第5話 俺の片思いは変わってない。
心地良い電車の揺れに別れを告げて、俺は目的の駅である岳奥高校前で降りた。
同じ電車から降りてきた学生の楽し気な話し声を聞きながら、俺は駅の改札を抜ける。そして、学校へと向かう為に、道幅三メートル程の歩行者専用道路を、他の生徒達と同様に歩き出した。
後、数分も歩けば学校に着く……のだが、その
その理由は、俺のスマホからは未だに通知音が鳴り響いているからだ。
撫子から、短い間隔で送られてくるコミュニケーションアプリの連絡。
その通知音が鳴る度に、なんだか視線を感じたり、どこからともなくヒソヒソと話している声が聞こえてくる……様な気がする。
(なぁ、妹よ。これが気のせいだったとしても、お兄ちゃん恥ずかしいからさ、いい加減に止めてくれない? 送ってくる間隔が短すぎるんだよ……)
もういっその事、スマホの電源を切ってしまおうかと迷っていると、急に新着を報せる音がピタリと鳴り止んだ。
「お……鳴らなくなったか?」
ようやく収まってくれた。
と、ホッとしたのも束の間、逆に鳴らないなら鳴らないで、妙に気になってくる。
俺はその場で立ち止まると、ポケットからスマホを取り出して画面を確認した。
新着53件:撫子
「ナデコの奴、どんだけ写真を送付すれば気が済むんだよ……」
とりあえず未読のままで放置しつつ、俺は現在の時刻を確認した。
画面上部に、午前八時十分と表示されている。
恐らくだが、すでに新入生は教室に集められ、九時からの入学式に備えてショートホームルームが始まっているのではないだろうか。
点呼を取ったり、担任の先生から式の流れや終った後の説明を受けているのだろうと思う。
(思い出すな。一年前の俺も、そうやって入学式に参加してたんだっけ)
俺は入試試験の結果がトップだった為に、入学式で新入生代表挨拶をやらされる事になってしまった。
ステージに立って大勢の人に注目されると考えただけで、緊張し過ぎて夜も全然眠れなかった。
もちろん、当日になってもガッチガチに緊張しまくっていたのだが、そんな俺の緊張を解してくれたのが……
「おはよう、
そう、この透き通るような春風の如き麗らかな声だった。
「ああ、おはよう、
声に導かれ、俺は歩いて来た道を振り返る。すると、そこには赤みがかった綺麗な髪を背中まで伸ばした美少女が立っていた。
彼女の名前は、
俺の数少ない友達の一人であり、妹の撫子にも勝るとも劣らない美少女だ。
おっとりとした目元と縁取りの柔らかい眉毛。お嬢様ってワケではないが、滲み出る上品で清楚な雰囲気と、微笑んだ時に出来る
初瀬峰とは、入学式に声をかけてくれた事をキッカケに仲良くなり、偶然にも同じクラスになると、一緒に学級委員の仕事を一年間担った仲だ。
彼女はとても優秀で、勉強はもちろんの事、学級委員の仕事も率先してテキパキとこなしてくれた。
だが、そんな仕事の出来る初瀬峰と俺は二人で居る時間が多かったからか、一時期は付き合っているんじゃないかって噂がたった。
でも、実際のところは付き合ってたとか、そんな事は一切ない。
悲しいかな、俺の一方的な片思い止まりなのだ。
初瀬峰は学校でもトップクラスに可愛いし、何より去年一年間は学級委員の活動を通して、とても友好的な関係を築いてきた。
そんな同じ時間を楽しく過ごしてきた可愛くて優しい初瀬峰に、俺は徐々に想いを募らせていった。
しかし、俺に告白する勇気なんてモノはない。
もし告白して初瀬峰に断られたらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか、そんな事をうじうじと考えてしまい、怖くて何も出来ないでいるのだ。
だが、今はそれでいいと思っている。
だって、こうして初瀬峰と気軽に話し合える関係を壊したくはなかったから。
「ねぇ、御藤くん。クラス替えがどうなったか気になるね?」
俺の近くまで歩いて来た初瀬峰が、そう聞いてきた。
(あぁ、そっか)
彼女に言われて、二年に進級と同時にクラス替えがあるのを思い出す。
「そう言えば忘れてたや。俺、初瀬峰に言われなかったらクラスも確かめずに、いつも通りに一年の教室行ってたかも」
「アハハ。御藤くんって、たまにおっちょこちょいなところあるよね」
「そ、そうか? まぁ、そうかもな」
俺は照れ隠しに頭を掻きながら笑って見せた。すると初瀬峰も、そんな俺に柔らかい笑顔を返してくれる……めちゃくちゃ可愛い。
いやいや、見惚れている場合じゃないだろ。
とりあえず、学校に遅刻しない様にと、俺は初瀬峰と並んで歩き出した。
「でさ、初瀬峰。俺たち、学校に着いたらどこに行けばいいんだ?」
「あ、えっとね。確か今日の朝には、職員室側の掲示板にクラスと席順の紙を張り出すって先生が言ってたよ?」
初瀬峰の言葉に、俺は『あぁ』と相槌を打つ。
「そう言えば、担任が春休み前にそんな事言ってた様な気がする。でも、クラス替えかぁ。出来るなら、仲良かった奴らとまた一緒だといいな」
それを聞いた初瀬峰は、歩いたまま俺の顔を覗き込んでくる様な姿勢をとる。
「ん? どうした、初瀬峰」
「ねぇ、御藤くん。その中には、私も入っているのかな?」
「え? その中?」
「うん。仲良かった奴らとまた一緒だといいな、って話」
彼女の問いかけに、俺は一瞬固まっていた。
(それって、初瀬峰はまた俺と同じクラスになりたがっている、ってこと? 仲の良い友達として? それとも……いや、落ち着けよ)
俺は期待だけが膨らむ感情を押さえつけて、無難な言葉を選んで返事を返した。
「ま、まぁ、それは、もちろんだよ。去年は何かと初瀬峰には助けられたし、女子の中では一番仲がいいからな」
「ホントに? だったら、とても嬉しいな。私も男子の中では御藤くんが一番仲がいいし、勉強とか他にも話が合うから」
「そっか、そうなんだ。ならまたさ、図書室で一緒に勉強出来たら……いいな」
「うん、そうだね♪」
俺のちょっとした願望に、初瀬峰は笑顔で頷いてくれた。
彼女がどう言った想いでその笑顔を俺に向けてくれたのか、それは分からない。
けれど、また一緒の時間を過ごせると思うと、俺の心は喜びで弾んでいた。
そうして、しばらく会話を交わしながら二人で歩いていると、初瀬峰が何かに気づいて学校の校門前を指差した。
「ん? なんだろう。すっごく人が集まっているね」
彼女の細くて綺麗な指が差し示す方へと、俺も視線を向ける。するとそこには、何やら大勢の男子生徒達が集まっていた。
新入生……ではないな、恐らくは在校生。二、三年生だろう。
「なんだろうね?」
「さぁ?」
俺と初瀬峰はお互いに顔を見合わせて首をかしげる。
すると突然、一人の男子生徒が大声を上げた。
「これは、とんでもない美少女が入学して来たぞ! 1-Cにいるんだって!」
「あの生徒会長よりも美少女ってマジかよ!」
「
「早速見に行こうぜ! ホームルームとか知った事じゃねぇ!」
そうして、男子生徒の大群は我先にと、砂煙を上げながら校舎を目指して走り去っていった。
「な、なんか、美少女がどうとか言ってたね。新入生に可愛い子でもいるのかな。ねぇ、御藤くん? って、聞いてる? 御藤くん?」
俺はこうなるであろうことは、少なからず覚悟はしていた。
昔からそうだったから。
だが、実際に騒ぎを目の前にした俺は、朝から何度目とも知れない眩暈に襲われていたのだった。
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