第一章 ブルーマンデー
《ジリリリリリリリリリリリリリリッ…》
耳にタコができるほど聞いた音、その音源を叩く。鼓膜に残る金属音。慣れたもので、すでに目覚ましが鳴る数秒前には意識が覚醒していたのだが、少しでも長く寝ていたいので敢えて少し鳴らしてから止めた。
時刻は陰刻の十一時。準太陽期が終わりに近いこともあり、外は仄かに明るいがまだ大抵の人間は深い眠りの中だ。
使い込まれた木剣を握り、外へ続く扉を開ける。白く照らされ始める家の裏庭。日の出が早まっても、やはり外の景色はいつもと変わらない。
王都の中心に生える世界樹は今日も変わらず雲を突き、堂々と佇んでいる。毎日毎日、この国のどこにいても見ることになる巨大な樹根。それを尻目に、バルクは今日も日課の素振りを始めた。
まだ肌寒い空気を肺いっぱいに取り込み、熱に変えて吐き出す。
一、二、三……
力強く、それでいて肩の力を抜いて、一本一本丁寧に、体の形を確かめるように剣を振るう。
二十、三十、四十……
呼吸が熱を含み、息が白く照り始める。体もようやく目を覚まし、筋肉がバネのように柔らかくなり始めたのを感じる。
百、二百、三百……
全身が熱を帯び、汗が頬を伝って顎から滴り落ちる。潰れていた豆がさらに潰れ、掌がヒリつき始める頃にはすでに太陽が〈メラポニア城壁〉から顔を出し、緑を含んだ風が頬の汗を拭き取っていく。
陽刻一時、人々が活発に動き始める時間だ。そこら中の家の煙突から煙が上がり、朝の支度が始められている。
家に戻ると即座にエプロンに身を包み、慣れた手つきでフライパンに油を注ぐ。
フライパンの片側に卵を四つ、もう片側に大きなウインナーを三本入れ、塩、胡椒と共にパリッと焼き上げる。卵は半熟にするのがバルク流だ。
示し合わせたかのように焼き上がったトーストにトマトソースをかけ、卵とソーセージ、チーズを挟み、大きく一口かぶりつく。口の中に溢れる熱い肉汁を感じながら、口の端についたソースを親指で拭って一舐め。すかさず手元のホットミルクを口に含み、一気に流し込んだ。
「朝だぞ、起きろよルドウィック」
「う、ぅうん……」
扉をたたき、勢いよく開ける。そこにはルドウィック──この酒場の店主兼家主が薄毛布一枚半裸で雑魚寝していた。ムキムキの上裸に蝶ネクタイというのはいつものスタイルだが、酔い潰れたままのため自慢のカイゼル髭が縮れている。鼻につくアルコールの匂いに顔を顰めつつ、「声はかけたぞ」とその場を後にした。
制服のローブを羽織り、群青の髪を後ろで一本に括る。こだわりの髪のツンツン具合を調節すると、鞄を持ち、食べかけのトーストを再び咥えた。
「おはよう、もう行くの?」
家を出ようと靴を履いたバルクを鈴のような声が止める。
声の主は二階から眠そうな目を擦って降りて来た。薄紫の透き通る長髪とその性格を反映した優しそうな垂れ目。色気のある涙ぼくろを携えた長身の人物──カーラがバルクと元へ駆け寄ると、その襟元を正した。
カーラはそのまま額にキスをしようとして、バルクは思わずそれを跳ね除ける。親心を無下にされたことに若干不満の表情を見せたカーラだが、すぐにいつもの柔和な顔に戻った。
「行ってらっしゃい」
優しく微笑みながら、バルクの両肩をそっと押す。その様子に少しバツが悪くなるが、あえて反抗的な姿勢は崩さない。
「……行ってくる」
バルクは目を合わせることなく、ぶっきらぼうにそう言うと、そのまま家を出て行った。
*
朝の陽光に包まれた街は人々の活気で賑わっていた。朝早くから開かれている市場では道に沿って多くの店が展開しており、魚や肉、色とりどりの果物を売り出し、商人たちが金儲けに精を出している。
大通りでは人々や馬車が慌ただしく行き交い、人の流れが作られている。仕事に向かう者、市場に並ぶ者、そして自分のように学校に通う子供たち。王都の一角ということもあり、やはり人は多い。
王城と貴族領を中心に円形に広がる王都〈パーナクトラ〉は大きく二つの階層に分けられており、中心に近く、高い位置にある内円の領域を〈上棚〉、外円にある低地の領域を〈下棚〉と呼称している。
炭鉱時代の抜け殻と呼ばれているここ、〈ダーリントン〉は〈下棚〉に位置しているものの、中心部では他の城下街に負けないほどには栄えている。だが、その賑わいとは裏腹に裏路地は浮浪者で溢れかえっている。かつて炭鉱街として栄え、今なお時代遅れながらも細々と探掘事業とそれに伴う水商売に縋り続けるダリーリントンは人々の暗がりを集める条件をゆうに満たしていた。
陰から感じる生気の無い気配を尻目に、陽の当たる坂道を下っていく。しばらく歩いていると、視界の先に一際大きな建物が現れた。
中心の教会のようなアーチ状の建物とそれを囲う四つの塔。黒を基調としたその建造物は、しかし入口らしき扉が見つからない。ただ扉の形をした窪みがあるだけだった。
バルクはポケットから校章を取り出し、胸に取り付けると、そのまま建物の四角く形取られた窪みに向かって歩き出す。するとただの壁のはずだった窪みにするりとバルクの体が溶け込んでいった。バルクに続いて他の校章を付けた人々も同じように窪みに吸い込まれていく。
まるで目の前の建物が虚像であるかのように、しかし校章を付けていなければやはり壁に阻まれていたであろう。そう、これが『学院』への入り口なのだ。
*
視界を包む白い光。次に目を開けると、そこには外観からは想像できないほどの豪華な装飾が施された屋内の光景が広がっていた。
赤いカーペットで舗装された床に金と宝石で装飾された壁、天井にはシャンデリアと見ているだけで目が眩みそうな装飾の数々。
周りにはいつの間にか大勢の学生が歩き回っており、バルクは人の流れに身を任せながら巨大な門を潜る。
先程の人工的な光とは違う、温かな光が全身を包んだ。
吹き込んでくる風、そして草の匂い。
そこには建物がひしめき合う王都の中とは思えないほどの広大な土地と建物が広がっていた。
初めて見た時はその信じられない光景に感動したものだが、流石に二年目ともなると特に感じるものは無い。
ここは〈王立ルシドニア騎士学院〉。肩書の通り国の直轄の運営により成り立つこの学院は〈アストレイア王国〉最大の規模を誇っており、貴族御用達のエリート騎士学校である。
有名貴族達が何代もここに通い、卒業し、出資する。貴族たちの出資により成り立っているため教育の質も国内最高峰であり、いくら出資しているかが貴族同士の格付けにもなっている。学長も有名貴族出身であり、ルシドニア騎士学院で騎士道を修め、卒業することが上級貴族の必須条件とされるほどの有名学院である。
この学院はその規模から人里離れた辺境に位置しており、通学のためには王都に計十二箇所存在する〈学院橋(ステーション)〉から転移してくる必要がある。バルクが先程通った建物がその一つだ。
ルシドニア学院の学区はその面積が街ひとつ分もあり、また学院を山頂に構えていることから麓から中腹にかけて学生向けの街が広がっている。さらには他にも別の学区が点々と広がっているため、移動には大変時間が掛かる。
そのため学生の多くは校内を網羅する〈路面汽鉄〉を利用して移動しているのだが、バルクは鍛錬の一環として歩くようにしている。だがそれはそれとして、頭上を箒で飛んでいく魔法科の学生たちが多少羨ましいとは思う。
箒での飛行など、基礎的な魔法は基礎教育の段階で全員に教えられる。だが魔法は才能的な側面が強く、扱えるかどうかにはセンスが問われる。バルクは無い側の人間だったのだ。
「良いよなぁ、持ってるヤツはよ」
後ろ向きなボヤキも出るというものだ。才能が全てと言われてはどうしようも無い。
【アラム歴1524年 シバンの月 23日 月曜日 天気/快晴】
始業の鐘と共に、バルクの孤独で憂鬱な学校生活が始まる。
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読んで頂きありがとうございます!
初めての小説で拙い箇所が多くあるかと思いますが、長々ゆっくり続けていくつもりなので、「まだやってるよw」的な感じで茶化しつつ読んでくれると嬉しいです!
ジャンルは王道異世界ファンタジー物のちょいダーク&シリアス系で行こうとは考えていますが、設定があやふやなので途中で変わったり、修正入れたりするかもしれません……。温かい目で見ていただけると助かります!
長くごゆるりとになるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします!
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