第3話 クルージングは危険がいっぱい その6 Sea Loves You。

客室へと向かう青年と美女のコンビだが、二人同時に異変に気が付く。

船の中にも外と同じ〈妖気〉を含んだ〈霧〉が漂っているが、客室に近づくにつれ、明らかに質の違う〈霧〉に変わっている。


二人は顔を見合わせた。

そう、この〈霧〉は〈妖気〉を含んではいない。

何らかの術式によるものだ。


そして、その術式の波動は、二人にとって古い記憶を呼び覚ます。

その術式は。

その術式を操る術者は。

二人の良く知っている人物。

苦い涙と後悔に苛まれながら、それでも希望を信じて待っている人物。



「ガッシャーン!」

上階より、ガラスの割れる様な音がした。

一瞬で思考の海から現実に返って来る。


〈グリーン〉のバリアーが破られたか?

自分達の正体を隠しておきたい為に結界を張っていなかったのだが、失敗した?


いくら数が多くても、〈マーマン〉程度に〈瑚姫〉と〈ゴスロリ♡5〉が後れを取る様な事は無いし、

〈グリーン〉のバリアー〈ルフト・ヴァント〉が破れる事も無いはずだったのだが。


それは新たな〈お客さん〉が参戦したことを意味していた。



「何よこれ……!」

海の中から、蛸の足の様な細長いものが何本も現れ、船を取り囲んでいる。

10~15メートルくらいの長さで、うねりながら真直ぐに伸びていた。


蛸の足と云うより、クラゲの口腕だろうか。

細く、吸盤は無く、半透明で所々発光している。


〈マーマン〉達が〈瑚姫〉と〈ゴスロリ♡5〉から距離を取る。

”何か仕掛けて来る!”そう思った瞬間、〈口腕〉が襲って来た。


咄嗟に〈グリーン〉が〈ルフト・ヴァント〉をドーム状に展開してみんなを包む。

そのドームの上に〈口腕〉が叩き付けられた。


「きゃああ!」

ドームごと、船に大きな衝撃が加わる。

何度も。

何度も。


船が大きく揺れる。

中にいる人達も、その衝撃で転倒する人が続出した。


そして、〈グリーン〉が倒れる。

〈ルフト・ヴァント〉の維持に力を使い果たしてしまったようだ。


「〈グリーン〉!」

「アサギちゃん!」

〈ピンク〉と〈レッド〉が駆け寄る。

〈ブラック〉と〈ブルー〉は〈マーマン〉に対峙している。

〈瑚姫〉は一匹たりともおチビちゃん達に近づけさせまいと〈マーマン〉を蹴散らしていく。


しかし、〈ルフト・ヴァント〉を失い無防備になった彼女達に、容赦なく口腕が落ちて来る。

自分たちの有利を悟ったか、〈マーマン〉も襲って来る。


〈瑚姫〉と〈ゴスロリ♡5〉は、かなり窮地に追い込まれていた。

が、彼女たちは挫けない。

〈口腕〉を転がって避けつつ、近づいて来る〈マーマン〉達に立ち向かう。


〈瑚姫〉は相手を気遣う事を止めた。

命を取らない迄も、容赦なく切り刻んでいく。

彼女が薙刀を振ると、近くにいる〈マーマン〉はもとより、刃が届かない距離にいる〈マーマン〉にも傷を負わせていた。

そして振り下ろされる〈口腕〉も同様に切り刻んでいく。


〈ブラック〉は自分達の廻りに〈D・トンネル〉を沢山出現させ、落とし穴宜しく〈マーマン〉達を飲み込んでは船外に放り出す。

かと思うと、幾つかの〈D・トンネル〉の暗闇から何本もの黒い〈触手の様なもの〉が立ち上がり、〈マーマン〉達を拘束して、放り投げた。


「アクア・トーラス!」

〈ブルー〉は幾つもの水のリングを飛ばす。

このリングは、攻撃対象を切断するのだ。

それでも加減をしているのだろう、切断迄はいかないとも、〈マーマン〉と〈口腕〉に傷を付けて行く。

「アクア・フーニス!」

左手から水を紐状に編んだロープを出現させ、鞭の様に振るう。


「このお!ちゅどーん!」

〈レッド〉は〈グリーン〉の介抱を〈ピンク〉に任せて、戦闘に参加した。

炎の塊が槍状になって飛んでいく。

この炎の槍は、対象物にぶつかると爆発する。


「ちゅどーん!ちゅどーん!ちゅどんちゅどんちゅどーん!」

……、〈レッド〉、なんか鬱憤が溜まってるのか?


「コゼッタショット!」

コゼッタも負けてはいない。

両手の人差し指から、銃弾の様にメダルを飛ばす。

メダルなので威力は小さいが、的確に鼻や目を狙っていく。


〈マーマン〉達の数の暴力に対して、何とか拮抗していたが、疲れて来たのか、徐々に押されてきた。

いや、疲れではない、いつの間にか、廻りの海から歌が聞こえる。

この歌声は、みんなの力を奪う。


「くっ!まだ伏兵がいたのか!」

〈瑚姫〉は自分の不覚を呪ったが、相手の術に嵌まってしまった。

夢うつつにさせる様な呪縛だろうか。

まだ辛うじて立っていたが、もう子供達は限界だった。

〈マーマン〉達が船内に入って行くのを許してしまう。


「これまでか!」

〈瑚姫〉は命を懸けた術を使うつもりだ。

それは使命と云うより、おチビちゃんを守る為だった。


「ギュウウウウウウゥゥゥゥゥゥルルルルル!」

矢じりに先に飾りの付いた太い矢が、耳障りな音を立てて頭上を過ぎて行った。

と同時に呪縛が解けた。


「姉さま!」

〈瑚姫〉が叫ぶと、そこには〈ゴスロリ♡5〉より小さな少女が立っていた。

完全にロ○ッ子だが、やはり角がある。


……、ちょっと待て、〈姉さま〉なのか?

完全に見た目が逆だぞ?


「おチビちゃん達、無事かの?」

と言いながらこの少女は、明らかに自分の身体よりも大きな弓に何本も矢をつがえて放ち、〈マーマン〉達を撃ち抜いて行く。


「はいっ!大丈夫です!」

〈ゴスロリ♡5〉とコゼッタは困惑していたが、〈レッド〉が元気よく答えたので、考える事を放棄した。


「〈瑚姫〉は後でお仕置きじゃな。」

「がーん!」

〈瑚姫〉はそう言って、崩れてしまった。


「あの、中に何匹か入ってしまったのですが!」

〈ピンク〉が問いかける。


「大丈夫じゃ、中には怖ーいお兄さんと、怖ーいお姉さんおるから。」

形勢は逆転した。

さあ、反撃だ。


〈レッド〉は船内に入る扉の前に仁王立ちになり、右手で〈フレイム・ジャベリン〉を飛ばし、、左手に炎の剣を持って、

〈マーマン〉達を捌いて行く。


きりりとした表情は、普段でか見られない、凛々しいものだった。


一方船内では、青年と美女のコンビが入り込んだ〈マーマン〉達を片っ端から排除して行く。

だが、殺さぬよう手加減しているので、直ぐ復活して襲って来る。

「このままでは (この状態の原因となる人物を) 探せませんね……。殺っちゃいます?」


「駄目。取り敢えず排除しましょ?目的の人物は、おそらく、あいつが見つけてくれる。」

「分かるんですか?」

「うん。」


美女は一瞬、眩しそうな目で青年を見た。


激しい振動が伝わる為、船内にいる人達、客人もクルーも浮足立っていた。

客人には、暴風雨の中だと、揺れても安全だと説明はされていたが、だからと云って不安が消えるものでも無い。


じっとしていられなくて部屋から出ようとしても、扉を開けた時点で漂う霧に視界を遮られる。

これでは先に進めない。


一般人には分からないが、この霧は術式であり、結界も兼ねている。

術を破らない限り、部屋の外に出ることは出来ないのだ。

仕方なく、扉を閉めて閉じこもるしかなかった。


クルーは船長が厳しく律っしていたが、若い者の中には逆らう態度の者も現れて来た。

外に出ようとするのである。

船長に逆らい勝手な行動を起そうとする等、無謀以外の何物でもない。


皆優秀ではあるが、何分にも経験が足りていない。

危険と云うものが現実にどう云うものか、分からないのである。

だからと云って、責められるものでもない。


今起こっている出来事は、普段ではまずお目に掛かかる事等無い〈怪異〉である為、経験のないものが

この現実を理解する事は不可能だろう。


デッキでは、一進一退の攻防が続く。

しかし、進展があった。

だがそれは、守るものにとって、良くない状況になるものだ。


単純に振り下ろされるだけだった〈口腕〉の動きが、縦横無尽の動きに変わった。

しかもスピードが増している。


それにより、船体も破壊され始めた。

揺れる足場、容赦なく襲い掛かる〈口腕〉、皆、避けるだけで一杯になってしまう。

その隙に〈マーマン〉達が中に入ろうと扉の集まる。

〈レッド〉一人では捌ききれなくなって来た。


「きゃああ!」

〈レッド〉が扉の前から飛ばされた。


「〈レッド〉!」

気を取られた瞬間、〈口腕〉の横薙ぎの一撃をまともに受けてしまった。


「「きゃああああ!」」

〈ブルー〉と〈ブラック〉が船の外へ弾き飛ばされて、海へと落ちて行く。


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