第6話 クラスメイトは変わらない。

 俺が通う岳奥がくおう高校は、この辺では有名な私立の進学校だ。


 生徒数はおよそ七百人ほどで、卒業後に就職する人間も少なくはないが、大抵の生徒が有名大学などに進学していく。


 俺もその内の一人になるだろう。


 校舎は生徒数が増えた事を理由に新しく建て替えられており、新校舎は上から見ると『コ』の字型の鉄筋コンクリート製の建物となっている。横手の方には体育館とグラウンド、中庭を抜けた裏手の方には新校舎の半分ほどの大きさの旧校舎がある。


 旧校舎の方には、授業数の少ない実習教室や部員数の少ない文科系のクラブなどの部室があるのだが、最近ではキャンプ同好会とか、登山同好会など一風変わった同好会が増えて来ていてどんどん部屋は埋まっている。


 ちなみに、俺は初瀬峰と勉強する為に旧校舎にある図書室へとよく行くのだが、その時に、ある同学年の女子生徒と出会った……時の話はいいか。


 ただ、俺のコミュ障具合がどんなものかと自虐するだけの話だから。


 今はそれよりも、もっと困った問題が目の前にある。


 撫子問題だ。


「はぁ~……まぁ、予想していた通りではあるけどさぁ」


 重い足取りで初瀬峰と一緒に昇降口へと向かった俺は、とりあえず校舎近くに来た所で手にしたスマホの電源を切った。


 基本、学校へのスマホの持ち込みはOKなのだが、朝のホームルームで担任に預けて、同じく帰りのホームルームで返して貰うと言うシステムになっている。


 だから俺は、校舎に入ったらすぐに電源を切るクセが付いていた。


 隣にいる初瀬峰も、同じ様にスマホの電源を切ると、溜息をつく俺へと声をかけて来た。


「まさか、騒がれている人物が御藤くんの妹さんだったなんて。ちょっと驚き」


 俺は項垂れた姿勢のまま、再び溜息をついた。


「うん……確信はないけどさ、多分そうだろうなぁとは思う。だってあいつら、話題にしていた女の子のことを、妹と同じ名前の撫子って呼んでたから」


「そうなんだ。でも、あんなに男子が騒ぐほどの美少女なら、私も見てみたいなぁ。あ、やっぱり兄妹だから、どこかしら御藤くんに似ているのかな?」


 初瀬峰は、興味津々といった表情で俺を見つめてくる。


 俺と撫子が似ているのか……か。


 俺は自分の家の事情を誰にも話したことがない。だから、撫子が血の繋がらない妹だと言う事は、家族以外の人間は知らないはずだ。


 以前、初瀬峰とお互いの家族構成の話になった時に、父さんと母さん、それに妹がいるよってことを彼女に話した事があるのだが、でもそれだけだ。


 ご丁寧に実母が浮気して出て行ったとか、撫子は父さんの再婚相手の連れ子だとか、そんな詳しい話まではしていない。


 説明するのも面倒ってのもあるけど、何より、そんな話をされても初瀬峰だって迷惑だろうなって思うから。


 他所様の込み入った家庭の事情とか、何一つ面白い筈がない。


 逆に俺がそんな話をされても、どんな反応をすればいいのか困るし、何て言ってあげればいいのかも分からない。


 だから、俺は『御藤くんに似ているのかな?』と言う部分には触れずに、当たり障りのない返事を返した。


「まぁ、そのうち嫌でも会う事になると思うよ。なんたって同じ学校にいるんだし」


「それもそうだね。今から会うのが楽しみだな。ふふっ」


 そうして、数人の友達と挨拶を交わす初瀬峰と一時的に別れて、俺は自分の下駄箱へと向かった。そこで白のスニーカーから上履きへと履き替え、そのまま広々とした中央ホールへと進んでいく。


 この中央ホールでは、下駄箱から見て正面には特別教室や二年生や一年生の教室へと行く階段があり、左には職員室や校長室へと向かう廊下、そして右には三年生の教室が並ぶ廊下にと分かれている。


「御藤くん、こっちこっち」


 先に職員室の横に設置された掲示板へ向かっていた初瀬峰が、おいでおいでする様に俺に手招きして見せる。


 その姿に、俺の心が癒されていく。


(可愛すぎる……)


 俺が彼女に呼ばれるがままそこへ向かうと、すでにクラス替えを確認しようとする生徒達で人だかりが出来ていた。


 この掲示板には、学校行事の連絡や試験の順位など、学校生活をする上で必要な情報が張り出される場所となっている。


 主に今の時期は、部活動の新入生勧誘のポスターや、四月下旬から五月中旬にかけて実施される生徒会役員選挙のお知らせなどが貼られているのだが、今朝はそれらのお知らせは全て隅へと追いやられ、半分以上の面積を占拠してクラス分けの結果が貼りだされていた。


 自分のクラスを確認して一喜一憂している生徒達の後方から、俺と初瀬峰も掲示板を眺める。


「うわ、この中から探すのか? 結構面倒だな」


「Aクラスから順番に見て行こうよ」


 貼りだされた紙には、それぞれの学年と男女別にAからFまでの六クラスに分けられ、五十音順に名前が連なっていた。


 その中から、俺は自分の名前を探していく。


「えっと、みとう、しょうき、み、み、み、み……あ、あった。去年と同じで、俺はAクラスだな。初瀬峰は?」


「え~と、ちょっとまってね……あ、あった! 私も同じAクラスだ! アハハ、やった、やった♪」


 初瀬峰はその場で軽く飛び跳ねながら、胸の前で両手を叩いて喜んでいる。


 この反応は、俺と同じクラスになった事を喜んでくれてるんだよな?


 だとしたなら……嬉しいな。


「御藤くん、また同じクラスになったね」


 そう言って、初瀬峰は眩しいほどの笑顔を俺に向けてくれる。


「あ、ああ、そうだな。初瀬峰と同じクラスなのは、安心する……かな」


 なんだか気持ちを見透かされる気がして、俺は直接的な言葉を避けた。


「それはこっちのセリフだよ。これから一年、また宜しくね。御藤くん」


 初瀬峰は体ごと俺へと向けると、改まった感じで軽くお辞儀をした。


「ああ、俺の方こそ宜しく。初瀬峰」


 俺は片思いの女の子と再び同じクラスになれた事に浮かれてしまって、すでに撫子の騒動の事は頭の中から消え去っていた。

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