第2話 水飴神社の秘密 その4 解説。
青年の名刺には、こう書いてあった。
『 物部会計事務所 公認会計士 安部 孝明 』
「モノノケカイケイジムショのアベノコウメイ?」
「モノノベ会計事務所のアベタカアキだよ!どう読んだらそうなるの?」
即座に青年が返した。
心なしか、焦ってる感じがする。
「貴様!お嬢様に向かって!」
「ストップ!コータは控えていなさい。」
「でもお嬢様……、分かりました。」
サクラコの一睨みでコータは沈黙した。
「アベノコウメイ……、どこかで聞いた様な?」
「タカアキだって。さっき読んでいた本だよ。」
そう、さっきサクラコが図書館で夢中になって読んでいた本の著者の名前が、安部 孝明とあった。
「その本は、大学時代に出版した本なんだ。ここにもある。良かったらあげるよ。」
タカアキはそう言って、鞄から一冊の本を取り出した。
(チラッと見えたが、同じ本が数冊は言っていた。)
サイン本だ。
サクラコはおもわずタカアキを見た。
「大学時代は、民俗学を専攻していたんだよ。その本は自費出版だ。」
「コミケなんかにも出したんだが、いやあ、売れると思ったんだがまったく売れず、あちこちに寄付して廻っているんだがね。」
「そうなんですの?面白いですわよ?」
「そう言って貰えると僕も嬉しい。それに君みたいな若い子が民俗学に興味を持ってくれてるなんて、更に嬉しいよ。」
サクラコは別に民俗学に興味があった訳では無いので、ちょっと罪悪感を覚えた。
だが、そんな事はおくびにも出さず、こう切り出した。
「実は、ある神社を探していますの。」
「神社?」
「ええ、こんな感じの。」
サクラコは器用にお店のナプキンに絵を描いた。
子供達が描いた絵と同じものを。
「これは、また……。」
お嬢様は絵が下手なんだな。とタカアキは思った。
ただそれは、サクラコがかなり正確に子供たちの絵を模倣したものだった。
「これは、こけし?いや、地蔵か?」
「お地蔵様?神社ですのよ?」
「ああ、神社にも地蔵があるところがあるんだ。」
「「えっ?」」
サクラコとコータの声が重なった。
二人とも意外だったらしい。
「神社は神道、お地蔵様は地蔵菩薩、仏教でしょう?」
「エド時代まで、〈神仏習合〉があったんだよ。メイジで無くされたけどね。だから神社とお寺が一緒になったところもあったんだ。」
「神仏習合?」
「簡単の言うと、〈神道〉と〈仏教〉とを調和させたのさ。同一視するのではなく、調和ね。どちらも多神教だし。一神教なら、無理だけど。」
「メイジでやめましたの?」
「メイジは神道オンリーにしたかったのさ。政策に都合がいいから。だから、〈廃仏毀釈〉を実行した。」
「知ってます。たしか、仏教を禁止して、仏像とか、破壊しまくったんですよね。国が貴重な文化遺産の破壊を奨励したとか。」
「馬鹿なんですの?焚書とか、文化財の破壊とか、そんな国は栄えませんわ。」
「メイジはね。でも、馬鹿ばかりじゃないから、ちゃんと残ってる。世界遺産にもなってるし、観光名所でもある。」
「そしてその考え方は現在も生きてるよ?初詣は神社に行って、お葬式はお寺に行って、結婚式は教会で挙げたり、クリスマスを祝ったりするだろう?
全部違う宗教の、違う神様だぜ?」
その通りだ!とサクラコとコータは思った。
ああ、小学四年生にして初めて、〈目から鱗〉を実感しましたわ!
サクラコは感動を覚えた。
「ここにも、確か山の奥にあったと思ったな。」
「あ、案内して下さる?」
「勿論、いやあ、民俗学の未来は明るいぞ!」
タカアキは完全に勘違いをしていたが、サクラコがそれを訂正する事は無かった。
その頃、アカネ達は普通の家のお邪魔して、知っていそうな人の話を聞いていた。
何件目か廻って、時間的に今日最後の家に行った時に、関連の有りそうな話が聞けた。
「ずずー。」
アカネ達はお茶を飲んでいた。
行く先々で歓迎されて、お菓子とか、お茶とか、いっぱい御馳走になってる。
歓迎って、話を知っていそうな人はお年寄りが多いから、退屈凌ぎになるし、第一、孫、ひ孫の年代の子らは、無条件で可愛いらしい。
「おれのじさぁのはぁなすぃだ。」
子供達が描いた絵を見て、おばあさんが語り始めた。
「じさぁのわげころ、ひでえききんがあった。ききんはしょっちゅう、だが、いっちゃいでえききん、やややおぼいごって、だめやあがった。」
「そんで、いぐさぁがあった。いぐさぁもいっぺい、づんねぐで、またひで目にあった。おとこではいねがったから、おなごがひで目にあった。」
「いっぺえはらんだ。むじぇーこった。いっぺえだめやあがった。すんじまたった。」
「……。」
アカネ達は黙って聞いている。
正直、何を言っているのか分からなかったが、茶化してはいけないと感じていた。
アオイは録音し、アサギはメモを取っていた。
「ややいでも、ちちでね。こめうるがして、あめさぁ、こせで、のませだ。」
「やっぱさ、だめやあがった。すんじぃまたったが。かがもややも。」
「みずんなめは、たたんねよう、みずんなめじんじゃさ、やった。」
「なまだぶ。」
おばあさんは目を細めて、沈黙した。
どうやら眠った様だ。
ここの娘さんがジュースを出してくれた。
娘さんと云っても、おばさんだが。
アカネ達も、緊張を解いた。
「何言ってるか、分かんなかったでしょう。曽祖母さんなんだけど、私も何を言ってるのか、よく判らないのですよ。」
「そうなんですか?」
正直、通訳が欲しいと思った。
おばさんが絵を手に取って、話し始めた。
「これ、水飴神社だと思う。」
「水飴神社?」
「それで、これはお地蔵さんでと思う。水飴神社には確かに並んでた。」
「山の上の方に、有ったと思う。むかーし、行った覚えがあるわ。」
「わざわざ山の上に?なんか理由でもあるんですか?」
「いくつか村があったけど、今は誰もいなくなってしまったんで、神社だけが残ってしまったのよ。」
「水飴って、由来があるんですか?」
「そこまでは知らないわ。」
「なんで神社にお地蔵様があるんですか?」
「私も、分からないのよ。」
アカネ達は、丁寧にお礼を言って、家を後にした。
サクラコに電話すると、丁度サクラコも駅に向かっているという。
荷物は駅のコインロッカーに預けてあるから、みんなで一度荷物を取ってから、ホテルに行く事になった。
サクラコたちと合流して、レモン一行は驚いた。
特にアカネは驚いた。
何故なら、サクラコは一人じゃ無く、知らない青年と見た事のある少年と一緒だったからだ。
アカネはその少年、サクラコの第一従者を名乗る少年、〈斑鳩洸太朗〉を見た瞬間、真っ赤になって俯いてしまった。
全員が察した。
サクラコとこータ以外の。
ホテルのチェックインを済ませた後、ホテルのラウンジで会議になった。
やはり、絵に描かれた神社は〈水飴神社〉だろうと云う結論だ。
曽祖母さんの言葉は、タカアキが訳してくれた。
「〈おとこで〉は男衆、〈やや〉は赤ん坊、〈かが〉はお母さん、〈おぼいご〉は子供かな。」
「〈ききん〉は飢饉、〈いぐさぁ〉は戦争だろう。」
「〈むじぇー〉はむごいとか、酷い事、〈だめやあがった〉は駄目だった、〈すんじまたった〉は亡くなった。」
流石に〈いっぺえはらんだ〉は訳さなかった。
「お地蔵様もそうだけど、どうやら、不幸にして亡くなった子供を祀っていっるらしいな。」
「水飴は?」
「『母親の栄養状態が悪くて、おっぱいが出ないのでい代わりに飴を舐めさせた』と云うのは、各地に残っている伝承だよ。
『幽霊が飴を買いに来る』なんてのもある。たぶん、曽祖母さんの話では、米粉を水で溶いたものを与えたという事だろう。」
タカアキの話には説得力があった。
それで明日だが、タカアキ自身の興味もあったので、一緒に水飴神社に行く事にした。
ちなみにコータは、黙って後を付いて来たので、泊るところも準備も何をしていない。
なので、タカアキと一緒にタカアキが泊まっている民宿に泊まる事になった。
タカアキと一緒の部屋だ。
無論コータは抗議したが、サクラコの『そうしなさい。』の一言で不承不承承諾した。
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