堕天使バフェット対筋肉の化身バンカー
「何でここにいるんですか?もう負けたでしょ?」
バフェットは自分の控え室にいるジャイロに言った。
「応援に決まってるだろ?心配だからここまで来たんだよ」
「お母さんですか?貴方は」
「誰がお母さんだ。俺はお前が勝手に気負ってないか見に来たんだよ」
「気負う?何で?」
「俺の敵討ちとかあるだろ?」
「ないですよ」
「いや、あれよ」
二人はいつもと変わらない様なおしゃべりを続けた。
「さて、そろそろ行きますか」
「勝算は?」
ジャイロの言葉にバフェットは黙った。そしてイタズラ小僧の様な笑みを浮かべた。
「勿論」
その笑みにジャイロも釣られて笑ってしまう。あれは二人で悪さをした時によくしていた悪い笑みである。その事はジャイロは知っている。
「じゃあ行ってこい!バンカーに一泡吹かせてこい」
「当たり前です」
「さあ!少しの休憩を挟み次の試合の準備が整った様です!大会二日目!第三試合を始めたいと思います!」
観客は少しも疲れていない。マネッティアの実況に大声を出して喜んだ。
会場に入場曲ブルースカイが流れた。その曲が流れた瞬間会場にざわめきが起こった。そして入場したのは勿論バフェットである。しかしその姿はヘルウォーリアーズの衣装であった。
「この曲はトライストームズの入場曲!しかしバフェットの姿はヘルウォーリアーズ!一体どう言うことか!」
そんな事はバフェットも分からなかった。ヘルウォーリアーズの時のバフェットの入場曲は「失楽園」と言う曲が確かにある。この衣装を着た時は必ず失楽園が流れた。入場曲は勝手に流れる為本人が変えるなんて出来なかった。だからなぜブルースカイが流れたのか誰も理解できなかった。
「これはトライストームズとして、ヘルウォーリアーズとして戦うと言うことか!」
マネッティアの実況にバフェットは納得した。
――なるほど、そう言う事ですか。我ながら恥ずかしい。ジャイロにはあんなに違うと言ったのに
この曲をカナードと会場で聞いていたジャイロは思わず笑ってしまった。バフェットの内心がバレバレになってしまった事に笑いが堪えきれなくなっていた。
「そんな笑ってやるなよ」
「分かってますよ」
カナードがジャイロに軽く注意した。そんなカナードも嬉しそうに笑っている。
そんな予想外な展開でもマネッティアは実況する。
「ならば何も言うまい!両軍の思いを胸に入場するは!トライストームズを裏切り地獄の軍団ヘルウォーリアーズにその身を堕とした白き翼!友と師と袂を分ち、手にした力で何をする!友の敗北に見て何を思う!師の勝利を見て何を感じた!何も語らぬその背中には善にも悪にも染まる白き羽!地獄からの使者!堕天使バフェット!堂々に入場です!」
バフェットはゆっくりと歩いていく。その表情はいつもながらに涼しげだが、その目には確かな闘志を宿していた。
バフェットがリングに上がるとトライストームズのファンとヘルウォーリアーズのファン、双方から大きな声援が送られた。そこに敵対心など微塵もなかった。ただ皆バフェットを応援していた。
続いて会場に入場曲パワーダイヤモンドが流れ始めた。
「来たぞ!来たぞ!来たぞ!奴が来た!磨き上げた筋肉と技で圧倒的な強さを誇る歩く彫刻!誰もが息を呑むその筋肉は飾りじゃないぞ!気を付けろ!俺が筋肉で筋肉は俺!筋肉の化身!バンカー!」
バンカーの入場に会場は大いに沸いた。花道沿いにいるファンに手を伸ばして触れながらバンカーは堂々と歩いていく。その顔は笑っており余裕そうな表情に見える。
リングに上がると両手を上げて観客にアピールしていく。その筋肉に会場は驚きを隠せない。
バフェットも何度も間近で見たことがあるがその度にその膨れ上がった筋肉には驚かされる。
「今日もいい試合しようぜ」
バンカーは笑いながらバフェットに向かって呟いた。笑っている筈なのにその圧倒的な存在感にバフェットの額には冷や汗が流れる。
「ええ、そして私が勝ちます」
バフェットの言葉にバンカーはニヤリと大きく笑った。
「両者睨み合いが続いております!もう待ったなしです!大会二日目第三試合!バフェット対バンカー!試合開始です!」
試合開始のゴングが会場に鳴り響いた。両者戦闘態勢に入り構えた。
バフェットはその場で回転しながら上に跳んだ。その動きはバンカーは見た事が無かったが蹴りが来ようが拳が来ようが受け切るつもりであった。
しかしその予想は大きく外れた。バフェットは突如翼を広げた。その翼の先端がバンカーの目を元を掠める。
「目潰しだ!予想外の攻撃に反応できない!バンカー目を押さえる!」
「バフェット選手の勝ちにこだわる意思を感じますね」
目を覆い何も見えないバンカーに対してバフェットは、バンカーの左膝に蹴りを入れた。
「関節蹴りだ!これは痛い!思わず膝をつくバンカー!」
バフェットが距離をとりバンカーの左足目掛けて走っていく。スライディングキックの体勢になった時、バンカーはバフェットに胸目掛けて逆水平チョップを放った。胸に逆水平を喰らったバフェットは後頭部をリングに強打した。
「逆水平だ!片膝ついた状態でとてつもない威力!凄まじい音に破壊力!バフェットの胸が赤く腫れております!」
「ほぼ腕の力だけであの威力ですからね」
バンカーはリングに倒れているバフェットを無理やり起こしてバフェットの腰に腕ごと手を回して絞り上げた。バフェットの足が宙に浮く。
「バンカー!バフェットを絞り上げております!」
そしてバンカーは体を大きく後ろに反らしてバフェットを後方に投げ捨てた。
「投げっぱなしフロントスープレックスだ!バフェットが場外へと投げ飛ばされた!何という怪力!バフェットが人形の様に落ちていく!」
「これが出来る選手が他にいるんでしょうか」
流石のバンカーもやり過ぎたと思ったのかロープに近付きバフェットの安否を確認した。
するとリング下から腕が伸びバンカーの左足首を掴んで思い切りリング外へと引っ張った。
バンカーは倒れたがバフェットは足首を掴んで離さない。そしてその足を思い切りコーナーポストにぶつけた。
「これは荒い戦いをしているぞ!バフェットは徹底的にバンカーの足を潰すつもりだ!」
「足への集中攻撃が今後どうなるかに注目ですね」
そしてバフェットはエプロンサイドに上りバンカーと少し距離をとり、両膝を突き出しながらスライディングしてコーナーポストと挟む形でバンカーの足を攻撃した。
「スライディングニー!コーナーポストと挟み撃ち!これは危ない!バンカーの左足を傷めつけております!」
「バフェット選手は足への集中攻撃に活路を見出しているのでしょう」
バフェットはトップロープに飛び乗り、バンカーの顔面目掛けて足を突き出して飛び降りた。
「スワンダイブ式ダブルストンプ!足から顔面へ!無慈悲な攻撃が続く!バンカー!完全にやられっぱなしであります!」
バフェットは更に距離をとり助走をつけて立ち上がろうとしているバンカーに突っ込んでいった。バフェットのスピアーがバンカーを襲う。
しかしバンカーは立ち上がりバフェットのスピアーをかわしてみせた。そしてバフェットの勢いをそのまま利用して投げ捨てた。
「パワースラムだ!バンカーのカウンターが見事に決まった!自らの勢いにバンカーの力が加わりとてつもない衝撃がバフェットを襲う!」
「バンカー選手は技も巧みなのが凄いですよね」
あまりの衝撃でバフェットは立ち上がれない。勝負を急ぎすぎたのは否めないが今はそれどころではない。
「さあ!一気に形成逆転!バンカー、バフェットの首を掴んで持ち上げた!チョークスラムだ!」
バンカーがバフェットを上に持ち上げた瞬間、バンカーの左足の力抜けてガクリと体勢が崩れた。
「おおっと!投げられない!ここに来て左足への攻撃が効いてきた!」
「バフェット選手はこれを狙っていたんですね」
バンカーは思わずバフェット首から手を離してしまった。その隙をバフェットは見逃さなかった。
バフェットはバンカーの両肩に飛びつき思い切り身体を反らした。バンカーの巨体が宙に浮く。
「フランケンシュタイナーだ!バンカーの脳天にリングに叩きつけた!バンカーは足に力が入らず踏ん張りが効かない!」
「バンカー選手はフランケンシュタイナーを喰らったのは初めての筈です」
バンカーは両手両膝をリングについて何とか立ち上がろうとしている。そんなバンカーの後頭部をバフェットは思い切り踏みつけた。
「カーブストンプ!バンカーを地に沈めます!堕天使が地獄に引き摺り込みます!起こしてなるものかと執拗に蹴りを入れます!」
「いつも冷静なバフェット選手らしくない過激な試合をしていますね。それだけ勝利への執着があるのでしょう」
バフェットはその場で飛び、バンカーの背中目掛けて両膝を突き出した。
――これで終わりです!バンカー!
バフェットは最後のトドメを刺すつもりで技をかける。
「有翼式ダブルニードロップだ!バンカーの背中に狙いを定める!これで勝負有りか!」
バンカーにトドメを刺すために高く飛んだのがいけなかった。ほんの少しだけバンカーに立ち上がる猶予を与えてしまった。
バンカーは立ち上がり、あろう事かバフェットのダブルニードロップを胸で受けた。
「う、受け止めた!バフェットの攻撃を受け止めてしまった!こんな事が人間に出来るのか!いや、出来ている!そんな訳ある訳ない!」
「バフェット選手をガッチリと掴んだまま離しませんよ!」
バンカーはバフェットを上に投げバフェットが逆さまになる様に腰を掴み持ち替えた。そして思い切りリングに叩きつけた。
「ポップアップ式パワーボム!なんて怪力だ!バフェットを投げて持ち替えたぞ!この男に出来ないことは無いのか!」
「すごいパワーボムですがやはり踏ん張りが効いてませんね。少し体勢が崩れました」
バンカーの力がしっかりと伝わらなかった為、パワーボムを受けても何とかバフェットは意識を保てている。それでもバフェットは甚大なダメージを受けた。
バンカーは技が決まりきらなかった事に不満気であるが何か思いついた様であった。そして倒れているバフェットをファイヤーマンズキャリーの状態で担ぎ上げた。
「何をするつもりだ!バンカーも足がフラつきしっかりと立てていないぞ!」
バンカーは担いでいるバフェットを自らの膝に叩きつけた。
牛殺し
変形のバックブリーカー。持ち上げた相手の頚椎を自らの膝に落とす技。その威力と頚椎への攻撃の為、間違っても人にやってはいけない非常に危険な技である。
「牛殺しが決まった!何と負傷している自らの左膝にバフェットを突き刺した!凄まじい衝撃!技のキレ!そして悠々と持ち上げる怪力!なんて恐ろしい奴なんだ!」
「膝を固定してる為左足の負傷は関係ない筈ですが、わざわざ左足でやらなくても」
「バフェット立ち上がれません!動けません!試合続行不可能!ここでゴング!大会二日目!第三試合の勝者はバンカー!圧倒的な力と機転によりその手に勝利を掴みました!」
バンカーはフラフラの足でコーナーポストに上り観客の声援に応えた。
「いやーバフェット選手もバンカー選手の足への集中攻撃でいい展開まで持ち込めたんですが、バンカー選手が一枚上手だった様ですね」
控え室に帰ったバフェットを待っていたのはジャイロとカナードであった。二人はバフェットに労いの言葉を掛けた。
「お疲れさん」
「お疲れ」
「カナードさん、負けちゃいました」
「いい試合だったぜ、俺達には出来ない試合運びだった」
「僕なりに考えた作戦だったのですが……途中までいけると思ってたんですけどね、あの人耐久力もおかしいですよ。何でピンピンしてるんですか……」
「本当だよな、あいつおかしいよ」
バフェットは疲れながらも二人に愚痴を溢している。それにバンカーに負けたジャイロも同意した。
「あれ?カズマさんは?」
ふとバフェットがカズマ達がいない事に気付いた。
「気を利かせてくれたんだよ。俺達は軍団抗争してるからな、外で会えないだろ?」
カナードはカズマが気を利かせてくれた事を話した。
「そうでしたか、そうですよね。外では会いにくいですものね」
バフェットは納得した、しかしそこでジャイロが意地悪な質問をした。
「それで?お前は次のカナードさんとカズマさんの試合はどっちを応援するんだ?」
「勿論カナードさんです」
「本当か?カズマさんには何て言うんだ?」
「勿論、カズマさんを応援しますって言います」
「お前卑怯だぞ!何とか言って下さいよカナードさん!」
「これは制裁だな」
「今試合が終わったばっかりですよ!」
久々のトライストームズの賑やかな会話が控え室で巻き起こる。そこには勝者も敗者もいない。ただプロレス好きの悪ガキ達がいるだけであった。
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