第3話 クルージングは危険がいっぱい その8 聖ling
貨物室の中は薄暗い。
一応灯りはあるが、光量はまるで足りない。
まあ、誰もいない貨物室を、明るく照らす意味も無いけど。
ポアッと明るい光源が漂う。
貨物室の中に入った〈瑚姫〉が、火の玉の様な灯りをいくつか浮かべたのだ。
〈ゴスロリ♡ブラック〉が〈瑚姫〉の後に続く。
身体が海水で濡れている所為か、少し肌寒く感じる。
〈瑚姫〉の出した光源は、熱源にはならない様だ。
「船内にも”霧”が入って来てますわ。でも……。」
外の”霧”と中の”霧”は性質が違うと感じとっていた。
一般人なら、こんな”霧”では先が見えず歩く事さえ儘ならないが、〈ブラック〉には、〈ゴスロリ♡5〉にはあまり影響がない。
”ちょっと見ずらい”程度だ。
勿論〈瑚姫〉にも見えている。
だが、その〈瑚姫〉の様子がおかしい。
スタスタと、まるで足元に何もないかの様に歩き出した。
〈ブラック〉は〈瑚姫〉の行動を訝しみながら、後に続く。
やがて、上の板が開いている木箱の前で止まった。
が、〈瑚姫〉は中を覗こうともしないで、キョロキョロと辺りを見渡している。
〈ブラック〉がひょい、と木箱の中を覗く。
「これは……?」
中にはよくホラー映画で見かける、外国の棺桶があった。
一見して高級なのが分かる、荘厳な雰囲気の黒塗りの棺桶だ。
しかも、只ならぬ〈妖気〉が漂っている。
更に〈妖気〉の他に、得体に知れない〈チカラ〉も感じる。
唯、その得体のしれない〈チカラ〉は、何となく”懐かしさ”があった。
〈ブラック〉は、気を取り直して棺桶の蓋を開け中を覗くも、そこには何も無かった。
「お姉さん……?」
〈ブラック〉が目をやると、〈瑚姫〉は眉間に皺を寄せて考え事をしている風だが、次にへにゃりとしまらない笑顔になった、かと思えば、
泣きそうな、怒った様な顔付きになったりで、一人で百面相をしている。
「お姉さん!」
〈瑚姫〉はハッと我に返ると、〈ブラック〉の手を引いて歩き出した。
「こっちよ!」
〈ブラック〉は訳が分からないまま、引っ張られて行った。
〈レッド〉は、背後から物凄い〈妖気〉を纏った〈大妖怪〉が来るのを感じていた。
〈ピンク〉も感じているらしく、顔が強張ってる。
〈妖気〉の当てられたのか、〈グリーン〉も目を覚ました様だ。
〈コゼッタ〉はガタガタ震えているたが、〈瑚姫のお姉さん〉はポリポリと頭を搔いている。
〈マーマン〉達は皆、魅入られた様に動けないでいた。
その〈大妖怪〉が〈レッド〉の脇を通り過ぎる。
和服を現代風にアレンジした様な姿の、大人の女性だ。
物凄く妖艶で、物凄い美人だ。
しかも狐耳。
腰のあたりの空間から、九本のふさふさした尻尾が展開している。
「あれ?」
〈レッド〉はその女性に見覚えがあった。
眼鏡をはずしているし、身体つきも雰囲気もまるで違うのだが。
「橘音さん……?」
そう、〈ゴスロリ♡5〉の所属する人外災害対策機構 D.E.M.Aの〈総統〉の筆頭秘書、その人であった。
〈橘音〉は振り向くと、微笑んで〈レッド〉の頭を優しくなでた。
それだけで〈レッド〉はとてもいい気分になった。
能力を回復させる効果もある様だ。
〈橘音〉は〈ピンク〉と〈グリーン〉の所にも向かって行く。
だが、大人しかった〈口腕〉が唸りを上げて襲って来た。
三本続けて襲ってきたが、〈橘音〉に届く前に全て霧散したしまった。
船内では、〈高校生くらいにしか見えない青年〉が、鼻歌交じりで〈マーマン〉を捌いていたが、〈おかしな妖気〉を纏った人物が
走って来るのに気が付いた。
「……、〈元凶〉が自らやって来たか……。」
そして、その〈元凶〉を追いかける巨大な〈妖気〉と、巨大な〈チカラ〉を持った人物にも気が付く。
ああ。
知っている。
この〈チカラ〉を知っている。
この〈チカラ〉を持つ人物を知っている。
〈青年〉は、泣き笑いの表情になった。
だが、その感情は〈青年〉に”隙”を作らせてしまった。
更に走って来た〈元凶〉の姿を見て、一瞬固まってしまった。
〈元凶〉は、〈青年〉の手前で直角に曲がり、〈口腕〉が破壊した場所から外に出てしまった。
「チッ!しまった!」
〈青年〉は直ぐ後を追おうとしたが、後ろから声を掛けられた。
「しくじったな!セイメイ兄さん!」
〈青年〉はぴたりと止まり、ゆっくり振り向いた。
「コウメイ……。」
その後の言葉は続かなかった。
〈セイメイ兄さん〉と呼ばれた〈青年〉の、その瞳から、涙があふれ出ていた。
「背の君!」
追いついた〈瑚姫〉が、〈コウメイ〉と呼ばれた青年、〈阿部孝明〉に飛びついた。
「キャー!」
〈ブラック〉はその反動で飛ばされた。
「あっ、ごめん!」
立ち直った〈ブラック〉が見たものは、蕩ける様な幸せな笑顔の〈瑚姫〉と、困ったような顔の〈アベタカユキ〉だった。
「吾輩もいるんだけどね……。」
伯爵が呟いた。
船外では、破れた壁から転がり出て来た人物、〈元凶〉の姿に、そこにいる敵味方全てが固まった。
その姿は、天辺が禿げた白髪の長髪で、白く長い髭を生やした東洋のおじいさんだった。
しかもその恰好が、水色のレオタードに右足が黄色いタイツ、左足が紫のタイツ。
しかも体は荒縄のボンデージだった。
冒涜だ!
全てにおいて冒涜だ!
そこにいる敵味方全てがそう思った。
「だ、誰?」
「ヘンタイ!」
「キショイ!」
みんな容赦ない。
「その人物は、〈カウント・ドラキュラ〉と云う名の〈オフランスの大富豪〉さ。」
声のした方に振り向いた。
破れた壁から、みんな出て来た。
「タカアキさ……ん?」
〈レッド〉を始め、みんな更に固まった。
現れたのは〈瑚姫〉が抱き付いたままの〈タカアキ〉、エグエグ泣いている〈セイメイ青年〉、慰めている様な〈ブラック〉、
如何にも貴族然とした〈伯爵〉、そして〈マーマン〉の皆様。
困惑した。
どう見ても東洋人の爺がオフランスの大富豪で名前がドラキュラ伯爵?
しかも格好がこの上なく変態。
誰もツッこめなかった。
ツッこみどころがあり過ぎて、どこからツッこめば良いのやら。
だが、唐突に終わりが来た。
なにやら唾を飛ばして喚いている〈ツッこみどころがあり過ぎの変態爺〉を、〈口腕〉がひょいと捕まえると、そのまま海に沈んで行った。
〈マーマン〉達も後から、次々と海に帰って行く。
ほんの一瞬の出来事に、みんなが呆気に取られる。
〈レッド〉が呆けたままで言った。
「えっとぉ、これで終わり?」
ザバァ!と海から鯨が頭を出した。
一瞬、また緊張が走ったが、鯨の頭から〈ブルー〉が飛び降りた。
「ブルー!」
「無事だったのね!」
主要な登場人物が皆揃った。
いや、後〈一人〉。
その〈一人〉、船長が現れた。
「みなさん!”霧”が晴れて来ましたぞ!」
姿を見られては行けない!
面倒くさい事になる。
〈ゴスロリ♡5〉は変身を解き、〈橘音〉は人の姿になり、〈瑚姫〉は〈瑚姫のお姉さん〉に無理やり〈タカアキ〉から剥がされ、
二人ともスウッと消えた。
「あっけなく終わったな。」
〈伯爵〉がまた呟く。
どうやら〈呟き担当キャラ〉らしい。
「大山鳴動して鼠一匹、かな。」
「あの、説明して頂けるんでしょうね?」
「しないといけない?」
「”知る権利”はあると思いますわ。」
「そだね。」
「まあ、取り敢えず、残りのバカンスを楽しみましょう。」
〈橘音〉は〈セイメイ〉に寄り添って、船内に消えて行った。
皆それぞれ顔を見合わせて、船内に戻って行った。
〈第3話 クルージングは危険がいっぱい。〉
〈 - 終 - 〉
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