第3話 クルージングは危険がいっぱい その4 挫・Ocean。

ゼンザイが操舵室に戻って来た。

操舵室は、古めかしい外観と違って、まるで宇宙船の艦橋の様だ。

最新鋭のデジタル機器が、思い思いの光を放つ。


「何があった?」

「船長、これを見て下さい!」


それは一見してレーダーである事が判る。

だが、何も映し出されてはいなかった。

唯、円形のモニターが白く光っているだけだった。


「通信も不能、本船の現在位置も不明です。」

「視界も良好とは言えません。目視しても2~3メートル位です。」


「機関を停止させる。状況が分からぬ以上、ここから動けぬ。」

「通信は続けろ。構わないから、あらゆる周波数を使え!」


明らかに異常事態だが、ゼンザイは落ち着いて、次々と指示を出して行った。

この辺りは流石と言えよう。


「乗客には部屋に入るよう指示、部屋から出るなと言っておけ!出入口は閉鎖!ラウンジの窓はシャッターを閉めろ!」

「説明は?」

「季節外れの台風が直撃するとでも言っておけ!」


操舵室で慌ただしく人が動いている頃、貨物室に一人の男が降り立った。

ライトを持っていないが、火の玉のような光源があちこちに浮かんでいて、廻りを、足元を照らしている。


男はやがて、棺の場所迄やって来た。

棺の蓋は開いていた。

男が一人、上半身を起こしている。


男は整った顔立ちだが、顔色は頗る悪かった。


そこにやって来た男が声を掛ける。


「お目覚めかな?気分は?」

棺の男はやって来た男を一瞥する。

「いい訳が無いだろう……、酷い気分だ……。」


「まあ、そうだろうな。立てるか?伯爵?」

「もうひと眠りしたいところだ……。」

「本気か?」

「冗談だ……。さて。」


棺から起き上がった男は、上等なスーツの上に黒いマントを翻した。

付いてもいない埃をはらう。


「そろそろ……か?」

「嫌になるくらいタイミングばっちりだ。だがまだ出るな。」

「どう云う事だ?」

「色々と思わぬ事態になってるのさ。」

男はおどけた仕草を見せた。


やって来た男、この男を知っている。

昨日の夜、デッキでビールを飲んでいた男だ。


だが、豪華客船とは、まるで不釣り合いな男だ。

只の会計士のはずが、なんでこんな贅沢なクルージングに参加しているのだろう?


「〈何か〉やって来ますわ。」

VIPルームでカエデコが唐突に発言した。

「出番ですの?」

「その様ね。」


カエデコは時折予言めいた事を言う。

占いと云う訳では無いし、意識している訳でも無いが、頭に浮かぶそうだ。


そしてそれは大概当たっているのだ。


なので、わざわざ聞きに来る人達もいる。

大概は国や会社のお偉方らしい。


因みに、サクラコがアカネ達と関わる事になった〈小銭小僧〉の一件も、カエデコから

”面白そうなことが起こるから、行ってみて”と言われての行動だった。


緊張感のない会話がハヤミ姉妹で交わされている。

だが、その意味を知っている大人たちは、途端に騒がしくなる。


「で、出番ってまさか!」

「だめですよ?館内放送で部屋から出てはいけないと!」

「そうだよ!大人しくしていなさい。」


親達の心配はもっともである。

しかし、子供達は従わない。


「イヤッ!」

「アカネ!」

暫く問答が続く。


辺り一面の霧の中、ペタペタと、船の外壁をよじ登って来るモノがいる。

一匹や二匹では無い、次々と海から現れる。

やがて、それらのモノは警戒している黒服の前に現れる。


異形の群れだ。


黒服たちの悲鳴が上がる。

黒服たちは生身で、武器と云えば警棒の様な物しかないのだ。

勿論、警棒なんか役に立たない。

拳銃が欲しいと、心から願ったが、その願いがかなう事はないだろう。


操舵室にエマージェンシーコールが鳴り響く。

「船長!警備班から連絡です!スピーカーに切り替えます。」

「私だ、何があった……、ばけもの?」

操舵室に緊張が走る。


『魚の、魚の化け物です!どんどん船に上がってきます!』

『対処しきれません!……、うわっ!助けて!』

「おい!どうした!」

「……、通信が切れました!」

その時、操舵室の扉が開いた。


「だっ、誰だ?」

入って来たのは、高校生くらいに見える青年だ。

この青年には覚えがある。

昨夜、S級美女とデッキでデートしていた青年だ。

船長が腕を上げてクルーを制する。


「あなたは、……、これを見越していたんですか?」

「まさか!子供たちの護衛ですよ。万が一の為のね。」

「だが!」

「瑚姫(ごき)を向かわせました。暫くは持つでしょう。」


「暫くって!無責任な!」

クルーが叫ぶが、船長の一睨みで黙る。

「し、失礼しました。」


「魚の化け物とか、何です?」

「〈マーマン〉でしょう。何故現れたか、原因を探らねばなりません。」

「原因?」

「理由があるはずです。解決して帰って貰うんです。」


「そんな!バケモノなんて殺せばいいでしょう!」

イキったクルーは、船長と青年の一睨みで沈黙した。


「この船に原因があると?」

「そうですね。乗客とか。」

「むむむ。」

「船そのものに原因があるとは考えにくい。ならば、船にいる人間、または荷物。」

「今までこの様な事が無いのであれば、今回初めて乗せた人物とか。」


「調べます。誰か、名簿を!」

「ええ~!客だって300人いますよ?」

さっきから余計な事ばかり言ってるクルーは、船長と青年から殺気を当てられて、沈没した。


デッキでは、背の高い女性が一人でマーマンに対峙していた。

警備班と同じ黒服とサングラスをしている。


この女性が〈瑚姫〉だろうか。

何も武器らしいモノは持っていない。

しかし、奇麗な赤い髪をなびかせて、文字通り”ちぎっては投げちぎっては投げ”の大活躍。

その戦いぶりに、警備班の屈強な黒服達も、ただ見ているだけしか出来なかった。


〈瑚姫〉には余裕があった。殺さない様に手加減しているのが分かる。

だが、如何せん相手は数が多い。

しかも生臭い。

疲れてはいないが、いい加減うんざりしていたところだ。


群がって来るマーマン達が、やがて女性を包み込んで一塊になる。

「こらっ!離れろ!触るんじゃない!あっ!やめっ……!」

どんどんマーマン達が重なって行く。

マーマン団子(?)が次第に大きくなって行く。


突然、一塊になっているマーマン達の隙間から光が漏れ、爆発する様にマーマン達が吹っ飛ぶ。

中心にいた赤髪の女性は、黒服から着物の様な服に変わっていた。

着崩した感じが色っぽい。

身体も一廻り大きくなり、その額には二本の角があった。


鬼だ。

異形の鬼だ。

だが、美しい。

美しい〈鬼〉だ。


「チィッ!油断したぜ!てめぇら!覚悟は出来てるんだろうな!」

再びマーマン達が群がって来る。

〈瑚姫〉は、いつの間に取り出したのか、薙刀を構える。

ゆっくりと戦闘態勢をとるが、今度はその後ろから〈炎の槍〉が飛んで来る。


「ギャギャ!」

〈炎の槍〉はマーマンを直撃した。

マーマンは吹っ飛んだが、燃える事は無く、爆発もしなかった。


次々と、〈炎の槍〉と〈水の円盤〉がマーマンに向かって飛んでくる。

その都度、マーマンは吹っ飛び、転がって海に落ちて行く。


〈瑚鬼〉が後ろを振り返る。

「あら、おチビちゃん達、来たのね。」


そこには五人そろってポーズを決める少女達がいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る