第7話 岳奥高校に伝説的美少女がまた一人……
──八時二十五分。
無事に? 今年も同じクラスになった初瀬峰と一緒に、俺は二年生の教室がある二階へと向かった。
階段を登り、新しい教室となる2-Aを目指して廊下を歩いていると、初瀬峰は不意に辺りをキョロキョロと見回し始めた。
「一年生の教室は三階だったから、去年より一階下になるんだね。なんか、慣れないからか、不思議な感覚がする」
廊下の窓からは、一階上にある校舎の三階部分が見える。去年までと窓から見える風景が違う事に、俺も若干の違和感を感じていた。
「ああ、なんか分かる気がするな。でも、すぐに慣れると思うよ。結局は同じ学校の中なんだし」
「まぁ、そうだね。帰る頃には慣れてるかも」
初瀬峰は笑顔で頷く。
「でも気を抜いてたら、俺は今までのクセで三階まで上がってしまうかも」
「アハハ。それはそれで、御藤くんらしいね。勉強はすごく出来るのに、どこか抜けてて、おっちょこちょいなとこあるから」
「うぅ……今日はすでに二度もおっちょこちょいって言われた。初瀬峰の中で、俺ってどんなキャラ付けされてるんだろ」
俺が冗談めいた感じでそう言うと、彼女はクスクスと笑っていた。
そんな何気ない会話を交わしながら、俺と初瀬峰は2-Aと札が刺さった教室へと足を踏み入れた。
ひとクラス、およそ四十人が机を並べる教室内を、俺は軽く見渡す。
すでに多くの生徒達が登校しており、席順も関係なしに、それぞれの知り合いであろう人たちで集まって談笑している。
パッと見た感じ、去年のクラスメイトもいるが、大半は馴染みのない顔だらけだ。
新しいクラスメイト達は教室に入って来た俺達に気づくと、一旦会話を止め『お前ら誰?』と言った視線を向けてくる。
なんだか張り詰めた空気と異質な雰囲気に、俺は体を強張らせ、息を飲んだ。
だが、そんな空気も一瞬の内に消え去り、彼らは俺と初瀬峰の事を一瞥した後、すぐに友達との会話を再開し始めた。
教室内の張り詰めた空気が緩むと同時に、俺は大きく息を吐きだす。
(ってか、こんな事でいちいち緊張していて大丈夫か? 今年こそ、友達たくさん作るんだろ、俺……)
そんな、大いなる目標を胸に秘めつつ、俺は教室内へと歩を進めた。
……その時。
「おはよっす! 将輝!
と、デリカシーのない元気な挨拶が教室内に響き渡り、声の主は俺に『よう!』といった感じで手を上げて近づいて来た。
彼の名は
ややクセっ毛のある髪を短く切り揃え、顔はコレと言って特徴の無い、どこにでもいる様なフツーのメンズ。
性格は明朗快活で、初対面の人間でもフレンドリーに接してくる中々迷惑な奴だ。
だがそのおかげで、俺の高校初の男友達となってくれたのだが、撫子の次に『ピンスタ』でどうでもいい連絡を寄こしてくる人物でもある。
基本良い奴だけど、相手をするのが面倒な時が多いので、大概はスルーしている。
って言うか、コイツも同じクラスになったんだな……
「太賀、おはよ。初瀬峰が困るから、そういう冗談を言うのを止めてくれ」
俺は隣にいる、初瀬峰へと視線を向ける。
すると、彼女は顔を真っ赤にして必死に太賀に言い返した。
「も、もう! 嶋立くん! 私と御藤くんはそんなんじゃないよ! 付き合ったりとかしてないんだから、みんなに誤解される様な事を言うのはやめて!」
がっはぁ! お、俺なんかと付き合ってるとは思われたくない。それは分かるんだけど、そんなに全力で否定しなくても良くないですか……初瀬峰さん。
予想していなかったメンタル攻撃に、俺は胸を押さえて体を丸める。
「わ、悪かったよ、弓月。でもさ、そんなに怒らなくても良くね?」
初瀬峰の勢いに戸惑いながら、太賀は彼女に向けて『落ち着け』と両手を向けてジェスチャーしている。
「そりゃ怒るよ! 私は別に良いけど、御藤くんが困るでしょ!」
いや、俺も別に……寧ろ、凄く嬉しかったりしますけど、はい。
「ホントにごめんって。んじゃ、付き合ってないって言うなら、この写真を将輝に見せてもいいだろ?」
そう言って、太賀は俺と初瀬峰に向けて自分のスマホの画面を見せてくる。
「将輝。お前、今来たばっかで知らないだろ? あの圧倒的美少女である生徒会長にも勝るとも劣らない美少女が、今年ウチに入学してきたんだよ。ほら、さっき一年の教室に行って撮って来た」
盗撮だろそれ、と思いながら俺はスマホの画面を覗き込む。
まぁ、大方の予想はついていたけど、そこには俺の良く知る女の子が写っていた。
教室で椅子に座って、真っすぐ前を向いているクールな美少女が。
「な? すっげぇ美少女だろ? この世に舞い降りた天使かよってな!」
太賀は自分自身を抱きしめながら、恍惚の表情を浮かべる。
……正直、気持ち悪い。
俺が蔑むよな視線を送ると、太賀は何かに気づいた様で真顔になった。
「あ、そうだった。で、この子の名前なんだけど……」
「撫子だろ?」
と、太賀が言いかけたのを遮る様に、俺は口を開いた。
「そうそう、なで……え? あ、いや、そうなんだけど。なんだよ、お前知ってたのかよぉ」
特ダネを自慢げに話そうとしていた太賀は、残念そうな表情をする。
そんな彼を見ながら、俺は小さく溜息をついた。
妹がこの高校に合格した時から、俺には二つの不安がある。
一つは、撫子の我儘。
同じ高校に通う事で、中学の時までみたいに、人前でも平気でベタベタしてきたり『手、繋ご?』と我儘を言ってこないだろうかと言う事。
そして二つ目が、撫子の『とんでもない美少女』ぶりに、学校の男子共が大騒ぎするだろうなぁと言う事。
それら二つの不安が、平穏だった俺の学校生活を、慌ただしい物に変えてしまうかもしれないと、ずっと懸念していたのだ。
学校で、撫子は大人しくしていてくれるのだろうか。そして、この騒ぎはすぐに収まってくれるのだろうか……
そんな不安を抱きながら、俺は太賀に教えてやる。
「ああ、良く知ってるよ。その子、御藤撫子って言うんだ」
俺がそう言った瞬間、太賀は目を見開いて復唱する様に訊き返してきた。
「え? 御藤……撫子?」
「そう、御藤撫子。その子は、俺の妹だよ」
今のやりとりを聞いていたクラスメイトから、奇妙な視線を感じると同時に、目の前の太賀が呼吸を忘れたかのように停止していた。
……いや、ピクリとも動かないんだけど?
「な、なぁ、おい。大丈夫か? 息してるか?」
そう言って、俺が太賀の目の前で手を振ると、こちら側に帰って来た彼は凄い勢いで俺の胸倉をつかんできた。
「い、いも、妹!? 撫子ちゃんは、お前の妹!?」
興奮した太賀の唾がめっちゃ飛んでくる。汚いなぁ……
「そうだよ、妹だよ。てか、手を放せ、苦しいだろ」
「あ、ああ、わりぃ」
太賀は掴んでいた俺のブレザーを正して、一歩後ろへと下がる。
「まさか、撫子ちゃんが、お前の妹だったなんてな……」
「ああ、だからあんまり騒がないで貰えると、兄としては嬉しいかな」
そう太賀に告げたのと同時に、このクラスの担任になったと思われる男性教諭が教室へと入って来た。
「みんな、おはよう。早速、自分の席に座ってスマホを集めてくれ。それが終ったら、入学式の説明をするぞ」
先生の言葉に、クラスメイトたちはザワつきながら、それぞれの席へと向かう。
「おい、弓月。俺のスマホ返してくれよ」
「あ、うん」
そして、初瀬峰はいつの間にか手にしていた太賀のスマホを返した後、俺に向かってボソッと言ってきた。
「御藤くんの妹さん。あんまり……って言うか、御藤くんに全然似てないね」
初瀬峰の言葉に、俺はなんだか彼女を騙しているかの様な、そんな後ろめたい気持ちになっていた。
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