怒れる筋肉の化身バンカー対破壊神ボルガン
「準決勝を迎えた大会三日目!本日決勝に進む選手が遂に決まります!昨日の最終試合は何だか不穏な空気が流れておりましたが今日の会場は熱気で溢れております!」
「まさかバンカー選手が乱入するとは驚きましたね。今日の試合は一波乱起きそうな気がします」
「そうですね。しかしそれもプロレスの醍醐味。本日も実況は私マネッティアと」
「解説のサルビアでお送りします」
会場は今日も満員で試合を楽しみにしている観客により埋め尽くされていた。前日の予期せぬバンカーの介入の空気など露ほど感じさせぬ程の熱気と期待が会場全体を包み込んでいた。
準決勝にもなるとその試合一つ一つがビッグマッチであり、まだ試合も始まっていないのに観客達は興奮していた。そんな興奮は会場の外にも伝わっており、試合開始時刻には王都にも関わらず外を出歩く人はおらず、皆試合を見れる場所に出向いて待機していた。
試合を見たくても見れない人も増え、運営本部は急遽観戦会場を増やし、広場や公園、更に城の中庭も開放してそこに試合の映像を映し出した。
「さあ!それでは大会三日目、準決勝!第一試合を始めましょう!」
マネッティアがそう言うと隣の人の声が聞こえないくらいの歓声が会場を包み込んだ。誰もが選手の入場を心待ちにした。
会場に入場曲が流れ始めた。その曲は力強く重々しく威圧するような曲であった。その曲が流れた瞬間、会場から歓声が止んだ。
そして入場口から一人の男が出てきた。
「え?この曲は、え?ボルガン?!」
マネッティアも混乱して実況どころではなくなっていた。流れてきた入場曲は「ボルケーノ」であり、これはボルガンのものである。
入場口から出てきたのはボルガンであった。さも当然の様にボルガンは堂々と花道を歩いていく。後ろから係員が慌ててボルガンを止めに入るがボルガンは我関せずとリングに向かって歩いていく。そこでようやく観客達は歓声を上げてボルガンを出迎えた。歓声を聞いたマネッティアは我を取り戻し慌てて実況を始めた。
「何とボルガン選手が入場してきました!本日の第一試合はカズマ対カナードの筈です!何故ボルガン選手が入場しているのかこちらとしても全く予想外です!これがさっき言っていた一波乱なのか!」
「そんなの僕にも分かりませんよ!どういう事ですか、これ?」
マネッティアもサルビアも混乱しつつも大会を進行しなければならない。
ボルガンはリングに上がった。係員はリングに上がらずリング下でどうしたらいいか分からずアワアワと狼狽えている。リング中央にバンカーは立つと入場口に向かって喋り始めた。
「バンカー、出てこい。昨日のあんな終わり方で待たされちゃ俺も観客もそれどころじゃないだろ?だったらさっさと試合をしちまおうぜ。お前だって俺の試合に勝手に出てきたんだ」
ボルガンはバンカーの試合を望んだ。その発言を聞き観客は声を出して喜んだ。誰もが一触即発だった昨日の事が気になっていたのだ。
「何とボルガン選手が自ら試合の順番変更を申し出ました!これをバンカー選手は飲むのでしょうか!勿論これはボルガン選手が勝手言い出した事です!ただバンカー選手は昨日の乱入の件もあります!受け入れざるおえないか!」
「進行としては試合が前後する事は問題ありませんがバンカー選手の準備もあるはずです。これはだいぶボルガン選手が有利ですよ」
ボルガンも観客も皆が入場口を見つめた。
どれ程の時間が流れただろう。たった十秒程の時間であったが体感としてはそれよりも長く、一分にも二分にも感じた。
会場に入場曲「パワーダイヤモンド」が流れた。その曲を聞き観客は歓声を上げて一斉に立ち上がった。
「来るぞ!来るぞ!怒れる筋肉の化身が!」
入場口からバンカーが歩いて出てきた。その姿は試合のコスチュームに身を包んでいた。
「コスチュームを着ております!臨戦態勢です!この男はやる気だ!ボルガンとの試合をやってしまう気だ!」
「でもどこか穏やか表情に見えますね。もう怒っていないのでしょうか?」
バンカーはゆっくりと歩きリングに向かう。昨日と打って変わって何処か余裕さえも見える。リングに上がると両手を上げて観客にアピールをする。そしてボルガンと向き合った。
「随分と勝手にやってくれたな、ボルガン」
「それはお互い様だろ?」
「ああ、そうだ。だからお前の要求を飲んで試合をしようって事だ」
「それよりどうした?昨日の殺気がねえぞ?」
「あれは俺も頭に血が上っていたんだ。一方的な試合で俺も見てられなかった。ただそれでも試合だ。あれは俺が悪かった」
「け、つまんねーな」
ボルガンはつまらなそうな顔して残念がった。しかしバンカーの左手を見ると強く握っているのが見えた。ボルガンはニヤリと笑った。
「さあ!両者試合の意思がある様です!まさかまさかの事態ですがもう止まりません!始めてしまいましょう!大会三日目!準決勝!第一試合!バンカー対ボルガン!試合開始です!」
会場にゴングの音が響き渡る。するとバンカーは右手を突き出してボルガンに握手を求めた。
「おおっと!まずは握手からです!昨日の詫びも兼ねて正々堂々とやろうとバンカーの意思表示でしょう!」
「バンカー選手はいつも紳士ですね」
ボルガンはバンカーの突き出された右手を見た。
「いい試合をしよう」
バンカーはボルガンに語りかけた。恨みっこなしの試合を望んでいた。
そんなバンカーに対してボルガンは驚きの行動に出た。パチンと軽くバンカーの頬を叩いた。プロレスラーがやる強烈な張り手ではなく、まるで寝ている人を起こしてあげるような優しいものであった。
衝撃も痛みもない、そんな技でもなんでもないビンタ。それが行われた瞬間会場は一瞬静まり返った。まるで見てはいけないものを見てしまった、そんな様子である。
バンカーもボルガンも動かない。マネッティアも声を出せずにいる。
「え、あっ、た、叩いた?」
ようやくサルビアが口を開いた。それでも何が何だか分からないので解説どころではない。
このボルガンの行動は誰も予想外であった。ただボルガンの企みは成功した。今までバンカーは必死に怒りを抑えていつもの様に振る舞おうと取り繕っていた。しかし軽いビンタによりその怒りが抑えきれず溢れだした。
バンカーは握手を無視するだろうと考えていた。出した右手を叩いて試合を始めるのも良し、いきなり殴りかかってくるのも良し。距離をとり臨戦態勢に入るのも良し。バンカーにとってボルガンがどの様な行動をとっても想定の範囲内であった。
しかしこのビンタは違う。攻撃でもない、ただバンカーを馬鹿にする為の挑発であった。バンカーはその挑発に怒りに任せて乗ってしまった。
バンカーは右手の拳を握り、ボルガンの首元目掛けて肘を叩きつけた。
「エルボーだ!バンカー怒りのエルボー!握手を拒否し頬を叩いて挑発したボルガンに怒りの鉄槌!」
「らしくない入り方ですね。いつもなら相手の出方を伺うのですが」
「おっと!まだまだ攻撃の手を緩めないバンカー!エルボー!エルボー!連打!連打でボルガンをコーナーに追い詰めます!」
「ポストと挟まれたボルガン選手は逃げ場がないですよ」
バンカーは力任せにエルボーをボルガンに叩き込み続けた。そんな追い込まれた状況でボルガンは笑っていた。
バンカーが腕を振りかぶった瞬間、ボルガンはバンカーの頭目掛けて自らの頭を叩きつけた。
「ヘッドバット!角が生えているボルガンにとっては凶器攻撃であります!また恥ずかしげもなくヘッドバットであります!」
「これはバンカー選手も怯んでいますね」
バンカーはこの時ようやく冷静になった。怒りはまだ激しく燃えているが自分の怒りを言語化出来た。
――ボルガン、やっぱりお前はダメだ。このリングにいちゃいけねぇ。お前がリングにいると昔の闘技場になっちまう。強い奴が弱い奴のいたぶって観客がそれを囃し立てる。そんな最悪な場所に。だからよ、お前はここで潰す!
ほんの少し後退りしたバンカーはボルガンを睨みつけて自らの額をボルガンの顔面にぶつけた。
「ヘッドバットでやり返した!何と言う事だ!とんでもない!バンカーがお返しのヘッドバットをボルガンに喰らわせた!」
「えぇ……これは……凄いですね。でもやったバンカー選手も痛がっていますよ」
予想外の反撃で前が見えなくなったボルガンだが、右足を思い切り前に突き出してバンカーの腹に蹴りを入れた。
腹に重たい一撃をもらったバンカーは後退りしてようやくボルガンから離れた。ボルガンはゆっくりとバンカーに近付き、「喧嘩がやりてぇのか?」
笑いながらそう言いバンカーの顔面を思い切り殴った。
「ナックル!更にナックル!ナックル!ナックル!ナックルの連打!ようやくボルガンの反撃だ!」
バンカーも黙って殴られて続ける訳もなくボルガンを殴り返す。
「バンカーも負けじとナックル!殴っては殴られ!殴られては殴り返す!大男による単純にして派手な打撃戦だ!」
「これ本当にプロレスですか、酒場の喧嘩ですよ。それにバンカー選手らしくない戦いです」
顎に頬に鼻にとお構いなしに拳を相手の顔面に叩き込んでいく二人は一歩も譲らない。双方の激しいナックルの応酬は観客を熱狂させていた。そんな暴力と暴力のぶつかり合いは長くは続かない。お互い倒れず遂に痺れを切らしたバンカーがボルガンの腹に蹴りを入れた。
「いい加減倒れろ!」
腹を蹴られたボルガンは前屈みになった。その下がった頭をバンカーは両手で掴み自身の膝にボルガンの顔面を叩きつけた。
「顔面への膝蹴り!えげつない!バンカーによるあまりにえげつない攻撃!ボルガンは怒らせてはいけない男を怒らせてしまった!」
「流石のボルガン選手もふらついてます」
ボルガンは顔面を手で押さえてふらつきながら後退りした。何とか体勢を立て直し顔を上げるとバンカーの膨れ上がった上腕二頭筋が目の前に迫っていた。
「アックスボンバー!強烈!激震!上腕筋!ボルガンが遂にマットに倒れる!」
「追撃です!腹にストンプをしてます!」
「ストンプの連打!連打!容赦がありません!慈悲もありません!バンカーは完全にボルガンを潰すつもりだ!」
激しいストンプを腹に喰らい続けるボルガンだが、バンカーが大きく足を上げた隙に右足でバンカーの腹を蹴り上げた。カウンターを喰らったバンカーは腹を押さえて前屈みになる。ボルガンはそこへ更なる追撃をした。下がったバンカーの顎にしたから左足で蹴り上げて顎を打ち抜いた。
「顎に入ってしまった!これは手痛い反撃!バンカーはよろめいております!」
「これは脳が揺れてますね。危ないですよ」
バンカーは何とか立ち続けようとするがフラフラと安定しない。
――くっ、まだだ、まだ倒れる訳には……
バンカーが顔を上げボルガンを見ようとすると、目の前にはボルガンの太い腕が迫っていた。
「ラリアット!ボルガンのラリアットが炸裂!バンカーの巨体が吹っ飛ばされた!ありえない!しかしこれは夢ではありません!現実です!」
「同じ人間ですか……?鬼人族の恐ろしい筋力ですね……」
踏ん張る事が出来なかったバンカーは力無く吹っ飛ばされてリングに叩きつけられた。片膝をつき立ち上がろうと顔を上げると今度はボルガンの膝が顔面目掛けて突っ込んできた。
「ボルガンの膝蹴りがバンカーの顔面に突き刺さる!ひどい!あまりに無慈悲な追撃!ボルガン怒っているのか!先程やられた技をやり返す!」
またもや抵抗出来ずボルガンの攻撃を喰らったバンカーはリングに倒れ込んだ。
――まずい、完全に脳が揺れてやがる……
バンカーは倒れ込んだままコロコロと転がりサードロープの下を潜りリングから降りた。バンカーはリング下でエプロンに手をつき何とか立っている。その息は荒くボルガンの攻撃が如何に苛烈かを物語っていた。
そんな満身創痍のバンカーに対してボルガンは容赦しない。ボルガンはトップロープを飛び越えて、エプロンに手をつき荒い呼吸をしているバンカーの頭を上から踏みつけエプロンに顔面を叩きつけた。
「無慈悲なストンプ!息つく暇さえ与えないボルガンのストンプがバンカーをエプロンに叩きつける!」
「トップロープを飛び越えて全体重が片足に乗りましたね。これは相当効きますよ」
バンカーはフラフラになりながらエプロンから離れた。ボルガンはそんなバンカーの首根っこを掴み、観客席との間にある柵にバンカーを叩きつけた。柵はバンカーが激突したことにより破壊され、バンカーは観客席へと転がり込んだ。
大観衆は興奮で歓声を上げているが、目の前で見ていた観客から悲鳴が上がる。そんな中ボルガンは両手を広げて絶対強者たる余裕を観客に見せつけている。
それをバンカーはボロボロになった柵にもたれ掛かりながら見ていた。脳は揺れ、視界も歪み、立つ事さえおぼつかない状態だがボルガンの姿だけははっきりと見えていた。
「余裕かましてんじゃねぇ!」
ちょっとした油断であった。ボルガンが突如腹からくの字に折れ曲がり突き飛ばされた。そしてのそのままエプロンの角に腰を強打する。勿論バンカーの仕業である。
「バンカーのショルダータックル!余裕をかましたボルガンに渾身の一撃!ボルガンは腰を抑えて苦悶の表情だ!」
「このまま追撃に行きたいでしょうがそろそろ場外カウントで負けてしまいます」
バンカーは痛がるボルガンを無視してエプロンに上がった。バンカーも満身創痍であり最初の入場と違い、サードロープの下から転がるようにリングの中に入っていく。
遅れてボルガンもエプロンに上がり、ロープを掴んで立ち上がった。その時、反対側のロープで反動をつけて走り出したバンカーがボルガンの顔面目掛けてロープ越しに蹴りを叩き込んだ。
「フロントハイキックだ!バンカーはボルガンをリングに入れさせません!ボルガンロープを掴み何とか耐える!」
「これはボルガンの意地でしょう。リング外に落ちた方がダメージは少ない筈なのに」
そんなエプロンサイドで耐えたボルガンの首根っこをバンカーは背中越しに肩に抱えた。そしてエプロンサイドからボルガンを引っこ抜いてリング内に投げ飛ばした。
「無理矢理ぶっこ抜いた!なんて怪力だ!バンカーも負けず劣らず怪物であります!」
バンカーに背を向ける形でリング内で起き上がったボルガンにバンカーは更なる攻撃を加える。
「ああっと!そして後ろから延髄への強烈は蹴り!これは痛い!」
「バンカー選手は徹底して顔や首を狙っていますね」
後ろからの蹴りで前方に転がるボルガンはロープを掴み直ぐに立ち上がった。前を向くと右腕を構えて突進してくるバンカーが見える。ボルガンも同様に右腕を構えて走り出した。
アックスボンバーとラリアットのぶつかり合いである。両者の膨れ上がった上腕が互いの胸元に同時に叩きつけられた。体格も身長も遜色ない両者だが無慈悲にもバンカーだけがリングに叩きつけられた。先程の脳が揺れたダメージが足にまだ残っており、踏ん張りが効かずにボルガンのラリアットに抵抗できなかったのだ。
――なんで……なんでこんな奴に……
バンカーはリングに倒れながらそう思った。見上げるとボルガンが自身を見下ろしている。その顔はバンカーに対して呆れているような表情であった。
「まだ……だ、まだやれる……」
バンカーは必死に立ち上がった。膝に手をつき、震える足を無理矢理リングに突き立て立ち上がった。最早顔を上げることさえ出来ない。
そんなバンカーの必死の起立にボルガンは容赦しない。目の前に差し出された隙だらけの背中から腹にかけて手を回してバンカーを逆さ吊りで持ち上げた。そして頭上高く持ち上げたバンカーをリングに背中から叩きつけた。
「パワーボムだ!勝つ為に一切の手を抜かない戦闘狂!バンカーの必死の抵抗虚しく、またもやリングに叩きつけられた!もはや立ち上がる気力も残されていない!」
とてつもない衝撃がバンカーを襲う。バンカーはそれでも必死に手を伸ばした。倒れながら、何の技でも無く、ただボルガンにむけて手を伸ばした。
「まだ……やれる……」
掠れるような声を出しながらバンカーはボルガンを睨んだ。
「さっき聞いた」
ボルガンは右手を伸ばしてバンカーの顔面を掴んだ。ボルガンの指がバンカーの顔面にめり込んでいく。そしてそのまま片手でバンカーを持ち上げた。バンカーの両手両足は力無くぶら下がっており、隙だらけのボルガンに抵抗する力は残されていなかった。
かろうじてバンカーの右手だけが伸び、ボルガンの腕を掴み力無き抵抗をしている。
「喧嘩じゃ無くてプロレスならもうちょっと勝負になったかもな」
ボルガンはバンカーを持ち上げた右手を天高く掲げて頭からリングに叩きつけた。
「アイアンクロースラムだ!こんな技できる奴が存在したのか!後頭部から叩き落とされたバンカー動けない!腕も指すらも動かせない!またもやボルガンやってのけた!圧倒的な力でバンカーを叩き潰した!決着です!準決勝の第一試合!勝者はボルガン!優勝候補であるバンカーですら敵わない破壊神が決勝の舞台に駒を進めます!」
バンカーはリングから降りて悠々と花道を歩いていく。観客からの歓声も賞賛の言葉も意に介さない。ただ強者としてリングに上がり勝者として帰るだけである。
そんな姿をリングに横たわりながらバンカーは見ていた。試合が終わったがそれでもバンカーはボルガンに向かって微かに手を伸ばしている。薄れゆく意識の中でバンカーは思った。
――何で届かねえ……
バンカーができた事は、振り返りすらしないボルガンの背をただ見ることだけであった。
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