第12話 撫子、男子に囲まれるの巻
今学期の俺の席は、窓際の後ろの方になった。
窓際が好きって言う人もいるだろうけど、俺としては窓際って直に風が当たってきたり、日差しが差し込んできたりして、個人的にはあまり好きな席ではない。
出来れば廊下側の方が良かったけど、すでに決まったものはしょうがない。
俺は特に異議を申し立てる事も無く、帰りのホームルームで担任からスマホを返して貰うと、黒色のリュックを手に持って席を立った。
「御藤くん、また明日」
教室の出入り口で、初瀬峰が俺に向けて手を振っている。
「ああ、初瀬峰。また明日な」
それに対して俺も手を振り返すと、初瀬峰は笑顔で廊下へと消えて行った。
いつもなら初瀬峰と駅まで一緒に帰ることが多いのだが、今日は
(特に何もないし、今日は一人で帰るかな……)
俺も初瀬峰に続いて教室を出ようとした時、太賀に呼び止められた。
「なぁ、将輝。今からファミレス行って、夕方までどっか遊びにいこうぜ」
そう誘われたが、佳奈美さんから『お昼は用意してあるよ』と言われていたので、今日は電車の定期だけ持ってきていて、財布を持ってきていない。
無一文なのである。
「あ、わりぃ太賀。折角なんだけどさ、俺、今日は財布持ってきてないから、パス」
「マジか。まぁ、別にメシ代は後から返してくれるなら、俺が貸すけど?」
「え? いや、そこまでしてくれなくても……」
俺がそう返事を返すと、太賀の後ろで待機していた数人の男子生徒達がズイっと前に出て来た。
(え? なになに?)
予想していなかった展開に、俺は戸惑いながら後ずさる。
だが、そんなたじろぐ俺を他所に、彼らは口々に話しかけて来た。
「えっと、御藤。今日から同じクラスなんだしさ、一緒に遊びに行って親睦を深めないか? 俺、一年の時から学年トップのお前と友達になって、一緒に勉強とか出来たらいいなって思ってたんだ」
「遊ぶ金が足りなかったら俺も貸すからさ、どうだ? 御藤」
「男同士、気兼ねなく楽しもうぜ」
え? え、え? う、うぉぉぉぉぉぉぉぉ! マジかぁぁぁぁぁぁ! そこまでして、俺を誘ってくれるのかよぉぉぉぉ!
俺は感動のあまりに打ち震えていた。
まだ、あまり良く知らないクラスメイト達が、俺と仲良くなりたいと遊びに誘ってくれる事に涙が溢れそうだった。
今までの俺は、人との距離感がわからなくて、常に受け身に回っていた。
小学校の時、俺は自分の感情のままに動くタイプの子だったらしくて、協調性が無いと言うか、周りの人間に合わせると言う様な事をしてこなかった。
そのせいか、気づかない内に俺の周りには人がいなくなっていて、そして俺自身もどう人と接して良いのか分からなくなり、遠ざけるようになっていた。
高校生になってもそれは変わらず、自分から話しかける事が出来なくてまごまごしている内に、いつの間にか気が合う同士で友達グループが出来上がってしまい、気づいたら俺の入る余地なんてどこにも無かった。
そうしていつからか、周りからは女(初瀬峰)さえいれば男友達はいらない奴なんだと思われていた……らしい。
その話は太賀から聞いたのだが、ヤツ自身もそう思っていたらしく、気を遣って俺の事をそっとしてくていたんだとか。それこそ余計なお世話だ、誘ってよ。
……だが、今年は違う。
俺の本当の気持ちを知った太賀のおかげで、友達作るチャンスが巡って来たのだ!
今だって、太賀や初瀬峰、それに杜城会長と仲良く出来ているのだから、全く人付き合いがダメって訳ではないと思う。
多くの友達と、色々と遊びに行ったり、他愛ない話をして笑いあったり、時には一緒に勉強したりして、たくさんの楽しい思い出を作りたい。
それを、俺はずっと願っていたんだ。
チャンスをくれて、ありがとう太賀。友達作りを始めよう、俺。
「あ、あぁ、わかった。メシ代は後で返すから、是非、俺も一緒に……」
そう言いかけた時『うおぉ!』と言うどよめきの声で、空気ごと教室が震えた。
「な、なんだ?」
声に驚いた俺は何事だと戸惑いながら、みんなが向けている視線の先を追う。
「……は?」
みんなが注目する視線の先。そこには、教室の出入り口で、無表情で突っ立ている超絶美少女がいた。
小柄な黒髪ミディアムのややダウナー系美少女。それは、俺の妹の……
「撫子ちゃん!」
そう叫んだ太賀が、一目散に撫子の元へと駆け寄る。それに続けとばかりに、俺を囲んでいた男子生徒たちも、我先にと撫子目掛けて走って行った。
(おい、お前ら……つい数秒前まで、俺の事をあんなにも熱烈に誘ってくれてたじゃないか。それなのに、撫子が来た途端これって、ちょっと薄情過ぎやしないか?)
そんな俺の心の嘆きなんか知った事では無いと言った感じで、クラスの男子たちはあっという間に撫子の事を囲んでいた。
そして、無表情の撫子に『どうしたの?』『俺が用件を聞くよ?』『可愛いね、ぐへへ』『天使だ、付き合ってよ!』と話しかけている。
なんか後半の方は変なのがいたが、妹はそんな変態たち……もとい、男子たちに軽く会釈して「ごめんなさい」と謝った後、近くにいた女子生徒に声をかけた。
「先輩、すみません。御藤将輝はまだ教室に居るでしょうか?」
「え? あ、御藤くん? 後ろの窓側の方にいるから、どうぞ入って」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
そう言って撫子は女子生徒にお辞儀をすると、群がる男子の壁をスルリと抜けて教室へと入ってきた。
「……あ、おにぃ」
そして、俺の姿を一瞬で見つけると、微笑みながらこちらへと駆け寄ってくる。
華麗にスルーされたことがショックだったのか、撫子を囲んでいた男子たちは、その場で微動だにせずに固まっていた。
(なにやってんだよ、アイツら……って言うか、そもそもなんで撫子がここにいるんだよ。父さんや佳奈美さんは?)
固まっている男子共の事なんか微塵も気にする事無く、撫子は俺の元までやってくると、ブレザーの裾を引っ張ってきた。
「ねぇ、おにぃ? 一緒に帰ろ?」
そんな罪作りな超絶美少女に、俺は問いかける。
「いや、一緒にって。父さんと佳奈美さんはどうしたんだよ」
「お父さん? お父さんは仕事に行ったよ。次は沖縄に出張だから、来週いっぱいは帰ってこないって言ってた。それと、お母さんは今から保護者会とかで夕方まで話し合いがあるんだって」
「あぁ、そっか、そうなんだ。どっちもいないのか」
「うん」
すると、撫子は小さく頷いて、俺のブレザーの裾をさらに引っ張ってきた。
「だから、一緒に帰ろ。おにぃ」
撫子は懇願する様な目で、俺の事を見てくる。
それはまるで、雨の中を野ざらしで佇んでいる小動物の様な目だった。
俺は昔から、撫子のこの潤んだ目に弱い。
そんな目で見つめ続けられたら、もうほっとけなくなる。
「……はぁ」
俺は溜息をついて、少々思案した。
本当なら、今から男同士で遊ぶ予定だった。
去年は……いや、幼い頃からずっと、そんな思い出があまり無かったから、とても楽しみに思っていた。
だが、寂しがる妹を一人で家に帰すのは、兄としてどうかと思うし、何より放ってはおけない。
友達を作る絶好のチャンスだったとは思うが……しょうがない、今日は諦めよう。
大切な家族、可愛い妹の為だ。みんなとは、また遊ぶ機会はあるだろう。
そう決心すると、俺は撫子に声をかけた。
「分かったよ、ナデコ。一緒に帰ろう」
「ん、おにぃと一緒に帰る。 ……通学路デート、電車デート、ふふっ」
ボソッと聞こえてきた妹の言葉を無視して、俺は未だに固まっている太賀&クラスの男子たちに声をかけた。
「太賀、それとみんな。折角誘ってくれたんだけどさ、悪い、今日は止めておく。どうしても、妹を一人には出来ないから」
「お、おう、気にすんな、将輝。俺達なんかより、撫子ちゃんの方が百億倍大事だ。また、明日な……」
太賀がそう言うと、周りの男子たちも『うんうん』と頷いていた。
「ありがと、また明日」
彼らに別れを告げて、俺は撫子へと振り返った。
「ほら、帰るぞ、ナデコ」
「ねぇ、おにぃ。手、繋いでいい?」
「いい訳無いだろ、置いて行くぞ」
「あ、待って、おにぃ」
そうして、歩き出した俺の背中からは、パタパタと撫子が駆けてくる足音が聞こえていた。
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