勇者には三分以内にやらなければならないことがあった

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

第1話

 勇者である俺には、三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは、魔王にトドメを刺すことだ。


「で、どうすんだよ勇者さんよ!」


「……!」


 急かしてくる戦士に、俺はハッとなった。

 魔王はまだしぶとく生き長らえている。

 だが、もう息も絶え絶えだ。


「……っ」


 きっと次の攻撃が最後だ。

 俺は聖剣を構え直し、振り上げようとした。

 だが、どうしてもできない。


「ちょっと! 早くしてよ! 世界破壊魔法がもうすぐ発動しちゃうわ!」


「っ!!」


 魔法使いの叫びに、俺はぎりっと奥歯をかんだ。

 そう、俺は世界を救うために魔王を倒さなければならない。

 だが……


「くそっ!」


 俺は聖剣を手放した。

 カランと床で転がる剣を見て、戦士が目をむく。


「ちょ! おまっ!」


「なにしてるのよっ!?」


 魔法使いも驚愕に肩を震わせた。

 だが、そんな中でも魔王だけは笑っている。


『ククク……。なんだ、情けでもかけるつもりか? 勇者よ』


 魔王が俺に問いかけてくる。

 だが、俺はそれに何も答えなかった。

 いや……答えられなかったのだ。


『愚かだな。勇者とは勇気ある者のことだ。だが、今のお前はただの臆病者だ』


「……」


『魔王は……この我は倒すべき存在ではないのか?』


「……っ」


 俺は、魔王の言葉に返す言葉が見つからなかった。

 そうだ、確かにそれは正しいのだろう。

 それが勇者が果たすべき役割なのだろう。

 だが……


「ああ、そうだな……」


 俺にはできなかったのだ。

 もう目の前で誰かが死ぬのを見たくないと思ってしまったから……。

 いや違うな、それだけじゃない。

 この魔王は――俺の好みのタイプだったのだ。


「お前が好きだ。だから……殺したくない!」


『……は?』


 俺の叫びに、魔王がぽかんと口を開けた。

 そして、みるみるとその顔を真っ赤に染めていく。


『ば、ばばっ! こやつなにを言っておるのだ!?』


「勇者!? 世界の危機なのよ!?」


「そうだぞ勇者! 魔王の色仕掛けに屈するな! というか、そんなペチャパイのどこがいいんだ!!」


 魔法使いと戦士が慌て始める。

 そうこうしている間にも、魔王の魔法は完成しつつあった。


『ククク……面白い男だ』


 魔王は面白そうに笑っている。

 そんな魔王の笑顔に、俺はこの選択が間違っていないことを確信した。


「なあ魔王」


『なんだ?』


「リアルの連絡先を教えてくれ」


『よかろう』


「え!? いいの!?」


「ちょ! あんたら何してんのよ!?」


「ふざけんなっつーの! せっかくこっちの陣営が勝ちそうだったのに……! このままじゃ自爆されて引き分けになるぞ!!」


 俺の言葉に、魔王が即答し、魔法使いと戦士が素っ頓狂な声を上げる。

 そんな二人を放置して、俺たちは連絡先を交換する。

 そして俺は、魔王を自分の胸元へと抱き寄せた。


「世界が終わっても……俺たちは次の世界でまた出会える」


『勇者よ……』


 魔王が微笑む。

 そんな魔王を優しく撫でながら、俺は彼女に顔を近づけ――

 チュドーン!!!

 世界破壊魔法が発動した。


 こうして俺は、運命の相手と出会った。

 オンラインバトルの大戦犯として戦士や魔法使いに糾弾されることになるのだが、それはまた別の話だ。

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勇者には三分以内にやらなければならないことがあった 猪木洋平@【コミカライズ連載中】 @inoki-yohei

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