第5話 喧騒な一日①


 人々が行き交う真昼の大通りを、青髪の少年が歩く。

 なんだか少年の周りの空気はトゲトゲしていて、いかにも「僕はイライラしているので近寄らないでください」というオーラを放っていた。


 少年から少し離れた後方ではフードを被った人物が歩いている。

 フードは薄汚れている上にボロボロで、所々穴が空いている。フードで顔はよく見えないが、身長は青髪の少年より低く、フードから覗く美しい白髪が周囲の目を惹きつける。


 互いに何も喋らず、無関係だとアピールするかのように歩く二人。




 第三者から見ればただ進行方向が同じなだけの赤の他人同士に見えるだろう。いや、実際赤の他人なのだが。


 ひたすら顔を伏せ、周囲に存在を気取られないように歩くユリア。こちらとは目も合わせようとしない。


 もしかすると、先程のルドウィックとの会話で俺が不満を露わにしたことを気にしているのだろうか。もしかすると案内させていることを気に病んでいるのかもしれない。


 とてもそんな繊細な奴だとは思えなかったが。


 「はぁ……」


 大きくため息をつく。そして勢いよく両手で自分の頬を叩いた。


 「ってぇ……」


 思ったより強くビンタが炸裂し、声が漏れる。赤くなった頬がじんじんと痛んだ。


 いつまでもいじけていては自分らしくない。しかも女にいつまでも恨みを向けているようでは男が廃る。本当に恨むべきは仕事を放り投げたルドウィックなのだから。


 「あー、その……なんだ。さっきは声荒げて悪かったな」


 「……」


 「何にもねぇ街だけど、簡単に案内するからもうちょっと近寄れよ。話し辛ぇし」


 改めて言うのが気恥ずかしくて、思わず目が泳いでしまう。だが、ユリアも素直に歩み寄ってくれた。相変わらず周囲から隠れるように顔を伏せたままだが、これで多少は話しやすくなる。




 「このアストレイア王国の首都、パーナクトラは円形都市なんだ」


 王城と貴族領、それを囲う〈イーディアス城壁〉を中心に円形に広がっている王都、パーナクトラ。その土地もまた大きな段差で二つに隔たれており、金持ちが住むより中心部に近い繁華街が集まる土地が〈上棚〉。それより劣っている並の城下町が〈下棚〉と称されている。


 「で、俺たちが住んでんのがその下棚ってワケだ。しかも落ちこぼれ街のダーリントン。探鉱事業に失敗した負の遺産だよ」


 「……」


 なにも答えないユリア。流石にマイナスポイントからのアピールは不味かったか。自虐ネタは初見相手にやるものではないらしい。


 「ま、まぁこの街だって何にも無いわけじゃあ無ぇ。仮にも城下街、美味ェモンはいっぱいあるぜ」


 なんとかフォローしようとプラスポイントをアピールするが、考えてみるとこの街で特別取り上げるほど美味しい食べ物が思い浮かばない。フィッシュアンドチップスぐらいだろうか。


 「飯……」


 だが、唯一そこにユリアが反応を示す。

 直後に「ぐうぅ……」と遠くで雷鳴が轟いたような音がユリアの腹から低く唸った。


 「……」


 「……」


 「腹、減ってんのか?」


 こくり、と目の前の少女は少し恥ずかしそうに頷くのだった。





 ーー正直舐めていた。


 目の前の光景を目にして、バルクはただ唖然としていた。


 昼時、朝食もまだだったことを思い出し、何かしっかりとした食事を取ろうとユリアと共に行きつけの店に入って早半刻。テーブルの上には空になった大量の皿がまるで残骸のように散乱していた。


 すでに十人前は平らげたのではないだろうか。尚も運ばれ続ける料理の群れに、バルクはその先を数えることを諦める。


 こちらには目もくれずひたすら料理にがっつき続ける少女。先程はケーキを食べていたので終わりかと思えば、今度はグラタンを貪っている。こいつには食べ合わせという概念が無いのだろうか。


 「少しは遠慮してくれよ……」


 懐に入れてあった財布を開ける。セント紙が5枚とペリント紙が一枚。もう現時点で支払いができるかどうか怪しい。


 「おいおい、もうそのへんで勘弁してくれよ。もう金がねぇんだよ」


 「……」


 尚も食い続けるユリア。バルクはついに料理とユリアを引っ剥がしにかかった。


 「こちとらロクに小遣いも貰えてねぇんだぞ。この……ッ、離れろ……って、力強ッ!?」


 顔の皮膚が剥がれそうな勢いで引っ張っているのにユリアはびくともしない。


 「本当に勘弁してくれよ……! これ以上は無一文じゃすまねぇ……うおッ!?」


 急に顔を上げるユリア。力余ってバルクは後ろに倒れる。ユリアはしっかりと口の中のものを咀嚼してから勢いよく飲み込み、財布を取り出した。


 「お金ならあります」


 随分と汚れているが、確かに財布だ。中もそこそこ入っている。てっきり無一文だと思っていたから意外だった。


 だから何も言うなよ。と言わんばかりに再び食事に戻るユリア。


 結局三十人前ほどを食い尽くし、そのまままだ不満足、と言った様子でユリアは店を出た。

 退店時、他の客からの不審がる目線が痛かったが、見ないふりしてバルクも後に続く。


 貧相な見た目をしているかと思えば金は持っているし、しかも食い意地は強い。しかしそれでいながら道で行き倒れていた奴隷だと言う。一体彼女は何者なのか。


 そんなバルクの疑念をよそに、ユリアは早くも別の店へ入ろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る