の記憶も、ウチの存在さえも、丸っと忘れてんのよ、アンタ」


 言い切ると、寧々香はやれやれといった感じで肩をすくめた。


「あの時の記憶って、一体何の事を言ってるの?」


「あれあれ、気になっちゃう? あの時の記憶。まぁ、それをウチの方から話してあげてもいいんだけどさ、どうせウチの言葉をアンタは信じないっしょ? だから、お母さんに電話して聞いてみなよ。ウチらの母親の佳奈美にさ」


 寧々香は指を立てて電話をするジェスチャーを撫子にして見せる。


 それを見て撫子は、ギュッと唇を噛みしめると、持っていた映画のパンフを俺に渡してきた。


「おにぃ、ごめんね。これ持ってて貰える?」


「……ああ、分かった」


「ありがと」


 俺がそれを受け取ると、撫子はすぐに自分のバッグからスマホを取り出して電話をかけ始めた。


「あ、お母さん? うん、え? あ、まだ帰らないよ。おにぃとご飯食べて帰る。うん、うん、でね、用件はそれじゃなくてね。ちょっと、ややこしい話なんだけど……お母さんさ、寧々香って女の子、知ってる?」


 しばらくの間、撫子は電話の相手である佳奈美さんの話を聞いて『うんうん』と相槌を打ち続けていた。時折、寧々香の方へと視線を送りながら。


「……じゃあ、とりあえず、家に帰ったら詳しい話を聞かせてくれるんだね? うん、分かった。それじゃ」


 佳奈美さんと数分ほど話をした撫子は、神妙な面持ちで電話を切ると「ふぅ」と一息ついてから話し始めた。


「おにぃ。どうやらこの人、あたしのお姉ちゃんで間違いないみたい」


「そうか……本当に、姉なんだ」


 俺は腕に抱き着いている寧々香へと再び視線を落とした。


 すると、彼女は『ほらね』と言わんばかりに微笑んだ。


「ね? ホントだったっしょ? 撫子はウチの妹なんよ。大事な大事な……ね」


「でも、あなた……寧々香は、あたしと絶対に会わないってお母さんと約束したうえで、今日ここに来ることを教えてもらったんでしょ?」


 寧々香は首を傾げて、考える素振りを見せる。


「はて? そんな約束したかなぁ?」


「遠巻きに見てるだけで、絶対にあたしと直接会わないって約束したんだって、お母さん言ってたよ」


「だから、遠巻きに見てたじゃん」


「……今こうして会ってる」


 寧々香はニヤついた挑発的な顔で、撫子はいつもの無表情で、お互いの様子を窺う様に見つめ合っていた。


 とりあえず、この寧々香と言う女性が撫子の実の姉と言うのは分かった。


 けど、この十数年もの間、一度も会ってこなかった撫子に突然会いに来た理由って、一体何なのだろうか。


 それに、佳奈美さんが出していた撫子と会わないって言う条件も気になる。


 いくら両親が離婚したとは言え、寧々香と撫子は血の繋がった姉妹である。だから会うくらいは良い筈だとは思うんだけど……もしかして、それは撫子に彼女の記憶が無い事と関係しているのだろうか。


 彼女が言う『あの時の記憶』ってヤツに。


 兎も角、ある意味で部外者である俺は、この訳の分からない状況を黙って見守る事しか出来なかった。


「寧々香。あなたはお母さんとの約束を破ってまで、あたしに何の用があるの?」


 厳し目の口調で問い詰める撫子に、寧々香はワザとらしく溜息をついてみせた。


「はぁ……いい? 撫子。何を勘違いしてんのか知んないけど、今日はホントにアンタに会う気なんてコレっぽっちも無かったの。だけどね、どうしても出てこずにはいられない、別の理由が出来てしまったんだよね」


「別の理由?」


 撫子がそう聞き返すと、寧々香は抱き着いていた俺の腕を、さらにギュッと抱きしめて来た。


「そう、別の理由。それはね、アンタの血の繋がらないおにぃさん。御藤将輝さんのことが、ウチ好きになってしまったんよ」


「「なっ!?」」


 俺と撫子は同時に驚きの声を上げる。


「さっきも言ったけど、今日はホントにアンタを遠巻きに見て、それで帰ろうと思ってたの。でもね、将輝さんが、めっちゃウチ好みの可愛い顔してるから、一目ぼれしちゃってさ」


 撫子は無表情で呟く。


「……嘘だ」


「うわ、十数年ぶりに会った実の姉を嘘つき呼ばわり? ウチ傷つくなぁ……ホントだっての。将輝さんを一目見て、もうバッキバキにトキめいちゃってさ。だから、アンタがいない内にナンパって形で彼を誘って、サッとこの場を去ろうかなって考えたのよ。そんで、今日中に男女の関係になろうって思ってたんだけど……」


「だ、男女の関係って、おにぃにはあたしって恋……!」


 撫子は、危うく恋人と言いかけて踏みとどまっていた。


 良く我慢した撫子。絶対に誰にもバレちゃいけないからな。


「ん? おにぃには、なに?」


「お、おにぃには、あたしって……妹がいるし、そ、それに、とっても美人の彼女だっているんだから!」


「いや、アンタが妹なのはどうでもいいけど、彼女がいるってのはさっき聞いた。だからね、本当に彼女がいるなら合わせて欲しいって思ってんだよね」


「え? な、なんで、ですか?」


 俺は意味が分からず、そう彼女に問いかけた。


「なんでって、ウチは将輝さんの事がマジで好きなんよ。さっきホテルに誘ったのも、嘘じゃなくて本気だったし。だから、将輝さんに彼女さんがいるって言うんなら、その人に直接会って話をつけようかなってね」


「は、話をつける?」


「うん、将輝さんと別れてって。そしたら、心置きなくウチと付き合えるでしょ?」


「なっ……」


 何を言ってるんだこの人は。


 自分が付き合いたいからって、話し合いで恋人同士を破局にまで追い込もうって言うのか?


 ムチャクチャが過ぎる……


 この、大切な何かをすっ飛ばした挙句に、常識を自分の価値観で捻じ曲げて結論に至る思考……この二人はホントに姉妹なんだなって、俺は思い知らされていた。

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