第3話 砂塵乱舞


 王都〈パーナクトラ〉より西部に広がる〈グルコタス砂漠〉。

 年々その面積を広げる王国最大の砂の大地を、七騎の騎馬が駆けていた。


 魚鱗の形に陣形を取る騎馬の群れはその統率を一切崩すことなく先頭の黒馬に続いていた。

 鉱石を思わせるほど黒く滑らかな毛並みを持ち、並の馬より一際大きな体躯を持つ巨馬。しかし、それにまたがる騎手もまた漆黒であった。他の騎手達がフードをかぶる中、黒衣の騎士はフルフェイスの兜と内側が藍色のこれまた黒いマントを羽織っている。


 鎧は年季が入っており、ところどころに損傷が見られるが、それら全てが数多の戦いを経験し、勝利してきた歴戦の風格を感じる。


 突然、先頭の黒騎士が手を挙げる。粉塵を上げながら他の馬も急停止した。


 見据える先は蜃気楼。波立つ砂丘の水平線。無限に続くかと思われる灼熱の大地に瞬間、乾いた破裂音が大気に溶け込む。


 一瞬。間を置いて直後、耳をつんざくような激しい金属音が火花と共に響き渡る。


 抜刀。いつの間にか剣を抜き放っていた黒騎士の刀身には、衝撃でひしゃけた弾丸が噛みついていた。


 翻して一振り。身の丈の倍以上はあろうかという長刀から硝煙を払う。


 謎の発砲音が聞こえた先。約三百メートルほど先の砂丘にて、砂が小さく隆起する。ゆっくりと砂を落としていく物体は、徐々に立ち上がった。砂に紛れていた迷彩のマントを脱ぎ去り、長銃と共にその潜伏者は日の元に姿を現す。そしてそれに釣られるように三、六、九と次々に砂中から刺客が顔を出してきた。


 合計十二人。


 こちらを左右から包囲するように、兜と鎧に身を包んだ騎士が前方左右に二人ずつ、さらに後方に一列で八人が配置されていた。


 なるほど、完全に待ち構えられているらしい。


 果たしてどこで情報が漏れたのか。本来ならば一度引き返すべきだが、この先に続く足跡の、痕跡としての利用期限がそれを許さない。


 黒騎士は仲間の中でも一際大きい人物に目配せをした。互いに相手の目は見えないが、それでも何をすべきかは伝わったのだろう。次の瞬間には行動に移っていた。


 大きく右側に迂回していくフードの騎手達。だが、その中で唯一、黒騎士が正面から敵の包囲網に突貫していった。


 豪快に煙を上げながら、他の馬とは比べ物にならない速度で突っ込んでいく黒騎士とその黒馬。敵の銃撃を掻い潜って間合に入った直後ーー大地が破裂した。


 凄まじい轟音。まるで爆薬でも仕込んでいたのかと錯覚するほどのエネルギーと共に、辺りの敵兵がたったの一振りで千切れ飛んだ。一振りで左側の三人とさらに後方の二人の計五人を屠る。一瞬の事態。すでに黒騎士は馬上から飛び降り、次の一振りを溜める。


 しかしすぐにその異常に反応し、二対の手斧使いと双剣使いが斬りかかる。他の兵と同じく白を基本とした下地に緑の装飾の鎧に身を包んでいるが、所々に金の紋様が見える。


 ーー成程、親衛隊か。


 その推察の通り、二人の剣気は他の兵を凌駕していた。もちろん太刀筋も。


 だが、その飛びかかりに対し、黒騎士は右半身を入れて斜めに一振り。一撃で二方向からの攻撃を打ち払った。


 空中で咄嗟に反応できるはずもなく、その切先は双剣使いの腹を横に撫でる。

 途端に内臓と血塊を溢れさせる胴体。対して手斧使いは間一髪で防ぎ、そのまま弾き飛ばされた。

 そのまま着地するも、砂漠の砂に足を取られ、僅かに体勢を崩す。だが黒騎士はそれには目もくれず、すぐさま翻って右側、つまり逃走する味方を追う敵陣へ乱入、掻き乱す。


 流石に全員無事とはいかなかった。

 一人、一番後方の殿の馬が尻を撃ち抜かれ、騎手が投げ出される。その先で遅れてきた手斧使いに首を刈り取られた。だが、その頃にはフードの群れは包囲網を突破し、また包囲陣は崩壊していた。


 黒騎士に斬りかかる手斧使い。機動力と舞い散る砂を生かした剣塵乱舞。しかし、その猛攻も剛腕の太刀筋にて崩される。振り上げで斧を絡め取り、その斧を掴んで一閃。喉仏に斧が突き刺さり、兵士は膝で立ったままぴくりとも動かなくなった。


 一瞬だった。時間にして、十秒も経っていないだろう。たったそれだけの時間で、十二人からなる部隊は黒騎士一人に殲滅されたのだ。



 ……音。風を割く金切音が微かに、兜の中の鼓膜を揺らす。

 普通ならば聞こえないか、気のせいで済ませるその音を、しかし黒騎士は見逃さなかった。


 頭上。空の上。黒いと錯覚するほどに強い光を放つ太陽に一つ、黒い点が見えた。それはみるみる大きくなりーーそのことを認識した瞬間、黒騎士と衝突する。黒い点だったそれは人の形を模し、刃を手に黒騎士に牙を剥く。


 ーー上下、見下ろす者と見上げる者とで鍔競り合う。


 振動、衝撃、暴風。


 風に紛れた砂が強靭な刃となり、大地を裂く。


 天空からの刺客。先の兵隊と同じく白を基調とした鎧に緑の紋様。鷹の騎章に金の装飾。そして隊長を意味する肩のマント。間違いない。アストレイア王国の騎士、〈七曜の騎士〉の〈隊長〉の一人、〈スレッガー隊〉隊長、スレッガー・ドミニコフだ。


 互いに刃を弾き合う。空中にいたスレッガーは大きく飛ばされ、そのまま宙を滑るように反転、体制を立て直し、そのまま再突撃してくる。

 おそらく魔法だろう。体を宙に浮かせたまま、縦横無尽に動き回る。


 距離にして四百メートル強。だが、その距離が凄まじい速度で埋められていく。


 発砲。スレッガーの手元にあった長銃から弾が放たれる。黒騎士はそれを刀身で受け止め、瞬間、弾丸が炸裂した。


 着弾と共に牙を剥く炎。魔力によって弾丸を加速させ、さらに弾丸自体にも火薬と魔力を内蔵した鉄甲榴弾のようだ。


 続けて二発、三発と発砲するスレッガー。しかし、今度は黒騎士はその弾を最小限の動きで回避する。続けて剣で受ければ保たないと判断したのだ。


 五発目を撃とうとしたところで、その銃身が焼け切れる。


 可能な限り軽量化を目指した新型、やはり連射は無茶だったようだ。


 そのことを確認するや否や、スレッガーは迷わず銃身を後方に捨てる。

 直後、魔力を帯びた長銃が起爆した。爆風を受けてさらに加速するスレッガー。相手の不意をつく速度で再び黒騎士と衝突。今度は鍔迫り合いではなく、剣を交えてそのまま離脱、そしてもう一度突撃体制をとった。


 一撃離脱。ヒットアンドアウェイで八の字を描くように強襲するスレッガー。

 幾度と剣を交えるが、黒騎士の守りは崩せない。それどころかもう対応し始め、より守りは強固になっている。

 再度突撃態勢をとったスレッガーだが、今度は剣を交えることなく、紙一重で黒騎士の剣を躱し、反転してその周りを一周する。


 たちまち黒騎士の周りを円状の砂波が覆う。高さは五メートル程だろうか。視界は完全に塞がれた。

 黒騎士を相手に長引かせると逆にまずい。そう判断したスレッガーは、勝負をかけるため再び上空に跳躍する。それを追おうと視線を上げると、灼熱の太陽が黒騎士の瞳を突き刺す。


 瞬間、急降下するスレッガー。太陽を背に、特攻を仕掛ける。完全に死角、完璧な不意打ち、だが、黒騎士もそれに反応して見せる。


 互いに剣が交差し、しかしぶつからない。


 互いに入れ違い、互いの喉元へと伸びてーー。



 ーー再び、グルコタス砂漠は砂塵に包まれた。

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