大鷲のカナード対貴公子ノーゼン

「さあ!激闘の第一試合の余韻がまだまだ残っていますが!選手の準備が整った様なので第二試合を始めたいと思います!」

 マネッティアの実況に会場は湧いた。

「それでは入場してもらいましょう!」


 入場口近くの通路にノーゼンとカナードはいた。

「はぁ、また貴方とですか……」

 ノーゼンはため息を吐きながら呟いた。

「一体俺達は何回戦えばいいんだろうな。もう覚えてねーよ」

 カナードは笑いながら答えた。

「私も、もう何回勝ったかも忘れてしまいました」

「俺が八回でノーゼンちゃんが六回だ」

「違います、私は貴方に七回勝ちました」

「覚えてるじゃねーか」

「貴方もね」

 

 二人の因縁は闘技場でプロレスが始まった頃からになる。

 カズマが消えてから少し経ち、セスメントが闘技場でプロレスを許可し試合が始まった。その時から既に多くの選手が闘技場で試合をしていた。その中でも群を抜いて人気と実力があったのはカナードとノーゼンであった。

 二人は明らかに双方意識していたが直接試合をする事は無かった。しかしそれを選手と観客は許さなかった。誰もが二人の試合を望んでいたのだ。

 二人は半ば無理矢理試合を組まされたのだ。二人が試合をしなかったのは単純であった。相手の実力がかなりのものだと認識しており勝つのが困難だと悟っていたからだ。

 試合をすればどちらかが必ず負ける、そうなると今まで築いてきた人気が無くなる恐れがあったからだ。

 結論から言うと初の試合はカナードが勝った。それは死闘であった。この決着によりカナードの人気は確固たるものとなった。

 しかしそれを黙って受け入れるほどノーゼンは大人ではない。即日再戦を申し込んだ。カナードはそれを受け入れ再び二人は試合をする事になる。

 結果はノーゼンの勝利となった。ここから二人は一歩も譲らず勝敗を重ねていく事になる。二人の負けず嫌いが二人を高めあっていった。そして遅ればせながらバンカーもプロレスに参加し三者の人気は不動のものとなっていった。


「今日勝って勝敗を五分に戻します」

 ノーゼンはそう言って入場口に向かった。

「今日ばかりは負けられねーよ」

 ノーゼンの背中にカナードは言った。しかし返答は無い。ノーゼンはゆっくりと光の中に消えて行った。

 会場に入場曲「サンクチュアリ」が響き渡る。会場に声援、とりわけ黄色い声援が飛ぶ。

 長い金髪を靡かせてノーゼンは入場してきた。

「長い足から繰り出される美しくも強烈な蹴りで数々の選手を葬ってきたエルフの戦士!見惚れるなかれ!気付いた時には天国送り!ただ強く!ただ美しく!リングに舞い降りた麗しの貴公子!ノーゼン!」

 ノーゼンは颯爽とリングに上がった。両手を広げてまるで舞台挨拶かの様に観客達に一礼する。その姿はまさしく麗しの貴公子である。

 ノーゼンは振り返り入場口の方を見つめ、これから入場してくる好敵手を待ち構えた。

 会場に入場曲「ブルースカイ」が鳴り響く。入場口からスモークが噴き出す。スモークの中に一人の影が見えた。その影は大きな翼を広げてその場で羽ばたくとスモークは吹き飛びカナードが姿を表した。観客は割れんばかりの声援でカナードを迎えた。

 「その翼を羽ばたかせ目指すは頂点ただ一つ!身の程知らずの獲物には天から来るぞこの男が!リングの中も外も、そして会場ごと俺の領域!最強の有翼族!天空の覇者!大鷲のカナード!」

 カナードはゆっくりと歩みを進めリングの前に来ると一っ飛びでコーナーポストの上に降り立った。

 ひとしきり声援を浴びたカナードはリングに降りノーゼンと向き合った。カナードの人気はノーゼンと負けず劣らずであり双方のファンはこの対戦を心待ちにしていた。その心の叫びが歓声となり二人に降り注ぐ。

「彼らが相対すれば名勝負間違いなし!何度も戦ってきた両雄だが今日ばかりは決して負けられない!それが敗者には何も残らない地獄のトーナメント!勝って栄光の道を突き進むのは一体どちらか!大会二日目第二試合!カナード対ノーゼン!試合開始です!」

 試合開始のゴング鳴り響く。その瞬間ノーゼンはカナードの顔面に向けてトラースキックを放った。その蹴りをカナードは屈んで避ける。そして無防備な片足に足払いをする。ノーゼンはバランスを崩して倒れるが受け身をとり直ぐに立ち上がった。今度はカナードの膝蹴りがノーゼンの目の前に迫っていた。ノーゼンは大きく仰け反り膝蹴りをかわす。そして両手をリングにつけバク転をしながら下がっていく。ロープまで下がったノーゼンはロープで反動をつけてカナードに向かって走っていく。カナードは腕を横に伸ばしてラリアットの構えで待ち構える。ノーゼンはラリアットをスライディングで潜り抜けカナードの背後に回った。ノーゼンはカナードの背中にドロップキックを叩き込んだ。カナードは蹴られた衝撃でロープまで飛ばそうになったが勢いそのままトップロープに飛び乗り、反動をつけてノーゼンに飛びかかりラリアットをぶち当てた。ラリアットを喰らったノーゼンは後退りをして両者の間に空間ができた。二人はその場でピタリと止まりお互いを睨み付けた。

 二人の目まぐるしい攻防に観客は歓声を上げた。

「何と言う攻防!これがお互いの手の内を知り尽くした最高峰の選手同士の戦いであります!リング場で息つく暇もない戦いを繰り広げながら、何も言えぬ私に果たして実況の資格があるのだろうか!!」

「私も何も言えません。解説する暇がないです。こんな攻防初めて見ました」

 これには双方のファンも鼻が高い。見てくれ王国民達よ、これが我らのトップレスラーだ、と。

 ノーゼンを見つめるカナードは不敵に笑った。カナードは上空に飛び一気に降下してきた。

「これはスピアーの体勢だ!」

 カナードの急降下を見るや否やノーゼンはリングから降り呆れた表情をした。

「ノーゼン、こんな技を喰らうわけにはいかないと言ったところか。余裕の表情でリング下におります」

 カナードはスピアーを諦めてリングに降り立った。しかし次の瞬間、ノーゼンはエプロンサイドに駆け上がりトップロープに飛び乗った。トップロープで反動をつけて油断しているカナードに膝を突き立てた。

「ジャンピングニーバットがカナードの顔面を捉えた!一瞬の油断が命取り!ノーゼンの強烈な膝蹴りが突き刺さる!」

「流れる様な美しい動きです、これが出来るのはノーゼン選手だけでしょう」

 カナードは倒れはしないものの大きく後退りし顔面を手で覆っている。ノーゼンは更に畳み掛ける。カナードの無防備に空いた腹目掛けてトラースキックを放った。

「追い討ちのトラースキック!おおっと!カナードがノーゼンの足を受け止めた!これは読んでおりました!流石の試合勘!」

「これはノーゼン選手も勝負を急ぎ過ぎましたね」

 カナードはノーゼンの片足を自分の体ごと捻り上げた。

「ドラゴンスクリューが極まった!ノーゼンがリングに倒される!そしてカナードが飛び上がった!カナードが美しく弧を描く!ムーンサルトスタンプだぁ!カナードの両足がノーゼンの腹にめり込んだ!これはキツイ!あまりにもキツイ攻撃だ!美しい予備動作からのえげつない攻撃!ノーゼンがのたうち回る!」

「両者技を魅せていますね、これがトップレスラーたる所以なのでしょう」

 カナードはノーゼンを背にして手を広げ勝ち誇っている。そんな余裕を見せるカナードにノーゼンは後ろから膝裏に蹴りを入れた。

 カナードは背中からリングに倒れ天を見上げた。そこには両膝を突き立てて落下してくるノーゼンがいた。

「お返しのダブルニードロップだ!カナードのよりエグい!完全にノーゼンの心に火を付けた!舐めるなよ!まだ試合は終わってはいない!リングに這いつくばるのはお前だカナード、と言わんばかりのダブルニードロップ!」

「倒れた状態からの蹴りにニードロップへの連携は見事です」

 片手で腹を押さえて四つん這いになるカナードに対してノーゼンはコーナーポストとまで下がった。

「ここで勝負を決めるのか!やってしまうのか!起き上がる事も許さないのか!ノーゼンのシャイニングウィザード!」

 ノーゼンは片膝つき立ち上がるとするカナードに向かって走り出した。

 ――カナード、悪いですが勝たせて貰います

 ノーゼンは勝ちを確信した。

 その時カナードはリングを蹴り翼を広げ思い切り羽ばたきノーゼンに突進していった。走り出したノーゼンはカナードの攻撃を避けることは出来なかった。それは余りにも速くノーゼンは全く反応出来なかった。気付いた時にはカナードの肩が自身の腹にめり込んでいた。

「カウンターのスピアーだ!カナードがノーゼンに突っ込んだ!避けれない!分かっていても避けれない!助走無しの急発進スピアー!これが最強の有翼族!大鷲のカナードの実力だ!」

「羽ばたく事で一気に加速してますね。有翼族だから出来る荒技です」

 カナードは両肩に担ぐ様にノーゼンを持ち上げた。ノーゼンは背中を天に向け動けないでいる。この持ち上げ方をファイヤーマンズキャリーと呼ぶ。

「ノーゼンはファイヤーマンズキャリーの状態でグッタリと動けません!カナードはこれから何をするんだ!」

 カナードはその場で羽ばたきノーゼンを抱えたまま飛んだ。そして大きく仰け反りノーゼンをリングに叩きつけた。


 バックフリップ

 ファイヤーマンズキャリーで相手を抱え、後ろに倒れ込むプロレス技。相手に自身の体重を浴びせ背中から落とすので背骨に大きな衝撃を与える非常に危険な技である。


「急転直下!大鷲式バックフリップだ!完全に決まりました!腹にはスピアー!背中にはバックフリップ!トドメを刺すには十分だ!ノーゼン立ち上がれない!」

「どれもカナード選手にしか出来ない独特の動きです」

 カナードは一っ飛びでコーナーポストに上り、翼と両手を広げた。そしてリングで横たわるノーゼンに向かって前方に回転しながら飛び降りた。

「トドメのシューティングスタープレスだぁ!」

 誰もがカナードの勝ちを確信した瞬間、ノーゼンが立ち上がりカナードに向かって両膝を立てて飛び付いた。

「カウンターのコードブレイカーだ!ノーゼンはまだ戦える!まだ舞える!」

 必死に立ち上がるカナードにノーゼンの容赦ない連打が襲いかかった。

「ハイキック!スピニングキック!踵落とし!ノーゼンの猛攻が止まらない!」

 ノーゼンは満身創痍であった。それは本人も分かっていた。

 ――ここで決めなければもう体力は……止まればもう動く事はできない……

 ノーゼンの体はカナードの度重なる大技により悲鳴を上げていた。おびただしい程の汗がノーゼンの額から流れ出る。顔は苦悶の表情を浮かべ、その姿は決して麗しの貴公子ではなかった。

 しかしノーゼンの技はそれでも尚美しかった。ノーゼンに染み付いた美技はどんな状況でも観客を魅了した。

 その美技のコンビネーションは舞踏の様であった。まさに貴公子がリング上で舞っているのだ。

 その猛攻に必死に耐えていたカナードが遂にリングに片膝を付いた。ガクンと膝の力が抜けてしまったのだ。

 カナードは自身の膝を見た。言うことの聞かない自身の膝を一瞬見てしまった。見てしまったのだ。そこにはノーゼンの足が踏み込まれていた。

「しまった……!」

 カナードは顔を上げた。目の前にノーゼンの膝が迫っていた。避ける事は勿論出来ない。

「シャイニングウィザードが決まった!これがノーゼンの最後の演目!貴公子により別れの一撃だ!」

 カナードは仰向けに倒れ込んだ。本気で叩き込まれたノーゼンによるシャイニングウィザードで意識が一瞬飛んでしまった。

 荒く息をしているノーゼンは最後のダメ押しにかかった。カナードの足を掴み自身の足に絡み付けた。


 足四の字固め

 相手の足を極める関節技。極めた状態の相手の足が4の字になる為その名が付けられた。関節技の為拘束を解除するのが困難であり、激痛を伴い極められたら最後降参を余儀なくされる。


「ノーゼンの足四の字固めだ!リング中央!エスケープはまず不可能!泥臭くも貴公子は勝利をもぎ取りに行く!カナード叫び声を上げ苦悶の表情!最早リングの上は関節監獄!入ったら最後、何人たりとも逃がさない激痛の牢獄!」

「これは決まりました!」

「どうするカナード!降参を宣言するか!その激痛に耐えられるのか!」

 ノーゼンはカナードの足関節を本気で壊しにかかっている。ノーゼン自身ももう立ち上がれない。ノーゼンも抵抗するカナードを抑えるのに必死である。

 ――さぁ!早く!諦めなさい!カナード!

 必死に抵抗するカナードは遂に大声を上げた。

「ぐうおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 それは会場に響き渡るほどの叫び声であった。誰もがカナードの負けを確信したがカナードは両手をリングにつき状態を起こし翼を広げた。そして何度もその場で羽ばたいた。

 カナードも満身創痍なのは間違いない。その状況でカナードの体は宙に浮いた。足を極められていながらカナードの体は完全に飛んでいる。

「飛んでいるぞ!あり得ない!何だその無茶苦茶な動きは!」

 ノーゼンは逆さ吊りになりながらも必死で関節を極めている。この技を離したら勝ち目が無いのは明白であったからだ。

 カナードは更に飛び、ノーゼンまでもリングが離れてしまった。長いノーゼンの髪が垂れ下がる。

 カナードは空中で前方に回転した、足の先にはノーゼンがしがみついている為、ノーゼンは大きく円を描き回転しリングに叩きつけられた。

「何という事だ!何て力技だ!これは技なのか!初めて見るぞこんな事!必死で食らいついたノーゼンはリングに倒れ込んでおります!ノーゼン立てない!動かない!決着です!因縁の激闘を制し!準決勝に駒を進めたのは!大鷲のカナード!大鷲は誰にも囚われない!誇らしげに翼を広げております!」

 決着のゴングが会場に響き渡る。観客は歓声と拍手で両者の激闘を称えた。カナードは喜びの咆哮を上げている。

 ひとしきり歓声に応えたカナードは堂々と花道を歩いていく。先程の疲れはどこへやら、出来る限りファンの声に応えていった。

 そうして長い時間を掛けて入場口へと戻っていくと、壁に手をつきながらヨロヨロと歩いているノーゼンがいた。

「何だよ先に帰ってたのかよ。カズマとストロンガーみたいに一緒に帰ろうぜ?」

「死んでも御免です。誰が貴方の肩を借りるものですか」

 壁に寄りかかりノーゼンはカナードを睨みつけた。

「そんな顔すんなよ」

「するに決まっているでしょ。貴方には負け越したままです。しかもこの大会で更に差が開きました。いいですかカナード絶対に優勝しなさい」

「当たり前だ」

「そうしてそのベルトを賭けて私と直ぐに再戦しなさい」

「そう言う事かよ」

 ノーゼンはそう言い捨てて去っていった。

「簡単に言ってくるぜ」

 カナードは苦笑いした。カナードの次の対戦相手はカズマ。優勝するには決して避けては通れない憧れにして絶対的な壁が立ち塞がっていた。

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