秘密の二人。絶対にバレてはいけない編

第21話 あれから数日後……

 ──日曜日の昼下がり。


 俺はいつもの如く、机に向かって勉強……していなかった。


 一応、参考書やノートなどは開いてはいるのだが、誰からも連絡がこないスマホの画面をただジッと見つめている。


 もちろん、何も映し出されていない画面を見つめているワケではない。俺の母さんと愛する人が一緒に映っている写真を眺めているのだ。


 母親である佳奈美さんの横で、嬉しそうに微笑んでいる撫子。


 そんな彼女の姿を、俺はかれこれ三十分以上は見つめている。


 ……よく飽きないなって? 飽きる訳が無い。愛する人なんだから。


「はぁ……ナデコ可愛すぎ」


 ──俺が隣町の浜辺で撫子に告白してから、すでに二日が経った。


 撫子と恋人同士となったあの日から、俺は義妹の事しか見えないでいる。


 心の片隅に押し込んでいた感情を解き放った事で、俺の中で撫子の存在はどんどんと大きくなっており、彼女への想いは留まるところを知らない。


 もう、撫子のことが好き過ぎて、俺は何も手が付かない状態ってヤツだった。


「こ、これが、恋の病と言うヤツか……なんて恐ろしい」


 ……だがしかし、流石にこのままでは日常生活に支障をきたしかねない。


 もう少し感情をフラットに保ちつつ、メリハリのある生活を過ごさねばと、俺は自分の頬を両手で叩いて気合いを入れ直した。


「うし! 勉強するか!」


 ──コンコココン♪


 と、部屋中に軽快なノックが響き渡った。


「……っ!」


 心を入れ替え、気合いを入れ直したばかりだと言うのに、俺の頭の中は愛する人のことでいっぱいになる。


 そしていつも通り、俺が返事を返す前に扉はガチャリと開け放たれた。


「ねぇ、おにぃ。お母さんがね、ケーキ買ってきたから一緒に食べないかって」


 俺はその声の主に対応する為に、座っていた椅子を回転させて、部屋の入口へと体ごと向ける。


 するとそこには、赤い薄手のパーカーと紺のデニムレギンスを履いた撫子が立っていた。


 ……うん、可愛い。


「ケーキ、食べる?」


 撫子は、いつもの無表情で俺へと問いかけてくる。


「あ、あぁ、食べようかな。丁度いま、休憩しようと思っていた所だったんだ」


 ……嘘をつくんじゃない、俺。ずっと、撫子の写真を見ながら休憩していたじゃないか。


 と、自分自身にツッコミを入れ、俺は義妹に笑顔を向けた。


「そうだったんだ、丁度よかったね。じゃ、一緒にリビングに行こ?」


 そう言うと、撫子は俺に向けて右手を差し出してきた。


「う、うん。行こうか」


 俺は誘われる様に椅子から立ち上がると、部屋の入り口で待っている撫子の元へと向かう。


 そして、彼女が差し出している右手をそっと手に取った。


「あのね、イチゴがたっぷり入ったロールケーキと、表面を少し炙ったチーズケーキとあるよ? おにぃはどっちがいい?」


 撫子は俺にそう問いかけながら、握った手を恋人つなぎで握り直した。


 俺もそれに応えるようにキュっと握り返すと、二人で階段を降りていく。


「俺はどっちでもいいよ。ナデコが好きな方をとりなよ」


「え? いいの? イチゴいっぱいでふわふわのロールケーキだよ?」


「もうどっちを食べたいかって、決まってるんじゃないか。いいよ、ナデコがそっちを食べれば」


「ふふふっ。だって、イチゴたっぷりで美味しそうだったんだもん」


 そう言って、嬉しそうに微笑む撫子と短い階段を降り切り、リビングに入ろうとした所で、俺は繋いでいた手を離した。


 ……が、撫子は俺の小指の先を掴んでいた。


「ナデコ?」


「……うん、分かってる。皆には内緒だもんね。我儘言って、ごめんね」


 少し残念そうな表情を浮かべて、撫子は掴んでいた俺の小指をゆっくりと離した。


「いや、全然……」


 俺だって、本当なら撫子とずっと手を繋いでいたい。しかし、今から入ろうとしていたリビングには、佳奈美さんがいるのだから仕方が無いのだ。


 そう、俺と撫子が恋人だと言うのは、両親は勿論、誰にも秘密だから。


 俺と撫子は、戸籍上は兄妹であり、表向きは家族と言う体を成している。


 故に、現状の学生と言う身分では、目立った行動をとることは許されない。


 もしも、学校や親にバレてしまったとなれば、二人の仲は引き裂かれた挙句に、俺だけ家を追い出されたり、退学だってあり得るだろう。


 しかし、社会に出てしまえば別だと思う。


 少し調べてみたのだが、俺と撫子はどうやら結婚は出来るらしい。(※注)


 (※注・作者が調べた限り、民法734条1項「直系血族、又は三親等内の傍系血族の間では婚姻することができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間ではこの限りではない」だそうです。参考程度にお願いします)


 だから、二人とも学校を卒業し社会に出さえすれば、何とかなるのではないかと考えている。最悪、周りの事は無視して二人で一緒に暮らせばいい。


 ……それまでの辛抱。今は絶対に、誰にもバレない様にしないといけない。


「我慢ばかりさせて、ごめんな、ナデコ」


「ううん、おにぃと一緒にいる為だもん。あたし、頑張るよ」


 撫子はそう言うと、いつもの無表情へと戻ってリビングの扉を開けた。


「お母さん、おにぃ呼んできた」


「ありがとう、撫子。将輝くん、今お茶の用意するから、先に座って食べてて」


「うん、母さん。ありがとう」


 俺は佳奈美さんにそう礼を述べて、ダイニングテーブルの自分の椅子へと座った。


「はい、おにぃ」


 すでにケーキは皿へと移されており、それを撫子が俺の目の前へと置いてくれる。


「ありがと」


 撫子は返事の代わりにニコっと微笑むと、俺の右隣の席へと座った。


「へぇ、美味しそうだな」


 目の前に置かれたチーズケーキは、撫子が言っていた様に表面を焦がした様になっている。所謂、キャラメリゼと言うヤツだろうか。甘くて香ばしい香りが、俺の食欲を刺激してくる。


 それじゃ早速頂こうかなと、俺がフォークを手にした瞬間……視界内に何かがスッとフェードインしてきた。


 突然の異変に、俺は自分の右隣りに座る撫子へと視線を移す。


 すると義妹は、一口サイズに切り分けたロールケーキをフォークに乗せて、俺に食べろと言わんばかりに差し出していた。満面の笑みで……


「……え? なに?」


 俺は予想していなかった出来事に、面食らって固まってしまう。


 だが、撫子はそんな俺に構わずに『おにぃ。はい、あ~ん』と口パクで言いながら、ケーキの乗ったフォークを俺の口元へと近づけてくる。


 義妹は要求している……俺に口を開けろと。


(いやいやいやいや! ナデコ! 母さんがいるから!)


 俺も口パクでそう言いながら、後ろを向いている佳奈美さんを指差す。


 しかし撫子は、俺が指差した方へと振り向いた後、すぐにこちらへと向き直して、再び『はい、あ~ん』ってしてきた。


 無邪気な笑顔で迫って来る撫子を見て、俺は思う。


 コレ、絶対食べないと終わんない奴だ……と。


 どうするべきかと悩みながら、俺はもう一度、後ろ姿の佳奈美さんの様子を窺う。


 佳奈美さんはお茶の用意をしながら夕食の準備もしている様で、ずっとこちらとは反対方向の壁側を向いている。


 しかし、いつコチラへと振り返ってもおかしくない状況だ。


 だが、そんな事を考えている間にも撫子の進撃は続いており、すでにケーキは俺の唇のすぐそこまで近づいてきている。


『おにぃ、あ~んして? あ~ん』


 義妹の艶やかで可愛い唇が、そう言っている様に動く。


「うぐ、ぐ……はぁ」


 尚も進撃してくる撫子の強引さに負けた俺は、観念して口をゆっくりと開いた。


「あ、あ~ん……」


 なんだか、すっごい恥ずかしい……傍から見たら、さぞ間抜けな顔をしているんだろうなと自分で想像する。


 ……と、兎に角、早くしてくれ、撫子! 母さんが振り向いたらアウトなんだぞ!


 俺は心で強く念じながら、ひたすら口を開けてケーキが口に入ってくるのを待つ。


『はい、どうぞ』


 そうして撫子は、間抜け面だろう俺の口の中へとケーキを運んでくれた。


 口を閉じて租借を始めると、しっとりとしたスポンジ生地と共に、すぐに甘酸っぱいイチゴの風味と甘すぎないサラッとしたクリームの味が口内に広がっていった。


『どう? 美味しい?』


 そう口パクで聞いて来る撫子に、俺は頷いて口パクで答えた。


(……美味しい)


 俺の返事に満足したのか、撫子はうんうんと頷くと、今しがた俺の口に入っていたフォークを使ってロールケーキを食べ始めた。


 これって間接キスじゃない? ……と思ったけど、すでに俺達はキスを済ませていたのだった。

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