第五章 喧騒な一日①
人々が行き交う真昼の大通りを、青髪の少年が歩く。
少年の周りの空気はトゲトゲしていて、いかにも「俺はイライラしているので近寄らないでください」というオーラを放っていた。
少年から少し離れた後方ではフードを被った人物が歩いている。
フードは薄汚れている上にボロボロで、所々穴が空いている。フードで顔はよく見えないが、身長は青髪の少年より低く、陰から覗く美しい白髪が周囲の目を惹きつける。
互いに何も喋らず、無関係だとアピールするかのように歩く二人。
第三者から見ればただ進行方向が同じなだけの赤の他人同士に見えるだろう。いや、実際赤の他人なのだが。
ひたすら顔を伏せ、周囲に存在を気取られないように歩くユリア。こちらとは目も合わせようとしない。
もしかすると、先程のルドウィックとの会話で俺が不満を露わにしたことを気にしているのだろうか。俺に案内させていることを気に病んでいるのかもしれない。
とてもそんな繊細な奴には見えなかったが。
「はぁ……」
大きくため息をつく。そして勢いよく両手で自分の頬を叩いた。
「ってぇ……」
思ったより強くビンタが炸裂し、声が漏れる。赤くなった頬がじんじんと痛んだ。
いつまでもいじけているようでは情けない。しかも女にいつまでも恨みを向けているようでは男が廃る。本当に恨むべきは仕事を放り投げたルドウィックなのだから。
「あー、その……なんだ。さっきは声荒げて悪かったな」
「……」
「何にもねぇ街だけど、簡単に案内するからもうちょっと近寄れよ。話し辛ぇし」
改めて言うのが気恥ずかしくて、思わず目が泳いでしまう。だが、ユリアも素直に歩み寄ってくれた。相変わらず周囲から隠れるように顔を伏せたままだが、これで多少は話しやすく───、
「結構です、同族だと思われたくないので」
「───は?」
耳元で囁かれる予想外のフックに声が裏返る。どうにも一筋縄ではいかなさそうだ。
*
「アストレイア王国の首都、パーナクトラは円形都市なんだ」
王城と貴族領、それを囲う〈イーディアス城壁〉を中心に円形に広がっている王都、〈パーナクトラ〉。その領内もまた大きな段差で二つに隔たれており、金持ちが住むより中心部に近い繁華街が集まる土地が〈上棚〉。それより劣っている並の城下町が〈下棚〉と称されている。
「で、俺たちが住んでんのがその下棚ってワケだ。しかも落ちこぼれ街のダーリントン。探鉱事業に失敗した負の遺産だよ」
「……卑下から入るのは自信の無さの裏返しですか? それとも打ち解けやすい人アピール? いやらしい下衆の発想ですね」
第一印象は最悪。流石に欠点から紹介するのは不味かったか。
「ま、まぁこの街だって何にも無いわけじゃあねえ。農業とかにも結構力入れてるんだぜ」
「都街が農業? 余程取り柄が無いんですね。城下街にそれだけ広大な土地があるんです、さぞかし競争が激しいんでしょう」
「いやー、ほら、他にもここには国内最大の製鉄所だってあるんだぜ」
「道理で煙臭いわけです。公害の温床、よくもまあこんなところで生活できますね、汚らしい」
「頼むから一々一言挟んでくんのやめてくんねえかなぁ!」
こちらが必死に街を紹介しようとしているのにやたらと噛みついてくるユリア。流してスルーしようとしていたが、苛烈すぎる不平不満の連打を受けて流石に音を上げる。何がそんなに彼女の気に触れたのか、分かったものではない。二人きりになった途端にこれだ。やはり明らかにこちらを見下している。
「そんなに必死に取り繕っても、この街の気持ち悪さぐらい見ればわかります」
「……分かるのかよ」
唐突に心の中を見透かされた気がして言葉に詰まる。彼女は今「気持ち悪い」と表現したのだ。まだ訪れて間もないであろうこの街を。
「通りを歩いてる人はみんな楽しそうです。へらへら笑って、いかにも幸せそうで。すぐ脇にある裏路地には一度も目をくれない。意識的に見ないまま、まるで存在しないように」
「……」
「この街の人間はありもしない虚飾の世界を生きている。アナタも同じ、軽薄で上辺だけ。唾棄に値します」
そう言い切ると、ユリアはまた通りを歩き始めた。
成程、彼女に言わせればどうやら俺もこの街の住民も同類らしい。
当然なのかもしれない。俺自身今この街を、この状況を嫌悪しつつもその生活を享受しているのだ。俺を嫌う理由も少しわかった気がする。
だが、一方でこの街を悪く言われることに腹を立てた自分もいた。ダーリントンはそれこそ嫌いなところを挙げれば吐いて捨てるほどにあるが、それでも俺が育った街なのだ。今日来たばかりのよそ者に、それこそ上辺だけ見て決めつけてほしくなかった。
それに彼女はもう喋り切ったつもりかもしれないが、俺はまだ満足していない。もっと知りたくなったのだ。彼女がこの街を見て何を思うのか、俺と同じものを見て、どんな感想を抱くのか。
だから───
「ちょっと待てよ」
一人歩いていく背中を追いかける。人混みに飲まれそうなギリギリで彼女の腕を捕らえた。
「待てよ。まだ案内しきってねえんだ
「何、私は───
低い声で唸るユリア。直後、「ぐうぅ……」と遠くで雷鳴が轟いたような音がユリアの腹から低く唸った。
「……」
「……」
「腹、減ってんのか?」
フードを少し深く被り直し、こくり、と目の前の少女は珍しく恥ずかしそうに頷くのだった。
*
──正直舐めていた。
目の前の光景を目にして、バルクはただ唖然としていた。
昼時、朝食もまだだったことを思い出し、何かしっかりとした食事を取ろうとユリアと共に行きつけの店に入って早半刻。テーブルの上には空になった大量の皿がまるで残骸のように散乱していた。
すでに五人前は平らげたのではないだろうか。尚も運ばれ続ける料理の群れに、バルクはその先を数えることを諦める。
こちらには目もくれずひたすら料理にがっつき続ける少女。先程はケーキを食べていたので終わりかと思えば、今度はトマトソースで和えた肉塊を貪っている。コイツには食べ合わせという概念が無いのだろうか。
「少しは遠慮してくれよ……」
懐に入れてあった財布を開ける。セント紙が五枚とペリント紙が一枚。もう現時点で支払いができるかどうか怪しい。
「おいおい、もうそのへんで勘弁してくれよ。もう金がねぇんだよ」
「……」
尚も食い続けるユリア。危機感を感じたバルクはついに料理とユリアを引っ剥がしにかかった。
「こちとらロクに小遣いも貰えてねぇんだぞ。この……ッ、離れろ……って、力強ッ!?」
顔の皮膚が剥がれそうな勢いで引っ張っているのにユリアはびくともしない。
「本当に勘弁してくれよ! これ以上は無一文じゃすまねぇ──、うおッ!?」
急に顔を上げるユリア。力余ってバルクは後ろに倒れる。ユリアはしっかりと口の中のものを咀嚼してから勢いよく飲み込み、財布を取り出した。
「お金ならあります」
随分と汚れているが、確かに財布だ。中身もかなり入っている。てっきり無一文だと思っていたから意外だった。
だから何も言うなよ。と言わんばかりに再び食事に戻るユリア。
結局十人前ほどを食い尽くし、そのまままだ不満足、と言った様子でユリアは店を出た。
退店時、他の客からの引き気味の目線が痛かったが、見ないふりをしてバルクも後に続く。
貧相な見た目をしているかと思えば金は持っているし、しかも食い意地は強い。しかしそれでいながら記憶喪失だと言う。一体彼女は何者なのか。
そんなバルクの疑念をよそに、早くもユリアは別の店へ入ろうとしていた。
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