第三章 出会いは突然に
朝、バルクは家を出た。
いつも素振りをする裏庭には向かわず、少し遠くを目指して歩いていく。
まだ日が出ぬうちに家を出だのだが、目的地に着いた頃にはもう金色の地平線がこちらをのぞいていていた。
たどり着いたのは廃墟となった小さな住宅街だった。
炭鉱時代にその開拓地として一気に広がったダーリントン。しかし、急増していく街の人口とは反対に、ダーリントン外の各地でも金脈が多数見つかり、炭鉱業の需要は急激に下がっていった。
また、公害による都市部での採掘規制、王都を囲う奈落の谷〈ゴールドバレー〉での大採掘事業の失敗などにより、ダーリントンは成り上がりの高級街から一気に落ちこぼれの貧民街へと急転落したのだ。それに伴い、この地に移り住んだ人々も途端に姿を消していった。この廃墟はその複数ある名残りの一つである。
無常を感じるこの場所。しかし今、そこには薄青い花がまばらにもに咲き乱れていた。
週に何度か、バルクはここに訪れる。この花はバルクがこの廃墟に来た時に見つけたもので、気に入ったためたまに様子を見て育てているのだ。この場所を見つけてはや一年。この花の成長具合を見るのが彼の楽しみとなっていた。
朝露に濡れる花びらを触る。まだひんやりと冷たい雫は花びらと指とを繋ぎ、互いに熱を伝え合う。
一通り花を愛で終わり、水やりをしてその場を立ち去ろうとした時、バルクの目に異物が映る。
緑色の物体。雑草や蔦に絡まれまくっているそれは、人の形をしているようにも見えた。──少なくとも、以前来た時には無かったものだ。
ぞっと寒気が込み上げる。死体だろうか。まさか人のものではあるまい。
人間か動物か。はたまた目の錯覚でたまたまそう見えているだけか。
恐る恐る駆け寄る。大丈夫だ、死臭はしない。
蔦でがんじがらめになった物体を僅かに解くと、しかし人の口元がその隙間から見えた。
ドッ、と鼓動を始める心臓を抑え込み、慌てて蔦を引きちぎり、草を引っこ抜いて中にいる人を救出する。何がなんでどうなっているのか、バルク自身分からなかったが、中から救出したフードの人物はバルクの胸元でぐったりとしたままだった。
ボロボロの外套から覗かせる腕は白く細い。
──死んでるのか?
そんな感想を持った直後、フードの人物が息を吹き返す。げほげほ、とひどく咳込んでいた。
「だ、大丈夫かよ」
覗き込もうとしたバルク、しかしその顔を間一髪で手刀が通り過ぎる。
「っぶね!?」
攻撃を外したと分かるや後ろに飛んで距離を取るフードの人物。その頭巾がはらりと落ちた。
「女……?」
無音の時間がバルクの中に流れる。
ボロボロなフードから出てきた顔、予想を裏切らず薄汚れていた白髪は、しかし陽光を受けて銀に輝く。対照的に光を吸い込む瞳は黒曜石のように鋭く、滑らかで重厚な肌からは大理石のような冷たさを感じた。
少しでも触れれば途端に砕けてしまうような、ガラス細工を思わせる繊細なその容姿は何者も寄せ付けぬ鋼の剣幕によって保たれているようにも見える。
「あ、あのっ!」
声が裏返った。
なんだ、というように構える少女。その構え、息遣いからして只者でないというのは伝わるが、今のバルクはそんな事に目を向けている余裕は無かった。
そうじゃないだろ、と頭を掻き、落ち着かせようのない心を形だけ鎮める。
「お前、誰だよ? 助けてもらっといていきなり殴りかかる事ないだろ」
「……」
何も答えない。ただ警戒の姿勢を崩さず、野生動物のような剥き出しの敵意で少女はバルクを見据える。張り詰めた空気に流石のバルクも構え直した。
「! あっ、おい!」
突然、糸が切れたように少女が倒れる。警戒しながら近寄るが、反応はない。再び気を失ったようだ。
「……ったく、なんなんだよ」
突如として目の前で起こった出来事に、ただバルクは困惑することしかできないでいた。
「どう、すっかな……」
頭を掻きながら、どうすべきか考える。考えて、ふと不健康に痩せ細った彼女の腕を思い出す。
「……とにかく、連れて帰るか」
バルクはその異様に軽い彼女の体をおぶり、ひとまず帰路につくのだった。
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