第3話 クルージングは危険がいっぱい その1 虎威のVacances。
人外災害対策機構 D.E.M.A本部の地下深く。
その立場の割には質素の執務室で、総統は朝から困惑していた。
新人の〈ゴスロリ♡5〉に任せた最初の事件、〈謎の子供失踪事件〉は無事解決した。
そう、無事解決させてしまった。
正直、ここ迄は求めていなかったのだ。
嬉しい誤算だ。
後始末もあるが、些細な事だ。
壊された神社と地蔵をこちらで引き取る、と云う交渉を自治体としただけだ。
予想以上の活躍に、満足している。
ボーナスを考えねばなるまい。
いや、もう幾つか候補は挙がっている。
楽しい選択だ。
普通なら、この総統はこれだけでウキウキしてしまうのだが……。
困惑しているのは、レモンの報告書にあった、〈アベ タカアキ〉と云う人物。
総統にはその人物に心当たりがあった。
彼にしてみればありまくりだし、何となく予感もあった。
口に出して言えないが。
しかし、レモンの評する人物像と、かなり隔たりがある。
実際、彼の思っている人物かどうかは、分からない。
それでも、放って置くわけには行かないので、要注意人物として調査しつつ、暫く様子を見る事にした。
報告書を読む限り、彼の能力を判断するなら、是非スカウトしたいところだが。
頭脳も術も素晴らしいし、即戦力としても申し分無い。
大いに期待出来るが、恐らく誘ってもウチには来ないだろう。
レモンもその様に感じ、あえて誘わなたったと報告書に書いてある。
「う~む……。」
仮面の奥で、拭けない汗が流れる。
誰もいないんだから、仮面なんて取りゃいいのに。
総統の悩みなんぞ露知らず、〈ゴスロリ♡5〉は賑やかに駄弁っていた。
いや、駄弁っているのではない、〈小銭小僧〉と〈幽霊ママ〉さんの名前を考えているところだ。
〈幽霊ママさん〉は、本部近くの〈世界の自由と平和、そして愛 保育園〉の託児ルームに行っている。
既に働いているのだ。
壊れかけた神社から出て来た、怖くて悲しい雰囲気とは違い、明るく優しい雰囲気だ。
赤ちゃんたちの受けもいい。
保育園の園長先生は、良い人が入ってくれたと、ニコニコしている。
流石は〈D.E.M.A〉関連の保育所だ。
幽霊だってのに、誰もまるで物怖じしていない。
「名前なんて、どうでもいいぜ?」
「そんな訳にはいかないよぉ!カッコ悪いうじゃん?」
「言いにくいしね。」
「そうかぁ?ずっと小銭小僧って、呼ばれてたしな。今さら。」
この妖怪は、今はすこぶる元気だ。
「〈小銭小僧〉って、誰が付けたんですの?」
「知らない、でもこう呼ばれていたから、ああ、オレの名は〈小銭小僧〉なんだなって。」
「う~ん、ゼニー?」
「却下。」
「え~!」
「アカネちゃん、真面目に考えようよ。」
アカネは真面目に考えているのである。
これでも。
「ゼニー……、ゼニコーゾ?」
「コインボーイ?」
「エン!」
「ドル。」
「ユーロ。」
「ユージロー。」
「タロー。」
「コータロー♡」
「だんだん離れてますわ。」
「だって、小銭って、絡ませると難しいよ。」
「ゼニッコ?」
「コゼット。」
「それ、女の子のなまえだよ?」
「あっ、オレ、女にもなれるぜ?」
ガタガタガタ!
全員椅子から立ち上がった。
「なになに?」
「なんだって~!」
「どう云うコトですの?」
「だって、オレ性別ないし、オレの元のなってるの、沢山の子供だぜ?男の子もいりゃ、女の子だっている。」
「言われれば、そうですわね。」
「驚きの新事実。」
「凄い!何か知らないけど、凄いよ!」
「ねえ、じゃ、女の子になって見せてよ!」
「ホイッ。」
元々五歳位の子供の妖怪なんで小さいし、この位の子供は、男女の区別がつきにくいが、確かに女の子になった。
髪もおかっぱだし。
「便利だね~。」
便利なのか?
「もう、コゼットにしちゃう?」
「男の子バージョンだったら変だよ!」
「男の娘?」
「お止めになった方が宜しいかと。」
お菓子とジュースをお供に、ワイワイ楽しい時間を過ごしている。
この頃の少女達は、まだダイエットには無関心らしい。
……、いや?よく観察すると、明らかに食べ方に差がある。
テーブルいっぱいのお菓子に瞳をキラキラさせているのがアカネとアオイで、あまり食べていないのがモモとサクラコだ。
因みにアサギと〈小銭小僧〉は、モクモクと食べている。
〈小銭小僧〉は、食べる事自体生命維持としての意味は無いし、実際食べる事は出来ないのだが、”お供え物”と云う認識で食べられるらしい。
本人は”食べる”事をとても、とても、とても楽しんでいる。
「……、と、云う訳で〈コゼッ太〉に決定!」
「「「「パチパチパチ!」」」」
〈コゼッタ〉なら男子でも女子でも使える、と云う結論らしい。
日本の妖怪なので、顔は日本のそれだが、本人達が幸せなら何も問題ない。
「え~、続きまして、〈幽霊ママ〉さんの名前を決めたいと思います!」
「「「「パチパチパチ!」」」」
「あっ、ちょっと待って、〈幽霊ママ〉さんは男になったりしないよね?」
モモが言い放つ。
「まさか!タカアキさんも『赤ちゃんを宿した女性か、亡くされた女性』だと言っておりましたでしょう?」
サクラコが答える。が、
「分からないよ?最近は女性と名乗られたら女性扱いにしなくちゃならないって、パパが怒ってた。」
アカネが答える。
「何ですの?それ?」
世間に疎いところがあるサクラコには、何でそうなるのか理解出来ない。
「ボクもよく分からないけど、女子トイレに男子が入ってきて騒ぎになっても、その男子が『ワタシの心はオンナなの。」と言えば、騒いだ女子が警察に捕まるらしいよ?」
更にアオイが問題発言をする。
「世も末ですわ……。」
サクラコが嘆いたところで、
「はい。でも私はぶっ飛ばすけどね♡」
と力瘤を作りながら、ニコニコとアサギが返す。
今の子供達は、色んなトコで気を使う。
大変なんだから。
「……、と、云う訳で〈ユウマ〉さんに決定!」
「「「「パチパチパチ!」」」」
また色んな意見、名前が出て楽しく盛り上がった。
幽霊ママ→幽マ→〈ユウマ〉と云う事らしい。
〈ユウマ〉なら女性でも男性でも使える、と子供ながらに世間を意識した結果になった。
偶然ではあるが、〈世界の自由と平和、そして愛 保育園〉の職員の方々も〈ユウマ〉さん(仮)と読んでいたらしい。
混乱が生じないのは、喜ばしい事だ。
その頃、総統の執務室では、総統が子供達へのボーナスを決めてこれから話しに行こうとしていた矢先、ドアをノックする音がした。
今にもスキップせんばかりの総統であったが、一瞬にして威厳(?)を取り戻し、落ち着いた口調で答える。
総統には誰が来たのか、分かるようだ。
「入りたまえ。」
「失礼します。」
入ってきたのは、背の高い、理知的な雰囲気の女性だ。
ネガネを掛けているが、かなり整った顔立ちのである事は間違いない。
カッチリ、スーツを着こなしている。
細身でありながら、胸がとんでもなく存在を主張している。
「書類?今日はまだ何かあったかな?あれか?またチャタローが落ちない領収書でゴネているのか?」
「いえ、この物件の認可を頂きたく。」
長身の美女は、報告書を総統に手渡す。
総統は暫し書類をめくっていたが、ゆっくりと顔を上げた。
長身の美女は、総統がみるみる不機嫌な顔になるのが、手に取る様に分かった。
仮面付けてて、分かるのか?
「橘音(きつね)くん!これはどう云う事だ?〈ゴスロリ♡5〉は仕事を終えたばかりだぞ!他のチームに当たられせたまえ!」
橘音と呼ばれた女性は、総統の筆頭秘書だ。
総統はこう見えても激職である為、補佐する秘書チームが存在するが、彼は”総統”らしくない、と云う事で、そばに置いていなかった。
返答を予測していたのであろう、橘音と呼ばれた女性は落ち着いてメガネをクイッと上げ、静かに言った。
「〈ゴスロリ♡5〉が適任です。」
今にも身を乗り出さんとしていた総統は、その一言に、深く椅子に座り直した。
「……、君が言うのなら、そうなんだろう。」
「〈ゴスロリ♡5〉が休暇を取る時間は充分あります。まだ季節ではありませんし、この暑さの中ではわざわざ式を挙げる人は少ないですから。」
「分かった。サインしよう。だがまだ間があるのなら、後でもいいのでないのかな?」
「いえ、今から準備しないといけません。」
「い、今から準備って、まままさか橘音くん?!」
「いえ?私ではありませんよ?」
と言って橘音は妖艶に微笑んだ。
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