第17話 彼を狙う魔物【初瀬峰弓月視点】

 入学式と始業式を終えて、私は幼馴染で女友達の北道きたみち莉緒りおとお昼ご飯を食べに学校近くのファミレスに来ていた。


 彼女とは幼稚園からの付き合いで、気が付けば小学校も中学校も常に一緒だった。


 さらには同じ岳奥高校を受験し、一年の時まで同じクラスだった大親友である。


 髪型は彼女の活発さを表現する様なベリーショートで、ボーイッシュな見た目と、屈託のない笑顔のギャップが可愛らしい。


 身長は180センチもあって、その長身と無駄のないしなやかな筋肉を武器に、バレー部ではアウトサイドヒッターとして大活躍している。


 元気で朗らかな性格だから、男子からも女子からもとても人気があって、誰にでも隔てなく接するところは、女版嶋立くんと言った所だろうか。


 ちょっと莉緒には申し訳ないとは思いながらも、嶋立くんと同じ陽の属性を持っている彼女の事が、すごく羨ましい。


 私はどちらかと言うと、他人に合わせて自分の感情を押し殺すタイプだから。


 そんな底抜けに明るい莉緒と、四人掛けのテーブルに座って、何気ない会話を交わしていた。


「あはは、まさか二年に進級した途端に、弓月と離れ離れになっちゃうなんてねぇ」


 莉緒はあっけらかんと笑いながら、食後のチーズケーキを口に運ぶ。


 私も温かいレモンティーを一口含んで、喉を潤した。


「そうだね、二年生になっても莉緒と同じクラスなんだろうなぁ、なんて、私は勝手に思ってたけど」


 長年一緒だった幼馴染とのまさかの離れ離れに、私は心から寂しいと思って言った言葉だった。


 だがしかし、莉緒はそう受け取らなかった様で、彼女はテーブルに肘を付いた姿勢でズイっと顔を寄せてきた。


「な、なに?」


 私は思わず上体を後ろへと反らす。


「なにって。弓月はそう言うけどさ、ボクが居なくても全然寂しくないよって顔してるんですけど?」


「え?」


「なんでかなぁ?」


「なんでかなって……な、なにが?」


「またまたトボけちゃってぇ。もしかして、いつも一緒いる男子とは同じクラスになれたからかなぁ?」


 お道化た様に言ってくる莉緒のその言葉に、私はドキリとする。


 親友の莉緒にも話した事が無い、片思いをしている男の子の顔が頭を過ったから。


「そっか、そっかぁ。付き合いが長いだけの女友達よりも、一緒に学級委員をやったり、優しく勉強を教えてくれたりする男の子の方がいいよねぇ」


 莉緒はそう言いながら姿勢を戻すと、ケーキを再び口へと運んだ。


「莉緒……どうしても、私の口から御藤くんって言わせたいの?」


 不満気に返事を返す私を見て、莉緒はフォークを咥えたまま、イジワルそうな笑みを浮かべていた。


「別に? ボクはただ、長年連れ添った幼馴染が、案外、薄情だったんだなぁって悲しんでるだけだよ?」


「嘘ばっかり……」


 と、私は呟く。


 ──胸の奥に秘めた彼への想い。


 だけど、その秘めている想いは、長年一緒にいた莉緒には駄々洩れらしい。


 いや、莉緒でなくても気づくのかもしれない。


 だって、一年の時は御藤くんと学級委員の仕事で長い時間一緒にいた事で、付き合っているんじゃないかって噂を立てられたぐらいだし、放課後は図書室で彼と二人で勉強してるし……って、杜城会長も偶にいるけど。


 そんな風に御藤くんと常に一緒にいるイメージあるから、誰が見ても私が彼に気があるんじゃないかって印象を持つかもなとは思う。


 ……ただ、それはそうとして、今の莉緒のやり方はちょっとデリカシーに欠けるんじゃなかろうか。


「莉緒さぁ。私のこと、おちょくって面白い?」


 嬉しそうに笑っている莉緒の顔を見ながら、私は小さく溜息をついた。


「まぁまぁ、そんなに眉間にシワ寄せてまで怒んないでよ。フケちゃうよ?」


「うっ……」


 私は胸ポケットにしまっていたコンパクトミラーを取り出して、自分の顔を見る。


 そんなにも厳しい顔をしているだろうか。自分ではあまり自覚がない。


 でも時折、御藤くんも怖がっている時があるから……気を付けないと。


「でさ、弓月の好きな御藤くんについてなんだけど」


 私はコンパクトミラーをテーブルへと置くと、再び小さな溜息をつく。


「莉緒? 私はまだ御藤くんが好きな事を認めていないけど?」


「じゃ、好きじゃないの?」


 莉緒の質問に、私は一呼吸おいてから、ゆっくりと口を開いた。


「……好き」


 ──私は、御藤くんの事が好き。


 高校の入学式の日に、桜の木の下で一人佇んでいた彼を一目見た時から、私は恋に落ちてしまった。


 一目ぼれってヤツだった。


 凄く月並みな表現だけど、まさに雷に打たれた様な、そんな衝撃を受けた。


 それまで全然信じてなかったけど、まさか自分がそうなってしまうだなんて、夢にも思っていなかった。


 そんな、私好みの可愛い顔をした、御藤くん。


 優しくて、勉強も出来て、傍にいるだけで胸がときめく。


 彼と初めて出会った時から、その想いは日に日に募っていったけど、私はこのまま胸の奥に秘めたままでもいいと思っていた。


 だって、彼に告白して断られたりなんかしたら、今まで築いてきた関係は壊れてしまうだろうし、次の日からどんな顔して彼に会えばいいのか分からない。


 だったら現状のままでいい、と臆病な私はそう思っていた。


 でも、最近では関係を壊してしまう以上に怖いと思う事がある。


 それは、御藤くんが誰かのになってしまうと言う事だ。


 そうなってしまったら、彼は私の手の届かない場所に行ってしまう。


 そんな、好きな人を失ってしまうかもしれない喪失感に、恐れを抱いているのだ。


 その恐れは杜城とき燐華りんかと言う存在のせいで、どんどん膨れ上がっている。


 杜城会長のカリスマと言う名の人たらしぶりは、とても常人の物とは思えない、異常だ。


 どんな人をもたぶらかす、魔性の女……魔物と言っても過言では無いと思う。


 だから、無暗やたらと彼に近づく会長のことを、私は警戒してはいる……


「おお、弓月素直だね! そうだよね、あれだけ一緒にいるんだから、好きなはずだよね? うんうん、ボクで良ければ相談に乗るよ!」


 私の告白を聞いた莉緒は、胸の前で小さく両手を叩きながら、これまた嬉しそうに笑っている。


 彼女は、何がそんなに嬉しいのだろうか。


 私と恋バナが出来る事にだろうか? それとも、幼馴染が好きな人を打ち明けてくれた事にだろうか?


 う~ん、どっちも無くは無いと思うけど……恐らく、ただ面白がっているだけな様な気がする。イベント事が大好きな莉緒だし。


「となれば弓月、善は急げ。早速、作戦会議と行こうよ♪」


「さ、作戦会議?」


 ノリノリで言ってくる彼女に、私は少々不安を覚える。


 うん。やっぱり、面白がってるだけだ、コレ。


「そうそう、作戦会議。茨の道であろう苦難の恋路を、なんの策も無しに進もうなんて愚の骨頂でしょ? それに、弓月も当然知ってるだろうけど、御藤くんて、見かけによらず結構モテるからさ」


「……え?」


「え?」


 驚いて目を見開いた私と笑顔の莉緒は、静かにお互いを見つめ合う。


「そうなの? 御藤くんって……そんなにモテるの?」


 想像していなかった事に、私はそう返事を返した。


 しかし、逆に私の反応の方が意外だったのか、莉緒の顔からはスッと笑顔が消え、真顔になっていた。


「弓月さぁ、自分の好きな人の事なのに、そんなことも知らないワケ? ちょっとリサーチ不足が過ぎるよ」


「リ、リサーチ? なんて言うか、好きな人の事を根掘り葉掘り調べるのって、ス、ストーカーみたいじゃない?」


「甘い! 甘すぎる! 弓月は恋の何たるかを、まるで分かっちゃいない!」


「は、はい! な、なんか、ごめんなさい!」


 人差し指を突きつけてくる彼氏いない歴十六年の莉緒に、私は思わず謝る。


「いい? 御藤くんって、テストでは常に学年一位だし、さりげなく気遣いも出来て優しいし、見た目だって悪くない。だから女子の間では結構な人気なんだよ?」


「な、なるほどなぁ……」


 本気で知らなかった……もしかして、ライバルって杜城会長だけじゃなくてもっと沢山いるって事なの?


 だとすると、いつまでもぐずぐずしている場合ではないんじゃ……


「まぁ、他の女子もほっとけないけど、一番警戒したいのは杜城会長なんだよね。あの人、ちょっと変な噂を聞くし、御藤くんとの距離感が異常にバグってるから」


「そ、そうだね。私も杜城会長を一番警戒してる」


 正確には、気にかけるのは杜城会長だと思ってたんだけど。


「へぇ。弓月も一応、そこは分かってたんだ。ならさ、彼女の例の噂は知ってる?」


 莉緒はそう言って、皿の上のチーズケーキをパクリと一口で頬張った。


 そんな彼女の顔を見ながら、私は呟く様に答える。


「……岳奥の遊び姫」


 莉緒は私の事を黙って見つめた後、口の中のチーズケーキをゴクンと飲み込んだ。


「そう、気に入った男を手当たり次第に、飽きてしまったら、ハイ、さよならって簡単に捨てる。男子を玩具としか思っていない……悪女ってね」


「でも……その噂ってホントなのかな?」


「さぁね。ボクもバレー部の子から聞いただけだし。岳奥高校にはそんな目に遭ったって男子生徒は聞かないから、詳しい話は全く分かんないんだよね。もしくは逆に、杜城会長の事を気に入らないアンチが流した噂かもしれないし」


 都市伝説並みに、出所も真相も曖昧な噂話。


 そんな与太話を鵜呑みにするワケじゃないけど、杜城会長はどこか危険な香りがするのはずっと感じてはいた。


 彼女は、図書室で御藤くんと勉強する様になってしばらく経ったある日、何気に話しかけてきて、そしていつの間にか私たちの間に入って来ていた。


 それが、ずっと前からそうだったかの様に……


 ──ティラリラ♬ ティラリラ♬


 その時、テーブルの上に置いていた私のスマホから着信音が鳴り響いた。


 電話が掛かってきたのは……自宅からだった。


 多分、恐らく母親だと思うけど。


「あ、ごめん。莉緒。お母さんから」


「うん、分かった。ボク、もう一個ケーキ頼みながら待ってる」


 食欲旺盛な彼女に苦笑いを向けて、私はスマホを片手に小走りで店外へと出た。


「もしもし? あ、お母さん。うん、どうしたの? うん、うん……え? ほ、ほんとに!? それ、もう決まったの?!」


 私は母親から告げられた連絡に驚き、しばらく放心していた。

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