第3話 クルージングは危険がいっぱい その3 恣意 Of Love。

一夜明けて、二日目の朝。

既に太陽はその存在を主張している。

そんなに頑張らなくいいと、誰か言って欲しい。


いや、マジで。


夕べ約束した時間通りに、五組の家族+妖怪一人がラウンジに集まる。

生活様式はそれぞれ違うが、朝、昼、晩と、一緒に食事する事を決めていた。

親同士の仲が良くなる事は、ゴスロリの五人にとって悪い事では無い。

いつもは寝坊助なアカネだが、やはりイベントの際は早く起きる様だ。


実はサクラコも朝が弱い。

ここでは、起こしに行くのはコータだ。

平静を装っているが、寝起きのサクラコなんて、コータにとってはご褒美以外の何ものでもない。

至福の時を過ごしたが、それでいて、疚しい気持ちが1ピコも存在しないのが、いかにもコータらしい。


ビッフェタイプの朝食を済ませた後、子供たち以外は、銘々勝手に過ごす様だ。

アカネ父は、見逃した映画の上映があると言って朝からそわそわしていたし、モモ父は噂に聞いていた古いアーケードゲーム機が

設置されているので、片っ端から制覇する事にしたらしい。


母親たちはそのまま会話を続けている。

子供達+妖怪一人は、午前中はモモ父と同じく遊技場のゲームコーナーに行らしい。

なんとなくそんな気はしたが、アカネ兄とコータが対戦ゲームを始めた。


アサギ妹はサクラコ達と一緒だ。

相変わらずキラキラした目で見ている。

護衛とエスコートを兼ねて、コゼッタが一緒にいる。


この船には、本物のモデルさんや女優さんも乗っているのだが、その人達を差し置いてサクラコとカエデコとアキラは

此処でも目立ってしまう。


彼女たちを見つけた一部の人達は、流れる様な動作で携帯を向ける。

いつの間にか現れた黒服たちが、どこかの家族を連れて行く。


お昼になったので、またみんなラウンジに集まる。

モモ父はゲームに熱中していたが、モモ母に連れて来られた。


食休みの後、今度は全員でプールに行く事になった。

デッキのプールや、プールサイドで銘々過ごす。


ここ迄は、平和だった。


サクラコとカエデコとアキラの廻りに、何組かの男たちが現れた。

ナンパの様だ。


コータとアカネ兄が対応する。

親たちも気にかけている。

直ぐにでも突撃する気でいたが、黒服たちが現れてナンパ野郎共を追い払った。


普通ならこれで終わりだが、今回は様子が違うみたいだ。


だんだん騒ぎになって来て、人が集まって来る。

当然親たちも集まる。


「俺はアイドルの平来寺権三郎(へらいじごんざぶろう)のマネージャーだ!喜べ!権三郎が呼んでるんだぜ!」

「自滅党の邉茂(へも)先生のお呼びだ!来い!」

「うるさい!こっちは石鹸眠訴党の平鄙俚((へひり)先生だぞ!」

「小物共が!凶残党の萇臀(へごしり)先生に逆らうか!」

「こちらは罪愚痴県知事の平戸本(へどもと)様だぞ!」

「……!」

「………!」

「…………!」


なんか中学生と小学生の少女を取り合って凄い騒ぎになってる。

しかも、コータ迄お呼びが掛かってるらしい。

外国語も聞こえる。

フランス語に米語に、アジアの言葉も混ざっている。


もう、収拾が付かなくなってきた。

周りの人も、多くの人が携帯を向けてる。

黒服たちも困惑気味だ。

なぜなら、相手がセージカだったり、海外セレブだったりしてるから。


「オラ!」

誰かがカエデコの腕を掴む。

刹那、事は起こった。


「「「「「「「「「ドッボ~~ン!!」」」」」」」」」

なんと、絡んでいた全員がプールに落ちたのだ。

勿論、この隙を逃さず、カエデコ達は逃げた。

その後ろを守る様にアカネ達や家族たちが続く。


船内に入ると、一人の黒服が現れた。

安全な場所に案内してくれるらしい。

一瞬、顔を見合わせたが、黒服の後に続いて去って行った。


案内された部屋は落ち着いた感じの広い部屋だ。

VIPルームだろうか。

20人はいるのに、部屋に余裕がある。


「こちらをお使いください。只今、お飲み物をお持ち致します。」

「ありがとうございます。」

「お世話になります。」


「凄かったね、サクラコちゃん、大丈夫?」

「ええ。」

「カエデコさんも?」

「大丈夫ですわ。」

「ひどいよね!」


子供達が気を使う。

大人たちは憤慨する。


「何だあいつら?」

「聞いた様な名前を言ってましたよね。」

「いずれも、評判の悪い名前でしたよ。」

「サボってないで仕事しろよ!」


部屋をノックする音が聞こえた。


大人たちはまた顔を見合わせたが、お互い頷くと、代表してアカネ父が返答する。


「どうぞ。」

「失礼します。」

入って来たのは、恰幅の良い初老の男性だ。

その白い制服と貫禄からして、船長だろう。


「私はこの船の船長を仰せつかっている、禅材(ゼンザイ)と申します。迷惑をお掛け致しました。誠に、申しわけありません。」

と、頭を下げる


「いえっ!」

別に船長の所為では無いので、却って恐縮してしまう。

渦中の四人を除いて、みんな小市民だし。


「船長さんの責任ではありませんよ。」

「そう言って頂けると……。」


またノックされた。

一瞬、親達は身構える。

「お茶をお持ち致しました。」


「申し訳ありません。」

ゼンザイは、立場も相まって、一々親たちが緊張してしまう状況に、心苦しさを覚えていた。


親達も、自分たちの反応がゼンザイ船長に心労をかけてしまう事に、逆に心苦しさを覚えていた。

かといって、気を抜けるかと云うと、それは出来なかった。


保護者の鑑である。


「入り給え。」

「失礼します。」


女性のスタッフが何人か、お茶お菓子を持って来た。

お茶は紅茶の様だ。

だが、高級品なのだろう、香りからして、その辺りで飲んでるモノとは違いがある。


「船長さんも、どうぞお座り下さい。」

少し緊張を解いたアサギ父が呼びかける。

アサギの気配りは、父親譲りらしい。


「有難う御座います。」

ゼンザイが腰かけると、雑談が始まった。


「船長さんも、災難でしたな。あの方たちは?」

待ちかねた様に、アオイ父が質問する。

アオイの好奇心は、父親譲りらしい。


ゼンザイは、少し考える様な仕草の後、話始めた。


「御存じかと思いますが、私どものクルージングは、プライバシー保護、完全なセキュリティーを看板にしています。」


その事は知っている。

それ故、騒がれたくない人達、お忍びの人達が利用するのだ。


「ええ、知ってます。確か入船するときにサインしましたから。」

「そう、盗撮など行った場合、直ちに下船させるとか、厳しい処置が描いてありましたね。」


”黒服に連れ行かれた家族”は、断りも無く携帯で写真や動画と撮った為、強制的に下船させられていたのだ。


「そうです。この航海ではプライバシーは守られます。ただ、それを逆手にとって、”何をやっても表に出ない”のだと

好き勝手に振る舞う馬鹿共もいるのです。」


「いいんですか?」

モモ父が、ゼンザイの言葉に反応した。

それはそうだろう、アイドルやセージカや海外セレブ、ハリウッドスターや実業家達を”馬鹿共”と証したのだから。

モモの常識人としての振る舞いは、父親譲りらしい。


「構いません。どんなに権力を持っていようと、海の上では、船では私が指揮を執る世界です。今日中にあの馬鹿共は

下船させましょう。」


「それはそれは……。」

大丈夫なんだろうか、影響は無いんだろうかと、アカネ父は心配した。

アカネの無遠慮な性格は、父親に似なかったらしい。


雑談のさなか、部屋に備え付けのインターフォンが鳴った。

「たぶん私でしょう。失礼。」

ゼンザイは自ら立ち上がって、壁のインターフォンに向かった。


「私だ。……、うん、……、うむ。……。分かった。」

普通に会話をし、、普通に会話を終えて通話を切った。

その話し方は、緊急だとか、異常事態だとか、そんな雰囲気は微塵もなかった。


「みなさん、用事が出来ました。私はこれで失礼します。」

「何かあったのですか?」

「いえ、季節外れの霧だ出て来た、と云うだけです。問題はありません。」


ゼンザイは部屋を出た。


丁度その頃、船尾の貨物倉庫の中に異変があった。

長さ2メートル、高さ1メートル、幅1メートの木の箱が少し振動した。

すると、上蓋部分に打ち付けてあった釘が、ひとりでにスルスルと抜けて行った。


上蓋部分が外れると、中にはもう一つ、緩衝材と共に、木の箱があった。

その木の箱は、この場のそぐわない、異質なもの。

禍々しい存在感がある。

だが、一見して見覚えがあるものだった。

ホラー映画等で、見かける事があるだろう。


それは、古びてはいるが、重厚な黒塗りの、〈棺〉だ。


その〈棺〉の上蓋が、ゆっくりずれて行く。


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