第十章 青月
「知ってる天井だ……」
目覚めたのは自室のベッドの上だった。薄暗い部屋、目を凝らして見た時計の針は陰刻二時を指しており、外は夜の闇と白みがかった街明かりが点灯している。
下の階からはむせ返るような男たちの騒がしい声が響いており、どうやら今日もバードリック・バーの営業は絶好調らしいことが窺える。
店が賑やかなのは良い。それは別にいいのだが、それはそれとして自分の置かれている状況が全く分からない。
未だに霧がかった頭を回し、記憶を遡る。今日は何日で、何故俺はこんな時間まで寝ていたのだろうか。
そう、確か盗賊からユリアを助けて家に戻り、帰りが遅いことを心配していたルドウィックとカーラに出合い頭玄関で熱烈な抱擁を受けて───その先の記憶が無い。
「勢いあまって絞め落としやがったな……」
まさか身内に止めを刺されるとは思いもしなかった。なんだかまだ息苦しさが残っている気がして首元を拭う。その時首筋に手が触れ、そこに浅く残っていたはずの切り傷が消えていることに気が付く。
「?」
裏路地でユリアに切られた傷、決して深いものでは無かったが、そう日も経たず治るものでもなかったはずだ。そういえば体中にあった痛みも消えており、軽く動かした範囲でだが何の支障もない。ひょっとするととんでもない時間、数日単位で眠っていてしまったのではないだろうか。
もっとよく自分の体を調べようと部屋の明かりに手をかけたところで、ノックの音がドアを叩く。
「あら、起きてた?」
乾いた木の音と共に入ってきたのは給仕服に身を包んだカーラだった。 相も変わらず年に見合わないフリルで装飾された、いわゆるメイド服を着こなす彼女。心なしか丈がいつもより短くなっている気がしたが、それあまり長く見ていると胸が痛くなってくるので敢えてスルーする。
「カーラ、今日何日だ?」
真剣に、恐る恐るで日時を尋ねる。もし数日間に渡り気を失っていたとしたら、その分学校を休んでいることになってしまうし、鍛錬も出来ていないことになる。何よりあんな約束をしておきながらユリアをそっちのけにするなど無責任にもほどがある。面目丸潰れだ。
「って───」
その約束、家への帰路でのユリアとの会話を思い返す。自身の発言の一言一句を反芻、噛み締めて、思う。ひょっとして、あの時の自分はとんでもなく恥ずかしいことを口走っていたのではないだろうか。
カーッと顔の熱が上がるのを感じたが、カーラの前ということもあり何とか平静を装う。だがその様子がおかしかったようで、カーラはクスリと笑った。
「大丈夫よ、バルちゃんが帰ってきたその日のまま。ユリアちゃんも元気全快よ」
袖をめくり、マッスルポーズでユリアの容態を表現するカーラ。力こぶの欠片もない彼女の腕からは頼りなさを感じるが、その口ぶりからユリアが無事であることは間違いないようだ。
「みんな来てるのか?」
「ええ、いつも通り常連さんみんな来てるわ。ユリアちゃんの歓迎会だって言ったらみんな張り切っちゃって、もうすごいことになっちゃって!」
今度は鼻息荒くぶんぶんと腕を回すカーラ。商人のサガもあってか、店の繁盛ぶりに興奮している様子だ。新しい家族の歓迎会をダシに一儲けを考えるカーラの強かぶりには感嘆する。
いや、彼女の場合、本心から喜び素で商売しているのだろうが。
彼女の無意識に振り回されるユリアと手のひらで踊らされる常連達、一番この状況に味を占めているのは店主であるルドウィックだろう。そして、そのルドウィックもまたカーラに頭が上がらない。
このバードリックバーにおける食物連鎖に新たに飲み込まれたユリアに同情しつつ、自身も給仕服に着替えようとベッドから降りる。
「いいわよ、まだ病み上がりなんだから、今日ぐらい休んでも」
「繁盛してんだろ? 手伝いは一人でも多い方がいいって。体も動くし」
書き入れ時は人手が多いに越したことはない。自分も加勢しようと仕事着を手に取ったところでしかし、ひょいとカーラにそれを取り上げられる。
「ちょ、おいっ、て......」
不満を口にしようとしたところで、唇をカーラの人差し指で押し黙らせられる。
「大丈夫、人手は足りてるもの。それより、良かったら下来る? ケンリッドさん来てるわよ」
その名前を聞いた直後、不満を忘れたバルクの関心はすでにその人物一直線であった。
*
カーラからの話の通り、一階の酒場広場は仕事を終えて飲みに来た常連でごった返していた。酒場の中央にある横断幕には『ユリアちゃん大歓迎会』の文字が掲げられている。
酒を飲んでは暴れてを繰り返す野郎共の酒場の中で一人、長テーブルの端に一人座るコート姿の男を見つける。
探鉱と酒とで汚れた男臭い場には似つかわしくない端正な顔つきとパリッと糊付けされた清潔感のあるトレンチコート。男性にしては長めのくせ毛と鋭くも温かみを感じる黄眼からは大人の色気が感じられる。
酔いどれ共をかき分けて男の元へと進むバルク。男もこちらに気が付いたようで、「よお」と手招きした。
「久しぶりだな、オレンジで良いか?」
「あ、ありがとうございます」
バルクが席に着くなり、すっと飲み物を注文して椅子を用意する。テーブルにはすでにバルクの分の料理が取り分けられてた。これを難なく、しかも分け隔てなくやっているのだから、男としての格の違いが感じられる。飲んで暴れるだけのここの常連達とは大違いだ。
彼の名前は〈ケンリッド・マークスマン〉。国を守護する騎士団〈国衛騎士〉の一員にして、選ばれた精鋭にして国の戦力の要である〈
色々事情があり、かつてはこの酒場で居候していたこともあって、ケンリッドとは昔から親しい関係にある。今でもこうしてたまに酒場に顔を出しては様子を見に来てくれるのだ。
「最近はどうだ、元気にしてるか? 学校は楽しいか?」
「いや、それが昨日と今日は学校休んじゃって……」
投げつけられた質問にドキリ、とする。なんと間が悪いのか、ちょうど二日間学校を休んだタイミングでの質問。ケンリッドさんの前ではなるべく真面目な優等生でいることを心掛けているのだが、初っ端から出鼻を挫かれる。
「? ここ二日間、ルシドニア学院は休校だったはずだぜ」
「え?」
彼の口から飛び出した初耳の新情報。軽く叱られるか過度に心配されるかだと思っていたのだが、彼の困惑交じりの言葉に自身も豆鉄砲を食らう。しかし、休校とはどういうことなのか。この二日間は祝日でもなければ週末でもない。むしろ週の初めも初めだ。心当たりなど当然あるはずもない。
「ちと上の方で問題があってな、オレも明日その関係で駆り出されるんだが……、今朝に都市庁放送で流されてたはずだが聞いてなかったのか?」
まさか、とルドウィックのほうを見るが、あちらもこちらの目線に気づいたようで知らんふり。どうやら本来学校が休みだということを知っていたうえで仕事を擦り付けるため黙っていたようだ。
「あの野郎……」
ルドウィックに恨みをためつつ、放送時に起きていなかった自分も悪いと留飲を下げる。
「まあ、学校に行こうって思えてる分には大丈夫か。お前は強いしな」
「いやそんな……」
へへへ、と気持ち悪い笑みが漏れてしまうのを何とか抑える。褒めてもらえるのは素直に嬉しいが、ケンリッドさんに情けない姿は見せられない。 喜びは胸の内に秘めてしまっておく。
「それよりカーラさんから聞いたぜ。お前、女の子を守るためにチンピラと殴り合ったんだって? やるじゃねえか」
バシ、バシと嬉しそうに背中を叩くケンリッド。少し酒が入っているせいか、心なしかいつもよりも上機嫌な気がする。
そうか、そういえばそんなことがあったのだったとはるか昔のように錯覚する二日間んぽ一連の出来事を改めて思い出しつつ、カーラのおしゃべり癖を恨む。カーラのことだから、きっと見たわけでもないのに話を盛りに盛ったに違いない。できればやんちゃ小僧の一面はケンリッドさんには知られたくなかった。
「バルクも男だもんな、若いうちはヤンチャするもんだ」
わしわし、とケンリッドが頭を撫でてくる。 手袋越しだが、騎士として鍛えられた手のひらの武骨さが伝わり、彼の戦士としての偉大さを再確認する。
「けど、なるべく大きな怪我はしてくれるなよ。やっぱ心配だからよ」
「……はい」
自分の無事を心から案じるように、急に柔和な声色に変わる。慈しむように細められる瞳。本当にこの人はずるい。こんなことを言われれば反省するしかないではないか。
「……で、その女の子ってのはどんな子なんだ~?」
閑話休題、これが本題ですと言わんばかりに表情を変えてニヤニヤと尋ねてくるケンリッド。小声で「誰にも言わねえからよ」と催促までしてくる。
「そ、そんなんじゃないですよ!」と慌てて反論するも、他の飲んだくれ含め、いつの間にか酒場全体の注目がバルクに向けられていた。
「そうか、バルクももう色を知る歳か……」
「ほんの前までこんな小さかったのに」
「昔はケン兄ちゃんなんて呼んでくれて……、なのに最近は敬語でオレちょっと悲しいよ」
「俺なんて結婚の約束までしてくれてたんだぜ、時の流れは早えよなあ……」
「言ってねえし違えつってんだろ! そもそも誰があんな女……」
言いかけたところで、ドンッ、とテーブルの上にオレンジジュースが置かれた。運んできたのは給仕服に身を包んだ白髪の少女──ユリアだった。
なぜ歓迎される側が働いているのか。そんな疑問が過ると同時に、今の発言が彼女の逆鱗に触れたのではないかと焦燥が走る。
「……」
無言の睨みと圧を効かせると、彼女はそのまま去っていく。皆あの一瞬で何かを察したようで、一気に場の温度が下がるのを肌で感じた。
「……」
「あー、バルク。悪いことは言わねえ、あの子はやめとけ」
「見た目は絶世だがありゃ薔薇だよ。しかも毒付き。刺されてからじゃ遅えって」
「若いうちは冒険すべきだが、ありゃあなあ……」
さっきまでの勢いとは打って変わり、全員萎んでしまっている。そもそも違うと言っているというのに。
「そう? 私はそうは思わないけど」
そう言って勝手妄想会議に参加したのはカーラだった。浅いワイングラスにカクテルを注ぎ、足を組んで座るカーラは『まるでいい女感』を醸し出している。
「ユリアちゃん、不愛想に見えてヤンチャしてボロボロになったバルちゃんを担いで連れてきてくれたのよ? しかも私のせいだから看病を手伝わせてくれって」
「あいつが……?」
「今回の仕事もバルちゃんができない分自分が補うって、彼女から進言したのよ? ユリアちゃんの歓迎会なんだから大丈夫だって言っても全く引かなくって、私以外にあんなたじたじになるルドちゃん、久しぶりに見んだから」
なんだか少し嬉しそうに話すカーラ。だが確かに意外だった。ユリアはそういう事に無関心な人間だと思っていたが、曲がりなりにも、彼女なりに責任は感じているということか。
「女の子は一面じゃないのよ、特にユリアちゃんはね。だからもっと話してから、もっとお互いを理解してから。乙女の勘的に、諦めるにはまだ早いと思うわよ、バルちゃん!」
「だから、違えつってんだろ!」
結局、誤解が解けたのかどうか、ナアナアのまま酒場の宴は続いていくのだった。
*
夜も更け、宴も終わり静かになった酒場。節度ある大人たちは酔いつぶれる前に先んじて帰り、自粛できなかった男達は広場で酔いつぶれている。ケンリッドも明日の仕事が早いからと早々に帰って行ってしまった。
床や机に染みたアルコールの匂いだけが残り、しん、と静まり返った空気が漂う。
意識を失いながらも呻き声を上げている生霊たちを尻目に、カーラ達は食器の片づけや掃除などの締め作業を行っていた。
バルクも食器を運び、洗い場に持っていく。洗い場ではユリアが食器を洗っているが、どうにもその手つきがおぼつかない。先ほど「休んでいろ」と釘を刺されたばかりだが、見ているだけというのも居心地が悪いし、何より危なっかしくて見てられないのでバルクも手伝おうと洗い場を覗き見し、機会を窺う。
「座っていてくださいと言ったはずです。動いてないと死ぬ鮪ですか」
こちらを一瞥もすることなく毒舌が飛んでくる。それが休ませようとする人間の態度か。 だが、少なくとも話してくれる気はあるらしい。それならばまだありがたい。
正直、彼女との距離感を図れずにいたのだ。あの野党との一連の事件以降、赤裸々に自分の本心を語ってしまったことがちょっとした黒歴史として胸に刻まれてしまっている。本当にあの時の自分はどうかしていたと思う。あんなのは自分のキャラじゃない、きっと戦いの熱に侵されていたのだ。しかもそのまま気を失って、しばらくユリアと話していないと来たものだ。お互いに冷静になった今、取りつく島もなく、果たしてどんな話題から入ったものか。
───いや、決して日和っているだとかそういうわけではないのだが。
恐る恐るユリアの横顔を見るが、彼女の視線は手元の洗浄中の食器に向けられたまま微動だにしない。風景からキッパリと切り取られたような彼女の横顔、世界から浮いているとさえ錯覚する彼女の容姿、いっそ物言わぬ偶像であれば素直にその美を享受できていただろう。本当に悔やまれる。
「どうしたんですか、ぼうっとして。いくら可愛いからって女性の顔をじろじろ見るのは失礼だと思いますが」
「うるせえ、仕事に集中しろやい」
「『可愛い』の部分は否定しないんだ」
「したらお前が可哀想だからな」
「騎士が守る姫に対してその口ぶりは感心しませんね。お世辞の一つも言えないんですか」
「守られたいんならそれ相応にか弱く振舞え……って、騎士?」
自分を形容する言葉として聞きなれない単語に戸惑いを覚える。だがその様子を見るや、ユリアはわざとらしい大きなため息をついた。
「一眠りの間に忘れられるなんて愉快な頭ですね、鶏騎士。残念ながら、いいえ、光栄なことに私がここにいる以上約束は絶対。私の下僕としてテキパキと働きなさい」
「下僕と騎士とは全然違えよ!?」
無茶苦茶理論に声が裏返る。そういえば確かに『助けてやる』とは言ったが、あれはその場限りのノリと勢いで言ってしまったことだ。勿論その場では本心で言ったことであり、実際約束は果たしたつもりだが、その期限を延長した覚えはないし、無論、下僕になるつもりもない。
しかし騎士ときたものか。未だにあの話が引きずられているとは思いもしなかったが、ユリアは永久的なものだと思って約束したのであれば、今更そんな彼女を裏切るような真似はできない。
面倒臭いと思いつつ、だが結局はいつもと変わらないのではないかとも思う。人助けなんてものは英雄の最低条件で、いつも心掛けていること。守る対象が一人増えたぐらいでうろたえているようではその入り口にも立てない。思わせぶりなことを言ってしまった自分にも責任はあるのだし。
「兎に角、アナタが本調子でないのは私も困ります。だから、あなたは休んでいてください」
真剣に、神妙な眼差しで食器を洗うユリア。だがその熱とは裏腹に、手に取る皿が次々に割れていく。
それでも彼女は熱心に、バルクを休ませるため熱心に、この家にいるために熱心に、諦めることなく次の食器に手をかける。彼女は家族の一員として真摯に仕事に向き合おうとしていた。
「……洗剤付けすぎだ。そんなに使ったら手が滑るだろ。取れにくい汚れは水に浸しておけばそんなに力入れなくても奇麗になる」
「───」
「この皿は下の棚、カトラリーはこっちの棚の中。このフライパンはそのままだと錆びちまうから、洗ったら火にかけて水気を飛ばすように。ここで暮らしていくんだから、しっかり覚えていかねえとな」
驚いた顔を見せるユリアを尻目に、サササっと食器の洗浄を済ませる。自分の日課の仕事、慣れたものだ。目を丸くしている彼女に少しだけ『やってやったぜ感』を感じ、優越感にも浸る。
俺自身がここに居ろと言ったのだ。彼女を焚きつけたその責任は取らねばなるまい。何より、彼女がこの家に留まろうと努力してくれることが嬉しかった。
「先休むぜ」
上がる口角を見せまいと、背中を見せて二階の寝室へ向かう。悟られないよう平静を装って階段を上がるが、二階に上がってからは早くなっていく自分の足を止められない。
自室に入るなりベッドに飛び込み、深く呼吸する。
『騎士』、その言葉を噛み締めるように何度も頭の中で思い返す。
決して公的なものでは無いし、称号でもない、何の価値もない『騎士』の呼び名。だが、たった一人の騎士だとしても、夢の在り方に一歩近づいた気がして嬉しさに悶える。俺は今日から、ユリアの騎士になったのだ。
興奮も冷めやらぬまま、バルクは毛布の中で無言の歓声を上げるのだった。
*
夜。時刻は陰刻七時を過ぎ、住民は皆深い眠りの中。
バードリックバーも灯りを落とし、静かな闇が部屋を包む。
そんな中、バルクは未だ興奮で眠れるはずもなく、毛布の中でもぞもぞとうごめいている。
布のこすれる音が響く暗室。自分の呼吸音でさえ雑音に感じるほど閑静な室内で
突如、ギィ、と扉が開く音が鳴る。人の気配、誰かが室内に入ってきたことは分かったが、しかし浮足立って寝られないことを隠すため背を向けたまま目だけで扉の方を見る。しっかりと顔は見えないが、ぼんやりと暗闇に浮かぶ白い輪郭からユリアだと分かった。
明かりをつけることもなく、部屋を歩くユリア。彼女は寝間着姿で、時期も時期ということもあり、防御力が心許無い。彼女もこちらの場所に気付いたようで、ベッドに向かって歩き出した。
起きているのを悟られてはまずいと思い、目を瞑る。だが、すぐ横まで来たところでユリアの足音が止まった。
目を開けるべきか、それとも瞑っておくべきか。沈黙の時間が長く続いたように感じられる。
直後、軋む音とともにベッドに自分以外にもう一つ重心が入り込み、マットがたわむ。もぞもぞと動く気配、毛布の中に占める熱の割合が増えたのを感じる。
ユリアが寝床に入ってきたのだ。
「お、おいおいちょっと待て!」
あまりの自然さに流されそうになったが、間一髪のところで正気に戻る。もはや狸寝入りなどしている場合ではない。
おかしい。いや、これはおかしいだろ。
何ですか、と言いたげなユリアだが、これには有無を言わせるつもりはない。なぜなら年頃の男女には到底許されがたい行為だからだ。
「ちょっ、お前何自然に俺の部屋で寝ようとしてんだよ! 別でお前の部屋あるだろ!」
薄い寝間着姿のユリアに思わず目を逸らしながら抗議するバルク。思春期の男女の純情が今、とてつもない浸食を受けようとしているのを予感する。
「? 言ったはずです。アナタは私の騎士。お姫様が護衛がいる部屋で寝て何か問題が?」
「大問題だよ男女が同じ部屋ってのは! 姫と騎士の関係として不健全だよ!」
「不健全? 何を考えているのか知りませんが、仮にも騎士ともあろう者が庇護対象に対してナニを考えることなど万が一にも無いでしょう。それとも、アナタはその万が一のナニを期待しているのですか? 庇護されるべきか弱い存在に対し、逆にその立場を使ってナニをナニしてナニするナニらしいナニかを考えているのですか? ナニらしい」
「う、うぅむ……」
言葉の濁流でもって逆に有無を言わせずベッドに潜り込んでくるユリア。抵抗むなしく、というかその素振りすら完封された。
薄着の彼女に向かい合うなどできるはずもなく、背中を向けて目を固く瞑る。しかし塞ぎようのない耳から聞こえる彼女の吐息。そしてその熱が、肌に触れるか触れないかというところで宙に消える。
「信頼してますよ、私の騎士様」
そう笑い交じりに呪いの言葉を残し、ユリアは寝息に沈む。
青白い月光が照らし出す室内。
その夜バルクが眠れたかどうかについては、語るまでもない。
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