第4話 貧乏クジはいつも俺



 「……やらかした……」


 物言わぬ目覚まし時計を両手でガッチリとボールドしながら、それが示す時刻を見つめる。


 時刻は陽刻三時。始業のベルはとっくに鳴っている時間だ。


 「遅刻どころじゃねぇな……」


 まだ霧がかかった脳内で状況判断に努めるバルク。とりあえず起きなければと階段を下ると、下の階から物音が聞こえてきた。


 「ルドウィック、お前起きてたなら声かけてくれよ」


 半ばイライラしながらバルクは踊場から顔を出す。


 いつも俺が起こしてやっているのだから、たまには逆に起こしてくれても良いじゃないか。

 文句の一つでも言ってやろうかと下の階にいるであろう人物の姿を探す。


 「ーー起きて早々不平不満とは、良いご身分ですね」


 瞬間、全身の血流が早まる。


 デッキブラシ片手に、給仕服姿でこちらを見上げる少女。揺れる短めの白髪と黒い瞳。その上から見下すような目には見覚えがある。


 「あ! お前あの時の!」


 「おーう、寝坊助さんめ、ようやく起きやがったか。あ、嬢ちゃんこれ頼むわ」


 頭をボリボリと掻きながら視界に現れたルドウィックは、まるで当たり前のように目の前の少女に布巾を渡し、机を拭くよう指示を出した。


 「え?」


 ルドウィックに言われた通り、そそくさとテーブルを拭いていく少女。その様子にバルクは呆気に取られる。


 「おはようバルク。よく寝れた?」


 「レ、レミナード、これって……」


 「あら、早速ありがとう。初日からごめんなさいね」


 理解不能の状況を前に助けを求めるバルク。しかしそのバルクの意図には気づく事は無く、レミナードも謎の少女に当たり前のように接し、頭を撫で回す。


 ーーどうやら自分だけがこの状況に取り残されているらしい。



 「ーーと、いう事で、私たちに家族が一人、増える事になりました!!」


 「まてまてまてまて待て! どういう事だ! 全ッ然わっかんねぇ!」


 パチパチパチ、と喜びの拍手を叩くレミナードとルドウィック。しかし説明が雑すぎて全く理解できない。

 そもそも昨日、あの後結局夜まで少女の目が覚めなかったから明日ゆっくり処置について話し合おうという事になっていたはずだ。それが朝起きてみれば当たり前のように家族の一員として組み込まれている。一晩寝てる間に何があったというのだ。


 「そもそもお前、誰なんだよ。俺はまだ名前も聞いてねぇんだぞ」


 ひとまず話し合おうと全員で席に着く。勝手に話が進んでいるようだが、こちらは彼女の名前すら知らないのだ。


 「あら、そういえば聞いてなかったわね」


 そんな初歩的なことも聞いていなかったのか、とガックリするバルク。レミナードは真面目で優しいが、抜けてるところが多すぎて心配になる。


 「……ユリア。ユリア・ユスティアーノ」


 ぼそり、と少女が呟く。さっきは呆気に取られすぎて気付けなかったが、見た目にそぐわず美しい声をしている。少し低めの、冬の冷気のような質感を帯びていた。


 「オレはルドウィック・バードリック」


 「同じく私はレミナード・バードリックです」


 「よろしくゥ!」


 「よろしくお願いします!」


 阿吽の呼吸と言うべきか、二人揃って完璧で独特なポージングで挨拶を済ませるルドウィックとレミナード。そして、二人の目線がバルクに向けられる。


 「……」


 「ほら、バルクも!」


 「名前もう言ってんじゃねぇか!」


 自分の口で言わなきゃダメよ、と急かせるレミナード。警戒と威嚇のため身構えていたバルクも流石に押し負ける。


 「バルク・バードリックだ。……よろしくな」


 「……ふん」


 「お前今笑っただろ」


 小さく、しかし明らかにバルクを見下した嘲笑を見せるユリア。今確実にコイツの中で俺の階級が下に位置付けられた気がした。


 「で、何でコイツがーー」

 

 「ユリアちゃん」


 「コイツがーー」


 「ユ・リ・アちゃん!」


 何度もレミナードに訂正されて流石に言い淀む。どうしても名前を呼ばせたいらしい。


 「んん。……ユリアは何であんなところで倒れてたんだ?」


 咳払いで調子を整え、会話を主題に持っていく。


 「それがユリアちゃん、メラポニアの向こうから逃げてきた奴隷らしいの」


 「何でレミナードが答えるんだよ……」


 またもや出鼻を挫かれる。まるで自分だけが前がかりになっているようで恥ずかしさすら感じてきた。実際はレミナード達に緊張感が無さすぎるだけなのだが。


 「って言うか、奴隷ってやべぇじゃんかよ! 飼い主が来たら俺たちが盗んだって勘違いされちまうよ!」


 「だが、せっかく逃げてきた奴隷をそのまま返してしまうのも無情と言うもの。私はお前にそんな男になってほしくはないぞ」


 「いやいや、それとこれとは別だって!だって他人の所有物、いわば財産だぜ? どっちが悪いかって言われたら間違いなく俺たちになっちまうよ!」


 「壁外の主人がわざわざ壁内にまで追ってくるとも思えん。なに、もし文句をつけに来たら買い取ってやる。先先代から貯め続けたバードリック家の貯金を侮るでないわ」


 ハッハッハッハッハ、と腕を組み高らかに笑うルドウィック。だが不安の種は消えない。


 「はぁ……。まぁどうでも良いけどさ。オレがどうこう言える立場じゃねぇしよ」


 「バルク、それはどう言う意味だ」


 ため息混じりに吐き捨てるバルク。だが、それがルドウィックの気に触れたようだ。


 「言った通りだよ。血が繋がってないことなんて、今更確認するまでもねぇだろ」


 「なんて事を……」


 よよよ、と泣き始めるレミナード。それをルドウィックが熱く抱きしめる。


 「私の育て方が悪かったのかしら……。やっぱり男二人で育てちゃったから……」


 「そんな事ないさマイハニー。ただの反抗期、立派に育っている証拠だよ。ありがとう、君のおかげだ……!」


 「あなた……!」


 「他所でやってくんねぇかな……」


 もう何百回と毎日のように見たこの熱いやり取り。その光景にうんざりとしながらバルクは部屋を出ようとする。


 「あ、待てバルク! 新しく家族になるユリアちゃんにこの街を案内してあげなさい!」


 「はぁ!?」


 レミナードを抱きしめたままバルクに街の案内役を命じるルドウィック。部屋に戻って休もうとしていたバルクは不満を露わにする。


 「どーせこの後食って寝るだけだろう。学校サボったちゃったんだから街案内ぐらいしてあげなさい!」


 ぶっちゃけとてつもなく面倒くさかったが、学校を休んだと言う罪悪感がちくちくと刺さる。


 「あーもう、わぁったよ」


 少し悩んだ挙句、半ばヤケクソに返答する。


 そう、バルクは不器用に真面目、略して『不器真面目』なのだ。



 

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